山間の小道
まったり移動中。
昼食をとってから再び走り出す。
今まで走ってきたハイウェイと違い、今走っているのはせいぜい魔獣車でも走れるってレベルの道だ。要するに設定速度や何やが違いすぎるわけで、今までのようにガンガン飛ばす事はできない。
だけど、これはこれで悪くないと思う。
むかしの軽四を乗り回した事のある人ならわかると思うけど、基本的に高速走行は軽には苦行だ。このキャリバン号は色々あって結構飛ばせるようにはなっているんだけど、でもやっぱり車格が古い550のままだからね。やっぱり、ぶっ飛ばすというより路地裏や小道をまったり行く方がお似合いなんだよな。
「まったりしてるよなぁ」
「だねえ」
暑くもなく寒くもなく。
まぁ、あえて言えば直射日光でダッシュボードがちょっと灼熱。
「アイリス、ダッシュボードにタブレット置くなよ?熱で壊れるかもしれん」
「うん」
これでよく精密機械壊したよなぁ。なつかしや。
ところで、ちょっと気づいた事。
路面は簡易舗装レベルなんで荒れている。キャリバン号は浮いているから多少の凸凹の影響は受けないんだけど、でも、全然何もないわけではないらしい。
「うにょって、くるねえ」
「うん、くるよな。うにょ」
「うん。うにょ」
なに、わけがわからない?
つまりだ。
路面の凹凸の大きいとこにくるだろ?すると、唐突にキャリバン号の鼻づらがツンと持ち上げられるんだよ。でも車体前部が影響されるのでガツンと衝撃がくるんじゃなくて、うにょ、うにゃって感じになるんだな。
『そこは「ふにょ」の方が言葉として正しいのではないでしょうか?』
「そうかもな。うにょ」
「そうかも。うにゃ」
『……うにょで結構です』
よくわからないが、ルシアもちょっと投げやりみたいだ。
全体的に平和なまったりモードなので、俺は窓をあけて肘を出していたり。運転姿勢の悪い見本みたいなもんだけど、むかしトラックの運転習った富良野の親方が「マネすんじゃねえぞ」って楽しそうによくやってたんだよなぁ、これ。
ごめん親方、伝染っちゃった。出来の悪い弟子で申し訳ないっす。
「ットやべ、全員窓しめろっ!」
「!」
『!』
まぁ、あえて注意する事があるとすれば、この唐突の魔物襲来くらいかな。
あわてて手を引っ込めて窓閉める。
次の瞬間、キャリバン号全体にばき、ばこ、ぼこんと大量の激突音がしはじめる。
「うわすげ、ばこばこ激突してるぞ!」
『古代雀蜂ですね。これは大きい』
「でけえなぁ、おっかねえなぁ。……っておまえら何喰ってんだ?」
「わふ?」
「……ング」
げげ、後ろでランサとマイがボリボリ喰ってる!
「いいけど腹壊すなよおまえら」
『虫系の魔物はおやつにいいそうです』
「さいですか」
そう。
このあたりは道の結界が弱いんだけど、おまけにこの古代雀蜂ってやつ、結界が効きにくいんだと。
しかもまずい事に、通常は結界のプロのはずのルシアだけど、ハチ・アリ系だけは微妙に相性が悪いんだそうだ。
まぁ、ハチは木のウロに大きな巣作ったりするもんな。宿主の木にとってそれがいいのか悪いのかはわからないが。
まぁ、それにしてもだ。
「しっかし、おっかねえなぁ。このあたりの住人よく平気だな」
「この蜂、人間は襲わないってグランドマスターに聞いたんだけどなぁ」
「いや、ばりばり襲ってないか?アイリスさん?」
「そうだねえ。なんでだろ?」
不思議そうに首をかしげるアイリス。
そんな会話をしていたら、
『ひとつよろしいでしょうか?』
「お、何か情報があったのか?」
『情報ではありませんが。主様の記憶の中に、昆虫は人間の目に見えないものを見るとありますが、これは本当でしょうか?』
「ああそうさ。それを利用して、明かりで虫を引き寄せ殺す仕掛けも……って、そういうこと?」
『あくまで仮説ですが』
「ふむ」
つまり、ルシアが言いたいのはだ。
キャリバン号なり俺たちの誰かが、あのでっかいスズメバチ野郎どもを引き寄せているんじゃないかって事だな。
「興味深いけど、現状は実験できないな」
『ですね。リスクが大きすぎる』
ふむ。
おっと、とりあえず古代雀蜂のデータを見ておこうか。
