注意するべきは
道端で見知らぬ酔っ払いが寝ていたら、あなたは避けるだろうか?通報するだろうか?
昔の人なら「大丈夫ですか」と声をかけたところだろうが、今は直接声をかける人のほうが珍しいんじゃないか?
でもただ、これを現代社会の話や都会の問題にしてしまうのは早計だ、とも思う。
実は以前、バイクでツーリング中にちょっとショッキングな経験をした。どこでとは言わないが、子どもたちに投石されたのだ。
ちなみにこっちは、ただのスーパーカブ。そして後ろに積んでいたのは箱。見た目は仕事に行くおじさんにしか見えなかったろう。当時の俺は、そういうのをステルスツーリングと呼んでいた。カブに普通の格好でツーリングしていると、田舎で人に話しかける時の相手の応対が全然違った。宿も見つけやすいし、奥さん連中も眉をしかめないからだ。
にもかかわらず、投石された。
同じ地域で、えらい狡猾な犬のイタズラに出会った事もある。停車中は何もしてこないのに、走りだそうとした瞬間に駆け寄り、足に噛み付くというやつだ。つまり、バイクの操作をしなくちゃならないから自分に手出しする余裕がない、その瞬間を知っているというわけだ。
これは変な土地ではなく、ごく普通の日本のいち地方での出来事。それも最近の話ではない。
もっと地方なら、よそ者はでていけって感じで睨みつけられたり、ひそひそと遠巻きに話すような人たちがいた事も。
よく、最近の子供たちはとか世相はとかいうけど、なんの事はない。昔からそういうのは存在したのだろうと思う。
何を言いたいかって?
つまり、何でもかんでも「今」のせいにするのはどうだろうって話だな。
「……と、シリアスな事を考えていたはずなんだがなぁ」
「ん?」
「いや。なんでもない」
ここは川岸の、ちょっと断崖っぽくなったところの上。
アイーダ国の西のはずれなのだけど、彼らの勢力圏ぎりぎりいっぱいあたりにある村の近く。そんな場所で、俺は釣り針を垂れていた。同行者はアイリス、ランサ、そして近郊の村の少年である、犬人族のポワロ君。いいけど、カッコイイ名だなポワロ君。俺もヘイスティングスって呼ばれたいぞ。薄茶色で垂れ耳で可愛いが、可愛いと形容すると噛み付こうとする。男の子にそれは罵倒なんだそうだ。
ちんちくりんで、もふもふで垂れ耳わんこ。これを可愛いと言わずしかなんと言う。そう思ったのは内緒だ。
え?なんでこんなところで釣りしてるのかって?
それはまぁ、対岸を見ればわかるんだけどね、うん。
「おい」
「ん?」
「調査すんだろ?なんでこんなところで釣りしてんだよ?」
「何?」
おっと、ポワロ君は現状がご不満のようだ。
誤解のないように言っておくが、俺たちは近くの村で仕事を頼まれていた。その仕事っていうのがつまり。
「何、じゃねえだろ、アレ調べろよ。仕事だろ?」
「もちろん仕事してるさ、俺もな」
そういうと、俺は竿をちょっとシャクった。
「は?何言ってんだよ、仕事が釣りかよ、おかしいじゃねえか」
「俺の役目は、ここにいる事だ。こういうのを囮というんだが、まぁこの釣りと同じさ」
「おとり?」
「ああ」
不思議そうに首をかしげるポワロ君に、俺は簡単に説明した。
「いいかポワロ君。俺はどこから見ても君んとこの村人じゃない。これはわかるよな?で、村人でもない俺がここにいる事で、あいつらは警戒するだろ?それが狙い目なのさ。
今頃、うちのマイってやつが反対側から侵入しているはずだ。俺がこんなところで釣りして連中の目を集めている間にな。
どうだ、わかったか?」
「……なるほど、そういう事か。狩りと同じなんだな」
さすが、ひげの名探偵と同じ名を持つ少年。すぐに理解してくれた。
「でも兄ちゃん男だろ。女の子にそんな危険な事させていいのか?」
「俺は魔力がデカすぎる。目立つんだよ。だからこうやって目立つ仕事をしている」
そう言い返すと仕掛けを引き上げ、餌を調べる。
