ファンタジー
「ここに敵性集団?どういう事?」
あ、いつもの「かねえ」口調がなくなった。へぇ、オルガに余裕がなくなるとこうなるのか。
こりゃ驚いた。
ベッドの中でも崩れないから、あれがガチかと思ってたよ。つまり俺はまだダメダメって事なんだな。
って、そんな事考えてる場合じゃないか。
『最低でも数十と思われる個体が接近しています。人型のようですが種族が不明です』
「ばかな!」
ありえない、という顔でオルガが唸る。
「ここは我々魔族の領域、しかも奥地だぞ!ここに外部からの侵入者が来るなど」
「いやまて、ちょっとまてオルガ」
どうもテンパってるっぽいな。らしくもない。
「よくわからんがちょっと待て、落ち着け。ルシア、相手の方角や詳しいデータはわかるか?」
『本体と離れているので、すみませんこれ以上は』
ああ了解、キャリバン号はゲートの向こうだっけ。
「わかった。オルガ、ここにキャリバン号を呼び寄せるけど構わないか?」
「へ?あ、それはいいけど?」
できるのか?とばかりに首をかしげるオルガを尻目に、俺は意識を自分の中に向けた。
なぁに、やったことないけどわかる。たぶんできる。
地球から異世界にだって、自分ですら知らずにな呼び寄せちまったんだぞ?
他のもんならともかく、俺のキャリバン号ならできるさ!
「キャリバン号、来い!」
次の瞬間、目の前の空間が揺らいで。
そして気がつくと目の前に、キャリバン号が普通に止まっていた。
「……うそ」
お、なんかオルガの反応が可愛いな。
「アイリス、ルシア、全力でデータ解析しろ。マイはいるか?」
「アイ」
中で寝てたのか。
いや、それはいいけど、スライムみたいに窓から染み出すのよせ。色々こわいから。
「マイ、ルシアがデータ分析する間、全力で結界を維持。ここから半径100mの範疇に何者も入れるな」
「アイ」
さて、ランサは……と、ササヒメ(♂)と前に出てんのか。
「ランサ、それとササヒメだったか?マイの張った結界の内側で待機。まさかの時はすまんが頼む!」
「ウォン!」
「ウルルル……」
元気なランサの声に、しゃーねーな聞いてやるって感じのササヒメの唸り声が重なる。
ははは、こんな時でも気持ちがほぐれるもんだな。
で、さてと。
「あとは俺ら人間組か。オルガ、おまえ探査魔法みたいなので敵性集団をチェックできるか?」
「……」
「オルガ?」
なんだ?なんで固まってるんだ?
あーもしかして、思いっきり想定外の事になると止まるタイプか?
「オルガ!」
「!」
ちょっと声をはりあげると、オルガはピクッと反応して動き出した。
「悪いがしっかりしてくれ。探査魔法を使えるか?敵とやらを分析したいんだが」
「あ、ああ分析か。そうだな、ちょっと待て」
たぶんだけど、オルガに戦闘力は皆無だと思う。大抵は逃げるか躱してきたわけで、避けられないものかササヒメ(♂)任せでやってきたんじゃないかな。
でも探求系の学者であるなら、探査や解析については得意分野のはず。
さぁ、どうだ?
「……」
何やらオルガはブツブツと魔法をいくつか使っていたが、やがて露骨に顔色を変えた。
「どうだ?」
「……見るか?」
「おう」
「わかった。『映像共有』」
次の瞬間、俺の脳裏に敵性集団らしき映像が見えたんだが……。
なんだこれ?
犬人族やら猪人族かな、獣人族がいっぱいだ。なんか中世ファンタジーみたいな恰好でいっぱい歩いてるぞ。しかも武装して。
なんなんだ、映画の撮影か何かか?
しかし、それにしても……なんつーか目が不気味だ。どこか機械じみてて。
「獣人族だよな。でも何かヘンじゃないか?」
だけどオルガは、俺の言葉に首を横にふった。
「違う、これは獣人族じゃない。いや、そうかもしれないが違うんだ」
む?どういうことだ?
「すまん、くわしく頼む」
「そうか、ハチにはこの違和感はわからないか……なるほど異世界人だからかな?興味深くはあるが」
お、少し戻ったか?
