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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
162/180

茶色の文化

 今回出てくる調理方法については主人公の独断と偏見であり、正しいものではありません。ご注意ください。


 フォライアスというのは地名だった。魔族語で『古い森の里』を意味するフォラ・イア・マフという言葉が変化したものだそうだけど、今はその名に反して住む者はほとんどいない。森と野原が断続的に広がっているだけのエリアだそうだ。

「母様の趣味だったのだねえ」

「趣味?」

「ここなら、どんなに派手な実験をしても迷惑かからないだろう?」

「なるほど」

 それで納得するの!?と言いだけなアイリスに苦笑して見せた。

 俺は東京のアパート暮らしも経験しているから、よくわかる。石油禁止、楽器禁止、ペット禁止、契約者と指定居住者以外の人を入れる時は事前に大家か不動産屋に連絡してくださいって所だった。当然、遊べる場所は別に探したけど、お金かかったよなぁ。田舎なら、リサイクルショップで買った五千円のボロギター一本で間に合うところに大金ぶっこんでさ。

 ひとが集まるというのはいい事だ。

 だけど、毛色の変わった事をしようと思えば、近所迷惑ってのはやっぱり気にしなくちゃいけない。そりゃまあ当然の話ではある。

 ああ、ちょっと説明しよう。

 転移門を抜けるとそこも多角形の、でもあまり大きくない部屋だった。それぞれの辺には扉があるのだけど、その中のひとつが『出口』になっていて。

 そこを開くと、その先は野原と森の世界だったというわけだ。

「もしかして……あれが家かい?」

「ああ、そうさ」

 どちらかというとマッドサイエンティストな雰囲気のオルガを思うと、その家はちょっと不思議だった。

 巨大なツリーハウス……というのかこれは?

 木から家が、いや、家から木が生えてる?どっちなんだ?

 何千年、いや何万年もたっていそうな見知らぬ巨木。その一部に融合するように作られているその家は、部分的に奇妙な形をしている。そして無数に補修痕や調整のあとが見受けられる。

 こりゃすごい。

 まるで、ジ○リアニメにでも出てきそうなファンタジー全開の家だった。

「どうしたのかねえ?」

「これ、家が先か木が先か、どっちだ?」

「それは私にはわからないねえ。まぁ、今となっては意味のない事でもあるけどねえ」

「意味がない?」

「元々の家屋構造は、おそらく木の存在を前提にしてなかったようだねえ。だけど長い年月の間に何度も改修するうちに、巨大化する木を妨げないように一部を改良して、なおかつその代わりに柱の一部をやってもらうようにしていったらしいのだねえ。

 だから、元がどっちであろうと、もはや意味がないと言えるねえ」

「なるほど。ちなみに築何年か聞いていいか?」

「たぶん二万二千年は経過しているねえ。もっとも当時の部分は家側には残っちゃいないと思うけどねえ」

「木の方を調べていいか?」

「ご随意に。でも一度許可をもらった方がいいかもしれないねえ」

 許可をもらう?

 誰に、と聞こうと思った時、ルシア妹がピクッと動いた。

 その瞬間、頭の中に覚えのある声が響き渡った。

『久しいな、異界からきた若き眷属よ』

「……いやいや、眷属になった覚えはないんですが。それに失礼ながら、あなたとは初対面かと」

 思わず即答してしまった。

『その答えは正しいが同時に誤りだな。我ら樹精はお前たち『(うごめ)ク者』とは異なる部分がある。すなわち全にして個、個にして全であるという事かな』

 それは。

「それはつまり、みんな、つながっているって事です?」

『それで、おそらく間違いない。

 おまえに寄生している個体と、乗り物に寄生している個体は別個体であるが、接ぎ木してしまえばひとつとなる。蠢ク者たちはそれを聞くと、どちらかが消えてしまうのかと悲しんだり怒ったりする。

