教団の女
人間の接近。
キャリバン号に戻ってやり過ごす事も考えた俺だけど、ちょっと考えを変えてみる事にした。
「アイリス、その狼たち強いのか?」
「強くない。逃げてる人間も、おそらく狼なんて余裕で躱せると思う」
躱す。つまり倒せないまでも、うまくあしらって退散させられるって事か?
「それはすごいな」
俺は初日に蟹喰いを料理しようとして襲ってきた、クソでかい狼たちを思い出していた。
あんなのを、こっちの人間は何とかできるのか。そりゃすごい。
「普通の人は無理。でも、荒野や森に面した土地に住む人たちは当然、対魔物の結界とか、狼程度なら追っ払える魔法を当たり前にマスターしてるはずだよ。でないと殺されちゃうし、そんな危険なとこでお仕事なんかできないよ」
なるほど、それもそうか。
人間って、ほんとにたくましい生き物なんだなぁ。
「じゃあ、今逃げてきてるヤツは何者だろう?」
旅行者?何かの団体の生き残りとか?
「異世界人狙いのフェイクの可能性がある。強者でないと生き延びられないなんて、異世界人は知らないから」
「……あー、そ、そういう事かい」
「うん」
うは、えげつねえ。
「結界の中には入れるかな?」
「入れる。偽装草は魔物用だし高度な結界じゃない、プロの人間なら対応は簡単」
なるほど。
「まもなく結界に近づく。逃げるなら最後のチャンス」
「車に入るぞ。ランサ、戻れ」
「わんっ!」
荷物は出してなかったので、中に戻ってしまえば出発準備はOKだ。
「エンジン始動。待機」
ブルンっという音がして、キャリバン号が胴奮いをはじめた。
「逃げないの?」
「窓越しだが、少しだけ話してみる」
安全は確保したうえでな。
「パパ。お話するつもりなら警告」
「なんだ?」
「絶対に名乗らないで。名乗るならなんでもいい、これ専用の偽名で」
「偽名とそうじゃない名前って、どう違うんだ?」
「時間がない。今作って、なるべく今まで作った事のないものを」
「あー、よくわからんがわかった、じゃあ『ハチ』で」
「ハチ。わかった」
「わん!」
そんな会話が終わったかどうかのところで、その女は現れた。
『あぁーーーーーーっ!』
後ろを振り返り振り返り、汗だくになってその女は走ってきた。車の横あたりでハァハァと息をつく。こっちに気づいてないふり、そして狼たちから逃げているふりをして。
ちなみに狼たちは、結界に接触した時点で全部引き上げている。
『えっと……あれ、いない?あ……結界?こんなとこに?』
ちなみに窓越しなので、声がこもっている。
それでも声が聞こえているのは、何か凄い装備がついているためではない。単にキャリバン号がボロいだけだ。悪かったな。
ショートカットの女だ。くすんだブロンドに簡素なローブ。全体的に漂うのは魔法使いというよりも……駆け出しのシスターって感じだろうか?
なんか、微妙に親しみを感じるな。眼鏡が似合いそうとか、これで青っぽい黒髪ならカレー先輩とか言っちまいそうだ。やっぱり武器は細長い剣なんだろうか。
そんな事を考えていたら、ぼそっとアイリスがつぶやいた。
「強い魔力。プロのフリーメイジ、あるいは教団の幹部クラスのシスターかも」
「要するに危険人物?」
「うん。怪しいと思ったら逃げて」
「わかった」
確かにやばい感じだな。ものすごく。
だってほら。
なんか、いかにもな感じでキャリバン号見て『あわわわ、な、なんですかこれ!』とか言ってるけど、ものすごい眼力来てるから!これ絶対、何か出てるだろ!ビームとか魔力とか!
なんかタブレットまで、ピピッとか鳴ってるよ。
【警告・幻惑の魔力を感知。初対面の相手を旧友と思わせ、警戒心を奪うものと推測】
うげ、初対面の相手の心操るとか。疑惑どころか真性ヤバい人だった!
『あのー、すみませーん』
そして、ちょっとたどたどしい日本語が窓の外から聞こえてきた。コンコンコン、とか窓叩いてるし。
ふむ。ちょっと窓をあけて話してみるか。
「はいよ、何か用かい?」
「ああよかった、探してたんですよぉ、えっとですねえ」
その瞬間、
「ウウウゥ〜」
いきなり、いつのまにか寝床から俺の膝に移動していたランサが、仔犬とは思えないドスの効いた鳴き声で唸りはじめた。ちょっとこわい。
でも。
「!」
女の方は俺よりもっと劇的に反応した。ビビったようだ。
まぁそうだろな、いきなり車の中に仔犬とはいえケルベロスがいたらねえ。
……って、あら?
