終章・異世界を旅しよう[3]
「三羽の隠れ耳?」
「ああぁ、つまり見落としたって事さ。見慣れすぎたもの、あって当然って感覚のものって、細かいとこまで注意しないだろう?」
「あー、灯台下暗しってやつか」
「ほう?それは?」
「灯台はこの世界にもあるだろ?」
海辺にあって、船に位置などを知らせるところもそっくりだったりする。ま、このへんは世界が違っても大差ないんだろうな。
まぁ日本の「灯台下暗し」の灯台は本当は海の灯台でなく燭台の事らしいけど、用法としては違わないだろう。
「ふむ。……ああなるほど、暗い足元に注意しなさいってコトかねえ?」
「そういう事。遠くの凄いものに注目しすぎて足元を疎かにしてたって事で……って、すまん」
いかん。ますますオルガが落ち込んでしまった。
しょうがないな。
「オルガ」
「……何かねえ?」
「何やら落ち込んでるとこ悪いんだけど、手を貸してほしい。ここの魔法仕掛けについてわかる事を教えてくれないか?」
「……アイリス嬢に頼めばいいんじゃないかねえ?」
うわ、いじけてるし。
まぁ可愛いけどさ、でもオルガらしくないよな。オルガはマッド・サイエンティストよろしく世間ずれした変態学者であって、
「なんだか、どさくさまぎれに酷い事言われている気がするねえ」
「気のせいだろう。で、悪いけど頼めるか?」
「くりかえすけど、アイリス嬢でいいんじゃないかねえ?」
「よくないね」
俺はきっぱりと言ってのけた。
「アイリスの、というかドラゴン氏の知識は結構偏りがあるんだよ。特にドワーフやアマルティア関係の情報は何故か少ないんだ。俺もよくわからないんだが」
「ほう?そうなのかい?」
オルガが目を剥いて、そしてアイリスを見た。アイリスもウンと大きくうなずいている。
「いやしかし、そんなバカな。私が昔、出会った眷属の少年は」
「少なくとも、わたしのグランド・マスターは詳しくないよ。だからミニラ博士やアマルティア遺跡からこっちの情報は貴重なのが多くてね、今や、グランド・マスターがパパに注目しているのはそういう意味も出てきているんだよ?」
ん、少なくとも?
アイリスの物言いに少し気になるところがあった。
「アイリス、もしかして真竜族って、皆で情報共有とかしてないのか?」
「共有してるよ。でも常に共有しているわけじゃなくて、特に竜同士の場合、たまたま接触した時に情報交換する感じらしいよ」
ほうほう。
そんな事を考えていると、ちょっと待てとオルガが話に割り込んだ。
おっと、さすが学者。落ち込んでいても興味が優先か。
「すると、アイリス嬢のマスター殿は、ンガロバスティア・ワケ゜ロケムキ゜ダ殿と情報交換はしていないのか?」
「えっと、ちょっと待ってね」
む、今のンガッなんとかってのが、オルガの知ってるっていう昔のドラゴンの事かな?なんか、うまく聞き取れない言葉だったが?
「ん?どうしたかねえ?」
「いや、今のンガッと何とかってのがよく聞き取れなかったんだが?」
「ああ、ンガロバスティア・ワケ゜ロケムキ゜ダかねえ?それゃ人類の言語じゃないから聞き取れないのは無理もないねえ」
は?
「いやいや、ちょっと待て。それを発音できているあんたは人間だよね?」
「それを君が言うのかいハチ?私の身体の事なら他ならぬ君が隅々までまさぐって、しっかりと味わったろう?」
「んなっ!」
こ、ここでそう切り返すかよっ!
俺が焦っていると、オルガは楽しげに笑った。
「ふふ、ちょっと意地悪だったかねえ。
ちなみにだけど、今のはもちろん魔道具を駆使して発声補佐しているんだねえ。でないとヒトの喉では発音困難だからねえ」
「さいですか」
なるほど、そういう事ね。
そんな話をしているうちにアイリスの側が何か確認終わったようだ。
「うん、情報交換してないって。そもそも、その真竜様は最近連絡がついてないって」
「そうなのか……そうかわかった」
オルガは何かを納得したようで、大きくうなずいた。
しかし、そうなると俺の方は疑問が残る。
「連絡がついてない?つまり行方不明なのか?」
「どうかな?グランド・マスターは『ちょっと前に話した時は普通だった』っておっしゃってるけど」
「ちょっと前ねえ……」
それドラゴン氏の尺度の話だよな。いつの話なんだろう?
うん、念のために確認してみようか。
「ちょっと前って、人間の暦にしたらどれくらい?」
「えっとね……570年だって」
うわ、やっぱりか。確認してよかった。
「570年……ならば情報交換がなされてないのも納得だねえ。わかった」
うむ、とオルガは納得したようにうなずいた。
「ところでオルガ、ちょっと気になったんだけど、君がその行方不明のドラゴンの眷属さんと交流したのはいったいいつ……」
「ハーチ。世の中には、知らない方が幸せってこともあるんだけどねえ?」
「おお了解」
ちょ、なんか殺気が怖っ!
俺がビビっていると、オルガはクスッと笑った。
「さて、じゃあ、まずさっきの事から説明しよう。
六十八番というのは、かつて私が組んでいた眷属の少年が得意とした探査法なのだけど、正式なものでなく合言葉みたいなものだったのだね。だからアイリス嬢が知っている事に正直、驚いたのだけど……」
そこでオルガは言葉を一瞬切った。
「そういえばアイリス嬢、あれはどうして六十八番なのかねえ?かつて、彼に聞きそびれてしまっていたのだけど?」
「元々はアマルティア語の格言なんですよ」
「格言?番号が?」
「えーと、元々は聞き間違いだったというか、訛りと聞き間違いが合言葉になったというか、その」
む?聞き間違い?
