異世界の人々
結論からいうと、ナイフ代わりの生活魔法は一応、習得できた。
だけど肝心のワニが大きすぎる事、アイリスもワニの解体についてはドラゴンの知識でしか知らないって事で、やっぱり一度、バラサにあるプロに頼んでみようって事になった。
そんなわけで、キャリバン号にワニを積載、ただいま輸送中なわけだけど。
「……ずいぶんとワイルドな事になったな」
「そうだねえ」
キャリバン号よりワニの方が長いし、広いし、重いのだ。
当然だが中には入りきらない。仕方ないので俺のロープワークとアイリスの魔法を駆使して屋根の上に積んでみたが、頭がフロントガラスの上にはみだしてるし、尻尾が後部ハッチの後ろまで垂れ下がってる。
マンガみたいだなぁ、おい。
つか、どう見ても軽四の積載量オーバーっていうか、そもそもキャリバン号本体より重くないか?よく走れるよなキャリバン号。さすがチート車。
でも、さすがにハンドル感覚がいつもと違うな。重苦しいっていうか、妙な慣性が挙動にかかってるのがわかる。
なんていうか……むちゃしたらひっくり返るぞー、みたいな。
あ、ちなみにランサに分け前として好きな部位をやろうとしたが、スルーされた。理由を尋ねたが、さすがに俺のスキルじゃランサの主張がいまいちわからん。
なんでなんだとアイリス先生に聞いてみた。そしたら、
「お預け状態だねえ」
「おあずけ?」
「うん。よくわからないけど、このワニはパパへの『贈り物』なんだと思うよ?」
「贈り物……?」
「うん」
ドラゴン、つまりアイリスのグランド・マスターが言うには、魔族がケルベロスを飼うと、こういう事が時々あるんだという。贈り物だから、貰い手が食べるか廃棄するまでは絶対に手を出さないんだとか。
へぇ。そんなもんなのか。
「猫みたいな事するんだな」
地球でも、猫が飼い主の枕元なんかにトカゲだの何だのと置くのは有名だけど、あれって差し入れだったり贈り物だったりするんだよね。猫というのは元来、力関係でなく血族で群れを作る種族なんだけど、猫族には扶養家族の概念がある。狩りの下手くそっぽい家族や体調を崩している家族に食べ物を分け与えるんだと。これ喰って元気になれってわけだな。
猫の贈り物について説明してやると、アイリスも「そんな感じかも」と大きく頷いた。
「それってつまり、俺は狩りが下手くそと思われてると?」
「なるほど」
「おい。そこは否定するとこだろ?」
「えー?」
「変な顔してんじゃない!」
アイリスは、クスクスと笑った。
「でも不思議だな。こいつ、なんで俺にこんな懐いてるんだろ」
「ごはんあげたからじゃない?」
「最初だけだぞ?それに、明らかに俺の方が弱いと思うが」
イヌ科っぽいし、やっぱり強い者をボスにして群れを作るんじゃないのか?
ところがそういうと、アイリスは違うと言う。
「ケルベロスの強弱の基準は物理戦闘じゃないよ」
「そうなのか?じゃあ、なんなんだ?」
「魔力だって言われてるね」
「魔力?」
「うん」
つまり、ケルベロスは魔力のでかいヤツを上位と見る傾向があると?
「そういうもんなのか?」
「うん。ほら」
「……」
運転席の俺と助手席のアイリスの間に設置してある。ランサ用の寝床。そこから上半身(?)がひょっこりと出て、3つの首が運転中の俺にもたれかかっている。
「パパの魔力が気持ちいいから、懐くんだよ」
「……すごい説得力あるな、おい」
「事実だもん」
「そうか」
「うん」
……まぁ、いいんだが。
「ところで話が戻るんだが」
「なに?」
「ずいぶん静かだが、どうしてモンスターが寄ってこないのかな?」
今、キャリバン号が走っているのは、ばかでかい砂漠のどまんなかだ。
砂漠といっても、サハラみたいな砂だらけの砂漠ではない。むしろ北米大陸のそれに近い気がする。つまり、かつて台地だったところが削られまくって低い荒野になっている感じ、というべきか。
生き物の気配は希薄。おそらく、その苛酷さゆえに人間もほとんどいないだろう。
だけど。
「モンスターはいるよな。タブレットのマップでも遠くには写ってるようだし。なんでだ?」
なんで襲ってこない?
