結末
ちょっと話がずれるのだけど、あなたは失神した事があるだろうか?
俺は、恥ずかしながら結構ある。
で、その数少ない失神経験から思う事がひとつある。
物語なんかの描写で、失神する直前や瞬間の描写があるよな?あれについてなんだが。
当然といえば当然なんだけど。
人間、自分が失神する瞬間を覚えているかどうかっていうのはケースバイケースらしいって事だ。
たとえば。
立ちくらみの果てに視界が真っ暗になって倒れた事があるが、あれは倒れていく過程を覚えている事がある。そりゃそうだ、暗くなってきて倒れるまで多少なりとも時間があるしな。
だけど、自転車でクルマと正面衝突して吹っ飛ばされた時は、いくら辿っても激突の瞬間は覚えてなかった。まぁ、激突の後に地面に叩きつつけられたんで、脳震盪を起こして認識できなかったのかもだけど。
安らかにベッドから目覚めてみたら、お怒りのオルガさんが目の前にいた。
「?」
わけがわからない。
寝起きで重苦しい頭をふって、無理やりに覚醒させた。
「……やあ、おはよう」
「やっと起きたねえ。考えなしの大馬鹿野郎が」
うわぁ、目覚めて一発目がそれですか?
「悪ぃ、ちょっとまて。頭が回らないんだ、待ってくれ」
そういうと起き上がろうとして、そしてオルガの手で止められた。
「まだ起きるな、あやうく枯渇死しかけたんだぞ?」
「……む?」
ベッドに押し戻された。
この状態では天井とオルガしか見えない。どうも寝ているベッドがふわふわのせいで、まわりを見たりする事が難しいせいだ。
「細かい話は後回しにして、状況だけ教えてやろう。
ひとことでいえばハチ、君は魔力の使い過ぎで死にかけた……いや、一度死んだというべきかな」
「!?」
頭のどこかが、冷水をぶっかけられたように一瞬で目覚めた。
「空中で放り出されたのは覚えているかい?
あのモンスターが消滅して、君はなすすべもなく落ちていった。で、アイリス嬢が引き寄せの術を使い、そして墜落死する前に私がとらえた。安全確保はササヒメたちがやってくれて、結界やその他の調整はルシアどのとマイどのが引き受けてくれた。
しかし確保した時点の君は、ほとんど干からびた老人のようになっていてね。
ただちに蘇生のため、魔道生命体用の調整ベッドのひとつに固定した。
普通なら間違いなくそのまま死んだろう。
だが幸いなことにこっちには、君の魔力をたっぷり溜め込んだアイリス嬢がいた。で、すぐに魔力を注ぎこみ、なんとかギリギリ間に合ったわけだな。
君は生命活動を取り戻し、無事に魔力の生成を再開した。とはいえ体内はむちゃくちゃで、昏睡状態からなかなか戻らなかった。
そして二晩ほど眠り続け、今、ようやく目覚めたというわけだ」
「……魔力の使い過ぎ?」
言いたいことはわかるんだが、身に覚えがない。
どういうことだと聞こうとしたら、ギロリと睨まれた。
「あたりまえじゃないか。なんの準備もなくあのような巨大なものを召喚し、あまつさえ使役したんだぞ。自殺と変わらん」
ああ、ウイン○ムの事か。
「いや、ちょっと待ってくれ。対策はしたぞ」
そもそもどうしてカプ○ル怪獣を選んだのか?直接、空を飛べる怪獣でも呼べばよかったのに?
その理由は簡単。
「俺が呼び出したのは小さなカプセル五つとそれを入れる箱にすぎないんだ。あとはこのカプセルのギミックが働いたにすぎない。
それでも俺が魔力の使い過ぎで死に掛けたっていうんなら……そうだな、それは何か別の要因じゃないのか?」
だけど。
「なるほど……ハチが問題を全く理解できてないっていうのが今、しみじみとわかったねえ」
そういうとオルガはためいきをついた。
「言っただろうハチ?いかに君でも無から有を生じる事はできないってね。
君は小さなカプセルを呼び出したっていうけど、じゃあ、そのカプセルとやらは、あの巨大なモンスターをどうやって実体化したと思うんだい?何を材料にして、どういうロジックで組み立てたと?」
「……あ」
それは。
俺の表情を読み取ったのか、オルガがためいきをついた。
「そう、君の魔力なのさ。
カプセルとやらのオリジナルがどういう原理のものだったのかは知らない。だけど君はそれの原理やシステムを理解しているわけじゃないんだろう?
