1分間だけの味方[2]
カプ○ル怪獣、ウイン○ム。
鳥頭のヒューマノイドを思わせるシルバーボディ。
往年のウルトラヒーローのような強さは感じられないだろうし、どこかブリキの塊のような姿にも、いわゆる、ヤラレ役的な雰囲気は確かに否定できないだろう。
だけど。
当時の僕は、そりゃあテレビの画面で見た場合の話だと思っていた。
昔、巨大なゴリラの出る映画を見た事がある。テレビでなく劇場の大スクリーンでだ。
あまりのド迫力に正直、子供心にビビりまくったっけ。
だけどその後、同じ映画を自宅の小さなTVで見た時、その迫力のなさに可愛いとすら思ってしまった事も、またよく覚えている。
ああ、そうさ。
もし、ウイン○ムが、かの巨大ゴリラの如く大画面で……いやむしろ、リアルな存在として目の前に立っていたら?
きっとそれは、すごい迫力に違いない。
TVならコミカルですらない彼も、きっと、ビビるほど怖いだろうなって思ってたんだよな。
「……お」
うはは、すんげえ。
なんか、パチパチとかカチカチとか聞こえると思ったら、下の方から攻撃があたりまくってる。
まぁそうだろな。
彼は下からの攻撃を避けてなんかいない。単に俺の頼みをきいてくれて、一目散に東のトンネル入口を目指しているだけだ。
要するにだ。
すっとぼけたツラしたこの偉大なブリキの大将にとって、こんな魔法や弓矢の攻撃ごとき豆鉄砲なんだろう。対策するまでもなく、ガン無視オッケーなんだろうな。
ははは。
いやまぁ、そうだろうと予想して呼び出した俺がいうのもなんだけどさ、本当にすげえや。
で、さてと。見つかったかな?
「お、あれだ」
視界の向こうにトンネル入口をとらえた。
トンネルは今も敵モンスターを吐き出し続けている。そいつらは外に出てくるなりこっちを認識しているようで、みるみるうちにトンネル周辺には敵の陣形らしきものができあがっていく。
すごいな。総数いったいどれだけなんだろうな?
だけど、今はあいつらは無視。
ポケットから、いつぞやの銀色の銃を取り出し、かまえた。
発射。
ピーッと昭和の特撮っぽい音がして、光がトンネル入口に命中。チカチカと周囲が光ったかと思うと、トンネル入口が見事に崩れた。
うお、思ったより脆い?いや銃が強すぎるのか?
いや、つらつら考えるのは後だ。
でもこれなら、貴重な残り時間使ってウイン○ムに攻撃してもらわなくてもよさそうだ。ありがたい。
銃をポケットにしまいつつ、俺は叫んだ。
「すまん、さっきの場所に急いでもどってくれ!」
残り時間がもう十秒ない。
だから……もう間に合わない。
間に合わないけど。
でもさ。
だったら、少しでもみんなの近くで……時間切れになる方がいいと思うんだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「……なんだこれは」
その瞬間。
オルガ・マシャナリ・マフワンの意識はその時、真っ白になっていた。
目の前に見えているものが、信じられない。
それは異界の産物。
この世界にない論理、この世界にない感覚、この世界にない思考で組み上げられた、明らかに異質なもの。
そして。
そして同時に、召喚物としては途方もなく巨大で、どう考えてもありえないレベルのものだった。
「……なんだ……これは」
オルガの中の何か……長いこと魔道研究者として暮らしてきた彼女自身の経験と培われた勘がその瞬間、彼女の意識を沸騰させた。
それは。
つい数秒前までオルガを苛んでいたもの……つまり、無二の親友の死というこれ以上ない非常事態を一瞬で吹き飛ばし、オルガを強制的に彼女の本来あるべき立場……すなわち、魔道学者としてのそれに引き戻してしまうに充分に事足りた。
彼女は冷たい?
いや、そうではない。
オルガは生まれながらの研究者。研究者の両親を持ち、物心ついた頃には親の真似をし、子供なりに研究と観察まがいの事をして遊んでいた。そういう子なのだ。
研究とは。未知とは。
オルガ・マシャナリ・マフワンという人物の魂そのものであり、息をするほどに自然なもの。
だからこそ、だった。
「……は」
自然と笑いがこぼれた。
同時にオルガの意識は目の前に見える、信じがたい巨大なものに向いた。
それはどうやら、婚約者が召喚したものらしい。
ありえない、そんな馬鹿なとオルガの理性は言う。
召喚には必ず代償が必要のはず。
その証拠が彼の愛車であり、オルガに贈られたオートバイだ。
ハチのような特異能力者ですら、あの四角い愛車を呼び出すのに膨大な魔力の半分を使ったという。そしてオートバイの呼び出しの際にも、少なからぬ魔力を消費した事が伺えた。
ならば。
そのハチを乗せて東に向かって動き出した巨大なそれは……いったい、どれだけの魔力を用いて、そして、どれだけの素材を呼び集めて生み出されたのかと。
「は、はは、ははは……まさか、いや、でも」
頭が混乱して、思考がうまく働かない。
しかし、腐ってもオルガは天才だ。立場によっては天災呼ばわりされているが、その本質は間違いなく稀代の天才学者である。
その天才の頭脳は、混乱の中でも冷徹に働いていた。ハチを載せた巨大なソレの本質を一瞬で見極めていく。
そして、眉をひそめた。
「……まて、それはまさか」
もう一度見直す。
「存在強度が……もろい?」
あらゆる存在には、それ自体の運命がある。
生命体が発生から誕生、そして生きた後に死を迎えるように。
そうした、最初から最後の全ての運命そのものを存在強度という概念で表す。
そう。いわゆる「影が薄い」など表現するものがそれ。
それが、今にも消え去るほどに希薄という事は?
