またしても遺跡か
世の中にはいろんな人がいるものだ。
特に、どういうわけか俺の周囲にはネタのような人生を歩く人が多かったように思う。
たとえばバイカー時代の友人の中野君は体重120kgを越える巨漢の料理好き青年だったんだが、バイト先で可愛い女の子に告白された時、自分が告白されるという事自体が理解できず、思わず「君、デブ専?」と言ってしまったらしい。
まぁ、それに「違うよぉ」と普通に返した彼女さんも大物だが。
後日、彼の家に遊びにいくと、たまにテーブルのそばに毛布の塊が転がっているようになった。
もちろん中身は彼女さん。
驚く俺を尻目に中野君は「ああ大丈夫です、踏まないようにしてくださいね」と平然としていたものだ。
聞けば、彼女さんの職場が近いそうで、先に終わったら勝手に中で好きにしていいといった結果がこれらしい。料理するという手もあったが中野君は料理が趣味なので、男の調理場に手をつけなかったのはたぶん正解だったろう。
確かに周囲は住宅街で時間を潰せる場所もなかったが、しかし勝手に出入りもさせるとは仲いいなと思ったものだ。もちろん後にふたりは結婚した。
え、そんな特殊なヤツは知らない?
じゃあ、前に俺の蜘蛛足ナイフを加工してくれたヤツ覚えてるかな?そう、もう死んでいない友達だ。
彼はバイク屋の店員をしつつレースをしていたが、大怪我して続けられなくなり旅に出たらしい。で、その旅先で見初めた女の子を全力をかけて口説き落とし、住んでいた札幌から連れだしてふたりで暮らしだした。ちょっぴりロマンチストで向こう見ずな、そんな青年。
で、お相手というのが当時、山ガールでなく山女と呼ばれた時代の女傑でヤツよりだいぶ歳上。でも仲良しだったもんだ。
そんな彼がホンダ・モンキーという小さなレジャーバイクを買った。ふたりで住む前に乗っていたバイクは手放したらしいが、やはりバイクのりの血が騒いだのだろう。遊び道具が欲しくなったに違いない。
で、俺も当時の愛機だったスーパーカブ90で、ふたりで遊びにいったのだけど。
彼のツーリング先は、全然まともじゃなかった。
歩道橋をわたり、田んぼのあぜ(あぜ道ではない)を突っ切り、廃墟をまたいで走る、まるで犬の散歩のような冒険旅行。で、その難行の果てに辿り着いたのは、なんのことはない。いつも皆で騒ぐ公園。
「うわ、おまえどこから来たんだ!」
「ちっちゃいのだからねー、どうにでもなりますよ。ねえケンさん!」
「……まぁな」
思えば、俺がこの時乗ってたカブだって、彼が酔っ払ってマフラーの芯抜いたんだっけ。
そうだ。こいつはこういうヤツだったよと苦笑したのを覚えている。
彼のモンキーは彼の死後、彼女さんの手で大切にメンテされていた。今どうなってるかは知らないけどな。
さて。
かような物凄い友人たちに比べると、実にノーマルで普通に負け組だった俺の半生。
まぁ、異世界に来るなんて異常事態のおかげで、あまり普通とも言えなくなっちまってるんだけど、そのへんにさえ目をつむれば、別に無敵のヒーローでもないただの旅行者だし。うん、やっぱり普通だよな、うん。
そんな俺なんだが、昔からこれは譲れないって趣向がひとつだけある。
ピカピカの新道よりも、その新道ができる前の旧道に興味があった。
途切れた国道の向こうにある、未だ開発されていない土地に目を向けた。
新道は快適に決まっているし、素晴らしいものだろう。あたりまえだ。
だけど、そんな新道が生まれる前にあった旧道は、いったいどこに逝っちまったのか?
そう。
俺は別に旧跡とか古代遺跡が好きなわけじゃない。
古い隧道とか、昔の細い道とか、そういうのに興味をひかれるだけなんだよ。
色々あって。キャサリンという可愛らしい名のミノタウロスの姐さんのお宅に連れて行ってもらう事になった。
え、なんでいきなり家なのかって?
そりゃあ昨日の話のせいさ。
『アタシが住んでるところって大昔の遺跡の一角なのよぅ。人族の町だと建物が小さすぎるからね』
そう。
彼女の家とはつまり、この東大陸中央エリアにある遺跡群のひとつらしいんだな。
しかも、しかもだ。
どうもそこは、あのオルガ嬢が興味を示すような場所らしい、と。
うん。
そりゃあ、チェックしておいて損はないだろうってわけだ。
で、それはいいんだけど。
「キャサリンさん、狭くないです?」
『大丈夫よぅ?』
「すみませんね。この車、俺の世界でもかなりコンパクトな部類なんで」
問い。
ミノタウロスがニッポンの古い軽自動車に乗れますか?