その場合、君の再現するものは全て、君の魔力を使い、君の能力の範囲で……すなわち魔術的に再現される事になる。必要ならキャリバン号同様、この世界の外から素材をかき集めてね」
「……」
「自分が何をやらかしたのか、わかったかい?」
「ああ」
そうか。
カプセル経由だから、SFだから、ギミックだから大丈夫って思っちまったけど。
結局、わからない原理を魔術的に再現していたら同じ事だよな、確かに。
すると俺、あのウイン○ムを俺の魔力で、しかもなんの準備もなしに再現しちまったってのか。
うわぁ……バカだろ俺。
「すまん、迷惑かけた」
「私よりもアイリス嬢にいうんだな。構成要素をギリギリまで君に注ぎ込んだから今は眠っている。後で起こしてやるといい」
「ああ、わかった」
それから、俺がもう少し回復したところで細かい説明を受けた。
魔法を用いて何かをゼロから構築する方法はいくつかある。で、俺の場合を簡単にいえば、思い出や夢の中で構築してから、それを現実の中に顕現させるという形をとるわけで。
え、なんだそのファンタジー設定はって?
俺に言われても困るぞ。オルガ先生の講義内容そのままだからな。
まぁ、魔法のある世界だから、そういうのもありなんだろうって事で。な?
で、本題に戻ろう。
厄介なのはこの『顕現』ってやつで、実は非常に大きな魔力を必要とするらしい。
「見た目だけ見れば、まさに無から有だからねえ。実際にはちゃんと辻褄合わせが行われているんだけど、少なくとも見た目だけはそんな感じになるわけさ」
なるほど。
「でも無から有はダメなんだろ?」
「つじつま合わせって言ったろう?
要は君が原理のわからないものを再現する時と同じさ。見た目上同じような事を疑似的に実現しているわけだね」
「あ、そうか」
なるほど、確かにそういってたな。
「この『顕現』の面白いところは、わざと不完全なものを作れるところなのだねえ。計算して手抜き工事ができるんだ。
そうすると、顕現したものは時間経過と共に構成にほころびが出て、一定のレベルに達したところで実体のない幻想に戻り、消えてしまう。あとには何も残らない」
「それって、なんのメリットがあるんだ?」
わざわざ崩壊前提で作るって事だろ?なんの意味がある?
「一番重要なのは、顕現に必要なもの、つまり多くの場合は意志力や魔力を大幅に節約できる事だね。それって裏返せば、本来自分が呼び出せないもの、作れないものを制限付きで使えるともいえないかい?」
「あー……確かにそうだわ」
「実際、君の呼び出したあのモンスターもそうだからね。
あれほどに巨大で強力なものを、なんの準備もなく一発呼び出しなんて……まともにやったら真竜族でもただではすまないだろうさ。
これは賭けてもいい。
もし君がアレを永続的に呼び出そうとしていたら、間違いなく君は即死していただろうね」
「……最初から時限つきだったら、ギリギリ助かったって事か?」
「正確には、一分間だけという君の幻想を現実化した君の無意識領域のお手柄だねえ。
普通、そういうのは自爆因子を追加で仕込むものだと思うよ。
よくもまぁ、それ自体の存在強度を薄くするなんてクリティカルな手法をとったもんだ。いったいどんなロジックで決定しているのだろうね?」
「さ、さあ?」
なんかオルガが俺を見る目が、モルモットか何か見るようなソレなんですが?
うっへえ。
でもまぁ。
大量の魔力が必要っていう事なら、代替えのエネルギーを確保すれば、カプ○ル怪獣すらも呼べちゃうって事なのかな?
それはそれで凄い。
うむ。
今は用がない話だけど、覚えておくとしよう。
身体が動くようになってから、今度は眠っているアイリスに魔力を送り込んだ。
まぁその、具体的にどうやって送り込んだんだとかそういう話は抜きにしよう。まともに語ると大人の事情で困った事になってしまうからな、うん。間違いなくアウトだ。
ん?そんな驚く事じゃないだろ?
アイリスの身体を簡単にいえば精霊ってやつの集合体であり、その精霊要素はドラゴン氏、つまり真竜に属するもの。
で、それを活動させるための燃料であり血であり水であり油にあたるのが俺の魔力。
ゆえに、そばにいるだけで漏れる魔力を与えているだけでなく、まだ中央大陸にいた頃からいろんな方法で魔力を注ぐ事をやっていた。それだけの話さ。
それでまぁ、何とか復活したんで彼女が動けるよう、いくらかの魔力を返したわけなんだけども。
「パパ?」
「あい、すんません」
超怒られた。いやま、あたりまえだけどな。
今は俺もアイリスも最低限の魔力しかないが、会話くらいはできる。よって情報交換っつーか、打ち合わせをする事にした。場所はオルガ邸の部屋のひとつで、本来の用途は応接間。温度管理がしっかりしているうえに柔らかいソファーがあるからだと。
そこに一同が揃った。
まぁ一同といってもルシアの本体は外に停まってるキャリバン号の中だし、ランサを含むケルベロス側も子犬サイズになってるけどな。
「まず現状の報告をするねえ。
あのコボルトたちはこの島側は全滅してる。東の島にはまだいるようだけど、我ら魔族の治安部隊が今、殲滅してるねえ」
「治安部隊?」
「魔族には統一された政治機構はない、以前話したよねえ?まぁ対外的に何かないと困るので、治安維持のための小さな政治システムを作ってあって、代表者は東ホダカ首相を名乗っているけどねえ」
「東ホダカ?」
どこかで聞いた名だな。
「ん?もしかして命名が気になるかねえ?」
「ああ」
なんか日本語みたいじゃないか?
