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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
159/180

お迎え

 皆での食事がおわり、お茶を入れて飲んだ。火の魔法陣を書き込んだ改造アルコールコンロがいい仕事をしたようだ。魔陣コンロとでも呼ぼうかな。

 ちなみにアルコールコンロを知らない人のために、少し解説しておこう。

 アルコールコンロは、おそらく世界で一番単純明快なコンロの一種だろう。アルコールは燃料として扱いやすいが得られる熱量が小さく、でもその特性ゆえに原始的なアルコールランプが理科の実験なんかの火器にも使われていたのはご存じのとおり。

 ちなみにアルコールランプだけど、今でも使われているんだよ。コーヒーサイフォンとかな。

 でも、さすがにアルコールランプじゃ火力が弱すぎるだろ?

 ところで、燃料を気化させて燃やす、気化燃焼の概念が出てきたのは19世紀の事。

 俺はこのあたりの歴史に詳しくないけど、たぶんガソリンエンジンにおけるキャブレターの発明も前後してるんじゃないかな?まぁ、ここは実験場じゃないから詳しい説明は端折るけど、あの実験室でおなじみのアルコールコンロが改良され、芯を燃やす代わりに自身の熱によって自然に加圧し、気化燃焼する構造をとりいれた。機械式のメカではなく、あくまでもアルコールが熱により自然に対流し、気化する仕組みを利用して自然に燃焼させるわけだ。

 それだけの技術と試行錯誤の塊が、今、俺の手のひらの上に乗っている真鍮製のブリキの塊みたいなコンロなわけだな。

「創意工夫の塊ってわけよね?」

「ご名答。ま、こいつは魔法陣書き込んじゃったらアレだけど、別にこの状態でもアルコールコンロとして使えるぞ」

「そうなの?」

「ほれ」

 ちょっぴりだけアルコールを注ぎ、台の上で火をつけてやる。

「あ、燃えた」

「さすがに時間がないので、強制的に余熱するぞ」

「うん」

 そこいらの棒に魔法陣書いて作った魔法陣チャッカマンで熱してやると、ボーッと特有の小さな音を共に元気に燃え始めた。

「おー」

「オモシロイ」

 アイリスだけでなく、マイまで興味深そうに見ている。

「ただ燃やすだけでも、こんな色々な技術や知識が隠れてる。確かに面白いよな」

「うん!」

「確カニ」

 まぁ、さすがにコンロごときに面白がってくれるのは、この子らが子供と変わらないからだろうけどね。

 でもいい。楽しそうなんだから、それでいいじゃないか。そうだろう?

『主様、あと五分です』

「おっとそうか、ありがとよ。

 よし、皆、到着前だ。準備ー」

「はーい」

 といっても、あまりする事ないけどな。水洗いできないものの、食器もとりあえず片づけちまったし。

 コンロは真鍮製のフタをすれば火が止まる。入れた燃料も微量だし中身も無害なエチルアルコールなんで、ほっときゃ揮発してなくなっちまうだろう。

 

 ちなみに余談なんだけど、地球で百年くらいの前の時代に携帯コンロが異常に発達した背景には、たぶんアルミニウムの発見があると思うんだ。

 まず、アルミニウムの発見が1886年だろ?

 で、今に通じるアルミ製の飯盒(はんごう)を日本の陸軍が開発したのは、なんと四年後の1890年。しかもこの時点で日本のオリジナルでなく、ドイツの開発した飯盒を元に炊飯調理機能を織り込んだそうなんだよね。

 ついでにいうと当時、英国でも飯盒を開発していた。あちらは弁当箱みたいな四角いやつだけどな。

 ネットもないこんな時代に、とんでもない開発速度だろ?要はそれだけ、前線で使う食器というのはニーズが大きかったんだよ。

 だけどさ、どこでもたき火ができるわけじゃないし、移動時に証拠も残してしまうだろ?