まぁ、答えからいえばそれは当然否だ。
昔、ネットの記事で、バッファローを家で飼ってる人の記事を見たことがある。体長は3mを越え、体重は500~1000kgにもなるっていうから、馬よりもデカイのは間違いないわけで。
つか3mって、キャリイバン550ccの全長はほとんど同じだしな。まぁその。
だから本当は、キャサリンさんは乗れないはずなんだけど。
『それにしても不思議ね。見た目だと絶対はみだしそうなんだけど』
「荷台空間が歪んでるんですよ。それで入っちまえば何とかなるわけで」
そうなのだ。
以前、幼稚園バスの構造を取り込んだ時に外見的長さは変わらなかったんだけど、荷室空間は広く、大きくなったんだよね。外からの見た目はそのままなのに。
つまり、キャリバン号の荷室空間は幼稚園バスなみの広さはあるはずなんだな、本来。
まぁ、だからこそキャサリンさんを乗せて運べるのだろう……まぁその、俺たちの後ろから巨大な牛の頭が運転席を覗きこんでるってシュールな状況ではあるのだけども。
あと、乗り降りも後ろからしかできないけどね。
でもまぁ、彼女を乗せて走れるだけでも凄いと思うけどな。元のキャリバン号ではもちろん乗れないし、乗れたところで車体がもたないだろう。走るなんてもってのほか。
さて。
今走っているのは温泉の建物の裏にある開発道路。表の舗装路と違って路面が悪いんだけど、こっちを通って裏ハイウェイに出た方が遺跡へは近道で、キャサリンさんはいつもそっちから入りに来るんだとか。
まぁ、どこの世界にもこういう道ってあるよな。富士山の南北のスカイラインだって、一般の車道じゃない作業道路が何本かあるそうだしね。
で、だ。
「よし、下に降りてきたな。キャサリンさん、どっち?」
『右に向かってちょうだい』
「了解」
『それにしても速いわねえ。さすが異世界の乗り物ね』
いやいや、さすがに安全速度ですがな。たぶん今の坂、キャサリン嬢を積んだままじゃ登れないと思うしな。
いくらなんでも、1トン以上を乗せて急坂登る力はないはず、この小さい車には。
裏通りは表のハイウェイと違い、でこぼこした細い道だった。といっても魔獣車が通れる広さは確保されているようで、広さは十二分にあるし迷う心配もなさそうだ。
「遺跡は遠いのかな?」
『いえ、すぐよ。あの向こうにある角を曲がれば、もう高いところが見えてくると思うわ』
「へえ」
ま、そりゃそうか。キャサリン嬢だって歩いてきてるんだもんな。
簡単にホイホイ降りてきたけど、ここを歩けば数時間はかかるだろうしね。
キャリバン号を走らせ、その問題の角を曲がる。
そして……。
『ほら、あれよ』
「おー、見えた見えた……でかいなこれは」
白い、たくさんの建造物。
「森に沈んでる?」
『そうね、森に埋もれているわ。でも建物はとても頑丈で、今残っているものには森の草木も入り込めないみたい』
「そりゃすごい」
地球には、草木の侵食を完全にシャットアウトできる建築なんて存在しないからな。コンクリだって年月と植物には勝てない。
「ルシア、できるかぎりのデータを集めてくれ。アイリスも頼むぞ」
『わかりました』
「うん、任されたよ!」
そんな会話をしていたら、なぜかキャサリン嬢が優しげな目で見ていた。
「何?」
『あなたたちって種族も何もかもバラバラなのに、仲がいいのねえ。いいわね』
あー、それは。
思わず返事に困ったのだけど、そしたらアイリスが笑って言い返した。
「パパの存在が糊なんだよね。そうじゃなきゃ、こうはいかなかったと思うよ」
『そうですね。そのとおりかと』
「わんっ!」
「イカニモ」
アイリスの『糊』という表現はこの世界の言い回しだ。意訳すると、本来気の合わない者たちが手を結ぶ時、それらを結ぶ役割を果たした呼び水的存在のことを、彼らは糊と呼ぶらしいんだよね。
って、俺が呼び水?
ふーむ?
そうなのか?
いや、そっちはよくわからないが、皆がそう言うからにはそうなのか?
うーむ。




