終章・異世界を旅しよう[2]
やたらと細く、未発達すぎる道。歩道というより獣道。
ファンタジー世界めいている部分はあるが、いわゆる現在進行形の化石燃料の文明を持たないというだけで、この世界の文明や文化のレベルは決して低くない。地球のクルマを研究して独自の自動車を開発し、電気を魔力で代用したEVもどきを生産して売り出す程度には、この世界は技術力を持っている。そして過去の遺産まで合わせれば、その中身は地球の近代文明なんか軽くぶっちぎる代物でもある。
そんな世界に、あえて存在する獣道のようなもの。
俺はなかば本能的に、今から遭遇するトンネルにはその謎の一部があるんじゃないかと思っていたんだが。
「……なんだと?」
さすがの俺も、見えてきたものに唖然としてしまった。
「これは……水路トンネル?いや違う、いやしかし」
な、なんだこれ?
そこにあったのは、まるで巨大な下水管みたいな『筒』。
直径にして十メートルはあるだろうか?巨大な『筒』がそこに開口していた。
「ふむ、これは昔のトンネルだな。父様の話では、ソーザみたいな飛翔する乗り物にあわせたから丸かったんだとか。当然、今の時代のニーズには合わないから、改造されたり廃棄されたりが進んでいるんだが。……ハチ?」
オルガの言葉が、何か遠くからのもののように響いてくる。
俺は無言でキャリバン号を止めると降車し、その謎の『筒』に歩み寄った。
単にでかい『筒』というだけでなく、色々とそれは異常だった。
見た目は……そう。あのナウハリスチューブの内壁に似ている。あっちは色々あって詳しく調べてないんだけど、あれもよくわからないものだった。オルガとの再会の方を優先したから、また後で検分するつもりではあったんだが。
しかし……なんだ、これ?
詳しく説明する前に、まずみんな、どこにでもありそうな今どきのトンネルの形を思い出してほしい。
昭和中期くらいまでだと、おむすび型や釣鐘型、将棋の駒型みたいな変形タイプもあったけど、古いものでも天然石、それからレンガなんかで石組みが作られたトンネルは綺麗なアーチ、または円形をしていた。これは色々な理由があるのだけど、近代トンネルが円形に向かうのは強度のためが大きい。駒形になるのは切削量を減らして工期を短縮するため等の大人の事情なわけで、力学的に円が望ましいのはずっと昔からわかっていた事なんだよね。
当然、魔法ありとはいえ基本部分が地球と変わらないこの世界でも、頑丈なトンネルが円を描くのは変わらないってこった。
でも、だけどさ。
車輪つきのクルマを走らせる以上、路盤は平らじゃないとダメなはずだろ?
だからこそ、トンネルってのは上がアーチのかまぼこ型になる事が多い。
ちなみに地下鉄なんかの場合は円形になる事もあるけど、そういう場合、平らな面の下には配線とか、必要なシステムが詰め込まれているんだよな。だからやっぱり、利用者から見れば道路トンネルに似た形になるわけで。
でも、これは……このトンネルは違う。内壁がきれいな円形になっていた。
地球のトンネルでもこういう真円のものはあるけど、それは人間や車を通すものではない。大抵は流体を通すもの……すなわち、水路トンネルや下水管など、少なくとも道路用途に使うものではないんだよ。まぁもちろん、大人の事情でそういう円形トンネルが道路に使われているケースもなくはないが、あくまでそれは例外的(※)なもの。
しかし、これはまた。
構造材。これも俺の知るものとは全く異質のものだ。
のっぺりしていて硬いが、意外にも冷たさをあまり感じないというか……なんというか、石材っぽさがない。
セメントやコンクリとは間違いなく違うだろう。でもセラミックでもなさそうだ。
俺は……この素材を知らない。少なくとも建材としては。
左手を伸ばし、ルシア妹に解析させた。
『壁、詳細不明。材質も不明』
おいおい、全く不明かよ。これはまた凄いな。
姉の方に見させるか?