 しかし、それは蠢ク者たちの視点で見た事。種を、株を残して未来につなぐ事が第一義の我らにはない考えだな』

「なるほど、そういう事なら」

 俺は少し腰を折り、挨拶した。

「では、お久しぶりです樹精王様。さっそくですけど、この個体について調べてもかまいませんか?」

『好きにするがいい』

「ありがとうございます」

 近づいてみると、それは何か巨大なだけでなく、どこか不気味な木だった。

 樹齢千年単位の、枝垂桜(しだれざくら)の下に行った事があるだろうか?まさにそんな感じだった。覆い尽くすように生えているそれは、

 左手を出すと、おずおずとルシア妹が蔓を伸ばしていった。

 そして、俺の脳裏に情報が流れてきた。

 

『ボウキョウザクラ』命名: シンノスケ・ニシナ(仁科慎之介)

 異世界のシダレザクラと呼ばれる植物の枝で界を渡り、生き延びて魔物化したもの。強い環境耐性を取得しており、故郷で本体がそうしていたように春に淡い色の花を咲かせ、そして小さな実をたくさんつける。

 ボウキョウとは望郷の意。命名者は異世界人で、故郷と同じ花を咲かせるこの樹にその名と和歌(うた)を贈ったという。

 

「望郷桜、ね」

 やっぱり枝垂桜(しだれざくら)だったのか。

 今は季節が違うから葉っぱばかりだけど、春は凄いんだろうなぁ。

 その、ちょっと柳を思わせる、不気味にしなだれた枝を見て、思わず苦笑した。

「よくまあ、桜の横に家なんて」

「何かまずいのかねえ?」

「まずくないよ。あえて言えば、桜っていうのは決まった季節がくると一斉に咲くんで、災厄を運ぶ花と言われた事もあるって事くらいかな?」

「ああ、確かに春に咲くねえ」

「このあたりに桜って他にないのかい?」

「少し遠出をすると、これの種から増えたらしい子供たちの森があるねえ。そこは確かに季節がくると、これの花一色に染まって凄い事になるねえ」

「桜っていうのは日本を象徴するような花なんだけどさ、昔から関わりが深いんだよ」

 鎮花祭って聞いた事あるか?「はなしずめのまつり」とか「ちんかさい」とかいうんだけどさ。

 花が咲く春、災いも桜の花びらのように撒き散らされると信じられていた時代、花を鎮めるっていうお祭りが生まれた。俺はそっち方面詳しくないけど、確かそういうものだったと思う。

 そんな話をしていたら、

 

 グゥゥゥゥゥ。

 

 思わず周囲から苦笑が漏れて、俺は思わず頭を抱えた。

「ハチ。サクラの話はいいけど、まずは食事にしようかねえ」

「へいへい」

 と、そんな会話をしていて俺は唐突にに気づいた。

「……あれ?」

「どうしたのパパ?」

「いや。腹減ったんだなって」

「?」

 あー、リアル若者には理解できないかもだけどさ。

 若者が「おっさん」になったってわかる事のひとつに「どんな時でも腹が減るとは限らない」っていうのがあるんだよね。成長が止まり、新陳代謝がゆっくりになるってのがあるんだろうけど。

 俺だって若くないわけで、やっぱりその例外ではなかった……少なくともアイリスに出会った頃までは。

 ふむ。

 そういえば顔が若返るにしたがって身体の調子もよくなってきた、というか昔のようになってきた気がするなぁ。

 あれか。

 ようするに、まじで中身まで若返ったと?

 そう。

 日本の片隅で、まだ未来が光ってるって信じてた、もう遠いはずのあの時代みたいに。

「ああ、そういう事かねえ」

 そんな事を考えていると、オルガが納得したようにうなずいた。

「何ですか?オルガさん?」

「ハチは魔力のない世界で生きていたのだねえ。

 魔力が全くない状態での異世界人の寿命は、こちらに流れ着いている文献から察するに人間族とそんなに変わらないのさ。だからおそらく、こちらの世界に来る前のハチの身体は、今よりもっと歳をとって見えていたはずさ。違うかねえアイリス嬢?」