「あー、もしかして空耳のたぐいか?」
「え?あ、うん、それだと思う」
空耳とは本来、まぁ幻聴の事。だけどそこから転じて、外国語の音を「こんな風に聞こえる」と無理やり日本語に解釈したりする遊びをも指すようになった。つまり、意図的に聞き間違えているわけだけど、ネタでなく真面目に使われる事もある。
たとえば、古いとこでは「What time is it now?(今何時?)」を「掘った芋いじるな」というのが有名だよな。あれも空耳なんだけど、俺も海外旅行で似たような事やったよ。タイにいった時、俺はフルーツ屋台で「札幌!」ってね。ちなみに札幌は、パイナップルを意味するタイ語の空耳なんだが。
ああ、ネット黎明期の世代なら斜め二ミリのチャック袋だの、あれも空耳だよな、うん。
しかしこの世界にも空耳あったのか。マジで知らなかった。
え、「それが何なの?」って?いやいや、空耳は役に立つんだよマジで。
うんわかってる。本当は単に俺の英語がダメだったんだってな。
だけどね、そんな俺でもタイ語でパイナップルを注文できたんだよ、空耳で。うん、空耳は偉大なのだ。
「なるほど、六十八番の由来はわかった、ありがとうアイリス嬢。
それでこの六十八番なんだが、実は魔術回路の探査に使うのさ。つまり、このトンネルの中のどこに魔術のシステムが組み込まれているか、その回路は何かを浮き上がらせる事ができるわけだね。
それで調べた結果なんだけども……」
そういうと、オルガはトンネルの壁面に近づき、ちょうど円の側面あたりの壁を指さした。
「だいたいこのあたりの壁面の中に魔術回路が走っているのさ。これはトンネルのたぶん端から端まで切れる事なくつながっていて、そしてトンネルの中央付近で一端、全ての回路が集約するようになっている」
ほうほう。
魔術回路というのがよくわからないけど、昔のラノベやゲーム的にいうと、やっぱりアレだよな。
俺は無言で手をあげた。
「うん?なんだいハチ?」
「その集約点にあるのは、もしかして魔法陣か?」
「!?」
オルガは一瞬、驚いたように目を剥いたけど、少しして思い直すようにためいきをついた。
「違った?」
「いや、正解だよ。正解だけれども……なぜそう思ったのかねえ?」
「俺は魔術回路ってのはよくわからない。わからないけど、説明を聞いていると、俺の世界にある古いトンネルの電気の配線を思い出したんだよ」
「電気の配線?」
「ああ」
俺はうなずくと、オルガの横に立ってみた。
「たとえば、これが俺が日本で見た古いトンネルのひとつとしようか。
古いトンネルってのは灯りがなくてさ、でもクルマを走らせるには危ないってんで、後付けで電気を引き込んでいるんだよ。それで配線が這っているのが、よくあるのが側面、それから天井なんだよねえ」
「……ああなるほど、モノは変われど発想は同じという事かねえ」
「たぶんだけどな」
俺の説明を聞いていて、どうやらオルガも言いたい事がわかったようだった。
「考えてみれば、どこの世界のものだろうとトンネルが『通路』であるり、求められる機能も変わりないのだねえ。だから、灯りをとるにせよ何にせよ、安全に通過させるという目的には違いない。
ふむ。だったら実装も似たようなものになると?」
「うん、俺はそう思ったんだけど、どう思う?」
「……それは、まったく同意見だねえ」
オルガは、なぜかしみじみと頷いた。
「ん、何だ?」
「いや……実はねハチ、私が比較魔道学を志したのも、その延長で魔導機械を扱うようになったのも、同じ理由なのだねえ」
へえ、どういうことだ?
俺が首をかしげていると、フフッと笑ってオルガは続けた。
「年代も、種族も、魔道の形態も、当然ながら世の中には色々あるものだね。
だけど、扱う種族そのものはそう大きく変わらない。犬人族だろうと人間族、水棲人だろうと、やはり基本構造は広義の人族であって、別に全く異質の生命体というわけではないのだからねえ。で、そうなるとだね、」
「……見た目の生活様式は違えど、根っこは大きく変わらないって事か?」
「ああそうとも!」
オルガは満面の笑みを浮かべた。
「ハチならば理解できるだろうと思っていたけど……ふふふ、本当に理解していると知るのは嬉しいものだねえ」
どうやら元気になったようだな。よし。
「さて、そんじゃどうする?俺は念のために撮影したり記録とっておくが」
地球のそれとは根本的に違うトンネル、それの記念すべき最初の探索だからな。あとで比較のためにもデータはとっておこう。
「いいねえ。私にも手伝わせてくれるかねえ」
「ほう、いいのか?」
「いいというか、私の方にも役立ちそうだからねえ」
……は?
「どういうことだ?」
「私の専門はあくまで魔道が中心にくるものだから、トンネルそのものは確かに専門外なのだねえ。だけど、古いトンネルに仕込まれた魔術回路なんて、今まで考えた事もなかったのだねえ」
「研究に役に立つ?」
「さて、現時点ではわからないねえ。
だけど、少なくとも、魔族の領域にある全ての古いトンネルは調べてみなくちゃならなそうだねえ」
「全部……」
「ん?ハチは全部見て回るのではないかねえ?よければ便乗させてほしいのだけど?」
「ああ、俺としちゃむしろありがたいところだけど?」
「ならば決定だねえ」
そういうと、オルガは楽しげにクスクス笑った。




