準備?
前代未聞の巨大トンネル。
いや、正しくはそれはトンネルではないかもな。少なくとも道路トンネルではないらしい。
え、なんでそんな事がわかるのかって?
もちろん、アイリスが異常な熱意で速攻調べまくった結果なんだけどね。
「パパ。そこにキャリバン号乗せてくれる?」
「あいよー」
指定の位置にキャリバン号を止めると、何かセンサーみたいなものが動き出した。
「何やってんだ?これ?」
「サイズや重量を測ってるんだよ。まるごと積載するからね」
「積載?」
俺は周囲を見て、そして言った。
「もしかして鉄道か何かなのか?カートレイン?」
「カートレイン?」
「地球によくあるサービスだよ。道路がない区間とか、そこだけ鉄道で車を運んでもらったりするんだ」
「へえ」
日本では赤字続きで消滅したカートレインだけど、世界的には結構あると聞いたことがある。
まぁ、4200kmもの長さを自走させるわけにはいかないよなぁ。
日本の例でいうと、日本の道路トンネルってのは最長でも20kmを越えない。しかも10kmクラスになると高速道路のトンネルだけになるし、そうでなくとも5kmを超えるトンネルは、液体燃料みたいな危険物を積んだ車は通れない等、制限が設けられている。
これらはもちろん、事故があった時に洒落にならんからって意味もあるそうなんだよね。
実際、たとえば青函トンネルで玉突き事故なんてやっちゃったら、復旧にかかる総額がいくらになるか想像もつかん。だからこそ鉄道のみの通過になっているわけで。
そう考えれば、4200kmのトンネルが列車利用前提なのは、当然といえば当然だった。
話を戻そう。
アイリスは今、この建物の一角にある作業パネルみたいなものと格闘している。古代語でなかなか大変だそうだ。
すまんアイリス、俺にはもうこのへんの言葉は何がなんだか。
それはアイリスによると作業用のコンソールで、本来は本格稼働を開始すると外されるものだったらしい。
それがどうして今も残っているかというと、
「途中で工事中止になったけど、いつか再開を考えてたんだと思うよ。でなきゃ、こんな後付けの設備が何千年も生きてるとは思えないし」
「あ。やっぱり何千年なのか」
「うん。正しいところは不明だけどね。もしかしたら万年かも」
「うへ……」
これだから、古代超文明ってやつは。
なんでもアイリスによると、電源らしきものをオンにしたら普通に動いて驚いたとか。そりゃ驚くよな。
「ところでアイリス。積載が前提なら、移動中はキャリバン号の中にいる前提なの?」
「えっとね」
パネルを操作してあれこれ確認していたアイリスが、ふむっと首をかしげた。
「降りて歩き回ってもいいみたい。だけど車両間の移動は禁止だって」
「車両間?」
「えーとね、こういうのらしいんだよ。ほら」
「お」
突然に空中に情報パネルみたいなのが開き、そこにSFチックな乗り物が表示された。
「こういうのが何台もつながってるんだって。外見写真は……サンプルだけど、これかな?」
「うわ。何か未来小説に出てくるリニアみたいだな」
超文明の産物のわりにはアナクロじゃないか。いいけどさ。
要は地球の貨物列車みたいなものか。基本が荷物だから、中でうろちょろする事は想定してないと。
「ところで、向こうまでの所要時間はどれくらいだ?数日かかるなら食糧仕入れて来ようぜ?」
「えっとね」
ふんふんと調べていたアイリスが一瞬「ゲッ」という顔でフリーズした。
「どうした?」
「えーとね、速度が選べるらしいの」
「速度が選べる?どういう事だ?」
「えっとね、この路線は実用稼働する前に閉鎖になったから、今使える路線はあくまで試験用なんだよ。で、速度や安全設定を手動でするようになっててね。
……まぁ細かい説明は飛ばすけど、ぶっちゃけ、細かく速度設定を選べるわけ」
ほうほう。
「ちなみに、一番遅いのは?」
「到着は来年になるねえ」
「なんだそりゃ、どんだけ遅いんだよ」
「路線検査用速度だって」
「なるほど」
こんだけ長いのを一気に検査したら、そりゃそうなるか。
「ちなみに最後に検査したのはいつだ?」
「一昨年だって。あ、これはアマルティア暦での話ね」
「俺たちの使ってる単位だと?」
「去年の年初めだね。どうも定期的に検査運転しているらしいよ」
「すごいもんだな」
「ホントだね」
要するに、いつでも再稼働させられるようにしてあったんだろうな。
まさか、こんな大規模なものを永久的に放置する事になるとは……なんとも皮肉な話だ。
「ちなみに、一番速いのだと?」
「二時間四十四分だね」
「おいおい、4200kmをか?」
「うん」
いくらなんでも速すぎるわ!
