とんずらしよう
それに気づいた時、ああ夢なんだなと思った。
アイリスによく似た美少女……いや、美女が全裸で俺に絡みついているという、何とも艶かしい光景だった。もちろんそんな事あるわけがないから、すぐに夢だとわかったのだけど。
ああ、でも。
うん。夢ならば……。
「さ、そんなわけでとっとと出かけよう、な!」
「……」
朝っぱらから何があったのか意味不明で申し訳ない。
謎のジト目で横から見ているアイリスに笑ってごまかし、妙に空気読んでワンコのくせに狸寝入りを決め込むランサにためいきをついて、とにかくエンジン始動。さっさと出発するのだ。
え?何があったのか教えろ?
あーうん、ちゃんと後で話すけどさ。
「なぁアイリス、ちゃんと後で話すから今は集中してくれ、な?」
「……むう」
だめだこりゃ。
ええ、わかってますよ、ええ。
いやその……ぶっちゃけると、寝ぼけてセクハラかましちまったんだよね、うん。すりすりしたり、はむはむしたり、なんか色々やっちまったみたいで。目覚めたらその、立派なレディーに成長なさったアイリス嬢がですな、大変ご立腹だったわけで。
でもよぅ。なんでよりによって全裸で添い寝してるんだよ、この子わ。
朝イチで俺がやる事になったのは、アダルトなアイリス用の服だった。なんか秘書っぽいレディーススーツにはじまり、何着か作らされた。
しかし、結局いつもの作業用と称してオーバーオールにシャツも作らされたのがちょっと謎な気もする。
さすがにシャツの下にはブラ装着だけどな。本人はいらないとのたまったけど、許さぬ。垂れるのは良くない。厳密には生身じゃないから問題ないとか抵抗したけどダメ。がっつり作った。
ちなみに、ブラのサイズとか知らない俺は大きさやカタチをうまくイメージできず、ここぞとばかりに手ブラしてサイズ測ってやったのはここだけの話だ、うん。あとでしこたま殴られたし、俺もすまんと思うので、次回ブラ作成まではベタベタ触らぬと誓ったら、なぜか余計に機嫌が悪くなったが。なんなんだ……。
さて。そんなわけで軽い食事とコーヒーブレイクのあと、出発だったのだが……?
「!」
そんな、アレでラブコメな食後のブレイクタイムを一瞬でご破算にしやがったのは、数年前にイヤというほど聴きまくった不気味な警報音だった。
「緊急地震速報?なんで?」
ここは異世界だ。地震警報が鳴るわけがないのに。
だいたいスマホはタブレットと違って圏外のままなのに、いったい何事?
だけど、スマホを引っ掴んで画面を見た俺は、さすがにギョッとしてしまった。
『緊急警報: 人間国家の対異世界人捕獲部隊襲来。飛行タイプの騎獣を大量に引き連れており、狙いは異世界人の捕縛と隷属化と推測される。複数の国家が暗躍しており対処は困難。ただちに中央大陸からの退去を強く、強く推奨する』
「な」
冗談だろ、と思った。
でも画面は確かに、緊急事態を告げていた。
「えっと、何があったの?」
何も言わずにスマホの画面を見せてやった。
「これは……!」
アイリスの顔が、たちまち真剣なものに変わった。
「どこに逃げるのがいいと思う?」
「とりあえず東大陸かな。パパ、キャリバン号って水の上もいけるよね?」
「海が荒れてなければな」
荒れてても走れるとは思うが、正直何が起きるかわからない。
「わかった、じゃあとにかく最短で海に出て。ここからまっすぐ海に出て、そのままできるかぎりの速さで」
「わかった。キャリバン号、エンジン始動!」
掛け声を出すと、ブルンとエンジン始動した。
え?思うだけでもかかるだろって。
いやいや、掛け声とか気分は大事だと思うぞ。メンタルな意味でな。
「アイリス、ベルトしめたか?ランサ、ベッドから出るなよ?」
「いいよ!」
「わんっ!」
「おけ。キャリバン号、ただちに発進する!」
アクセルを踏み込み、一晩過ごした丘を駆け下りた。
「む」
ここはツァールの町はずれなんだけど、もちろん町の人に見つからないように結界を張っている……はずだったんだけど。
なんか、こっち見てビックリしてるぞ町の人。
「おい、なんかおかしいぞ。結界効いてないのか?」
「……ううん違う、これは」
タブレットと周囲を見比べていたアイリスが、厳しい顔で告げた。
「対結界の呪法が町とその周辺全域にかかってる!これじゃ偽装草なんて、なんの役にもたたないよ!」
「なんだと?」
なんてこった。こんな田舎の町でも、そんな強力な対抗手段があるのかよ!
