情報
旅先で受ける善意や悪意は、いつの時代にもある。
たとえば、前話で旅先の悪意に触れたわけだけど、もちろんそうでない事もたくさんある。旅先で受けた思わぬ恩も多く、それだけを思い出し、悪い部分を無視する事だってできるだろう。旅先で受けた善意、ただそれだけを飾りたてる事も。
でも、それは俺の語り方ではないように思う。
ヒソヒソとこちらを向いて話す不穏な人々を尻目に、この土地は閉鎖的だからねと苦笑しつつも親身になってくれたUターン青年がいた。
とある離島で働き、住みたいと思ったけど「男はいらない」とまで言われた友人もいた。よそ者の男が島を去る時、島の女の子が出て行く原因になるからだそうだが、同時にその島で色々と親切にもしてもらったらしいのも、また事実だ。
いつだってそう。
どこにだって人の暮らしがあるのだから、当然そこにはそこの事情がある。だけど旅人はそれを知らないわけだから、問題が起きるのも無理はない。
ひとりの人間に、よい面も悪い面もある。
それがつまり、にんげんってやつじゃないかと思うんだ。
夕方になり。俺たちは村に戻った。
ちなみに釣果はトゲピー三尾に新しいのが一尾。ルシア妹でデータをみようと思ったら、ポワロ少年が教えてくれた。
『灰色頭』※現地名
このあたりでよく穫れる魚だけど、釣りではあまりとれない。コケや泥の中の小虫を食べるおとなしい魚だけど、暴れるとすごい。内臓はすごく臭いから、さばく時は内臓を傷つけずに外し、捨てる。
ほう。釣りだと食いつきが悪いって事か?食性の都合かな?
俺の仕掛けに食いついた理由はわからない。わからないが、針は完全に飲み込んでいたな。ちょっとだけボラを想像する魚だけど、ボラとも色々違うみたいだし。
まぁ興味深いところではある。
さて、それはそれとして本題の方だ。
そういや、いきなり釣り場だったんで村の事を全然紹介してなかったよな。では改めて。
ここは名もなき犬人族の村。いや、本当に名前がないんだってよ。
彼らは族長の名前を村にするそうなんで、あえて言えば今の名前はクオークの村だそうだけど、そういうのは仲間同士で、自分たちの村という意味でしか使わないんだそうだ。
ふむ。ちょっとわかりにくい文化だが興味深いな。
ちなみに風景としては、のどかな田舎の村としていいようがない。近くに大き目の川があり、ちょっとした山があり。北には山地もあるけど、大陸レベルの巨大なものではないようだ。
なんていうか。
畑の広がる風景など見ると、日本の大昔もこうだったのかな、なんて思ってしまう。
「ハチどの、いかがでしたかな?」
「あ、こりゃ村長さん。まぁ、こんなもんですかね」
「ほほう、これは立派なものだ。しびれませんでしたかな?」
トゲピーを見た村長さんが、そんな事を言う。
「ほら見ろ、あぶねえって言ったろ?」
うんうん、わかってるさ少年。
しかし村長さんとはいえ、ご老犬って感じの爺様にまで言われる俺って。
「ご注意ありがとうございます。まぁ問題なかったですよ。こいつ中央大陸にもいて、あっちから散々釣ってるんです」
そういうと、なるほどなるほどと村長さんは微笑んだ。
「ではハチどの、この魚の毒性が地域により違うのはご存じかな?」
「え、そうなんですか?」
それは初耳。時代により違うって記述は前に見たけどな。
あ、ちなみにポワロ少年も「へぇ」って顔になってたり。
「クロコ・クマロ、トゲピー、ハルカマ。このあたりでは痺れるという意味でビッピーなんて言いますな。地域によってたくさんの名前がある、つまりそれだけ水揚げの多い魚なわけですが、実は毒性もさまざまと言われております。中には真偽不明なのですが、刺されても問題ないが食あたりを起こしたという話も」
「……マジ?」
「ええ、マジですよ?」
にっこりと笑う村長さん。
「まぁ、このあたりの個体は問題ないようですがな。ですのでこの魚については、いつもどこかで注意すべきなのです」
「……なるほど」
大衆魚とはいえ油断すんなってか。
了解でございます。
さて、またまた話がずれてしまったので本題に戻そう。
わんこなポワロ少年なんだが、彼は実は村長さんの孫だったりする。ふつうこういう時は村長の「孫娘」なのかもしれないが、まぁ、そこは俺だからな。王道ファンタジーの主人公と同じような事にはならないんだろう。
村長さんやポワロ君と村長宅に戻ると、入口横にはキャリバン号が停まっている。
「おや、マイさんはどちらに?」
「中で寝てるんでしょう」
「ほう?今日は中に誰も入れないのでは?」
「うちは非常識な輩が多いもんで」
ちなみに今日、キャリバン号はこの旅初の、丸一日無人。まぁルシアはいたわけだけど、彼女の存在はここでは告げてないので。
だからドアはロックしているし誰も近寄れないはずなんだけど、そんな常識がマイに通じるわけもなく。
だから、ほら。こうして声をかけてやると。
「おーいマイ、ちょっといいか?」
声をかけた途端。
にゅるにゅる、とドアの隙間から何やら名状しがたいものが出てきたかと思うと、マイの頭そっくりになった。
「……アイ」
いや、アイじゃないから。
「そんな、見てる人の精神の何かをゴリゴリ削るような登場の仕方しなくていいからさ。で、お疲れ様。報告もらえるかな?」
「アイ」
ああ、村長さんたちがすごい顔になってるし。いや、ホントすみません。
やがて、うにうにと変形して、なつかしのロリバ……もとい、博士に似た容姿になった。
「……デハ、報告スルデス」
「おう」
む、またなんか変な言葉覚えてきたか?
