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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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新しい生活へ

 本拠地がほしいという俺の考えは、どうやら達成される事になった。

 ただひとつ予想外だったのは、オルガと俺の関係だろう。最初からわりと好印象だったし、もしかしたら友人になれるかも、そして仲良くなりたいとも思っていたのだけど、まさか友人を通り越して男と女の関係になるとは、さすがに想像してなかった。

 だってそうだろう?

 こちとら異世界人という物珍しさ以外に、どこにアドバンテージがあるのやらって人間。そしてオルガは超のつく天才であり、なおかつ目も覚めるような東洋美女。

 正直、今も夢か幻かって気持ちが少しあったり。

 繰り返すが、俺は特別な人間ではない。

 前にもいったけど、俺も皆と同じように、ガキの頃は自分が王様だと思っていた。自分が歌えば皆が踊ると、そう信じていた。

 そんな甘い、儚い夢が敗れた時、ひとはひとつ大人になる。

 だけど全ての人が大人になるわけじゃない。中には大人になりきれず、甘い夢を背負ったままに生き続ける人もいる。

 いやそれどころか。

 甘い夢をついに現実にしてしまう人だって、とても少ないけど確かに存在する。

 そう。

 もしこの世に主人公と言われるべき人がいるとしたら、それはきっと、そういう人たちなんだろうなと、今はそう思う。

「……ふう」

 愛用の青い、外国製のうがい薬で口の中をすすぐ。そして歯ブラシで軽く磨き、そして再び口内を洗う。

 え?何やってるんだって?

 そりゃ、こんな俺にき、キ、きす、しようとした女がいたからさ、うん。

 虫歯が怖いからアイリスに頼んで口内はきちんとリフレッシュしているけどさ。

 でも、昔やっちまったところとかはそのままなんで。

 変なニオイとか出ていたりして、嫌われたくないもんな。

 そんな事を考えていると、後ろで気配が動いた。オルガか。

「ハチ、それは何かねえ?リステ……?」

「おっと商品名はそこまでだ。要するに、うがい薬さ」

「ふむ。なんで青色なのかねえ?」

「味別に色付けしてるんだと思う。あんまり体によさそうな色じゃないよな」

「よさそうじゃないって、それは結構重大な事じゃないかねえ?」

「他に選択肢がないんだよ。他の液体ハミガキだと、何かウエッてなっちまうんだ」

 地味に長年の悩みの種なんだよな。

 昔、まじめにワーキングホリデービザで海外に行こうとした事があったんだけど、海外には某社の薬用石鹸がないと知って諦めた事がある。皮膚病対策とか風邪防止に使いまくっててさ、今と違って簡単に通販できなかったからね。

 そうこうしているうちに生活が変わり、それどころじゃなくなっちまったんだけど。

 そんなもんでって言われるかもだけど、人ひとりが遠い異国で暮らそうって時、愛用の常備薬とか日用品がないっていうのは大きいと思うよ。

 単に生活パターンが変わるだけならともかく、それが心身の健康維持に関わっている時は特にそう。何か代替になるものがみつからない限り、その人は大きなハンデをもっている事にもなりかねないんだからな。

 ああ。

 その意味で、思い出からモノを取り出せるって俺の能力は間違いなくチート中のチートだよな、たぶん。

 まぁいい、今は俺の能力の話じゃないからな。

 見た目、あまりヤワに見えないらしいけど、わりと俺の体はストレスに弱い。精神的苦痛でたやすく胃痛を起こすし、しかもそれが続く。体もどこか根本的に力がない。皮膚も弱くてすぐにかぶれちまうし、なれない土地で生水を飲んでいると、必ず熱を出して寝込む。

 いいも悪いもない。それが俺の体なんだし、それを見越したうえで生きていかなきゃならない。

 うん。

 やっぱり俺って主人公ってガラじゃないよなぁ。

「どうした?ハチ?」

「いや、改めて見るとやっぱりオルガは美人だよなって」

「!?」

 一瞬、オルガは面白いくらいの狼狽を見せたんだけど、

「あいたっ!いた、痛、いたたたたたっ!」

「とっさに褒めれば何もかも誤魔化せるとは思わない事だねえ?」

 なんかお怒り顔で、ぎゅうっとつままれた。

 

 

 俺の新拠点なんだけど。

 オルガと相談の末、拠点はこの本宅に構える事にした。

 大きな車庫があるところというのなら、あの、ナウハリスチューブの駅がある区画の石の家がいいと思う。利便性も高いし、オルガの話でも、あそこの車庫が一番大きいそうだし。

 俺が日本のただの田舎者だった時代のままなら、そうしたかもしれない。

 だけど。

「あそこは便利が良すぎる。アーティファクト持ちの異世界人なんていたら、よくないものをたくさん呼び寄せてしまうだろうねえ」

「ダメだな。オルガがイヤじゃなきゃ本宅にしよう」

 迷わず返答した。

 たとえばだけど、東京は便利がいいっていうのは素人考えだと思う。確かに一部の商品なんかは早いんだけど、はっきりいって東京のど真ん中は異常に不便なんだよ。

 しかも、小金持ち狙いなのか、怪しい勧誘の類も金額や手段のスケールまで違う。はっきりいって鬱陶しいぞ。

 仕事の都合で新宿区民になり、免許更新で一番近いのがあの、マンガみたいにパカッとふたつに割れて秘密兵器か宇宙船が出てきそうな秘密基地じみた都庁って生活をした事のある俺は断言する。

