ケイコクの道
お久しぶりです。
オルガからのメッセージを見て、急遽予定を訂正。ネビアルにあるサイカ商会のオフィスを目指す事にした。
といっても、現状は方向転換する事はない。
ネビアルは山国で、そこに至る道の分岐点は250kmほど先。そこから北に入り、ぐぐっと山に入るらしい。つまり、とりあえずはそのまま走り続けるわけだな。
「で、この先は山道になるのか?」
「山道というより、渓谷ぞいの道になるみたい」
「ほう」
渓谷沿いの山道か。
四国出身の俺としては、山中の渓谷沿いの道というと険しいのを想像するんだよな。有名なところでは国道32号の山間部の道とか。
静岡周辺の人なら、国道152号・秋葉街道で長野方面に向かうと思えばいいだろう。あの、まさに酷道って言葉がふさわしい険しすぎる越境道。
まぁ、大陸にまさかアレはないと思うけどなぁ。
「なんだこりゃ。すごい渓谷だな」
「だねえ。絶景?」
「ああ、こりゃ絶景だわ」
まるで崖、いや壁といっていいほどのオーバーハングの大渓谷。
そんな中を、山肌に蛇のように張り付き、蛇行しながら進む一本の馬車道。
こりゃすげえわ。
この世界に来て以来、大陸っぽい広い景色か、あるいは遺跡ばかり見ていた俺には、なかなかに鮮烈な崖っぷちの街道だった。
ま、危険度もたっぷりだけどな。
「こりゃ飛ばすのは危ないな。ゆっくり行くぞ」
「うん、わかったよ」
ガードレールもなく、外れたら谷底いきだからな。注意するに越した事はないだろう。
俺は速度を路線バスなみかそれ以下まで落とし、キャリバン号をゆっくりと走らせはじめた。
いやしかし、それにしても凄いわ。
この世界に来て以来、地平線が常時見えるような壮大なスケールの景色にも慣れた。
だけど、この日本アルプスか四国山地かっていう大渓谷も凄いわ。しかもこれ、俺たちは途中で合流したようなもので、本来の長さは千キロにも達するっていうんだから、とんでもねえ。
こういうのが見られるのも旅の醍醐味ってやつだよなぁ。
ほら見ろよ。
アイリスもランサも、マイまでもが外に注目してるぜ。
ルシア姉妹はわからないが、見た目だけは成人女性のアイリスも含め、全員が少なくとも精神的にはお子様だからな。
あははは。
ランサ、窓にべたーって張り付いてら。確かに絶景だけど、わんこ目線でも面白いもんなのか?
だけど。
「……ち、やっぱり要注意かな」
「なに?パパ」
「みんな、景色に見とれてるところに悪いがちょっと聞いてくれ」
俺は全員の耳と目を集めた。
「ここ絶景なんだけど緑が少なすぎる。たぶん上も、法面も、そして路盤も崩れやすいはずだ。たとえばホラ」
俺はキャリバン号をゆっくりと停止させると、左側の壁を指差した。
「ほれ、ここの壁見てみ。崩れた後が上まで、ずーっと続いているだろ?……お」
言ってるそばから、カラカランっと音がして上から石が転がり落ちてきた。
それは途中ではねて、一部は法面の下の瓦礫の山におさまった。そして一部はキャリバン号の前を跳ねながら通過し、そのまま右の崖下に落ちて行った……。
「……」
あまりのタイムリーさに、皆は沈黙してしまった。
気まずいな、おい。
「……あーコホン、今のは石ころだが、岩だったりしたらキャリバン号だってやばい。また上じゃなく、この道の下が崩れる可能性もゼロとは言えない。
そんで、だ……これを活用しようってヤツにとっても、ここはいい場所かもしれない」
「!」
俺の言いたいことを理解したのか、皆の顔が引き締まったような気がした。主にわかりやすいアイリス。
「すまんが頼む。わずかでもいい、何か異常を感じたらすぐに教えてくれ」
「わかった」
「わんっ!」
『わかりました』
「アイ」
「ん、ありがとな。
それからアイリスとルシアは周辺状況で観測されるものに注意。道や周辺の状況、あと生きてるもの、少し離れてても不自然な建造物なんかもね」
「わかった」
『了解いたしました』
オルガから突然に来た知らせとか、あやしい事だらけだからな。注意するに越した事はなかろうよ。
そして俺はキャリバン号を再スタートさせた。
少し走っていると、さっそくルシアが反応を示した。
『主様、よくない知らせです』
「どうした、何かいたか?」
『敵対者です。この先ネビアル分岐までの街道全ての休憩地点に、我々に対して悪意をもつ者が潜んでいます』
「……マジ?例外なし?」
『マジです。例外なくです』
ちょ、待てやこら。
いきなりそれか?
