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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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人々の思惑[2]

 ウエスト。

 この名前の異世界人が知られるようになったのは、実はハチ氏よりもなお新しい。

 ただしウエスト氏は新たにやってきた異世界人でなく、心を病み、自分の名も言えない状態でどこかの国の道具にされていた者らしい。何かが原因でその心が晴れ、束縛を打ち破り、同時にとらわれていた獣人族の娘を伴い脱出したのだという。

 一部では、この心が晴れた事件について、ハチ氏の一党の関与が疑われている。というのも、どうやらウエスト氏の話を分析した専門家は、彼の心の治癒には樹精が関わっているらしく、そしてハチ氏は樹精の眷属を連れて旅しているからだ。

 経緯はともかく、その後の彼の動きは早い。

 脱出したのがコルテア・タシューナン間のハイウェイ上だったという事で、彼は最寄りの村に保護を求めた。その村にはコルテア首長の関係者が滞在していたために話がスムーズに進み、そのままコルテア所属となった。

 その後のウエスト氏の活躍はというと、ハチ氏とは全く別の意味で素晴らしい。

 ニホンと呼ばれる異世界人に軍人が現れるケースは多くないのだが、ウエスト氏はその数少ない元軍人らしい。当人のいう最終的な所属は『帝国陸軍東部第三十三部隊』であったという。対外的な名称だそうでおそらくはウエスト氏の名と同じく偽名なのだろうが、ウエスト氏と一時的に行動を共にした傭兵の話によれば、ウエスト氏が元軍人というのなら、おそらくその所属は一般兵ではなかろうとの事。能力も確かに高いが、上層部で指揮をする者の雰囲気があるという。

 実際、ウエスト氏の文官としての手腕は見事なものだ。

 この短期間に聖国とコルテア、そしてケラナマーという、直接国交のなかった三国を綺麗に結んでしまった。しかも個人の戦闘力も異世界人屈指の高さであるため、人間族側の者は捕縛はおろか接触もままならない。

 この世界が大きく変わろうとする時。

 狼人族の少女を連れた異世界の男の名は、ハチ氏とは別の形で有名になりつつあった。

 

 

「いやまさか、こんな異世界で鷹司(たかつかさ)のお嬢にお会いするとは」

「やだわ、本当に平泉の大伯父様?確かに面影はおありだけれど……大伯父様の曾孫さんとかではなくて?」

「ああ、それも無理もないことかな。ならば、そうだな。お嬢がわしの腕の中でおしっこした時の話でも」

「ま、またそれを蒸し返すんですの!?いったいいつまで赤ちゃんの時の話を!?」

 反射的に言い返そうとして、その途中で何かに気づいたようにハッと顔色を変えた。

「まさか……本当に……大伯父様?」

「ははは、その反応、懐かしいのう。うん、少しは大人びたようじゃが、やっぱりお嬢じゃな」

「もう……堪忍してください大伯父様、あいかわらずひどいんだから!」

 黒髪の美女……鷹司栞は涙を流し、ウエストにひっしと抱き着いた。

 栞のまわりにいた聖国の護衛の者たちは一斉に剣を抜きかけたが、側近のひとりが合図し、それを下げさせた。

 どうやらふたりは日本で面識があったらしい。

 なお、不自然に若いといえば、この世界で既に二百歳を超えるというのに女子大生、下手すると女子高生といった容姿の栞の方もかなりおかしい。だが聖国の秘された聖女という立場以上に、そもそも女に歳の話をするような者はこの場にはいない。

 この世界では、魔力の強い者は寿命が長い。栞がいつまでも若い娘の姿なのもそうだし、封印中で高齢者の外見のままだったウエストがそれでも死亡しなかったのも、封印と関係ない部分で若返りが起きていたからに他ならない。

「でも、どうしてウエストさんって名のってらっしゃるの?偽名にしても日本名にしなかったのは、何か理由が?」

 ちらっと栞が、ウエストの横で自分を警戒している狼人族の娘に目をやる。

「ああ、最初は正太郎という名にしようとしたが、こやつが……エルが正太郎をうまく発音できなんだのでな。

 ちなみに、ウエストというのは曾孫がやっていたゲームの登場人物の名前なんじゃが、頭のおかしな天才科学者という設定なんじゃな。

 ふふ、せっかく異世界なんぞに来たのに認知症で徘徊したあげく、人間族の奴隷にされておったようじゃからな。自虐と思われるかもしれんが、ネタとして面白いと思ってつけたんじゃよ」

「なるほど、そういう事だったのですか」

 ちなみに、ふたりの会話は日本語で行われている。

 長いこと日本語を封印していた栞であるから、その発音や会話は、たどたどしい部分もあるが昔のままだ。過ぎてしまった年月を掘り返すように、使う事を忘れていた脳の一部をほぐすように、会話は進む。

