たんぽぽ
ひさびさです。『α』の方が区切りついたので、こちらもひっそりと。
バラン国の問題から、ハイウェイをはずれて迂回する事を決定した俺たちは、翌日の朝、村の人たちに見送られて旅立った。
「ポワロ君、なんか向こう向いてるねえ。……かわいい♪」
「アイリス、そういうのは理解できても追求してやるなよ」
本当は寂しいのに、つーんとヨソ向いてるとか。いやま、確かに微笑ましいけどな。
一行が向かうのは、村の人たちがロシュ道と呼んでいた街道。これは裏道のひとつで一般には知られておらず、バラン国を迂回して北部の小国群に向かう道だという。
「普段は使わないけど、バラン国が不穏な時に使う道だって言ってたねえ。どんな道だろ」
「魔獣車もイケるとか言ってたけど、どうだかな。注意しながら行こうぜ」
「うん」
地元の人が通れると断言している以上、確かにその道はあるんだろう。
でもな、魔獣車を持ってない人が言う「魔獣車もOK」がどこまで信用できるかっていうと……さすがに怪しいというしか無いんだこれが。
あ、一応だけど、根拠を話しておくな。
時は過去。この世界じゃなくて、今は亡き俺の親父が若かりし頃の話だ。
昭和39年の高知県某所。異様に細い山道で、乗用車を何百メートルもひたすらバックさせている男がいた。
慣れない危険な山道の長いバックに冷や汗をかき、疲労の色が濃かった。
彼がそうなったのは、地元の人に道を尋ねた事に由来する。
「車?ああ、車だって通れるさ。行ってみなさい」
その結果がこれだった。
確かに道は通っていた。山崩れもなく、問題なく通れるはずだった。
ただしその道は昔の馬車道規格とおぼしきもの。小さな360ccの軽ならともかく、親父が乗り回していた普通車には狭すぎた。狭路を延々と走らされたあげくとうとう通れなくなり、転回もできず、仕方なく延々とバックして戻ったわけだ。
念のためにいっておくが、別に地元の人が嘘を教えたわけではない。
その人の記憶では、確かに問題なく広い道だったのだろう。どんな乗り物で通った記憶か知らないが、あの広さならこの車でも通れるさと、当時の印象による記憶からその人は判断し、教えてくれたに違いない。
おそらく、彼が同年代の普通車に乗っていれば同じ事は言わなかったのだろうが……。
記憶というのは主観的データであり、実際の客観的データと同じとは限らない。そのひとつの例といえる。
今のは親父殿の昔話なんだけど、俺も実際にクルマに乗るようになったら実感した。
この道が通じているか、という情報に関しては、やはり地元の人は強い。
だけどその地元情報には、リアルタイムな路面状況や幅員といった、実際のドライヴには必須の情報が網羅されているとは限らない。実際には非常に細い道だったり、途中で問題が起きる可能性もあるんだよな。
さて、そんなわけなんだけど。
「おっと、狭くなってきたな」
「うわ……大丈夫かな、これ?」
「わからん」
だんだんと道は、森の中の小道の様相を呈してきた。
厄介なのは荒れている事だ。ぎりぎりの幅なのに加えて大量の雑草が道に生えていて、走っているキャリバン号にバタバタと当たり始めたもんだからたまらない。
「くぅ?」
「おお、大丈夫だ。ちょっとうるさいけど我慢してくれな?」
「わん!」
なんだなんだと起きてきたランサの頭3つをなでてやり、さらに走り続ける。
しかし、まずいなこれは。倒木とかあったら気づかないかもしれない。
皆さんご存知のように、キャリバン号は地面から少し浮いて走っているし、多少の障害物なら勝手に乗り越えたり回避する。
だけど、わかると思うけど、たとえば時速60kmで走行中に唐突に障害物に乗り上げるような挙動をしたり、頭をふったりしてしまったら、どうなる?
そう。最悪の場合はコントロールを失い、重心の高いボックス車のキャリバン号なら転倒の可能性だってあるんだ。
むむ、どうしたものか。
そんな時だった。
『あいりすさん、悪視界モードにしてください』
「悪視界!?」
ルシアの声にアイリスが反応した。
『このままでは、下草に隠れた障害物を発見できず、予期せぬ挙動を起こしてコントロールを失う恐れがあります。悪視界モードなら障害物はくっきりと別れて見えますから』
そうか、その手があったか!