そこまで本格的に来るとは想定外だよ畜生。
「予想以上に本格的攻勢だな。ルシア、このまま走って最初の接触は?」
『約十二キロ向こうの休憩ポイントです』
「やれやれだな。よし、なるべく詳しい調査頼む」
『わかりました』
「アイリスはドラゴン氏に問い合わせしてもらえるか?人間族世界に何かヘンな動きはあるかって」
「わかった」
「ランサもマイも、変なのきたら警告頼むぜ」
「わんっ!」
「アイ」
さて、どうしたものか。
こちらに悪意があるのはわかるが、そんなに戦力分散させて何をするつもりなんだ?
そんな事を考えていたら、今度はアイリスがピクッと反応した。
「どうだアイリス?ドラゴン氏はなんて?」
「グランドマスターの情報網には何もないって。だけど聖国の、例のパパの嫌いな女から通報があったって」
「ほう?なんて?」
「中央大陸の人間族国家が、キ民連と裏取引したっぽいって。キ民連はパパ狙いに限り人間族国家が山脈上、および山脈南部の周辺国家を徘徊する事を妨害しないって」
なんだそりゃ?
そう言いかけて、俺は気づいた。
「ああ、そういう事かなもしかして」
「え?」
「ほらアイリス、テーチス山脈近郊の小さい国って確か、山奥の地形なのを利用してキ民連の侵略を防いでるって言ってたよな?」
「うん、そうだけど?」
「バラン国周辺の政情不安定があるだろ?あれに便乗して人間族国家にテーチス山脈周辺の国を荒らさせる。で、それらの国が乱れたタイミングで彼らはそれらの国をおいしく制圧しようとか、そういう思惑があるんじゃないのか?うまくいくかは知らないけどさ」
「……んー、よくわかんないけど可能性はあるかも」
『人間の政治の事はよくわかりませんし他に要因があるかもですが、有力な仮説のひとつと考えます』
ふたりともすごい優秀だけど、そもそも人間じゃないからね。暫定的だけど可能性はありって事か。
「原因がどうあれキ民連が手を貸してるんなら、そこいら中に誰か潜んでても不思議はないねえ」
『まさにご近所ですからね。どういたしますか主様?』
「走る分には問題ないだろ。張れる限りの広域結界を使うなり、あらかじめ排除しつつ進めばいい。それより問題は」
「休憩中だね。場所を特定されて結界破りされたら、ゆっくり休める場所もなくなっちゃうよ」
「ああ、そうだな。そっちが一番怖ぇや」
最悪の場合は夜も走ればいい。だけど危険もあるし。
だいいち、なんか腹立たしいじゃないか。
こんな景色の綺麗なところで、どうしてくだらない連中に振り回されなくちゃ……?
「ん、まてよ?」
「何かアイデアあるのパパ?」
「いや、ちょっと待って……ふうむ」
少しだけ俺は考えて、
「……何とかなるかもしれないな」
「本当?」
『主様、どのような手段をとられるつもりなのですか?一本道で逃げ道なしの、この状況下で』
「あー、うん。さすがに俺もやった事ないから、一度試してみるけどな」
俺はそういうと、にんまりと笑ってやった。
街道上の休憩所。
迂回路のない崖っぷちの細道街道であるここには、ところどころに駐車に使える少し広いポイントがある。そして約五十キロごとに、大きな商隊でも何とか泊まれるくらいの広い空間も用意されている。
ここはバランを通る国際ハイウェイと並ぶ交通の要所のひとつだが、とにかく迂回路が少ない。そのため、さまざまな工夫がなされているのである。
そうした場所のひとつに、彼らは陣を構えていたのだが。
「異世界人の『クルマ』をロストしたという報告が」
「見失っただと!?」
指揮官らしき男が目を剥いた。
「ばかな、一本道だぞここは!まさか下に落ちたとでもいうのか?」
「わかりませんが、結界ではないかという可能性もございますから!」
「お、結界か。なるほどな」
ふむふむと指揮官はうなずき、そして指示を出した。
「結界師に調べさせろ」
「すでに手配してございます。ほどなく何かの報告がありますかと」
「そうか、でかした。……しかしそうなると厄介になるな」