「……いかん!」
「え?」
オルガの突然の言葉に、アイリスが首をかしげた。
「なんですか?オルガさん?」
「まずいぞアイリス嬢!
あの巨大なもの、何か知らんが存在強度がゼロに等しい!おそらく一分と保たないぞ!」
「え」
アイリスの顔が、オルガを見て「え、なにいってるの?」という感じにポカーンとして。
そして、意味を悟ったのか、その目が大きく開かれて。
そして。
「え、ええええ~~っ!た、たたたたた大変っ!!」
「飛べる者はいるか?いるならすぐ回収に行かせるんだ!」
「え、えと、それは」
いない。いたとしても、すぐには思い出せないレベルなのか。
だがもちろんオルガも空は飛べない。できるならとっくにやっている。
オルガは瞬時に自分の脳内を検索し、そして、
「そうだ、あれだ!」
いつも腰につけてある小さな道具箱を開き、そこから奇妙なものを取り出した。
地面に置き、一歩下がる。
次の瞬間、それはググッと歪んだかと思うと、四人がけテーブルほどの大きさのものに変化した。空間魔法で圧縮されていたのが解除されたのだろう。
それは、どこか優雅なカタチをしていた。
ハチがそれを見たら、大昔の砲台のようだと思ったろう。
古い時代の大砲を大八車を大きくしたようなものに載せて動かせるようにしてある、そんな感じのものだった。
ただし細部を見ると、それが火薬を使うものでないのは一目瞭然だった。砲身といい土台といい、そこには地球のものとは違う魔術文字がちりばめられていて、いかにも異界の産物という雰囲気だったから。
「それは?」
「足支えといえばわかるか?」
「足支えなんだ。でも随分変わってますね」
「まあな。さて」
「手伝います」
「頼む」
アグラーとは、簡単にいうと携帯用牽引ビーム発生装置である。
遺跡発掘などをする者には必須に近い道具で、たとえば崩壊しそうな構造物をその場で仮に支えたり、落としてしまった道具を上すら引き上げる場合など、いろいろな方面に便利に使われる。この世界で遺跡屋と呼ばれる種類の学者や探索者、特に魔力が大きい種族の者たちには必須の道具といえる。
もっとも、時間のないふたりにはそんな会話をしている余裕がない。
あっというまに魔力を注ぎこみ、準備が整った。
しかし、もとより一分もない時間である。よし、できたと東に目をやったオルガはギョッとした。
化物はUターンしてこちらに向かいはじめたようだ。
だけど、あまりにも遠すぎる。あれではどうしようもない。
「いかん遠すぎる!制御はやるから何とか引き寄せてくれ!」
「どれくらいですか?」
「8km、いや5kmでもいい!!」
「わかりました」
そういうとアイリスは立ち上がり、両手を広げると、何かぶつぶつと詠唱を始めた。
ハチはアイリスに魔道士めいた事を全くやらせていないが、真竜の眷属は魔道士でもある。使えるものは竜言語魔法がほとんどだし細かいコントロールが怪しい部分もあるが、威力だけは立派なものなのだ。
たちまちアイリスの眼前に円形の魔法陣が何重にも展開され、それが集まって光の砲身みたいなものが作られていく。
「消滅するぞ!いそげ!」
「待って、今、狙ってるから……そこ!」
そう言った途端、光の砲身がパパッと激しく光を放った。
そして同時に視界の向こうで、巨大なものが幻のように消えた。刹那、それの出現時と同じ無機質な男の声を伴って。
『バニッシュ』
遠すぎてよく見えないが、それが消えた時、空中に何かが残された。
それは落下するはずだったが、どうやらアイリスの放った何かにとらえられたのだろう。グンとこちらに向かって急激に引き寄せられた。
「いいぞアイリス嬢!あとはこちらで……いけ!」
オルガが砲台のようなものを魔力をこめてポンと叩くと、スポンっと、ちょっと間の抜けた大きな空気音を伴い、砲台もどきから魔力の塊が放射された。
それは玉のようなものだが、光る尾をひいていた。そして、こちらに飛ばされてくる小さな何かを捕まえると、その場に固定した。
「つかまえた!」
「やった!」
オルガとアイリスが喜んだがその瞬間、
「イケナイ」
マイがつぶやき、そしてルシアが警告を発した。
『今の現象と主様の魔力が、周囲にいる全ての敵性個体の注意をひきつけました。危険です、ただちに対応を』
「え、ええええっ!」
そして、それを聞いたオルガが反射的に命令した。
「ササヒメ行け!」
「ガゥッ!」
それと同時に、二匹のケルベロス……ササヒメと、そしてランサが弾かれたように飛び出した。
本来、ケルベロスは護りに長けた種族。
しかしそれは攻撃できないという意味ではない。
実際、赤子同然のランサだって各地で魔物を普通に食べ、死闘も演じてきたわけで。まして、大人であるササヒメがついているのなら。
『ランサ、ササヒメ、接敵。攻撃開始しました』
「うわ、さすがにすごいわね」
明らかに魔物たちとは全く違う、強烈な炎と雷が戦場を駆け巡り始める。
『敵性個体、主様に近いものから消えていきます。まもなく安全が確保されるでしょう』
「はやっ!」
「よし、私は引き寄せに専念する。下は任せた!」
「わかった」
『了解しました』
「アイ」