 つまり。

「メスティン(飯盒のこと)とこれだけあれば煮炊きできるようにしたい」って願望がそこから生まれるのは必然で。

 そして、そんなわけでこの時代、携帯用コンロがたくさん作られたらしいんだよね。

 時代は変わって、今は戦場で個別炊事なんて非常時に限られる。だから今の世界中のメスキット(食事セット)からは、飯盒は除外されていってるんだって。日本ではまだ飯盒が残されているけどね。

 けど、キャンプの世界では糧食専門の部隊から補給を受けるわけじゃないんで、今も当時の道具が大活躍ってわけだ。

 以上、解説おわり。

 

『主様、あと二分切りました。それとお知らせが』

「なんだ?」

『終着駅のホームに対人反応、魔族です。おそらくはオルガ・マシャナリ・マフワンかと』

「え?……あーそうか、魔大陸側は地上から入ってこられるんだっけ?」

『はい』

 俺は運転席についてドアを閉めた。アイリスとマイは列車のドアが自動で開かない場合にそなえ、入口で待機している。

 既に列車は減速を開始している。

 でも、このトンネルの内装には目に見える継ぎ目がない。しかも、ここまで4200kmという長さの間、一度だって曲がっていない。ずーっとひたすらに一直線であり、移動している事がわかるのは、定期的にある灯火らしい灯りが後ろに流れていく事だけだ。

 この時点で何かこう、俺の知る現代技術の作品ではない事を強く感じさせられる。

『速度低下、時速40kmを切りました。まもなく終点パラリススリ駅に到着します』

「パ……なんだって?パラサウロ、えっと?」

『パラリススリです』

「今風に意訳したら……そうだね、コアセルゲート駅でいいの?」

『魔族の使っている地名、という意味では間違いありませんね』

 ふむふむ。

 気になるな、ちょっと地図をみせてもらおうか。

 そんなこんな話をしていると、いよいよホームが見えてきたので地図を見るのは後回しになった。

 キャリバン号ごしに窓の外を見ていると、奇妙な違和感がある。クルマの車窓ごしに列車の車窓を見るんだから当然といえば当然か。

 そしてさらに列車は減速し。

「お」

 進行方向の向こうの奥に、オルガの姿が見えた。

 それは次第に大きくなってきて。

 やがてオルガのほとんど正面まできて、列車は止まった。

 よし、到着か。

「開けるよー」

「おけ、頼む」

 アイリスたちが何かを操作すると、入口が開いた。

「キャリバン号、始動」

 動き出したキャリバン号を操作し、ゆっくりとホームに出した。

 

 

 久しぶりに見たオルガは、俺が思っていたよりも美人に見えた。

「いやぁ久しぶりだねえ。元気してたかねえ」

「おう」

「なんだねえ?惚けたような顔をして?」

「オルガさんに見とれているのでしょう」

「みとれる?私に?」

「それを狙った格好ではないのですか?」

「これはお茶をする時の装いなんだがねえ……ふむ」

 なんか後ろで聞こえるけど、全然聞こえてない。

 驚いたことに、彼女はスカートをはいていた。

 元々オルガの恰好は研究者然(けんきゅうしゃぜん)としたものでなく、ズボンでもスカートでも似合うようなフォーマルなデザインの服装である事が多かった。でもそれは砂漠の町だったり、乗り物に乗っての登場だったわけで。

 要するに、何か理由があっての事だと思ってたんだよね。

 ああしかし。似合うなスカート。

「なんだねえ?」

「いや……似合うなスカート」

 

 な、なんでこんなドキドキするんだろう?

 