「あ、はい。ハパ……彼もそういってました」

「呼び名を変える必要はないねえ」

 ふふっとオルガは笑った。

「見た目が若返ったんだ、中身も当然若返るわけだけどねえ。だけどそれに当人が気づいてなかったんじゃないのかねえ?」

「……そういう事ですか。でもそれって今さらじゃないですか?」

「自分の事は自分が一番よくわかるっていうけど、近すぎるために気づかない事も多いんだねえ」

「なるほど」

 なんか、後ろで勝手な推論並べてる面々がいるし。

 じろっと見てやると、オルガが楽しげにクスクス笑った。

「まぁいいじゃないかハチ。空腹な方が食事はうまいだろう?」

「ま、確かに」

「そんなわけで、食事にしようじゃないかねえ」

「おう」

 

 

 ところで余談になるのだけど。

 料理における基本っていうのは焼く、煮る、蒸す、揚げる、炒めるってとこだろうか?俺は料理が苦手な方なんで間違ってたらごめんな。

 このうち、油が必要な揚げる、炒めるは普及してない地域もあるわけだけど、焼く、煮る、蒸すは世界中の大抵の場所で行われているって聞いた事がある。まぁ、ずっと昔の話だし本当に正しいかは知らないんだけどな。

 で、だ。

 これらの調理過程はこの異世界にもあるわけなんだけど、実はそれだけじゃないらしい。

 その一つが、今、まさにオルガの手によって実演されていた。

「そんな大げさなもんじゃないんだがねえ」

「いやいや。魔力でボイルするなんて初めて見るぞ俺」

 火を使うわけじゃないからな。いわば電子レンジみたいな事を魔力でやるのか?

 まぁ、工程としては焼きか蒸しに近いんだろうけどさ……。

 

 テーブルの上に魔法陣があり、その上に一羽ぶんの大きな鶏肉が宙に浮いていた。

 

「魔力の渦の中で生体組織を加熱するのだねえ。屋台で時々やっているけど見たことないかね?」

「ないな。ところで、家庭じゃあまりやらない方法なのか?」

「大量の魔力を使うし、失敗すると最悪、材料が飛び散るからねえ。

 でも見栄えはするだろう?それに子供受けもするから、パーティで男衆がやる事があるくらいだねえ」

「あー、なるほど」

 つまり、バナナのたたき売りとかガマの油売り、あるいはポップコーン作りと一緒ってわけか。

 魔法陣は複雑で、操作するための場所が何か所もある。おそらくは火力とか熱を与える角度等、調整するもんだろうな。

 オルガが魔法陣を操作するたび、いい匂いが飛び出す。

 おお、こりゃすごい。

 ちなみにこの鶏肉はメインディッシュではない。既に軽い食事はしているし、ランサとササヒメ(♂)に至っては別途、仲よくお食事中である。今は軽い中休みというところ。

 では、目の前に浮いている鶏肉は何かって?

 要するに、この世界ならではの料理法というのでオルガが見せてくれてるんだよ。一種のデモだな。

「昔こうやって、父様が見せてくれたものさ。ほいほい、ほいっと!」

「!」

 シュバア、という強烈な音がしたかと思うと、赤と黄色の入り混じった嵐が鶏肉を数秒間包んだ。鶏肉は面白いようにクルクルとスピンすると、やがて加速するかのようにビューンッと景気よくまわりだした。

 なんだこれ、面白ぇ!

「よし、うまくいったようだな」

「そうなのか?」

「ピタリ焼きあがると調理部分の魔力回路が閉鎖されて、一時的に回転用の魔法陣に多く魔力が流れるのさね。もちろんすぐ元に戻るんだけど、まるで焼き上がりを知らせるようにクルクル回るって寸法さ」

「なるほどねえ」

 面白いな。これ絶対マスターしたいぞ。

 できあがった鶏肉は、クルクルまわりつつゆっくり降りてくる。そしてオルガは大きな皿を出すと、それを華麗に受け止めた。

「ほいほいっと、そら、あがりだ!」

「おおーっ!」

 って、俺より先にアイリスが面白がってるし!