「ですが隊長、この道を何百キロ走るつもりか知りませんが、いかに樹精王の眷属がいても永遠に結界ははりっぱなしは難しいのではないかと」
「確かにな」
そういうと指揮官は、道路を塞いでるバリケードを見た。
「結界は所詮結界だ。道を封鎖されてしまえば姿を現すなり、突破するしかない」
「はい、自分もそう思います」
「うむ。では探索を続けよ」
「はっ!」
彼らは打ち合わせの後、それぞれの方向に散っていた。
『……』
そんな彼らの背後の地面から、何か奇妙なものが生えていた。
それはどこか潜望鏡に似ていた。しかし奇妙なことに、それは地面の上に生えているように見えた。
『……』
やがて、その潜望鏡じみたものは、まるで潜航する潜水艦のようにゆっくりと、どこかに進みながら地面の中に消えていった。
「……?」
その光景を偶然に見た兵士のひとりは一瞬「ん?」と眉をしかめた。
だが、よく目をこらすと何もなかったので、気のせいという事にして歩き去っていった。
「……うはははは、怖っ!」
あははは、ビビッたわこりゃ。いやマジで。
目の前にある潜望鏡みたいなのを畳むと、それはスルスルと天井に吸い込まれていった。
え?何やってんだって?
キャリバン号の中はいつものままだった。ただし窓の外は全部深海か何かみたいなよくわからない闇で、当然何も見えない。
フロントガラスの方は、ワイヤーフレームで色々なものが表示されている。で、『行動可能範囲』と書かれた赤いチューブのようなものが描かれていて、キャリバン号はその中を進んでいる。
「……呆れたよ。まさかこんな事までできるなんて」
「いやぁ、やればできるもんなんだなぁ」
アイリスが、呆然と窓の外を見ていた。
『主様申し訳ありません。自分には全く理解不能なのですが。今、我々はどこにいるのです?キャリバン号はいったい?』
「ルシアにもわかんねえのか。じゃ、ちょっとだけ説明するよ」
俺はハンドルを握ったままうなずいた。
「俺の認識通りなら、キャリバン号は今、通常空間と隣接する亜空間を飛んでいるはずなんだ」
『あくうかん、ですか?』
「ああ」
ルシアの言葉に、俺はうなずいた。
「日本で見たアニメでな、次元潜航艇っていうのが出てきたのさ。隠れるもののない宇宙空間でも、通常空間とは違うところに潜んでやりすごし、死角から攻撃を加えるっていうとんでもない代物なんだが」
「……それって大丈夫なの?」
「あんまり大丈夫じゃないな」
アイリスの言葉に、俺はうなずいた。
「キャリバン号はあくまでクルマだ。浮上したり潜航する機能なんかないし、地面のない亜空間なんて移動するようにはできてない。
だいいち通常空間から離れすぎたら、どうやって戻ればいいのか俺自身にも想像がつかん。最悪、よくわからない異次元の彼方を永遠にさまよう羽目になるのかもしれない。
だから、ほれ。ああやって制限をつけてみたんだ」
俺はフロントガラスに映っている赤いラインと『行動可能範囲』の表示を見た。
「あくまで現実と隣接する空間で、しかも地面から3m以上離れられないようにしてある。当然、自由にどこでも行けるわけじゃないけど必要充分だろ。亜空間潜航技術なんてあいつらは持ってないんだからな」
「そりゃそうだよ……もう、デタラメなんだから」
『なんとなく概念はわかりますが。さすがに主様、規格外っぷりも成長されてますね』
「……何か褒められてる気がしないんだけど」
「褒めてないもん」
「酷っ!」
そういいつつ、俺はハンドルを谷底の方にきった。
「え、どこいくの?」
「もうすぐ昼だろ?こんなキモい空間でメシなんて勘弁だし、谷底に降りて忌避結界張ろうぜ」
『なるほど。谷底には魔道を使う魔物もいますし、多少の結界レベルでは上からはわかりませんね』
「そういう事。さ、いこうぜ」
「うう、わかった……」
しかし、今、このキャリバン号を客観的に映像で見たらどうなるのかね?
あのアニメに出てきた亜空間で。かっこいい宇宙戦艦が潜ったり出てくるところで、うちのキャリバン号がひょっこりと現れたりしたら。
…うははは、絶対ぶちこわしだよな、うん。