「完全に目が泳いでるね……」

『主様の生命力が激しく増大しています。おかしいですね、確か主様が最後に交尾したのは』

「はいそこストップ、このタイミングでその話題はナシだよ」

『よくわかりませんが了解です』

 オルガは目を白黒させて、そして何かを悟ったようでにっこりと笑った。

「こんな場所で悪いけど、よかったらお茶するかねえ?」

「あ、うん」

 言われるままにテーブルにつく。

 と、そこでふと気づいた。

「ありゃ」

「何かねえ?」

「なんだこれ、○ゴスのテーブルセットじゃないか」

 日本のキャンパーならあまりにもおなじみの代物が、そこにあった。

「実用最優先という感じだけど、品質もいいしパッキングしやすいのだねえ」

 そういうと、見慣れない金属製の器具を操作し始める。

 それはまるで、真鍮でできたサイフォンだった。おそらくこの世界の嗜好品のための道具だと思うけど、デザインがすごい。まるで中近東の水タバコだ。なんともいえない。

「これはタブフォンというのだね。ハチにわかりやすく言うならば、パーコレーターやサイフォンのような器具に近いものだねえ」

「ああ、やっぱりそういう機械なんだ。で、何を入れているの?」

「もう少しでわかるんだねえ」

 少したつと、コーヒーというより紅茶に近い匂いが漂ってくる。

 ただし紅茶よりは強い。つーんと刺激があるけど気持ち悪いものではない。

 オルガはタブフォンの一部を外すと、横にカップらしいものをいくつか並べだした。

「ああ、うん、わかったねえ」

「?」

「なんでもないねえ」

 この時、余裕のない俺は気づかなかったんだけど、アイリスたちに飲むかと確認してたらしい。

 結局、オルガは三つのカップを出して注ぎだした。

 あ、注ぎ方が地球と一緒だわ。

「東大陸式のタブ茶だねえ。リラックスしてゆっくり飲むものだから、飲むスタイルは気にしなくていい。だけど急ぐと火傷するから、ゆっくり、ゆっくり飲むのがいいねえ」

「おう、ありがとさん」

 三つ目は放置なのか?

 あ、もしかして?

「三杯めは妖精か何かの霊にあげるのか?」

「!」

 俺がそれを言うと、なぜかオルガが驚いた顔をした。

「まさか一発で言い当てるとは思わなかったねえ。

 タブ茶の本式の入れ方では、必ず人数より二杯多く抽出して、そして一杯多く入れるのだねえ。ご指摘の通り『ここに来たくても来られなかった者』に贈るものだねえ」

「なるほど。じゃあポットに残る一杯は精霊むけか?」

「まさにその通りだねえ。

 ちなみに旅の時なんかはポットの中だけでもかまわないとされているねえ。精霊は旅の守り手でもあるとされているから、精霊への賄賂(わいろ)は忘れちゃいけないのだねえ」

「賄賂かよ!」

 思わず笑っちまった。

 だがその時、俺はオルガが少しさびしそうな目で三杯目のポットを見ているのに気付いた。

 指摘しちゃいけない。

 そんな気がしたのだけど、つい言っちまった。

「ご家族か誰かかな?」

 でもすぐ、その言葉を後悔した。オルガがビクッと大きく反応したからだ。

「悪い、デリカシーなかったわ」

「いや、いいんだねえ……父様と母様を思い出してたんだねえ。もし、私が男とお茶してるなんて知ったら、どんな顔するだろうかってねえ」

「そうか。もしかしてご両親て」

「ふたりとも同業者、つまり研究者だったねえ。研究中の事故で行方不明になったねえ」

 行方不明?なんだそれ?

「研究中の事故で行方不明て……もしかして深海とか地底でも行ってたのか?」

「次元転移の研究をしていたんだねえ。おそらくふたりとも、時空の彼方へふっとばされて即死だと思うけどねえ」

「そうか……重ね重ねすまん」

「いいんだねえ。……むしろ、知って欲しかったからねえ」

「知ってほしかったって……!?」

 思わず顔をあげた俺は、そのままフリーズした。

 目の前に、カップをマグのように両手で持ち、身を乗り出したオルガの顔があった。

「お……」

「旦那にと見込んだ男に、自分を知ってもらいたいのは当然の事じゃないかねえ?」

「そりゃま、そうだな」

 やっとの事で俺は言葉を紡いだ。

 

 ところで関係ないが、今の俺の恰好。

 ユニクロで買えそうな感じの伸び縮み素材のズボンにグレーのヘインズのシャツ。散髪をさぼり気味で、ちょっとボサボサ。靴はダンロップ製で、日本人の足の形にあわせた、ちょっと短めの茶色のやつ。

 

 キャンパーにしても酷いよな。オルガのエスニックな恰好に似合うとはいわないが、もう少し何とかすべきだったか。

 ……うん。もう少し、自分の装いについて考えるべきかもしれないな。


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