「それは、さすがに安全面が心配だな。保安チェックをしつつ早めに行ける方向で調整してくれ」
「わかった」
「マイ、悪いがアイリスについててやってくれるか?まさかの時は守ってやってくれ」
「ワカッタ」
「パパはどうするの?」
「俺は一度外に出て、オルガあてに連絡できないか試してみる」
アイリスの言葉に俺はうなずいた。
「これがうまくいったとして、いきなり魔大陸に出る可能性があるんだろ?連絡のひとつもいれとかないとな」
なんたって魔大陸唯一の知人だし、俺もできれば会いたいと思う。
「よし、じゃあ始めるぞ。
アイリス、マイ、たとえ何か問題があっても一時間後には一度戻ってくるからな。充分に注意してくれ。
あと、何か不測の事態があったら、いつでも迷わず緊急連絡飛ばせ。いいな?」
「わかった」
「アイ」
外に通じる出口がないもので、出入りには次元潜航のできるキャリバン号を使うしかない。
とりあえず、再び谷底に出た俺はさっそく遠距離通信を試みる事にした。地底にアイリスたちを閉じ込めてしまっているのだから、用はさっさとすませるに限る。
「問題は、どうやって連絡するかだよな……」
うまい方法はないかと悩んでいたらルシアが一言。
『主様。今度は自分にやらせていただけませんか?』
「できるのか?」
『はい。この地域の植物ネットワークを使って、何とかやってみます』
ルシアがこんな申し出をしてくるとは珍しいな。
あれか。アイリスがいないなんて珍しいから、そのぶん頑張ってくれるつもりなのか?
『接点確認、通信開始……ギルド間ネットワーク確認。接点探索開始……』
しばらく悩んでいたルシアだったが、やがて返答してきた。
『主様。どこの支店か不明ですが、サイカ商会のオフィスが呼び出せたようです』
「なんだって?どうやったんだ?」
『先刻の主様の通信を記録しておりますので、通信方式を真似てみたのです』
「……なるほど」
さすがチート。呆れるほど有能だなオイ。
「あれ、でもそれなら接続先はネビアル支所じゃないの?」
『ネビアル支所は無理のようです。中継に使えそうな植物がつかまりませんでした』
「あー……なるほど、植物同士の通信経由なのね」
『あ、はい。そうですけど何か?』
「いや何も」
そりゃまぁそっか。あくまでルシアは植物だからな。
「まぁいい、とにかくつないでくれ。俺が話そう」
『はい、どうぞ』
何か通信音が脳裏に響いて、そして通信相手が出た。
【はい、サイカ商会です。申し訳ありませんが、通信先が確認できません。この通信はどなたのものでしょうか?】
「こちら異世界人のハチです。ちょっと特殊な方法で接続しているので、申し訳ありません。
そちらサイカ商会との事ですが、どちらの支店になりますか?」
【こちらはクリネル支店です。お久しぶりですハチ様、お元気でいらっしゃいますか?支店長のミケーネです】
まさかのクリネル支店かよ!うわ、よくつながったなぁ。
「お久しぶりです支店長さん。突然のお手数ですみません」
【いえ、かまいませんが……何かありましたか?つい先刻、ネビアル支所に接触があったと連絡が届いたばかりなので、少々驚いておりますが】
そりゃ驚くよな、サイカの窓口通信は伝声石の一種で、ギルドや国のネットワークと違って長距離対応してないはずだし。
「これは樹精王様のネットワーク経由なんで。急ぎなので通信方法を選べなかったんです」
【なるほど】
どうやら、その言葉で納得してくれたらしい。
【話を戻しましょう。急ぎという事ですが?】
「はい。そちらからオルガ……オルガ・マシャナリ・マフワンに伝言をお願いする事はできますか?」
【オルガ嬢ですか。うちのサイカ経由なら可能と思いますが、何をお伝えになります?】
「はい。『緊急移動了解、明日か明後日』それから『「ナウハリスチューブ」』と」
キーワードだけで充分だろうと思った。
しかし、俺の言葉にミケーネさんは思いっきり反応した。
【ナウハリスチューブ?まさか伝説の大深度地下超高速鉄道をご利用になるのですか!?】
うわ、なんか喰いついてきたし!
「いやいや、まさかですよワハハハハ。ま、とにかくそう伝えてもらえます?」
【……わかりました。では『緊急移動了解、明日か明後日』それから『「ナウハリスチューブ」』ですね?確かにオルガ様にお伝えしましょう】
「すみませんけど頼みます。近いうちにどこかの支店に顔出しますんで、仲介手数料はその時にお支払しますんで」
相手は商人だ。いくらなんでも、これを無料ってわけにはいかないだろ。
そしたらミケーネさんは通信の向こうでウフフと笑って、
【そうですか、わかりました。でも、そうお高くはなりませんし、この程度なら無料でも結構ですが?】
「いやいや、そう色々とロハは申し訳ないし、こっちも気軽に頼めないでしょ?」
【なるほど……手数料についてはサイカの方に確認して決めさせていただきますので。ではまたのご利用を】
「はいよ、よろしくー」
通信が切れた。
時間を確認すると、まだ20分とたってない。少しだけ時間あるかな?
「戻る前に食糧チェックするか。ランサ、ルシア、周囲を警戒しててくれ」
「わんっ!」
『了解です』
彼らに任せておいて背後のブースに移動、食糧庫をチェックする。
ふうむ……。
「あと三日ってところか。それに魔獣分が足りないな」
これは、ちょっとゲットして終わりってわけにはいかないだろう。一度戻ってアイリスと相談すっかな。
「よし、一度戻るぞ」
「わんっ!」
『わかりました』




