忘れられた道
方針変更はいいんだけど、具体的にどうすればいいのか。
さっそくだけど、俺たちはキャリバン号の中で緊急会議を開く事になった。
「俺も参加するけど、先にはじめててくれ」
「わかったー」
いや、まだ移動中だからな。
後部座席の方で始めているメンツに声をかけつつ、俺は運転に集中だ。
例の次元潜航モードで山の中を通り、地下に降りていく。
運転中の俺はどちらかというと楽天家だと思うけど、そんな俺でも亜空間なんつー得体のしれないところを移動中に油断する気はない。だから先に会議をはじめてもらいつつ、俺は下に、下にとキャリバン号を降ろしていくのに集中していた。
「だからね……」
『それは……』
アイリスたちも、こっちに聞こえないように気を使ってくれているようだ。
俺ももちろん、それに答えなくちゃな。
山っていうやつは全て均等にできているわけじゃなくて、岩質などによって深い裂け目があったり、鍾乳洞みたいな空間や、水流にぶつかる事もある。亜空間にいる限りは別に突然墜落するような事もないんだけど、地表からあまり離れないように設定してあるんで、あまり広い空間があると迂回するしかなくなる事もある。
そんなわけなんだけど。
「……なんだと?」
「どうしたの?パパ?」
「アイリス。この山、中に人工建造物があるみたいだ」
うん、間違いない。
次元潜航モードにすると周囲の地形がワイヤーフレームで表示されるんだけど。
「だいぶ下の方なんだが、立方体だけでできてる横倒しのビルみたいな空間があるんだ。しかも、そこからラインが東に延びてる。探知外まで」
これは……絶対とは言わないけど、人工のものじゃないか?
「それ、どういうこと?」
「俺にもわからん。アイリス、悪いがこのあたりに何かないかタブレットで調べてみてくれ」
「何か?」
「このあたりに昔、人工の設備がなかったかってな。それも単体の建物じゃなくて……これは鉄道か何かの駅かな?」
「わかった」
そういうとアイリスはタブレットに向かった。
ちなみにルシアは亜空間では役に立たない。外部のセンサーが使えず植物ネットワークも役立たない以上、タブレット未満の仕事しかできなくなってしまうからだ。
さて。はたしてアイリスの調査結果は?
「……出たよパパ。確定じゃないけど」
「ほう。なんだって?」
「ナウハリスチューブ。大昔の大深度地下ハイウェイっていうのがひっかかったよ。合ってるかどうかわかんないけど」
「ナウハリスチューブ?」
「うん」
「んー、なんだかよくわからないな。それについての詳しい情報あるか?」
「ちょっとまってね」
アイリスが提示してくれた情報は、ちょっと驚くべきものだった。
『ナウハリスチューブ跡地』
アマルティア時代の大深度地下ハイウェイ。現在の東大陸中央部・ネビアル付近から魔大陸西部・コアセルゲート付近まで続いていたとされている。現状もトンネル自体は残存するとされるが、東大陸側の出口が全く発見されておらず、魔大陸側も調査が終わっていない。総延長は4200kmに達する。世界最長のトンネルである。
本トンネルは大深度地下に造られた魔道トンネルの一種であるが、当時の東大陸で覇権を持っていた大国と魔大陸側との政情の問題から、完成間際にして埋められた経緯がある。
アマルティアの技術がふんだんに使われており、トンネル本体は現在も貫通している事がドワーフの研究者により判明している。しかし大深度地下である事、現在の人間族の技術ではアプローチ不可能である事から、アマルティア研究家および大深度地下遺構関係の専門家以外にはほとんど知られていない。研究発表を行ったドワーフも、具体的なアプローチ方法については明らかにしていない。
「……総延長4200kmだって!?」
おいおい。どんな化け物トンネルだよそれ。
「どうする、パパ?」
「……とりあえず、空間に潜望鏡突っ込んでみる」
安全かどうかわかんねえからな。
亜空間側から近づいて見る限り、やばいものがあるって感じじゃないけどな。温度警告もないっぽいし。
「中は……摂氏二度か。寒そうだな」
なんかメインフロアーっぽいところの下に移動して、そこから潜望鏡を出した。
「どおれ、ちょっと見てみるか……って」
その瞬間、俺は絶句した。
映っている景色はまるで、SF映画の宇宙船の中みたいだった。
壁はひたすらに白く、継ぎ目のようなものも見えない。
人のいるべき場所とそうでない場所が明確に区分けされているんだけど、これはどう見ても待合所か何かのように見える。
そして……驚くべき事に灯火類は動いてるようだ。
「どう?パパ?」
「……見てみろ」
何も言わずにアイリスに潜望鏡を回す。
む?と首をかしげつつ潜望鏡を覗き込んだアイリスだけど、
「うわぁ、なにこれ!すごい!」
「こりゃあ、おったまげたわ。しかも遺跡じゃねえなこれ。設備が生きてるぞ」
確かに、この世界にはオーバーテクノロジーの影がある。地球では想像もつかないようなエネルギー炉も見た。
だけど。