いやまて、似たような素材について調べられないか?
『類似物質にひとつだけ該当あり。ただし暫定』
かまわん、それを教えてくれ。
『キチン質』
「キチン質に近いって!?」
俺は思わず、声に出していた。
キチン質っていうのは、簡単にいうとカニの甲羅。要はカニや蜘蛛、昆虫なんかの外骨格を構成している物質と思えばいい。
『推定であるが、キチン質に近いものを整形し、構造材として用いている』
「まてまて、ちょっと待て!キチン質って自然だと分解されるだろ?蟹の甲羅は永遠に残ったりしないんだぞ」
なんでそんなもんをトンネル素材なんかに?
「いやまてハチ、それは方法がひとつあるねえ」
慌てる俺の後ろから、オルガの声が追いかけてきた。
「方法?」
「ある魔術的措置をする事で、甲殻類のカラを構造材としての資源にする方法があるねえ。だから、それ自体は不可能じゃないねえ」
さすがに初耳だった。
「へぇ……詳しく教えてもらえる?」
「ああ、いいとも」
うむ、とうなずいたオルガは、なぜかとても楽しそうだった。
「生物系の構造材っていうのは、アマルティア人たちが好んだ手法のひとつなんだ。彼らは、星まるごとひとつ海だけっていう世界を所有していて、そこで自分たちに都合よく改良した海洋生物を育て、それらの生み出す素材を利用していたそうだよ。コストはちょっとかかるが、星を穴だらけにせずにすむって事なんだろうね。
ただ君がいうように、甲殻類などの素材は年月で分解してしまう」
そう。
昆虫や蟹類のキチン質は自然環境では分解され、そしてそれは植物の栄養源になったりするんだが。
「金属にさび止めをするように、分解を抑制する薬剤や術式があるんだよ。今でも飾り物などにしばしば使われるけど、アマルティア時代にはもっと大々的にいろんな分野で使われていたんだ。
これがモーソム……その素材の名前だが、それに間違いないなら、そういうことさ」
「そうか……」
まさかの生物素材かよ。
まぁ、石炭もセメントも生物素材だからな、その意味じゃ、分解されないように対策すれば珍しくはないのかもだが。
「入口の時点でこれとは……なんともだな」
思わずつぶやいたのだけど。
「それは私も同意見だねえ」
え?
なんでオルガが興味を示すんだ?
「どういう意味?」
思わず質問してしまった。
そうしたらオルガは、ちょっと困ったように眉を寄せて笑った。
「お恥ずかしい話だが、私もこの手のトンネルにモーソムかその類似物質が使われているってのは初耳なんだよ。こんな近くに長年いたっていうのにね」
そういって、オルガはためいきをついた。
「まったく、なんてことだろう。
言われてみれば昔、父様が興味深そうにトンネルの話をしていたよ。専門外だが興味深いとかいってね。
私は興味がなくて、ふーんと言ったっきり忘れていたんだが。……今の今までね」
そういうと、オルガは自分の額に手をやった。どうやら自己嫌悪に陥っているらしい。
「ま、専門外なんてそんなもんだろ。とりあえず見てみようぜ」
「……ああ、そうだね」
中に少し歩いて入ってみると、違和感はさらに増大した。
「こりゃあ、おったまげたな」
「なんだい?」
「ずっと継ぎ目がないんだ」
やっぱり、あのナウハリスチューブと同じだった。
素材とかそういう事はわからないが、見るからに共通点が感じられる。
「誰が作ったか知らないが、あれを作ったものと同じ技術、または考え方が使われている可能性は高そうだな」
「つまり、設計のクセや考え方に共通点を見出せるって事かい?」
「ああ。ま、状況からの単なる推測だけどね」
地球のトンネルでもほとんど継ぎ目なく作れるけど、それでも全く継ぎ目なしって事はない。そして、わざわざそうする必要もあまりない。
しかしコンクリートでなくキチン質でこれを作るかね。
そして、壁面によくある管理者のメモだの銘板だのも一切ない。
なんていうか、根本的に発想が違うというか、異世界の、または異星文明の産物って感じだよな。中央大陸や南大陸で見てきたトンネル群とは根本的に異質。地球文明の匂いが全くしないトンネルだった。
「ねえパパ、なんでこのトンネルは円形なの?」
やっとその疑問にたどり着いたようだ。アイリスの質問が後ろからやってきた。
「ソーザの話を聞いたろう?