 俺は都会に惹かれるタイプの人間じゃないから、余計にそういうマイナス面が鼻につくんだろうけどさ。

 いくら都会に住みたいからって、あんな中心地、散歩で足を延ばすと皇居まで行けるような場所に住むのはやめた方がいいと。

 どうしても都会がいいというのなら、乗り換え一回程度で便利なとこに出られる範囲で、スポット的に残っている田舎エリアを探すべきだ。

 横浜市のほとんど中心部だって、ちょっと前までビニールハウスが並んでた地域もある。

 すぐ都会に出られるが、すみかはあくまで田舎。これがいい。

 そんな俺の理想の生活というと、家の横で落ち葉を集めて芋を焼ける環境だな。

 これって、今どきの日本じゃ難しいんだぜ?住宅地でたき火したら通報される時代だからな。

 さて、話を戻そう。

「うん、私も本宅を強くオススメするねえ」

 二つ返事だった。

「そもそも、こちらの家を本宅としているのは父様母様の思い出だけじゃないんだ。千客万来は嫌いじゃないが『猿の友人』はちょっと避けたいものがあるからねえ」

「猿の友人?」

「ああ、もののたとえだねえ。友達のふりをしている、裏に一物抱えているヤツの事だねえ」

「ああ、『豹の友達(アミーゴ・デ・オンサ)』みたいなものか」

「アミ……何だい?」

 さすがにブラジルの言い回しなんて知らないか。

(ひょう)の友達って意味で、ヒョウというのは人も食うネコ科の猛獣だよ。要するに、友達のふりをした腹黒いやつって事だな」

 昔、平井和正って凄い小説家の作品で読んだ事がある。当時はネットもなかったし、ブラジルなんて知らない国のひとつでしかない俺には、不思議で面白くて、そして切ない話だったのをよく覚えている。

 そんな主人公が人にいうんだ。最近、友達が増えて忙しい。まぁ、豹の友達(アミーゴ・デ・オンサ)ってやつだがって。

 ふふふ、懐かしいなぁ。

 そんなこんなを考えていると、パサリと紙の落ちる音がした。

「ん?」

 よくみると、なんか懐かしい本が落ちてるじゃないか。

 ハヤ○ワ版『リ○の狼男』……まさしくあの日、俺が読んだ一冊そのものだ。

「む、これは異世界の本……だねえ」

 拾い上げ、パラパラとめくってみたオルガが唸りをあげた。

「挿絵があるねえ。物語かねえ?」

「ああ、懐かしいな。何十年も昔に読んだそのままじゃないか。細部はもう忘れちまったんだが」

 部分的には覚えているけど……なんせ当時の俺はガキで、男女の機微もわからなかったからな。小学生の時に読んだゾンビを狩る話同様、細かいところはどうしてもうろ覚えだったり。

 ところが。

「ほほう、細かいところはうろ覚えと……ハチ、ちょっと待ってもらえるかねえ?」

「え?」

 オルガが本を見つつ、俺の言葉に眉をよせた。

「うろ覚えにしては、本が細部まで再現されすぎてないかねえ?」

「……なに?」

 俺は本をうけとり、パラパラとめくってみた。

「うーん……確かにそう言われれば変だけど。でも、人間の脳ってさ、本人が忘れているつもりでも記憶って残されてるって聞いたことがあるぞ」

「ああ、それは確かに認めるねえ。けど、それはちょっと再現度が高すぎるねえ……ちょっと確認するねえ」

 オルガは目を細めた。

 魔力が流れている。おそらく解析しているんだろう。

「ふん、どうやら判明したねえ」

「判明?何が?」

「これは君が再現(・・)した本ではないねえ。おそらく、君がかつて読んだという本そのものだと思うよ」

「……どういうことだ?」

「この本はいつまで持っていたんだい?おそらく、どこかで失くしちゃったんじゃないのかい?」

 ほう、よくわかるな。

「旭川に住んでた頃には持ってたな。キャリバン号を買った頃、つまり道内を出た後の生活では失われてたからなぁ、引っ越しのドタバタで失くしたんだと思う」

「おそらくこの本は、その間に君がなくした本そのものだと思うよ。

 今、解析したけど、この紙やインクはこの世界のものじゃない。いつの時代かは知らないけど君の世界のものだと思う。ならば、おかしな事ではないだろう?」

 そうなのか。

「ふうむ、でも妙だな。俺は思い出から取り出す事はできても、それ自体をとりよせる事なんて……!」

 あ、そうか。

 意図して引き寄せたわけじゃないし、色々と変質しちゃってるから忘れてたけど、キャリバン号だって俺の、日本で乗ってたキャリバン号そのものなんだっけ?

「あー……クルマが呼べるなら、別に本が呼べても変ではない、か」

「そういう事だねえ」

 クスクスとオルガは笑った。

「やっぱり、家は本宅の方にすべきだねえ。

 何かのはずみに異世界のものが、それもイミテーションじゃなくて本物が引き寄せられるって知られちまったら。

 おそらく、君は世界中から追い回されるハメになるだろうからね」

「勘弁してください」

 俺はためいきをついた。

 

 まったく。

 なんでそういう、いらないところだけ無駄にチートなのかね。

 

 まぁ、おかげでキャリバン号と共にいられるわけなんだけどさ。


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