「……」
うわ、アイリスまでものすごい怖い顔で女を見てる。
「あの、すみません」
「あ、はいはい、何です?」
女は気を取りなおしたようで、俺の方に声をかけてきた。
「すみません、実は魔物に追われてまして。見れば何か乗り物のようですけど、かくまっていただけませんか?」
ちょっとたどたどしい、しかし確かに日本語だった。
ちなみに今さらの話だが、キャリバン号内の公用語は日本語である。アイリスは俺の頭からデータをとったとかで基本的な日本語は話せるし、そもそもキャリバン号の中は俺の魔力が満ちているわけで、ランサが俺の言葉をある程度理解できるのは、そのせいもあるんだという。
女のそれは、それとは別に思えた。むしろ俺より丁寧な日本語が元になっている、そんな気がした。
その丁寧さがどうにも気に入らなかった。うまくいえないが。
だから、俺はこう返した。
「すまないが、これは乗車定員二名なんだ。それに身内でない者は乗せられない」
「二名ですか?でもそちらに動物が……ああ、人間なら二名という事ですか?」
「え?ああ、そうですね」
人間なら二名、という奇妙な物言いに思わず首をかしげた。
だけど次の瞬間、女の言った言葉で俺の態度は決まった。
「でも、そちらの女は人間じゃありませんよね?ならば、もう一名は乗れるのではないでしょうか?」
「……なに?」
女の目はアイリスの方を見ていた。
「あー、もしかして動物二匹で人間一名にあたるのでしょうか?むむ、なるほど。それでは確かに乗れませんね……困ったわ」
「……」
このやろう……。
はっきりいって、女の態度にカチンときた。
アイリスを人間扱いしてないっぽい事もそうだ。だけど、それだけではない。
この女、条件さえ合えば俺が乗せるものだと確信しきっている。
そう。まるで自分の都合が俺たちより上位であり、キャリバン号に乗れるのも当然と考えているみたいに。
うん。正直言おう。
この女がたとえこの世界最大の人間国家の関係者で、粗末に扱ったら全世界から追われる羽目になったと仮定しよう。
だけど、たとえそうであっても乗せてやるつもりはたった今、完全無欠になくなった。
だから俺は、きっぱりと言う事にした。
「何か勘違いしているようだが、まあいい。繰り返しになるが、わかりやすく言い直そう。
あんたは俺の仲間ではない。ゆえに乗せない」
「え?何言ってるんですか、わ……」
「わかったか?わかったな?じゃあな、あばよ」
相手の言葉は全部スルーしてこっちの言葉だけ伝えると、窓を閉じた。
「アイリス、ベルトしめてランサ抱いてろ」
「わかった」
アイリスが動いたのを確認してすぐ、ゆっくりとアクセルペダルを踏み込んだ。
するすると、ゆっくりとキャリバン号が進み始める。
だが。
(ふん。追いかけて来やがるな)
時速5km。まぁ当然か。
じわじわと速度をあげていく。
時速10km。15km。20km……。
「ふむ」
時速30kmに達したところで、女は追いかけて来なくなった。
「……みえみえだな。まだ飛ばせるだろうアレ」
「追いかけて来られないフリしてるね」
やっぱりか。
「何かやらかしたか?」
「キャリバン号に何か術がかかったよ。教団系の魔術……追跡魔術だと思う」
ははぁ、なるほどね。
「今すぐ解除する?」
「できるのか?」
「できるよ」
「そうか。でも少し待て」
「え、なんで?」
アイリスの言葉に、俺はニヤリと笑った。
「北に町があるだろ、あっちに向かおう」
「町に入るの?」
不思議そうな顔。
そりゃそうだ、人間に関わりたくなさそうな態度をとっているのに、人間の町に入ろうっていうのは変だろう。
キャリバン号を草原の出口に向け、そしてきちんと説明しておく。
「いや、フェイクだって」
「フェイク?」
アイリスは「ん?」と少し頭の中で考えこみ、
「なるほど、めくらましね。でもそれだったらもっといい方法があるよ?」
「ほう、何だ?」
「追跡の印を移すの。動物か何か動くものに」
「移せるのか?」
「できるよ」
おお。そりゃ面白そうだ。
「……いいな、それ」
「でしょ?」
ああ。アイリスがニヤッと、ひとの悪そうな笑みを浮かべる。誰だこんな笑顔教えたの。
……ああ、うん。間違いなく俺だよな。
だって今、きっと俺も同じ黒い笑みを浮かべているに違いない。
「よし、それ採用だ。とにかく北に行くぜ!」
「わかった。ねね、やっぱり動物より馬車とか人間の乗り物の方がいい?」
「そこは任せるよ」
「りょうかいー」
目的があるってのは楽しいものだ。たとえそれが、実にくだらないものであっても。
「それとアイリス」
「ん?」
「あの女が何者かとか、あと背景と思われる組織とか、わかる範囲でいいから教えてくれな?後でもいいから」
「わかったー。じゃあ、わたしからもパパにひとこと」
「なんだ?」
「ごはんどうする?」
あ、忘れてた。アハハハ(汗)