公共交通機関っぽいものの、しかも生きてるヤツを見る事になるとは。
「問題は内部の環境だな。エネルギーが通ってるんなら、保全のために窒素充填なんて事はないと思うが」
どうやって調査しようかね。
そんなことを悩んでいたら、
『主様。ぎりぎりまで浮上して、キャリバン号のアンテナだけ出していただけますか?そこから蔓を出して調査いたします』
「それはいいけど、大丈夫なのか?」
『わかりません。しかし最悪の場合は組織を切断いたしますので』
「そうか。無理すんなよ」
『はい』
言われた通りにギリギリまで浮上させた。
『しばらくお待ちを』
「おう」
少し待つと、本当にルシアはデータを集めてくれた。
『有害な要素は認められません。少々寒いかと思いますが南大陸と大差なく、危険はなさそうです』
「ふむ。低温になってる理由はわかるか?」
『おそらく閉鎖空間となっているためと思われます。また、何らかの理由で氷結しない温度を維持している可能性があります』
そうか。
そんなこんなを話していたら、アイリスが「ね、ね」と急かすように言った。
「危険はないんでしょ?入ってみよう?ね、ね?」
「まてまて、落ち着けこら」
いきなりガキみたいに好奇心むき出しになりやがってもう。
おまえは竜族かよ……って竜族だったな一応。
とりあえず、今アイリスが使い物にならん事だけはよーくわかった。
「ルシア、それからマイも頼む。
今から浮上するが、何か危険な要素があったらすぐに警告してくれ。ただちに退避するからな」
『わかりました』
「アイ」
よし。
「そんじゃ浮上する。ってアイリス、ちゃんとシートベルトしないと上がらないぞ」
「えー」
「えーじゃねえっ!」
好奇心は猫も殺すっていうけど、この世界じゃ竜の間違いだな、絶対。
浮上してみると、そこは潜望鏡で見た以上にSFの世界だった。
「アイリス、タブレットで安全チェック。外の状況を改めて調べてみろ」
「おおおおおーっ!!」
「……ルシア頼む。マイもな」
『わかりました』
「アイ」
あかん。アイリスが完全に壊れちまってる。
しばらく、ルシアたちがウニウニ、フニフニ、テケリリと周囲をチェックして回っていたが、
『とりあえず安全ではないかと。ただし注意点がひとつあります』
「注意点?」
『探索可能範囲ギリギリまで調べましたが、外部と完全に隔離されているようです。そして生命体の気配が全くありません。ゆえに、まったくの安全であるとは断言いたしかねます』
「……未知の危険があるかもって事か?」
『はい』
ふうむ。
「マイ。おまえの方はどうだ?」
「……危険、ナイ。デモ、食糧ガ必要」
「食糧が必要?なんでだ?」
俺が聞くと、マイはうなずいた。
「アルジ、ココ通ル、終点マデ?」
「ああ。危険がないなら、それを考えてる」
フムフムとマイはうなずいた。
「ココ、命ケズル結界、張ラレテル」
「命削る結界?なんだそりゃ?」
「汚スモノ、腐食スルモノ、中ニ入レナイ。入ッテモ、生命力ヲジワジワ削ラレテ死ヌ。ダカラ、ココ、生キ物、イナイ」
「生き物をじわじわ弱らせる結界って事か?」
「ウン」
ほほう、それはまた。
『どうやらドワーフの、ひいてはアマルティア技術のもののようですね。
マイ。それは主様にわかりやすく言えば、設備保全のため、万が一にも侵入した小動物やバクテリア、植物などを殺す効果のある障壁、という表現でよいですか?』
「ウン。ソンナ感ジ」
ああなるほど、そういう事か。
「じゃあ、もしかして長時間ここにいると危険ってことか?」
「連続デ二か月以上ハイナイホウガイイ」
「二か月!?」
「アイ」
「あー、そりゃあないわ。問題ねえな、うん」
思わず俺は首をふった。
いくら設備がよくても、こんな窓もない大深度地下に一か月とか、冗談じゃないぞ。
「とりあえず空気は問題なし、危険な生き物もいないって事だな。
設備の安全性を調べて、よさそうならここを通る前提で計画を練りたいんだが、手伝ってくれるか?」
『はい、もちろんです』
「アイ」
ふむ。
ルシアとマイはいいお返事なんだが。
「……」
あかん。アイリスはまだ壊れてる。窓の外を食い入るように、魅入られたように見まくってるし。
こりゃあ、こっちの話なんて全然聞いてねえな。
「アイリス」
「……」
「アイリス」
「……」
「アイリス!」
「!!」
アイリスは、びくっ!と反応すると、「え?え?」という感じで周囲をきょろきょろと見た。
「えっと、パパ、呼んだ?」
「うむ、おまえに頼みたい事がある。ここのターミナルを探して操作方法を調べてくれるか?」
「え、わたしが?いいの?」
おいおい、すげえ食いつきだな。
「ここの設備は地球のとは全然違うからな、俺よりおまえが確実だろう。
で、操作方法がわかったら俺を呼べ。できるか?」
「う、うん!やる!やるよ!」
「おう、頼んだぞ」
なんていうか。
アイリスにものを頼むのが、ここまで不安に感じるっていうのは、はじめてじゃなかろうか?