だけど、そう言うとアイリスは違うと首をふった。
「ありえない、こんな対結界、普通なら王都や城塞都市に張るようなものだよ。こんな田舎町に装備してるはずない!」
「そうなのか?でも」
「たぶん昨日の女だよ。アレが手配したんだと思う」
「……まさか、俺たちを発見するために?」
「うん」
「マジすか」
「絶対じゃないけどね。でも間違いないと思う」
おいおい冗談じゃねえよ。しつこいを通り越して陰湿ババアかよ畜生め。
「という事は……アイリス」
「なに?」
「海上の上空を確認してくれ。何か待ちぶせてないか?」
「あ、うん」
タブレットに向かい調べ始めたアイリスが顔をしかめた。
「……騎乗用の飛竜がいる。待ちぶせてるね。なんでわかったの?」
「いや、定番だろ。おそらく南北の街道にも何かいるんじゃないかな?」
「なんで?ちゃんと結界は張ってあったのに」
「むしろ、その結界があるがゆえに『このあたりにいる』と予測つけたかもしれないな」
「……そっか」
むう、と唸ってしまったアイリスに、俺は苦笑した。
「ちなみに飛竜とやらの飛行速度はどれくらいだ?」
「んー、キャリバン号の単位にしたら時速91kmってところかな」
「遅っ!」
91kmって、おっさんにはちょっと懐かしい数値だなオイ。
「武装した人間乗せてるしね。鳥じゃないから」
「おー、なるほど」
しかし、その速度か。キャリバン号でまともに逃げ切れるか微妙だし、後ろから魔法攻撃なんかされたら対抗できないかも。
うーむ。
「海の状況はわかるか?」
「これ以上なく凪いでるね」
「対岸までの距離はどれくらいだ?」
「最短で111kmってところかな」
「そうか……ちょっと地図見せてくれ」
「え?うん、いいけど」
タブレットに映っている地図は見知らぬ土地のものだけど、地図の形式自体は見慣れたものだった。つまり等高線がありーの、何やら地図記号がありーのの地球でもおなじみのカタチってことだ。
「背後は丘みたいだが、竜がいないみたいだな」
「車で逃げる環境じゃないからだと思う。街道ないし」
「街道がない?まて、このトンネルっぽいラインは何だ?」
なんかトンネルっぽいのがあるように見える。
しかも山をぶち抜けてるぞ。地図の通りだと反対側の出口が草原に開口してるっぽいが。
「それは遺跡だよ。ツァールの町って元々すごく古い町でね、その一部が今も残ってるの」
「ほほう。このトンネルは生きてるのか?」
「生きてるって?」
「つまり崩落せず貫通しているかどうかって事だな」
「わからない」
「わからない?」
アイリスの返答の微妙なニュアンスに、俺が眉をしかめた。
「まさか、誰か調べてないのか?地図に出るほど大きな遺跡なのに?」
「遺跡って昔の廃墟でしょう?廃墟には魔物が好んで住み着くし、危ないから人間は近づかないんだよ」
「へぇ……」
考え方の違いってやつか。
温故知新なんて言葉があるけど、古いものには様々な情報や教訓が眠っているもんだ。だからこそ考古学があるのだけどね。
「……いいね、見てみようか」
「え?でも」
「どのみち、空を飛ぶ相手にきちんと逃げ切れるとは限らないだろ?」
「うん。だけど」
だったら。
「この地図を見るに、どうしても俺にはここがトンネルに思えるんだ。
トンネルなら……古くなって崩落してたら別だけど、でなきゃ、この反対側の草原までは無事出られるって事だし」
「そうなの?」
「俺の世界ではそうだよ」
出て行った先の地形の問題で、キャリバン号じゃ立ち往生する可能性もあるけどな。
でも、この地図が正確なら……たぶん何とかなる気がする。出てしまえばな。
むしろ、途中で崩落している可能性と、出口付近に何かがある可能性の方が怖いな。
ま、それはその時か。
「……そう。でも、それで道がふさがってたら?戻ろうとしたら出口には敵がいるかも」
「そんときゃ頑張って撃破するさ」
俺は肩をすくめた。
「そのかわり、そん時は持てる力をすべて出して戦おう。後に憂いは残さない、皆殺しにして別の大陸にいこう」
それは暴論だった。トンネルの出口で周囲から狙われた場合、むしろ万事休すの可能性だってあるのだから。
だけど。
「……わかった」
アイリスは少し考えた末に、大きく頷いた。




