これからのこと[1]
目覚めた時、俺はぬくもりの中にいた。
実は、この世界に来て以来、キャリバン号以外で寝るのは初めてだった。いつだって心のどこかで警戒していたし、アイリスたちが仲間になってからは、全員そろうのはキャリバン号の中だけだったから。
むむ、頭が回らん。
俺は昔から朝に弱かった。近年は歳をとり、眠りが浅くなった副作用で目覚めの重さこそなくなっていたが、本来は寝起きに少なくとも四十分くらいはボーッとしているようなヤツだったんだ。当然、そのぶん早く起きなくちゃならないわけで、昔は田舎の早朝のアニメ再放送が楽しみだった。朝はコーヒー飲みながらアレを見るのが日課だったんだよね。
はじめてのお泊りの朝がまさか、女の腕の中とは。
それも。
「……」
おお、マジすか神よ。
元の世界では魔法使いを越えて伝説にいこうとしていた俺が、まさかの女ふたりに挟まれてのお目覚めとか。
どこのエロゲ主人公だよ俺。
え、ひろゆきって誰だって?
俺がエロゲやりだした頃、すげー売れてたゲームの主人公だよ。ごめんな、中身おっさんなんで。緑髪のロボ娘が好きでなぁ。きれいな水とかな。
って、そんなオヤジの昔話ネタはどうでもいいんだよ。
「……」
右を向くと、そこにはアイリス。銀髪の北欧的美少女タイプ。
左を向くと、そこにはオルガ。黒髪の東洋美女タイプ。
うーん……天国だ。
天国なんだけど、俺はここを抜け出さなくちゃならない。切実に。
なのに。
ふたりとも寝ているはずなのに、なぜ抜けようとしたらしがみついて来ますか?
抜け出せない。
オーマイガッ、俺にはすべき事があるんだ。大切な使命が。
頼むから放してくれ。
ぬうう、外れない。仕方ない。
「おい」
仕方ないから、俺は真実を告げる事にした。
「おい、頼むからトイレいかせてくれ」
「……」
ふたりともやっぱり起きてるだろ。
見た目は変わらないけど、なんか殺気漏れてるぞ。
昨夜のカレーは皆、食い尽くしたようだけど材料がまだ残っている。
魔物や動物に食われないよう魔道倉庫にしまってテントの下に置いといたんだよな。
え?魔道倉庫ってなんだって?
あー、キャリバン号からあまり出さないから忘れられてるか?あの砂漠の町で、リンチー精肉店の大将にもらったヤツさ。容量はそこそこなんだけど、持ち運べるのがいいんだよな。
こうやって移動して使うようになると、うん、なかなか便利だわ。
さて。
材料を取り出し、とりあえず鍋にお湯を張りつつ悩む。
ふむ、どうしようかなと考えていると、まだ夜着の上に軽く羽織っただけのオルガが外に出てきた。
うわ、改めてみると……いろいろとエロいなぁ。
いかん、思い出すと改めてドキドキしてきたぞ。
そんな余裕のない俺の反応に気付いちまったんだろうか、なぜかにっこりと笑ったオルガだったが、
「ハチ、これも使えるかねえ?」
「お?」
なんかオルガに野菜を見せられた。
「……おや、これはまた」
白菜、それから青首大根か?
さっそくルシア妹で鑑定。
『ハクサイ』
異世界の同名の野菜。魔力を帯びて生命力が強くなっており、アオクビと共に魔族の領域でたくさん栽培されている。
『アオクビ』
異世界でアオクビダイコンと呼ばれる野菜。ハクサイ同様に魔力を帯びており、魔族の領域でよく栽培される。
「おー、そのまんま白菜と大根かよ」
なぜか青首大根がアオクビってなってるのが不思議だけどな。
「DAICON?」
一瞬、頭の中を宇宙とぶ巨大なダイコン型宇宙船に乗った女の子の姿がよぎったけど、とりあえず無視。
「微妙にニュアンスが違う気がするけど、いちいち突っ込まんぞ」
知識量が莫大なのはいいんだけど、どこでネタ仕入れてるんだかなぁ。
あれだ。
アイリスがたまにとんでもない間抜けをやらかすのと、レベルは段違いだが原理は同じなのかもしれないなぁ。
あれだ。
何とかとナントカは紙一重ってやつ?