「代表機構を作ったのは昔の異世界人だからねえ。今代の首相をやっているナカタ家も、異世界人の子孫の家系だねえ」
「ああなるほど、わかる」
ナカタね。中田と書くのかな?
つーか、国名ってやっぱり穂高でいいのか?
なんか懐かしい地名だな。
俺って結局、上高地につながる有名な『釜トンネル』に行かずじまいなんだよな。あと、旧安房トンネルは行ったけど新しいバイパスの方も行ってないしなぁ。
うん、ちょっぴり残念。
「話を戻すねえ。
治安部隊の話によると、私の友人なんだが、やはり死んでいたようだねえ。というより自爆が確定したねえ」
「自爆?」
「友人は、ちょっと危険な魔法陣の研究をしていたのだねえ。つい先日、その事で警告したんだが。
結局、世界レベルの異変の影響で接続先がハチの世界でなく新しい方にかわったのに気付かず、力ある存在を呼び込んでしまったのだと思うねえ」
「あー、想定外のものを呼び出して、そいつに殺されたと?」
「そういうことだねえ。
あの子はササヒメより強力なケルベロスを連れていたんだけどね……召喚のどさくさに紛れて殺されたようだねえ」
オルガはためいきをついた。
「あと、東大陸や中央大陸でも類似のトラブルが起きているねえ。おそらくは同様の召喚を試していたところだと思うけどねえ。
これじゃ、危なくって当面は動けないねえ。
現在、魔族の領域から一般人が外に出る事は禁止になっているねえ。あと空間魔法も、魔族の領域の外につながるものは使うなと通達があったねえ」
「ふむ、それはゲートも?」
「ゲートもだねえ。私も当面はお手上げ状態だねえ」
やれやれとオルガはためいきをついた。
「まぁ、しばらくは情報収集にはげもうじゃないか。私はサイカ商会の方にも確認をとってみるかね」
「ああ、そうだな」
ウンウンと俺は同意してから、ふと気づいた事をいった。
「ああ、そういえばオルガ」
「何かねえ?」
「この島から行けるところにも古いトンネルはあるのか?」
「あるにはあるねえ。でもハチの調査対象になっているものはないねえ」
「あーいや、調査とは関係ないんだ。あるけどな」
「?」
さすがにわからないか。
「要するに、この地域のトンネルってのを見てみたいんだよ。予備知識のため?」
トンネルってのは地方色が強い建築物なんだよ。
たとえば、トンネルを隧道って書くのは戦前ものとかの古いトンネルで、例外は上高地の『釜トンネル』だけっていうのが定説なんだけどさ。でも、実は神奈川県は全てのトンネルを隧道ってしてるくんだよな。戦後のものも含めて。
つまり、神奈川県では隧道・トンネルの呼称の原則が通らないんだ。
あと、千葉県の一部地域は地盤の関係で、素掘りのトンネルがどこにでもある。
そういう風に、トンネルっていうのは地方色があるもの。
当然、魔族の領域のトンネルにもそういうのはあるだろうって思うんだな。
とまあ、そんな事をオルガに説明してみた。
そしたらオルガは、ちょっと呆れたように苦笑したあと、
「本当に歪みないねえ君は。やはり、我々魔族に近いという見立ては間違いじゃなかったねえ」
そういって、満面の笑みを浮かべたのだった。
東ホダカ:
南大陸編の時などに各国やギルドの通信でたまに登場しています。実は魔族の領域の代表が対外的に名乗っている名称でした。
首相とかいっちゃってますけど、別に日本みたいな政府があるわけではない。あくまで対外的なものであり、実質はむしろ自衛隊や海上保安庁に近い集団といえます。魔族の領域の防衛を取り仕切っているわけです。
なお、ナカタ家は創始者の家系なんですが、魔族は研究や探求好きが多く全体的に学者寄り。こんな防衛隊のトップなんてやりたい物好きがちっとも現れないので、仕方なくナカタ家当主が代々同じ役職を継いでいます。