「アイリス頼む!」
「わかった!」
アイリスがタブレットを操作すると、途端にフロントガラスの風景がSFじみたものに一変した。
視界の全てにワイヤーフレームの光る輪郭が入った。そして障害物はいちいち赤で警告され、事前に減速したり回避も可能になった。
南大陸で使って以来、久々の悪視界モードだ。
「おー、こりゃ見やすい。ありがとなルシア」
『とんでもありません』
幸いなことに、致命的な障害物はほとんどなかった。ただ、魔獣車なら問題にならないような場所に大きな石があり、ヒヤヒヤしながら脇を通過したところが二箇所あった。
「ふう、あぶねえ。そのまま走ってたら、あそこでひっかかったなたぶん」
こんな細い道だ。振り回されたあげく、横の立木に激突していたかも。
そんなこんなでしばらく走ると、森の出口が近づいてきた。
「森が切れそうだな。現在位置を教えてくれ」
「森を出たら、しばらくは野原っぽいよ。昔は村があったらしいけど、今は廃村になってて建物も残ってないって」
「村があったのか。水場はあるのか?」
時間的に昼が近い。水場が残っているんなら、どこかでキャンプして昼にするのも手だと思うんだが、どうだろう?
だけど、アイリスは俺の意見に異を唱えた。
「あんまりゆっくりしてられないかも。狩りをするつもりなら別だけど」
「何かいるのか?」
「サニタ・サニアっていう魔物のコロニーなんだって。この時間は積極的に動いてないけど、何千っていう個体が野原の地下の穴にいて、獲物が近づくと動き出すらしいよ」
「うわ……で、強いのかそれ?」
「この街道の中に入ってこないレベルではあるみたい。でも」
「ああ、そうだな。ちょっとアレだよな」
「うん」
いくら結界に阻まれているからって、大量の敵性生物に囲まれてのんびりキャンプとか、ちょっとイヤだよな。
「わかった、じゃあここは通過しよう。次のよさげな場所はどのくらい先なんだ?」
「野原の中を26kmも進んだらまた森があって、その向こうに広場があるっぽいよ」
「わかった」
そんな話をしているうちに、森の終わりがきた。
そしてその向こうの景色を見た俺たちは、
「おや」
「あら」
そんな声をあげた。
森を抜けると、その先は……見渡すかぎりのたんぽぽだった。
「こりゃ凄いな」
見渡す限り、どこまでも続くたんぽぽ。
「まさかこれ、26kmずっと続くの?」
「続くみたい。このエリア全域がたんぽぽで埋め尽くされてるっぽいよ」
「えらいこった……ちなみに種別はわかるかな、ルシア?」
『妹を使わないのですか?』
「運転中だからな」
ルシア妹は俺の左腕になっているから、妹を使うならキャリバン号を止めなくてはならない。
だけど、今はなぜか止める気にならなかった。
『なるほど、わかりました。データを表示します』
「おお、よろしく」
『タンポポモドキ』
旧来のタンポポに似ているが魔物である。単為生殖能力を獲得しており、在来種のたんぽぽを押しのけて生態系を塗り替える。異世界のセイヨウタンポポという植物が精霊要素を取り込んで魔物になったものとされる。
近づく昆虫なども食べてしまうため痩せた土地にも住める強さをもつが、受粉率が在来種より低い問題がある。ゆえに普通の受粉とは別に単為生殖を併用し、どんどん広がっていく。
魔物が食べてもおいしくないらしく、魔物に襲われて廃村になった村を本種が埋め尽くす事がしばしばある。ゆえに、不吉の象徴として、魔のタンポポと呼ばれる事もある。
おい……よりによってセイヨウタンポポが元かよ。やれやれだな。
「なぁに、パパ?」
俺はアイリスに、日本におけるセイヨウタンポポの問題を話して聞かせた。
ちなみにセイヨウタンポポっていうのは日本でも環境省指定要注意外来生物であり。日本の侵略的外来種ワースト百にも選定されている。普通に増えるやつと単為生殖する三倍体の個体がいるが、日本で増えまくっているのは三倍体の方。田舎ではまだ古来のたんぽぽが頑張っているが、都会化するとこれがセイヨウタンポポに置き換わったり、よくても交雑種が溢れかえるんだと。
「おー、すごい花なんだねえ」
「凄い……いやまぁ、その、凄いっちゃあ凄いんだろうけどな」
これでもしセイタカアワダチソウみたいに巨大な植物だったら、絶対に不気味がられていたよな、うん。
「とりあえずこいつも魔物で虫くらいなら喰うらしいし、とっととやり過ごしてからメシにしようぜ」
「うん」
そう言うと、俺はキャリバン号を走らせた。