「アイリス、古代雀蜂のデータくれ」
「はーい」
『古代雀蜂』
魔物化したスズメバチ。別名ゴブリンキラーと呼ばれ、集団でゴブリンを襲う肉食のハチ。大きさも異世界のネコほどにまで成長する。本種の亜種の中には2mほどに成長する例も知られている。
生息する地方ではゴブリンの数が極端に少ない傾向がある。
なお、ゴブリンにとってはおそろしい敵だが人間は全く襲わない。このため共存している地域も存在する。
「主食がゴブリンなのか!」
この世界のゴブリンの姿は記憶に新しい。
なんたって、見た目だけなら人間の幼女だもんな。で、近寄った人間を集団で襲い喰うってとんでもねえやつらだ。
そうか。ゴブリンの天敵だったとは。
「でも、だったらどうしてウチには迫ってくるんだ?」
『魔力かもしれませんね』
「は?それどういうこと?」
『ゴブリンは、あれで結構魔力が多いのです。
通常、人間とゴブリンの魔力を間違えるなんて事はありえませんが、異世界人の主様ならありえるのかもしれません』
「勘弁してくれ。どうすんだよそれ」
そんなもんまでいちいち対応できるかよ。
「ルシアちゃん、だったらパパの魔力を偽装できる?何か別の魔物に見せかけるとか」
『やってみましょう』
しばらくして、目にみえてハチの数が減り始めた。
「本当に魔力だったのか……」
『あくまで可能性ですので、しばらくは様子を見ましょう』
「あー、そうだな」
とりあえず、この地域を抜けるまでは集落への立ち寄りも、屋外で煮炊きも禁止になった。
やれやれ、でも仕方ないな。俺自身も危険だけど、誰かを巻き込むのも困るからな。
ヘンな制限がついちまった旅なのだけど、古代雀蜂はごく狭い地域にしかいないのが救いらしい。ぶっちゃけ、大きいかわりに繁殖力が低く、また対抗できる装備のある魔物に巣ごと襲われる事もあるそうなんだよね。
『しかも、寒さだけでなく暑さにも弱いのです』
「あ、それ知ってる。日本ミツバチとか、その弱点をついて、熱でスズメバチを殺すんだぜ」
「そうなの?」
「ああ。ふとんむし戦法なんていうんだけどな、とても昆虫とは思えないものすごい戦略だって有名になったんだよなぁ」
大きく、強くなる代わりに環境への耐性は低下しちまったって事か?
ふうむ。生存戦略ってのは異世界でも過酷なんだなぁ。
そんな会話をしていたら。
「あれ?」
なんか今、ポーンって音がしたぞ。
「スマホだ」
てか、メール着信音なんて久しぶりにきいたぞ。どういうことだ?
「悪い、ちょっと止める」
「はーい」
キャリバン号を路肩に停止させると、スマホをとりだした。
「ああ、メールじゃないのか。通知関係をメールと同じ音にしてたんだな。で、なになに?」
なんだろうと見てみた俺は、一瞬、自分の目疑った。
「……アイリス、ルシア」
「なに?」
『なんでしょう?』
「このルートでいいから、一番近いサイカ商会のオフィスってどこがある?」
「そういうのはルシアちゃんじゃ無理だね。ちょっとまって」
タブレットをいじりはじめた。
「あった。んー、ネビアルって国にオフィスがあるよ。たぶん300kmちょっとくらいかな?なに?」
「おけ。ショートメールってのがあるんだが『message arrived in Saika. Orga』だと」
「?」
「要約すると『メッセージがサイカに届いてるから読め、オルガ』って感じかな?」
ショートメールってあまり使ったことないが、これ文字化け対策で英語で送ったんだよな?
ま、さすがに英語力は俺と大差なさそうだが。
でも、ここ地球じゃないし端末もないだろうに、どうやって送ったんだ?それに、そもそも英語のメッセージなんて。
「……あきれたな。どんだけ凄いんだあいつ」
「その、すごい人に見込まれちゃってるパパもね」
「ん?」
「なんでもない。で、行くの?」
「ああ。何があったのか知らないが、確認は必要だろ?」
「……そうね」
それだけじゃないだろってアイリスの目が言ってる。
「まぁ、その、なんだ。あいつが何してるのかは気になるからな、そりゃ」
「……ま、これくらいで許してあげる」
ハハハ。




