遺跡探検隊[4]
バカなヤツほど幸せになれるって言葉、知ってるか?
まぁバカにも色々あると思うが、この言葉で言われるバカというのは、楽天的な人って意味だろう。
今の世の中、確かに未来は不安でいっぱいだ。明日は常に塗りつぶされ、過去は素晴らしい。自分の未来は薄闇か真っ暗で、そして隣の誰かの未来は輝いて見える。おまえは何をしているんだと言われているような気がする事さえある。
確かに、それは事実かもしれない。
そして、不安に備えなくちゃならないのも確かかもしれない。
でも、忘れちゃいけない事。
それは人間、いつもクヨクヨ悩んでいたら楽しいものも悲しくなってしまうって事だ。
まずは笑おうぜ。
人事を尽くして天命を待つって言葉もある。
もし不安が、問題があれば、とりあえずできる事をやろう。
そして、それが問題解決に届くにせよ、届かないにせよ、クヨクヨ考えるのだけはやめておこう。
イヤボーンの法則じゃあるまいし、できないものはできないんだ。
できない事を恐れても、それは単に気持ちが暗くなるだけ。
歩くべき道が遥かに遠いのなら、今日はまず、目の前の一歩だけを踏みしめようじゃないか。
「ごめん、押しちゃった」
おぉぉぉぉぉぉいっ!!
危険には注意深いはずのアイリスの、とんでもない自爆行為。
よくわからないものは押すな。
なんで、たったそれだけの事がこの子は実行できないのか。
はたして。
ぽちっとなと押されてしまったボタン。その結果、何が起きたかというと。
「……む?」
とりあえず、何も起きない。
だけど、壊れているのかと考えるのは気が早過ぎる。だってこの建物、なんか灯りまでついてるしな。
なんかLEDみたいな長持ちする照明なんだろうけど。
エネルギー源どうなってるのとか、いったい何年光り続けてるのとか、色々言いたいとこはあるよな。
で、今のボタンだ。
何が起きたとしても不思議はない気がするのだけど?
「アイリス?」
「……誰かくるよ」
ほう。しかし足音は聞こえない。
「どこから?」
「そこの扉の奥だと思う」
俺たちがいるのは、入り口フロアのカウンターみたいになっているところ。で、その奥には閉じた扉があって、その向こうにはたぶん廊下なり別の部屋があるはず。
「危険は?」
「敵意は感じないね」
「そうか」
ランサも特に動いていない。耳はピクッと反応しているが、これは足音か何かが聞こえているのか?
しばらくして、その原因がわかった。
唐突にドアが、音もたてず静かに開いたのだ。
「む、どなたかな?」
「……あー、もしかして住人さんか。こりゃすまなかったな」
出てきたのは、あの博士を連想するような白髪のロリババアがいた。白衣ではなかったが。
……ドワーフって、ロリババアしかいねえのか?
「なんと、あのミニアがのう。そうであったか……よく来たな」
「すんません」
「なぜ謝る?」
「いや、だって……俺、あんたの妹さんを殺したようなもんじゃ」
「あの子が自分で選んだ事じゃろう、そなたらはきっかけにすぎぬ。むしろ、巻き込んで悪かったの」
そう。このロリバ……もとい婆さん。
南大陸のロリババアことミニア博士によく似てると思ったら、なんとお姉さんだった。お名前はサヴェナ・ホマ・ミニラというらしい。
「ちょっと聞いていいですか?」
「何かの?」
サヴェナ博士はミニア博士によく似ているが、グッと上品な感じであった。
白い髪はショートカット。
ミニア博士と同じく魔力や異能のせいで外見上若いままだそうだが、姿だけでなく雰囲気もどこかロリ……もとい子供っぽかったミニア博士と違い、グッと大人びた印象だった。