「何か失礼なことを考えてないかねえ?」
「気のせいだ」
実際、バカにしてるわけじゃないからな。
「文化の相違ってのは難しいもんだと思ってたんだよ。ほれ貸せ」
「ほう?」
オルガから野菜を受け取り、愛用の蜘蛛足ナイフでさばこうとして。
「……野菜には包丁の方がいいかな?」
昔、親戚の法事のおかえしで入手したチタンの包丁を思い出す。
お、きた。
「これは料理用の刃物かねえ。しかし軽いねえ?」
「チタニウムって書いてあるだろ?日本ではチタンって呼ぶけど、地球でもわりと近年に使われ始めた金属だな」
「軽い他の特性は何かねえ。この感じだと……腐食には強そうだねえ」
「ご名答。ただし加工も大変だけどな」
「なるほど」
大根の首を落とし、白菜を解体。それらを煮えた鍋にぶちこみつつ質問してみる。
「で、これどうしたんだ?朝っぱらからとってきた……わけじゃないよな?」
「数日前に友達にもらってんだねえ。アイテムボックスに入れておいたのさね」
「なるほど……って、友達?」
友達いたのかオルガ。
「ハチ。友達いないのはお互い様じゃないかねえ?」
「ひどっ!」
「ひどくないねえ。お互い、生きるための義務よりも好奇心や探究心を優先してきた人間だろう?」
「……なるほど、確かにそうかな」
言われてみればそのとおりだった。
何かと引き換えに何かを失う、それが人間だ。
特に、得ようとしたのが『自由』であれば、それは多くの場合、対人関係を代償に支払う事になる。
自由と引き換えの孤独と言えばカッコいいけどな、要は『ぼっち』。
たとえば、もしこの世界になんか来ないで、普通にコンビニを出ていたらどうなっていたろう?
おそらく、どうもしない。
休日だし、おそらくそのままひとりで遊びにいったとして。
週明けには再び、何もなかったように過ごしていたんだろう。
親はもうない。
友達も、遠くに一人いるだけ。
ネットの友達なら少しいるけど、リアルのつきあいはなかったしなぁ。
うん。
考えるまでもなく、俺は間違いなくこの世界にきて幸せになったと言えるだろう。
「オルガ悪い、それとってくれ」
「これはミソかねえ?」
「そうだよ。東大陸で仕入れたやつ」
「これは何?」
ははぁ、そっちは知らないか。
「酒粕。昔、ター……友達に教えてもらったんだ」
名前を言おうとしたけど、やめた。
いやだってさ。
俺の片思いだったとはいえ、ターさんは昔好きだった人だ。
女心ってよくわからないけどさ。
でも俺なら、オルガが昔の男の話とか嬉しそうにしたら……あーうん、嬉しくないもんな。
だったら、俺も言っちゃダメだろ。
だけど。
「ター……誰かねえ?」
「ん?昔の友達だよ」
「ほう。どんな女だったのかねえ?」
「は?なんで女?」
「途中で言葉を濁したという事は、昔の女じゃないのかねえ?」
「いやー、お世話になった旅の大先輩なんで、それはないって」
「じゃあなんで隠したのかねえ?」
しまった、逆効果だった!