いや、襲われないならその方がいいのは間違いないけどさ。
そしたら、アイリスが「あくまで憶測だけど」と言いつつ仮説をたててくれた。
つまり。
「頭上のワニの臭いだと思う」
「……あー、いつも水辺でやられてるって事か?」
「たぶんね」
餌だと思いつつも警戒しちまうってことか。
ま、とりあえず平和に走れるなまらいいんだが。
「しかし、すごい光景だなぁ。これでチョッパーでも乗ってたらイー○ー・ライダーの世界だ」
俺の脳裏に、アメリカ国旗をしょった男とフリンジつきまくりのカウボーイ男のコンビの姿が見えた気がした。
ああ。それにしても
「たまにはジミヘンでも聴きてえなぁ」
「え?」
ポツッともらした俺の言葉に、アイリスが首をかしげた。
そりゃそうだ。ジミヘンがいくらギターの神でも異世界まで知られているわけがない。
ところが、
「え……」
「?」
俺のスマホが突然、音楽を流しはじめたんだ。
それも。
「……お」
それは、よりによって。それは俺の一番大好きな曲のひとつだった。
「パパ。その音楽は?」
耳慣れない外国語に首をかしげるアイリス。
うん、そりゃそうだ。こっちに来てから事件だらけで、音楽なんか流さなかったもんな。
「アーユー・エクスペリエンストっていう歌だよ」
「?」
「あー、米語なんだけど……意味は……そうだな。君はもう経験したかい?って感じかな。訳した事ないから俺もよく知らないけどな」
「意味わからないのに聴いてるの?」
「わざわざ翻訳して聴くのもあるけどさ。たとえば、ぼよよん○ックやスー○ラ節を翻訳してどうすんだって流れもあるわけで」
「??」
「あー……まぁいい、音楽の楽しみ方もいろいろって事だよ」
俺はそう言うと、久しぶりに聴く、大昔の天才がこしらえた怪作というべき名曲に耳をすませた。
砂漠の町、バラサ。
大都市とも村落とも言われるこのオアシスの町は、人間族側の地図には存在しない町でもある。
人間族の歴史にある『大戦』……その実、それは大量破壊兵器で人間族以外の国を消し去ろうとした人間族が原因の人災なのだが、これの最も影響の大きかった地であり、かつては緑深きエルフの森だったこの地は今や、過酷な灼熱の砂漠地帯。人間族には死の世界と認識されており、踏み込む者はまずいない。
だがそんな禁忌など、人間族以外の種族にはどうでもいい話だった。
エルフには住みにくい土地となってしまったが、代わりに砂漠の乾燥に強い猫などの獣人が住み着いた。やがて、今も生きる地下水脈をたどって水族の一部も戻りはじめている。
そしてついには、これら先遣隊の手を借りて種子を運び、森を復活させんとするエルフの姿までも見え始め。
エルフお得意の植物の魔法も加わり、緑化は加速度的に進行している。
小さな村落だったらバラサの町は、今やオアシスを核として緑地をいただく土地に変貌しつつあった。産業も人材も足りないので当分は一風変わったオアシスにすぎないが、急速に広がる森がいずれ普通の生態系を呼び戻し、この土地は遠い昔の緑を取り戻すだろうと言われている。
「はいこれ、通訳の魔石ね。飲んで」
「石を飲むって妙な気分なんだが……」
「体内に入ると術式が動いて、あとは無害だから」
「……」
「ほら早く!」
「ええい、ままよ……!」
アイリスに薦められるままに、薬だという石を飲んだ。
そしたらその瞬間、
「お、今度は大丈夫かな、遠くからきたお客人?」
「……おー、わかる。わかるわかる!すげー!」
ついさっきまで意味の分からない外国語だらけだったのが、突然意味がわかるようになってきたぞ。
すげー、ファンタジーすげえ!