で、そこいらが気になったのだけど。
「ああ、そういうこと」
フフッとサヴェナ博士は微笑むと、もしかしてと言った。
「わしは既婚者じゃから、という事はあるかもしれぬな。あの子は研究に没頭するあまり、そういうタイミングを完全に逃してしもうておったからの」
どこか懐かしむようにサヴェナ博士は言った。
「サヴェナ博士も、こちらで研究されているんで?」
「ああ。詳しくは言えぬが時間のかかる研究でな、この都市が廃墟でなかった頃からここにおるよ」
「そりゃまた……ごくろうさまです」
「いやいや、これがわしの天職であろうからの」
今いるところは、あの部屋の奥。
どうやらこの建物自体が、大きな研究所の支所になっているらしい。まだ現用であり、また長い年月を使う可能性があった事から、非常に堅牢に作られているのだそうだ。
なるほどな、と思った。
「この町自体が元々、研究都市じゃったからな。わしらドワーフが地上で暮らしていた頃は、若い研究者もたくさんいて、しばしば議論を戦わせる姿も見られたものじゃが。
まぁ、今となっては記憶の彼方に霞むだけじゃが」
「……」
ゆったりと微笑むサヴェナ博士からは、どこか歳月の重さがにじみ出るようだった。
まぁ、そりゃそうか。
この人はつまり、この町が普通に栄えていた頃からの住人なわけだ。
住む者がいなくなり、忘れられ。
森に侵食までされて。
文字通りの遺跡となっても、たったひとりで彼女は。
なんというか……ドワーフって凄まじい種族なんだな。
「どうなさった?」
「いや、その……そんな長い年月、たったひとりで?」
そう言うと、サヴェナ博士はクスッと微笑んだ。
「研究に没頭しておる時は、特に寂しさなぞ感じぬよ。
それに、ひきこもりといっても外部と全く没交渉なわけではない。つい先日も、魔族の娘が訪ねてきたしな」
え。
「オルガさんが来たんですか?」
「おや、知っておるのか?何やら面白げなアーティファクトの乗り物に乗っておったが」
「あ、はい。この人がその作者です」
アイリスが俺の手をとり、掲げてみせた。
「なんじゃ、あの娘の許嫁というわけか。それは失礼したの」
「へ?」
「違うのか?確か魔族は乗り物を贈り合うのが結婚の申し込みだと聞いたが?」
「あー……それはその、間違ってないけど間違ってるというか」
「?」
しどろもどろになった俺の代わりに、アイリスが説明してくれた。
「パパ……彼は異邦人なので知らなかったんです。結果として受け入れたので同じ事ですけど」
「ほうほう、なるほどのう」
なんでだろう。
恋バナとか、こういう話になると俺の周囲の人たちってみんな団結してないか?
なんだかな。
まぁいい、ちょっと話をそらそうか。
「あの。オルガって、こちらにどういう要件で来たんですか?」
「その時によって色々なんじゃが、この間のはちょっと毛色が違っていたのう。
そなたら、南大陸の地下にあった動力炉を知っておるか?」
「え?それってまさか、多次元相転移機関の事です?」
意外なところで意外な名前が出た。
「おお、そこまで知っておったか。ならば話は早い。
理由は知らんが、あれが停止したそうでな。周辺の大陸にある施設のいくつかは六年以内に停止してしまうはずだから、別の動力があるなら準備しておけというものじゃったわ」
「……それはまた」
なんで彼女が、その事を知ってる?
俺たちが、あれに関わったのはオルガと再会し、そして別れてからの事だ。彼女が知るわけがないのだが?