「簡単にいえば。こいつらはたぶん、この世界のものじゃない」
「……え?」
俺はその瞬間、ポカーンとした目でオルガを見ていたと思う。
「まず、こいつらは獣人族ではない。根本的に人間ベースじゃないようだからな。ミノタウロスを知っているだろう?」
「ああ」
以前、温泉で逢ったミノタウロス……キャサリン嬢を思い出した。
牛人族と似ているけど、でも全然違う存在だった。
「つまりこの連中も、動物ベースって事?」
「それもそうなんだが、それだけじゃない。こいつらはたぶん、何かの魔術で生み出された軍勢ではないかと思う」
なんじゃそりゃ。
「……まさか、召喚魔法で呼び出した軍勢とか、そういうファンタジーな物語のアレか?」
「それだ」
「マジか?」
「たぶんな」
俺は唖然として、その大量のモンスターたちを見た。
「かりにそうだとして……こんなに大量に召喚って何事だ?それにどうして敵対?」
「ルシアどのやアイリス嬢の調査結果にもよるが……おそらく、地球とは違う、新たに隣接となった世界のものだと思う」
「あー……そういうことか」
地球のある世界と離れたわけだから、かわりに別の世界とつながったってわけだな。
「敵対になっている理由は?」
「いくつかある。だが召喚されたものなら、おそらく転移してきたのが魔道士か、それとも発動直前の魔法陣ってところじゃないかねえ。かつて隣接した世界のひとつに、そういうものがあるって研究を見た記憶があるねえ」
おや、口調もやっと戻ってきたか。
「あー、いきなり知らないところに放り出されて、とりあえず護身用部隊を召喚ってか?」
「魔道士個人ならその可能性が高いだろうねえ」
魔法陣の場合は……いうまでもないな。戦いのためか何かで作っていたものが転移後に起動したってとこか。
「どっちにしろ厄介だな。とりあえずどうする?」
「おふたりの情報次第かねえ。幸いにも相手の移動速度が速くないから、数は多いが時間はまだあるからねえ」
確かに。まだ肉眼じゃ見えてすらいないしな。
「ちなみに最悪の場合の対応は?」
「この島を捨てて逃げるしかないねえ。本宅を破壊する事になるけど、転移門経由であちこち分散されるよりはマシだろう?」
「あー、そりゃ同意だね」
そんな会話をしていると、唐突にルシアが動いた。
『敵対存在の分析ができました。情報流します』
「ごくろうさん。ここにいる全員が読み取れるように頼むな」
『はい』
『オーク・コボルト混成部隊(仮称)』
ハチ氏の故郷、地球とは異なる世界の存在で、該当世界の魔道士により召喚されたもの。猪人族タイプをオーク、犬人族タイプをコボルトとしたが、この名称は約二万七千年前にはじめて確認されたおり、当時の地球出身の異世界人により命名されたもの。長らく来訪がなかったが、該当世界と隣接したため、たまたま大規模魔法を扱っていた魔道士がひっかかったものと思われる。
本体である魔道士に術を止めさせるか、倒さない限り消しても再び生まれてくる。
ただし出現位置は術者の周囲に限られるので、本人を遠ざけると自動的に集団を拒否できる。
ほほう、これは興味深いな。
「するってーと、あれか。今後は地球人のかわりにああいうのが来るってか?」
「何年続くかは不明だけど、そういう事だねえ」
オルガが険しい顔をした。
「世界観の隣接は公平なものじゃなくてね、少なくとも有史以来、少なくともハチの世界が一番長く隣接しているはずなのだね。何かが原因で距離が離れても、早くて数年、長くて数百年で元に戻る事が多いらしい」
「いや、それより問題は魔道士だろ。
日本人がこっちに来たって武器もないし、道具がなきゃろくな事にならんわけだけど。魔道士ってのはやばくね?」
「ああ、やばいね」
オルガがふうっとためいきをついた。
「幸いなことに、本当に力あるものが自然に引っ張られる可能性っていうのは実は高くないんだ。だから、あほうな儀式をやらかして『力あるもの』を召喚しようってバカを何とかすれば、とりあえずはオーケーなんだが……」
そこまで言ったところで、オルガはハッと何かに気づいた顔をした。
「……まさか!」
「もしかして、原因に心当たりが?」
オルガはそれに答えず、アイリスに声をかけた。
「アイリス嬢、悪いが敵対者たちがどこからこの島に来ているか探してほしいんだねえ。たぶん東の端にある古い小トンネルだと思うんだが」
「あ、はい、えっと、それ調べるまでもないよ。ほら」
話をふられたアイリスはうなずき、操作していたタブレットを俺とオルガの間にさしだした。
「どれどれ……うわ、やっぱり!」
ふむ?古いトンネル?
つー事はもしかして?
「オルガ。もしかして敵対者は、よその島からトンネル通ってきてるって事か?」
「ああ、そうだとも」
「出所も想像ついてる?」
「ああ……残念ながら、ね」
そういうとオルガは、何か金属製の缶バッジみたいなものをポケットから取り出した。