 しかし結果的に、栞はこの一時、まるで自分が小娘時代に戻ったような会話を楽しんでいた。

 これは実は、日本でもよくある事だったりする。

 都会で長年過ごして普通に共通語で話す年配者が、突然に郷里の古い友と再会したとする。すると当時の方言で会話するだけでなく、思考も当時のそれに帰ってしまう事がある。

 人間の言葉と思考とは、本来切り離せないもの。

 ゆえに、使わなくなった言葉というのは、当時の思い出と共に脳のどこかに仕舞いこまれているもの。

 つまりこの瞬間、栞もウエストも異世界での立場を忘れ、昔に戻って話しているともいえる。

「正太郎って、それはどこから来た偽名ですの?やっぱりゲームから?」

 ちなみに栞は生粋のお嬢だが、悪い友達もいたようでゲームやアニメの知識もちょっとある。一部のコアな女性陣に吹き込まれた妙な趣味のせいで、正太郎の名が変な意味をもつ事も知っていたりする。

 ただし彼女は逆に、その元ネタである正太郎少年が昭和の人にとって別の意味をもつ事を知らないのだが。

「ああ、お嬢の世代は知らんわな。昔、息子が好きだった漫画の主人公でな」

「そうなのですか?」

「ああ。鉄○二十八号といってな。お嬢の世代の、しかも女の子では知らんでも無理はない。

 実は、とらわれていた時のわしも二十八号と呼ばれていたようでな、そっちからとったものでもあったんじゃが」

 ちなみに、ウエストなる彼の名の元ネタの変態科学者が作っていたロボットも『二十八号』だったりする。

 ウエストは当時、曾孫の面白がるそのゲームを面白いとは思わなかった。しかしそのヘンな科学者はかなりお気に入りであったし、彼の作るロボットに二十八号の名がついていたのも、何か不思議な縁を感じていた。

 そして今、彼はその科学者にちなんだ名を名乗っている。

(いやはや、戦時中に外地であやうく死に掛けたわしがなぁ。異世界で獣人の、しかも曾孫と大差ない小娘を連れ歩き、さらに年上の、しかも聖女になった鷹司のお嬢とご対面とは。まったく、人生とは予測がつかぬものよ)

「何か?大伯父様?」

「いやいや」

 歳のことを考えた途端にこれだ、あいかわらず鋭いとウエストは苦笑した。

「それで話を戻すのだが聖国の様子はどうかな?まぁ、コルテア首長の使者にすぎぬ、わしに言うわけにはいかぬというのなら話は別じゃが」

「うふふ、大伯父様がただの使者などなさるわけもない。違いますか?」

「……やれやれ、そういうところは本当に母親譲りじゃな」

 要するに、単なる使者以上のものをくれれば話しますよというわけだ。ウエストは内心苦笑した。

「まぁ、ならば使者としての話ではなく、コルテアからここに来る間に見聞きしたことを話そうかの。それでよいかな?」

「はいぜひ。どうせ大伯父様の事ですもの、ここに来るまでの途中、中央大陸の主要国家についてお調べになったのでしょう?」

「言っておくが、わしはまだ精神の自由を得てからの時間が短い。各国の事情なぞ軽く調べたにすぎぬぞ?」

「ええ、そうでしょうとも。

 かつての日本経済の黒幕がお一人の大伯父様が、あの、唯一自由にならないと嘆いていた若さを手に入れたのですものね。私の知る大伯父様なら、嬉々としてあらゆる手段で各国に人脈を広げ、暗躍をはじめておられると認識しておりますが。違いますか?」

「……身内が関係国の重鎮をしているというのは、心づよくはあるが」

「つまらない、ですか?」

「こういうものはハンデがある方が面白いからのう」

「……大伯父様?」

「ふふふ」

 何かを嗅ぎつけたのか、すねたように眉をしかめる少女と、楽しげに笑う男。

 ふたりの会話は続いている。

 

「……」

 美男と美少女の間で、狼人族の少女が静かに両者を見ている。

 実のところ、彼女は二人の間で交わされる日本語を理解できない。だがウエストとアイテムにより情報共有を行っているため、それを経由して間接的に会話の内容を理解している。目の前の美少女……その実態は異世界人であり、しかも二百歳を余裕で超える目の前の魔力の怪物が、実はウエストにとって弟の孫娘にあたる存在である事も知っている。

 だけど、それを態度には出さない。ただ沈黙している。

 基本的に、異世界人はお人好しが多いと言われる。

 それはおそらく間違いない。一国の政治を裏から操る聖女だの、外交の天才児と呼ばれた老獪なる政治の怪物だののほうがむしろ例外といえる。ハチのような者の方が一般的な異世界人像だろう。

 ふたりの異世界人は動く。この世界に影響を与えるべく。

「……」

 汚れた存在として扱われ、死ぬまでおもちゃにされ続けるしかなかった自分を救ってくれた存在。こことは異なる世界からやってきた、あらざる能力、あらざる頭脳をもつ、そして優しい人。

 わたしは、このひとを守る。

 少女はただそれだけを胸に、じっとウエストの脇に無言で控えていた。


主人公たちが異世界ドライブしているのとは別に、王道ファンタジーしている人もいますよ、という話。

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