そんなことを考えていたら、サヴェナ博士は微笑んだ。
「どういう経緯があるのかは知らぬが、彼女が動いておるのは不思議ではなかろう」
「え?」
「オルガ嬢は自分の研究のためという事でな、世界各地のわしらドワーフの元を定期的に回っておるんじゃよ。しかも彼女の専門は本来、魔道学であるが、実は魔導機械の類もかなり詳しいようでの。
たとえ現場におらぬでも、それらの中から異変に気づくのはなんの不思議もなかろうよ」
「そうですか……」
「なんじゃ、知らなんだのか?移動の多い彼女のために安全な乗り物を提供したものだと思っておったが」
「そりゃ、そうなんですけどね」
俺は本当、色々と知らなくてはならないらしい。
今、俺は旅をしている。
だけどいつか、どんな旅も終わる。人間、永遠にさすらい続ける事はできないんだ。
どういうカタチ、どこで旅を終えるのか。
もし、元の世界に戻れるとしたら俺はどうするのか。
全ては未だもやもやと、そして混沌としている。
「今やるべき事、か」
「え?」
「ああいや、なんでもない」
唐突にこんな事言い出したら、変な人だろう。
だけど。
「なんでもなくないでしょ。教えて」
「……」
「パパ」
「わかったわかった」
アイリスにジッと睨まれた俺は、考えていた事を説明した。
「サヴェナ博士の事を考えているとさ……考えた事があるんだよ」
「考えた事?」
「ああ」
俺は大きくうなずいた。
「昔、すごくお世話になった先輩と、社会人になってから再会したんだ。
彼は小さなロボット工場に勤めていたんだけど、そこをドロップアウトしてな。日本中を旅したあげく、とあるNGO……っつってもわからないか。まぁ、社会団体みたいなところに就職しちまったんだよな」
「……で、その人はどうなったの?」
「数年後に連絡が途絶えたよ。こっちに来る何年も前から、何をしているのかもわからなくなってた」
「……」
コメントが見つからないんだろう。アイリスは目線をそらした。
「俺は旅行が好きだし、先輩みたいな人生もあこがれだったよ。
でも先輩のようなのはちょっと無理だと思うし、さまよい続ける旅もできないと思う。というか、やるべきでもないと思う」
「そう?」
「ああ」
俺はアイリスの顔を見た。
「なぁ、アイリス」
「?」
「おまえは、いつまで俺の側にいてくれる?」
「期限はないよ。グランド・マスターに帰れって言われない限りは、ずっとだと思う……なあに?」
そしてたぶん、あのドラゴン氏が帰還命令を出すなんて、余程の事なんだろうな。
「アイリス。俺、自分の住む場所を探そうと思う」
「おうちを探すの?」
「ああ」
アイリスの言葉に、大きくうなずいた。
「俺の実家は車で遊びにいくのが好きな家だったけど、ポリシーがちゃんとあったんだよな。つまり、遠出はしても長く留守にはしないとか、そういう意味でな」
「そう」
「ああ」
今の俺は、悪くいえば根無し草だ。
突然に異世界に放り出されたのだから、まずはこの世界を知りたい。その意味では間違いない。
だけど、永遠に根無し草のままはまずいと思う。
どこかにベースキャンプというか、本拠地がほしいよな、うん。
そんな事を考えていたら。
「……ひとつ聞いていい?」
「ん?」
「元の世界に戻る方法?探すんじゃないの?」
「もちろん探す」
俺は即答した。
「だけどな、アイリス。もし、元の世界に戻ったら二度とこっちに戻れないのだとしたら……まだ迷っているが、もしそうなら俺は戻らないと思う。可能なら誰かに手紙は託したいけどな」
「手紙?」
「ああ」
非常に少ないけど、知人も縁者もいたからな。
父も、そして母もすでになく。
きょうだいが一人いるだけだが、あっちとも途切れ途切れの年賀状くらいしかやりとりしていない。
生き残った友達も、たったひとり。
みんな俺の事なんか忘れちまってるかもしれない。
俺なんか、どうでもいい存在なのかもしれない。
だけどさ。
たとえ彼らがそうであっても、俺にとっては大切な人たちなんだ。
それに俺が行方不明となったらきっと警察が動いて、迷惑もかかっているだろうしな。
だから。
もし帰れないというのなら、せめて。
無事である事と、迷惑をかけた事の謝罪と。
そして、今度こそ本当に長くなるだろう、別れの言葉を送りたいんだ。
今の俺にできる、全ての感謝の気持ちをこめて。
「……そう」
俺の言葉を聞いて、なぜかアイリスは少し涙ぐんでいた。
「お、おい」
なんで泣く?
「ん……なんでもないよ」
そう言うとアイリスは目をぬぐって、ウフフと笑ってみせた。
サヴェナ博士はとりあえず、レギュラーにはなる予定はありません。
彼女は自分の研究のため、ここから動かないからです。