 子供かっ!……って子供だったか、うん。

「よし先生、次は何だ?」

「あとは切り分けて皆で食べるだけだねえ。ほれ一番刃だ」

「一番刃?」

「最初に刃を入れる事を一番刃といってねえ。その家の家主がやるんだが、家主が最も重要と認める者、自分の代わりに仕切ってほしい者に託す事もアリなのさ」

「……えっと、それはつまり」

 オルガはためらう事なく、ずいと俺に包丁を渡してきた。

「というわけでハチ、よろしく」

「へいへい」

 責任重大だなオイ。

「皆で公平とかよくわからないし、ここが旨いとかがいまいちわからない。指示くれ」

「わかったねえ。それじゃあ……」

 指示されるまま、丸焼け状態の鶏を切りあけていく。

「うわ、すげえ肉汁。こりゃあうまそうだな」

 ただでさえいい匂いなのに、切り開けたところから肉汁と共に素晴らしい香りがこぼれてくる。

「すげえ。別に下ごしらえをきちっとしたわけでもないのに」

「魔法陣で空間を閉じる事で、視覚情報以外を全て封鎖して丸ごと調理だからねえ」

 ふんふん、なるほど。

「ただし、この方法にも欠点はあるねえ」

「欠点?」

「ハチの世界に圧力鍋というものがあるだろう?」

「圧力鍋?うん、そりゃああるけど?」

「あれのように、高圧状態を作り出して調理する事はできないのだねえ。

 だから異世界から圧力鍋がやってきた時、そのアイデアを一番面白がったのは自ら調理をするタイプの研究者だったのだね。こちらの世界では、高圧状態を錬金術に用いるアイデアはあったものの、それで食べるものを作る発想はなかったのだねえ」

「へぇ……そんなものか」

 魔力で調理するなんてトンデモ発想はあるのに、圧力鍋がなかったのか。

 ふうむ。文化っていうのはやっぱり面白いもんだなぁ。

 切り分けた鶏肉を皆に配った。

「まぁ、とりあえず食べよう。いただきます」

「いいだきますー」

「うむ、いただこう」

 口に入れると、これまた旨かった。

 ただしその食感は未知のものだった。焼いたものに近いと思うけど、厳密には違う。不思議で、そして美味だった。

「ウン、これはすごいな。……まったく素晴らしい」

 食べる方が忙しくて、なかなか言葉にならない。

 そんなことを考えつつ食べていると、今度はオルガが妙な事を言い出した。

「そういえば、ニホンの料理によくわからないものがあるねえ」

「よくわからないもの?」

「カレーなるものがよく文献に登場するのだけどねえ。煮るやら焼くやらよくわからないうえ、あらゆる料理にカレー味なるものがあったり、そして南国からきたものといいつつもイギリスなる西の国を意識していたり。

 しかも調理法にも、ルーなる正体のわからぬものを使っているのだろう?

 正直、どういうものかもわからず困っているのだねえ」

「カレーかぁ」

 そういや、この世界にきてから一度もカレーを作ってない。

 まぁ、初日のあのトラウマがあるからな。

「パパ、カレーって作った事ないよね?そういえば」

「まぁな。なんだ、アイリスも食べてみたいのか?」

「ウン」

「そうか……」

 ふむ、と俺は少し考え込んだ。

「じゃあ、今夜はカレーライスでいいか?」

「作れるのかねえ?」

「ここの材料で作れと言われたら俺にも無理だよ。思い出から材料を引き出す形になるね」

「なるほど……ルーとやらの製法もわからないと?」

「ああ、ごめんな」

「謝るところではないねえ。そもそもハチは料理人ではないのだし」

 ふむ、とオルガはうつむき、そして言った。

「それでも、現物を見て味わえるだけでも意味があるのだねえ。ハチ、悪いけど一度作ってみてくれるかねえ?」

「ああ、わかった」

 

 

 それにしてもだ。

 たくさん異世界人が来てるだろうに、誰もカレーライスを再現してないのか?

 それはそれで、ちょっと凄い気もするよな。


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