たぶんだけど、このトンネルは、通行するものとして飛翔物を想定してるんだよ。歩くものは歩行者か、せいぜい騎獣程度しか想像してなかったんだと思う」
「そうなの?」
「ふむ、確かにそうだねえ。車輪をつけた乗り物を想定しているのなら、底面を平らにするはずだものねえ」
うんうんとオルガもうなずいた。
そうなんだよな。
下を平らにしなくちゃならない理由がないのなら、強度の確保のために円形にするって理屈はよくわかる。合理的ともいえるだろうな。
……まぁ、ひとつの事を除けばなんだけども。
「なぁアイリス……いや、これはオルガの範疇かな?」
「なぁに?パパ?」
「何かねえ?」
俺は疑問をふたりにぶつけてみた。
「日本じゃ飛行タイプの個人向けの乗り物なんて普及してないから想像つかないんだけどさ。このトンネルをソーザとやらが利用したとして、壁にぶつかったりしないのかな?」
クルマだったら、まっすぐ進むようにハンドルを握っていればいいわけだけど、立体的に飛ぶ乗り物だったら、どうやって安全を確保するんだろう?
トンネルの中というのは、時として人の感覚を狂わせる。
まっすぐ行けばいいじゃんと思うけど、時としてその「まっすぐ」が狂って事故を起こす事もあると思うんだ。
平面を走るクルマですらもそうなんだから、飛翔物となったらねえ。細いトンネルなんて面倒くさいって空を飛びたがるヤツとかいなかったのか?
そんな事を考えていると、
「壁面に衝突?ああ、それはだねえ、」
ふむ、とオルガが答えようとしたのだけど、なぜか途中で黙った。
そして、ギョッとしたような顔で周囲を見て、
「……まさか」
途中で何か驚いたような顔になり、そして、探るように壁のまわりを調べはじめた。
「お、おい、」
「ちょっと待て!」
「あ、はい」
なんか問答無用に待たされてしまった。
「アイリス嬢、今から読み上げる内容の魔力波をこのトンネルの中に放射できるかねえ?セイの……」
「ちょっと待ってオルガさん、えっと、信号波でいいの?六十八番?」
「六十八!?……そ、そうか、同じ眷属だものな、そうか。
うん、ああそれでいい。放射して反響を確認してみてくれないか?私の推測が正しいなら、おそらくどこか一か所に、反射するものが埋まっていると思うんだが」
「ちょっと待って」
そういうと、アイリスの身体から何か、魔力の波のようなものが放射されはじめた。
えっと……何が起こってるんだ?
状況が全く読めずにいる俺の目の前で、ふたりの会話は続いていく。
「反応ありました!」
「やはりか……なんてことだ」
あっちゃあ、と何だか悔しげに眉をよせたオルガに、俺はそっと問いかけてみる。
「お、おい……何があったんだ?」
そんな俺にオルガは小さくためいきをつくと、
「魔力による『場』が形成されている。強いものではないが」
へ?
「それって、このトンネルに魔法仕掛けがあるって事?」
「……そういう事になる」
そうなのか。
あれ、でもこのトンネルって歴史的な意味ならともかく、オルガが目を向けるようなものじゃなかったんだよな?
ん?でも、じゃあ、このオルガの悔しそうな顔は何?
どういう事だと再度尋ねようとしたんだけど、
「三羽の隠れ耳か……やられた!」
そういうと、オルガは俺の目にもわかるほどにはっきりと落ち込んだ。
※: 例外的なトンネル: 実際にあります、完全円形なトンネル。僕の知っているのは車両用ではないですが。