マイは、うちの喋れるメンツの中では最も人語の会話を苦手としていたんだけど、それでもなんだかんだで学習してきてる。
さて、では彼女の報告をまとめよう。
『アイーダ軍駐屯部隊(自称)』
アイーダ国の軍は正規の革命軍と義勇兵の自称アイーダ軍に大別される。
後者でも偽者というわけでもないし彼らも独立戦争に参加した立派な仲間だが、その行動パターンは革命軍とは大きく異なっている。
まず、規律面での違い。
自分たちで志願して参加した者が大多数なので士気は高め。しかし、いわゆる勝馬に乗る感じで参加した者、士官の道を期待している者などもおり、彼らへの政府の対応いかんでは問題の種になる可能性をも秘めている。
ただし、これは正規軍なら安心という事でもない。正規軍の多くは元々バラン国で一定の地位についていた者たちが多いため、社会的なしがらみが存在する。少なくとも、問題の駐屯部隊に代表される義勇兵側にはそう考えている者も少なくないようである。
このように問題を秘めている存在だが、いくつかの理由で村への影響はあまりないと予想される。
まず現在、この駐屯部隊は司令待ちの状態である事。中央の正規軍との連絡がきちんととれており、先方の受け入れ体制が揃い次第に移動開始する事になっている。移動後は主に中央の治安維持部隊に加わる事がすでに正式の辞令として伝わっているようである。ゆえに混乱等は起きていない。
地元の村にきちんと挨拶ができていない事で不穏な状況になりつつあるが、この件は既に認識されている。村への訪問者もその認識へのきっかけとなっており、状況説明のための代表者が明日にも村にくると予想される。
「来訪者って俺たちの事か?」
「アイ」
マイはコクンとうなずいた。
「なんだ、ただの囮のつもりだったけど、意外に役立てたって事か?」
そりゃよかったじゃないか。
だけど、その俺の意見に首をかしげたのはアイリスだった。
「それって、パパが魔族と思われてるって事じゃないかな?」
「……そうなのか?」
「うん」
アイリスのその反応に、村長さんもポンと手を叩いた。
「なるほど。つまり我々が警戒して、軍に対抗できる魔法の使い手を呼んだのではないかと思われたという事ですな?」
「うん、たぶんね」
「……えっと、よくわかんないけどそれって」
もしかして。
「囮のつもりが脅しになっちゃったって事かな」
「うわっちゃあ……そういう事かよ」
それはまずい。
少なくとも、きちんとその代表者とやらに身の証をたてておかないと、何よりこの村に変な嫌疑がかかりかねないな。
「村長さんすみせん。何か厄介事を増やしちまったみたいで」
俺が謝ると村長さんは笑って、
「ですが、そのおかげで対話ができる事になったのでしょう?結果よければそれでよし、そうではないですかね?」
さすが年長者。きれいに話をまとめてくれたのだった。
翌日。アイーダ軍側の担当者がやってきた。
「後方遊撃有志部隊のケルルガと申します」
「どうもハチです」
やってきたのは、村人と同じ犬人族だった。このへんには多いのかな?
「ああ、遺跡研究家にして異世界人のハチさんでしたか。お噂はかねがね」
「……」
どんな噂だよ、おい。
聞いてみれば、サイカ商会から出た論文がずいぶんと話題になっているらしい。
「情報早いですね」
「異世界から来た皆さんは、よくそうおっしゃられますね。
まぁ、異世界には劣るかもしれませんが、この世界にも魔力通信網がありますからね。しかも、それを使っているのはギルドと国家間が多いので、こうしたニュースは流れやすいとも言えます」
「なるほど」
それもそうか。
魔法とか獣人とか、どうもファンタジーな側面が目に入るけど、魔法機械しかり、異星人の来訪しかり。技術面のレベルは決して低くないんだよなこの世界。
思うに。
いたずらに大量生産、大量消費に追いまくられるより、これはいい傾向なんじゃないだろうか?
確かに問題も多々あるだろう。
だけど俺たちの世界だって、いいとこもあれば悪いとこもある。
だったら。
この世界なら……この世界のいい点を生かす事ができれば、なぁ?
ところで。
「変な事お聞きしますけど、このあたりは犬人族が多いんで?」
そんな事を言ったら、担当者のわんこ氏は一瞬キョトンとして、そしてクスッと笑った。
「えっと、何か?」
「いや、すみません。魔族の戦士を雇ったのではないかと色めき立っていた仲間を思い出しまして……いやはや」
クスクスとケルルガ氏は笑った。
「嫌疑は晴れました?」
「ええ。もとよりハチ氏であれば戦闘むけの人材でない事は既に知られてますけどね、でも、だからといって戦争に介入しないという保証もなかったわけですが。
だけど、今のご質問でだいたい理解できました」
「……は?」
「ああなるほど。ふふふ」
「ははは」
村長さんまで笑い出したが、俺にはわけがわからない。
「いやいやすみませんな。では少し説明いたしましょう。
実はですな、そもそも我々アイーダの国は、犬人族の国として独立したのですよ」
「え、そうなの?」
「はい」
いやそれ、すごい初耳なんですけど?
そしたら、隣でアイリスがためいきをついた。
「説明しなかったっけパパ?バランは支配層がエン族っていってお猿さんの系統の種族なのよ?」
「歴史的なすれ違いが色々ありましてね。別に殺し合いをしたいわけではないのですが、どうも日常的なズレというか、それがたびたび問題になりまして。
で、共存へのひとつの策として、お互いに国を別に分けてみようって話になったわけです」
「犬猿の仲かよ!?」
「ケンエン?」
あー、それはその。
俺はその後、日本語の『犬猿の仲』の意味について説明する羽目になった。