む、取り替えたほうがいいか。
「それにマイの隠密能力は折り紙つきでな、うちじゃ誰も勝てん。
それぞれが得意な仕事をやる、これを適材適所というんだ」
餌をつけなおし、投げ返した。
「へぇ……」
まぁ嘘は言ってない。全部本当でもないけどな。
さて、そろそろ説明が必要だろう。
アイーダって新しい国の状況を知りたいわけだが、調べたところ、マクロ視点のデータは集まってきたんだよね。ギルド間に飛び交っている話とかね。
でも、独立戦争中はどこのギルドも距離をとっていたようで現場の情報が少ない。まだ世の中は落ち着きすらも始まってなくて、商人の情報もどれがどれやらってところらしい。
で、近郊の村に立ち寄って事情を尋ねてみたら逆に相談されたってわけだ。つまり
『近くに解放軍らしき集団がいるが得体が知れない。突然に襲われるかもしれないと皆が不安がっている』
軍隊が駐留するにはそれなりのコストがいる。普通なら近郊の村に食料はともかく水の援助くらい頼むのかもしれないが、今のところはそうなってないのだという。
ただ、いつまでも何もないかはわからない。それに、悪意がなくとも大量の食料など求められても村の生産力では支えきれないと。
さもありなん。
ある程度落ち着いた国ならこんな事起きないんだろう。村の近くに軍を駐留させるなら、用はなくとも挨拶くらいするだろうしな。何があるかわからないんだもの。
そのあたりがうまく機能していないって事か。
ま、そんなわけで調査する事にしたわけだ。
あまりにピンポイントな調査だし、この結果でアイーダ国とやらの性質を計るのは難しい。だけど、ひとつの例として見ておくには悪くないかもしれない。
まぁそれにだ。
こういうのもまた、地元を知るって事のように思えてね。
「む」
「なに?」
「マイのヤツがいま、情報収集開始したらしい。合図がきた」
「え、どこ?」
「いや、俺たちにしかわからない方法でな」
「なーんだ」
ちょっと失望したような少年に、思わず微笑みそうになった。
マイはその気になれば、リアルタイムに情報を流してくれる事もできる。だけど何があるかわからないため、今回はそれを使わない。
で、俺たちはその間、釣りをしていればいいわけだが。
「お、何か来た!」
獲物が食ったらしい。生き物がかかった時に特有の動きが始まった。
「わ、でかいよ兄ちゃん、本当にこんな細い仕掛けでアレがとれるのか?」
「できるとも、みてな」
どんな珍魚がくるかと期待したけど、こりゃあトゲピー……つまりクロコ・クマロじゃないかな。引きの雰囲気がそれっぽい。
え、意味がわからない?
釣りの本を見てくれ。たぶん書いてあると思うけど、魚によって、ヒットした時に引き方とか動きが違うんだよ。
すぐに岩陰に潜ろうとするやつ。
ぐるんぐるんと動き回ろうとするやつ。
ガツンと全力で引き倒そうとするやつ。
そういう抵抗と闘いつつ、魚を引きあげるわけなんだけど。
果たして。
あの日よりもちょっと強化済みのセットは、育ちきった鯉よりデカいトゲピーの力にもちゃんと耐えた。
そして、見えてきた魚体を見たポワロ君が「ゲッ」という顔をする。
「うわ、ビッピだ!」
「びっぴ?」
「トゲがビリビリってくるやつだ!あぶないぞ!」
「ああ知ってる、ヒレに毒のトゲがあるんだよな。心配すんな、対策はしてある」
「そ、そうなのか?でもあぶないぞ?」
「おう、だからまずポワロ君は下がってろ。最初は俺ひとりでやる」
「だいじょうぶか?」
「まかせろ」
ポワロ君の言葉に、年長者の余裕でピッとキメて答える。
だけど。
「……しょうがねえな。やられちゃったらオレが村まで知らせてやるよ。心配すんな!」
「……」
おう。ちびワンコにまで同情されてるし、俺。
「クゥン」
「……ありがとな」
仔犬モードのランサの声までも、慰めに聞こえちまう俺だった。