感激していたら、その薬をくれた門番らしいおっちゃんが、楽しそうに笑顔を浮かべた。
「ハハハ、たかが通訳石でそこまで喜んでもらえるなんて、門番冥利につきるねえ。
さて、お客人。改めて確認するよ?あんたは異世界からやってきたハチさんで、彼女はツレの精霊さん、で、こっちがツレの魔獣。それで問題ないかい?」
「ああ問題ない、問題ないさ。……いやぁ、こりゃすごいね。ありがとう!」
「いやいや、これが仕事だからね。
さて、そんじゃ改めて、砂漠の町バラサへようこそ!
ハチさんとやら、ワニの解体ならあの物見台の向かいにあるリンチーの店がオススメだよ。あそこは頑固親父で有名だが、ま、騙されたと思って行ってみなよ」
「へえ、りょうかい。ありがとう!」
「なんのなんの、楽しんでいってくれ!」
おっちゃんと別れ、そのままキャリバン号で町に入っていく。
「いやぁ、いろんな意味でビックリだわ!」
「そう?」
「いやぁ、だってさ」
てっきり、町の手前でキャリバン号を隠すかと思ったんだよね。
なのに、乗ったまま普通に入れたし。
アイリスに通訳してもらおうと思ったら、なんか謎の石薬もらってご覧の通りだし。
おまけに町の中が……!
「すげえ。モフモフだらけ……」
「住民のだいたい四分の三が獣人だから。残りは水棲人、それからエルフってとこかな?」
「水棲人?」
やっぱり下半身がお魚の女の子か!?
「えーと、パパの語彙でわかりやすく言うと……半魚人が近い?」
「オーマイガッ……人魚だと思ったのに」
「人魚?いるよ?」
「マジ!?」
「うん、マジ。美味しいんだって」
「喰うの!?」
なんというか、カルチャーショックの世界を、ゆっくりとキャリバン号を走らせる。
当たり前だけど、こんな車なんて他にはいない。
でも、どうやら馬車の幅が近いみたいなんだよな、これが。だから、町の道路が馬車規格になってくれているおかげで、俺はゆっくりと徐行する限り、問題なく町に入っていく事ができる。
あ。ちなみにさっきから、運転席の窓は開けっ放しだ。
「よぅ兄ちゃん、すごいクルマだね。アーティファクトかい?」
「ああ似たようなもんだ。俺しか乗れないから不便だけどね!」
なんか剣呑そうな目つきのヤツに声かけられて、そう返してみたり。
「見慣れないワニ積んでるね。解体にいくのかい?」
「そうさ、俺らじゃバラせないからプロに頼もうと思ってね!」
徐行のうえに狭い道、しかも目線が馬車と違って低いからね。こんな会話もたまには出る。
「リンチーとこいくのか?そこを左折したら右に停車場があるぜ」
「サンキューじっちゃん!」
「んむ」
なんか店先でパイプみたなのをくゆらせてる、豚の爺さんが道教えてくれたり。
(ちなみに獣人たちはみんな、ちゃんと動物頭だ。JRPGみたいなケモミミの人間じゃないぞ)
すげえなぁ。この混沌っぷりがファンタジーだよなぁ。
「パパ、目キラキラしてる」
「ははは、そりゃまぁ……悪いけど、ワクワクすんなって方が無理だぜ」
「そうなの?」
「ああ」
あったりめーだろ?
町まるごと、地球じゃ見られないようなすごい人種オンリーなんだぜ?
こんなリアルファンタジー、地球じゃ絶対見れないもんなぁ。
しかも、しかもだ。
雑多な異種族が平和的に、普通に共存してるってのが素晴らしいじゃないか!
「……」
おっといけない。これから商談だっていうのに、こんな浮かれてちゃあまずいわ。
さて。
「あ、リンチー精肉店ってあるよ。アレだね」
「おし、止めるか」
「うん」