結局この後、豚汁ができあがるまで、俺はチマチマとオルガに質問攻めにあった。
食事が終わり、俺たちはテントの下でテーブルを囲った。
空は真っ青。絵に描いたような、日本ではすっかりご無沙汰していた好天気。
俺の側は、アイリス、ランサ、ルシア、アイのフルメンバー。ただしキャリバン号から離れられないルシアについては、蔓草がアイリスの左手に巻き付いている。
オルガの側は、オルガとササヒメ(オス)。
ちなみにランサもササヒメ(オス)もオリジナルサイズになっているため、見た目はまさに三つ首の魔獣ケルベロスそのもの。まぁランサはまだ大きな犬サイズだけど、成獣の虎レベルのササヒメ(オス)はかなりやばい。
いやぁ、やっぱりすげえ迫力だよなぁ。
「それで、今後をどうしようかって話なんだけどさ」
ちなみに俺とアイリス、オルガの前にはコーヒーカップが湯気を立てている。
「それなんだけどねえ、ひとつ提案があるけどいいかねえ?」
「あいよオルガ」
うむ、とオルガはうなずいた。
「我々のやっている事や生活信条を思えば、常に一緒にいるというのは愚案なんだねえ。それぞれにやりたい生活をして、しかし共にいる時はいるのがいいんではないかねえ?」
「うん、それは賛成」
あーでも、ベタベタしていたい時もあるけどな。
そんな事を考えていると、アイリスが口を挟んできた。
「オルガさん、パパがもっといちゃいちゃしたいって言ってるよ?」
「ひぇっ!?……そ、そそそうかねえ」
お、なんか真っ赤になったぞ。
すげえ、なんか可愛いな。オルガじゃないみたいだ。
「……そこ、何か失礼な事考えてるかねえ?」
「すみませんごめんなさい」
即座に謝った。
「まぁそれはそれとして、お互いを理解する時間は必要じゃないかな。あと、子育てが必要になったら、その時期だけは外出を最低限にして停泊したほうがいいだろ?」
「確かにそうだねえ。父様母様が私を育ててくれた時もそうだったからねえ」
ふむふむとオルガがうなずいた。
「となると……ハチ、ひとつ提案があるのだけどいいかねえ?」
「うん、どうぞ」
「実はサイカ商会の方から、ハチあての依頼がきてるねえ?ほれ、これがそうだねえ」
「……なんでオルガのとこに?」
「そりゃ、私がよくサイカ嬢の仕事をアルバイトで受けているからなんだねえ」
ああ、そういやそんな話があったな。
「オルガって特定のパトロンがいないから、いくつかバイトで稼いでるんだっけ?」
「魔力が大きいおかげで生活には困らないけど、研究のためにお金が必要な事は結構あるからねえ。
そしてサイカ嬢も、直接ハチに頼むより私を経由したほうが色々やりやすいと踏んだのだろうねえ」
「さいですか」
「ぶっちゃけ、ハチは経済観念なさそうだし、他のメンツはそもそも人外ばかりでお金の事はピンとこなさそうだしねえ。
ちなみに、今まではどうやって路銀を稼いでいたんだい?やっぱり、あの時みたいに獲物を売って?」
「いや、メインはこれかな?」
ポケットをポンと叩くと、いつぞやのビー玉が出てきた。
「市場で使う小遣いくらいしか使わないけどね。前に売ったらいいお金になったよ」
「……こりゃ真球のガラス玉かねえ。まためんどくさいものを」
「めんどくさい?」
俺が尋ねると、オルガは苦笑しながらうなずいた。
「作れないわけではないんだねえ。だけどはっきりいって、ここまで限りなく真球のガラス玉を欲しがる需要がないのだねえ。
だから、作る技能のある者が手作業で作るしかないから、地域によっては非常にお高くなるのだねえ」
「ちなみに、このあたりだといくら?」
「このあたりだと、金貨一枚には……ならないねえ。
こういうものを売るならコルテアあたりがおススメだねえ。中央大陸までいくと高すぎて買えるものが少ないし、タシューナンより東は魔力の大きな者が時々いるから、値段が安くなってしまうのだねえ」
「おー、結構価格差があるんだねえ。
ちなみにオルガに頼んだら、いくらになる?」
「お断りするねえ」
「そうなのか。なんで?」
「ハチは、クルクルまわる代わり映えもはない透明なガラス玉を睨んで水魔法と風魔法を精密制御してぶちあてつつ、二時間以上もじっと待機するお仕事をいくらで請け負うかねえ?」
「ちょーお断りします」
めんどくさいわ!
てか、魔法で作ったらそんな大変なのかよ!
「うむ、そういうわけだねえ?」
オルガは俺の内心を見透かしたように、楽しげにケラケラ笑った。
ふむ。
おはじきとビー玉でも流行らせたら、安い作り方も出てくるかな?




