再びの旅立ち
再度の旅立ちの決意を固め、そして一日が過ぎた。
キャサリン嬢とサヴェナ博士の遭遇とか(ふたりは出会った事がなかった!)いくつかのイベントがあったものの、概ね平和に一晩が経過。いよいよ再度の旅立ちである。
「それじゃ、俺たち行きます。どうもおじゃま様でした」
『気をつけて行くのよぅ。旅の無事をお祈りしてるわ』
「ありがとうキャサリンさん」
巨大でごっついミノタウロスのキャサリン嬢。でもその目は優しい。
「道は平坦ではなく、そして油断ならぬ。気をつけて行くがよい。オルガ嬢によろしくのう」
ちっちゃい身体に長大な歳月を秘めたサヴェナ博士に挨拶して。
「よし。キャリバン号、始動」
ブルッと震えてキャリバン号のボディが振動をはじめた。
さすがにサヴェナ博士はこの世界にないアーティファクトに興味を示した。が、それだけだった。
俺の目線に気づいたらしいサヴェナ博士は、静かに微笑んだ。
「研究対象があまり複数になるのはな。特に異世界のものとなると、あまりにも大物に過ぎるじゃろ」
「……気づいておられましたか」
「当然じゃろ?ん?」
確かに。
やっぱり大人だわ博士。俺が本当にただのガキ扱いだ。
「それじゃあ失礼します。また!」
『またね。何かあったらいつでもいらっしゃい!』
「気をつけてな」
「ありがとうございます!また!」
「さようならー!」
「ワンッ!」
アクセルを踏み込むと、俺たち一行は遺跡都市を後にした。
「ところで」
「ん?」
しばらく走り、手を振るキャサリンさんたちがよく見えなくなったあたりで、アイリスが話しかけてきた。
「調査を切り上げたのはどうして?他にも見るべきところはあったんでしょ?」
「まあな」
実は、他にも研究棟っぽい建物はあった。そしてサヴェナ博士いわく、そちらは無人ではあるもののシステムは健在だから、見学くらいはできるぞと言われた。
だけど俺は、それを断った。
まぁ当然、訊かれるわな。
「いや。オルガの話が普通にぽんぽん出てくるのが気になってさ」
「……何かあるんじゃないかって事?」
「そそ。大急ぎで行く必要はないにしても、遺跡都市を隅から隅まで見て回るよりは優先度が上に思えたのさ」
「……そう」
アイリスは、どこか納得したように頷いた。
「失望した?」
「へ?なんで?」
「アイリスは全部見たかったんじゃないか?」
「興味がなかったかというと嘘になるけど、動かない遺跡よりパパの方が興味あるよ?」
「さいですか」
「うん」
アイリスの答えは明白だった。
本人が聞けば激怒するかもだけど、俺はアイリスがずっと側にいてくれるとは考えないようにしている。
なぜなら、アイリスはあくまでドラゴン氏が厚意で預けてくれた眷属。いくらアイリス当人が俺のそばにいてくれるつもりでも、まさかの事態だってありうるからだ。
もしそうなったら……断じてそうなってほしくないけど、笑顔で見送るつもりではある。
ルシアも同様。キャリバン号に住み着くよりも居心地のよいところがあれば去っていく可能性はあると思う。
ランサは未知数が大きすぎるから保留。
いつのまにか戻ってきてキャリバン号で眠っていたマイも同様かな?
最後に残るのはルシア妹くらいだけど、ルシア妹はいずれ俺そのものに融合し、一個の個性としては消えてしまうわけで。
つまり。
ひとりぼっちになってしまう可能性を、いつだって俺は持っているわけだ。
(ひとりぼっち、か)
元の世界で、俺はまさにぼっち生活者だった。
最初、俺は自分がぼっちなのを実家に話してなかったんだけど、それが知られ、やがてIP電話だの携帯の家族割りだのが使えるようになると、母がしょっちゅう電話をかけてくるようになった。やれお寿司を作っただの、携帯の戦国クイズの答えがわからないだの、本当に気軽にぼんぼんかけてきた。
それは、俺が歳をとるごとに増えていった。
時に迷惑なほどで邪険に扱った事も正直あったんだけど、もちろんそれはバカな話だった。それが愚かな息子への母の愛だった事を知った時には、もう時は遅かったんだ。
失って初めて気づく親の恩。親の心子知らず。
時に鬱陶しそうなバカ息子に、それでもめげずに毎日、毎日、毎日、毎日、電話をかけつづけた母。いや、母の愛って本当にすげえよな。
おっといけない、話を戻そう。
キャリバン号はとても住み心地のよいクルマだが、良すぎる問題もある。つまり、俺たちだけで旅の単位が成立してしまうんだ。何しろ動力源だって俺の魔力なわけなんで、補給もいらないし。
おまけに俺自身、あまり人づきあいに積極的じゃないときた。
そう。
だからこそ、俺は人と関わらなくちゃいけないと思う。アイリスたちだけに甘えてしまう事なく。
肉屋のおやじ。
オルガ。
サイカさん。
漁村のおっちゃんたち。
山羊人な人たち。
ドワーフのロリバ……博士たち。
キャサリン嬢。
この中で、積極的に関わった人って誰がいるだろう?
ひとと仲良くしたい、誰かの友達になりたいと思うなら。
そりゃもちろん、俺からも積極的に関わらないとダメだろう。
うん、がんばるぞ。
「パパ、あれハイウェイだよ」
「おし、戻ってきたか」
遺跡都市はちょっと外れた場所にあったが、これで旅に復帰するわけだ。
うん、このあたりのハイウェイには障害物なしと。よしよし。
出口の手前で一時停止し、ウインカーを左に。
誰もいないのはわかってる。
でも、だからって交通ルールは守るべきだよな、うん。
「よし」
そして左向きにハイウェイに入り、加速を開始する。
「アイリス、現在位置と進行方向を今一度確認してくれ」
「わかった……ハイウェイを東に向かってる。現在位置はバラン国の西680km……あー」
タブレット地図を見ていたアイリスが、いぶかしげな声を出した。
「どうした?」
「アイーダって国がバランの手前、つまり西にあるよ。あと150kmそこそこなんだけど」
「だけど?」
「ううん。ちょっと話には聞いたんだけど……ほんとに独立したんだなって」
「ほほう?調べられるか?」
「もうやってる」
しばらくアイリスは悩んでいたんだけど、やがて顔をあげた。
「独立戦争の結果ね……うん、聞いた通り」
「詳しく教えてくれるか?」
「うん」
アイリスの話によると、こういう事らしい。
そもそもバラン国のあるあたりは昔から戦争が多く、地図も変わりがちらしい。ただし国境線の変更くらいならともかく、独立戦争で一国増えるなんていうのは珍しいんだとか。
「バランの西側の一角がごっそり独立したみたいだねえ」
ふむ。インドに対するパキスタンみたいなものかな?
「治安が悪そうだな」
「うん」
「回避ルートはありそうか?」
「ちょっとまって、調べてみるよ」
「悪い」
もうちょっと進んだら、地元民に聞いてみるのもいいかもしれないな。




