好奇心の話
しかし『キャサリン』か……まぁ『ルンルン』とかだったらもっと困ったしな。
雄々しい視覚的イメージとどうにも合わないが、そこは納得すべきなんだろうな。
まさかの、ミノタウロスとの対話成功。
とはいえ、さすがに喋る事はできないようで、意思疎通にはやっぱり問題があるようだった。もし俺たちが普通の冒険者とかならお手上げだったと思うんだけど。
「まさか、ルシアの蔓草があれば対話できるとは」
『あくまで一時しのぎです。自分が残るわけにはいかないので』
そりゃそうだ。
『まぁ、すまないわねえ。お手間とらせちゃってもう、ごめんなさい?』
この、微妙にオネエ入った感じのがミノタウロス……キャサリン嬢の心の声らしい。
うむ。
幸か不幸か、日本のテレビのおかげでオネエ的キャラ自体は慣れてるからな。オネエどころか本物の女性なのでちょっと失礼なのは申し訳ないのだけど、とりあえず何とかなりそうだった。
で。意思疎通ができたところで事情を聞いてみたのだけど。
「あーなるほど。前の領主様とやらのお友達だったわけか」
『ええそうよ。
うちの村はだいぶ前にゴブリン軍団に滅ぼされちゃってね。アタシひとり生き残ってたところを拾ってくれたのがディットちゃんなのよぅ』
「そいつはまた……ご愁傷様です」
『ありがと。まぁ、それ以来のお友達でねえ』
ディットさんというのが前の領主らしい。
なるほど。ひとりぼっちの生き残りになったキャサリン嬢を見つけて自ら保護したってところか。
キャサリン嬢は領主さんの部下やつきそいの人たちを怖がらせないよう、いつも深夜や早朝に入りに来ていたらしい。
だが。
「だけど領主さんが亡くなっているのを知らなかったと」
『ええ。お恥ずかしい話なんだけど、今はじめて知ったわ。本当にありがとう』
「いや、いいよ。親しい人が亡くなるって悲しいけど、大事な事だもんな」
どうも亡くなったの最近らしいし、毎日来てるわけでもないそうだしな。無理もない。
たとえ仇敵であったとしても、死ねば仏。
ましてや友人であったのなら。ねえ。
ちなみに。
話が通じる事がわかったので、付近に潜んでいた人たちに声がけして戻らせた。で、俺たちがキャサリン嬢の言葉を伝える事で、意思疎通が成功した。
で、たまたま温泉目当てに来ていた商人のとっつぁんが今、翻訳石の準備中。
「まぁ、なんだ。無益な戦いにならなくて本当によかったよ」
「あなたたち変わってるわね。自分でいうのも何だけど、ミノタウロスと戦えばいい経験になるとか言って、わざわざケンカを売ろうとする冒険者だっているのに」
「ははは。俺はただの旅行者なんで。荒事はないに越した事はないですよ」
フムフムと興味深そうにキャサリン嬢は聞いていた。
今、俺たちがいるのは露天風呂の中。まぁ要するに温泉に入っているわけだ。
ちなみに。
ここにいるのは俺とキャサリン嬢の他はアイリス、そしてランサがいる。
あとは牛人族のおっちゃんたち。
マイは温泉のお湯には関心がないらしく、周囲を探索するといって出かけてしまった。
……あ、ちなみにこの温泉、混浴な?
どうしてもって向きや病人むけには家族風呂があるらしいけど、亡くなる前の領主様が使ってからは無人状態。ここいらのお客さんといえば圧倒的に牛人族で、彼らは大らかに普通に混浴か、たまに恥ずかしい人は湯浴み着といって水着みたいなので最低限のとこだけ隠すらしい。
なるほどなぁ。
ちなみにキャサリン嬢だけど、中身も魔物丸出しっていうか怪物的筋肉ダルマなのは変わらない。ただまぁその、確かに一部のパーツは女性というか、乳首まわりが違うよねとか、生えてないよねって感じの部分はちゃんとあるのだけど。
なるほど。
この程度の差異しかなくて、しかも大らかな性格なら。
日本ですら明治になる前の銭湯は混浴が当たり前だったわけで。おかしな話じゃないよな。
それにしても。
「何かしら?」
「あ、ぶしつけな視線に感じたらごめんなさい」
「いえ、いいけど何かしら?アタシに好奇心を刺激されるようなものがある?」
「好奇心っていうより疑問かな」
「疑問?」
「ええ」
俺は素直にぶっちゃけてみる事にした。
「俺が異邦人だからかもしれないけど……牛人族とミノタウロスって、何がどう違うのって気がするんですよね」
「ああ、なるほどねえ」
フムフムと納得げにキャサリン嬢は笑みを浮かべた。
「違いとか、正直アタシにもわからないわねえ。そもそも自分の出自なんてどうでもいい気もするし」
「なるほど。それもまた真理かな?」
「まぁ、あえて言えばそういう所に興味をもつのが人族って事なのかもしれないわね」
「……そういうもんです?」
「ええ」
キャサリン嬢は、なぜかきっぱりと言い切った。
「ディットちゃんも同じような事言ってたし、今まで知り合った他の人族の皆さんも多かれ少なかれ似たような事を言うのよね。ミノタウロスと牛人族ってなんなんだろうって。こんなに似てるのに全然別の種族って、なんだか奇妙だってね。
基本的に人族っていうのは好奇心に溢れてるんだって、アタシは思ってるわ」
ふむ。
人間族の好奇心か、なるほどな。
「ひとつだけ訂正したいんですが」
「なにかしら?」
「俺の世界の動物学の世界の話なんですけどね」
好奇心にあふれているというのは、別に人間だけの専売特許ではないと思う。
たとえば、よく山でクマに襲われる人間の話があると思う。
だけど、実は本当の食害、つまり人間が食われるケースは意外に少ないという。むしろクマは遊んでいるつもりだったり、人間の荷物に興味を抱いて奪おうとしている、みたいな事すらある。実はそのほとんどは好奇心からの行動なんだとか。
ではなぜ人間側に被害が出るのかというと、答えは簡単。クマが野生動物だからだ。
大人しく、穏やかな性質と言われている種のクマだって野生動物には変わりない。その体力、その戦闘力は町ぐらしの人間の常識には全くあてはまらないし、タフさも全然違う。
だから、クマが遊んでいるつもりであっても、人間側からすれば骨もへし折られる恐るべき攻撃になってしまうわけだ。
で、だ。
動物の好奇心については、いろんなところで指摘され、目撃されている。動物、特に日々の生存競争にあまり忙殺されない大型動物になればなるほど、変わったもの、不思議なものを面白がってちょっかいを出す輩は種族を問わずいるものだ。
そんな話をしていると。
「へぇ……うん、そう言われてみればそうかも」
そう言うと、キャサリン嬢はクスクスと楽しげに笑った。
まぁ、そのクスクス笑いもガタイの大きさのせいで妙に迫力があるのだが。
「でもやっぱり人族は凄いわね。そんなことまで論理的に調べ、ちゃんと裏付けをとろうとするところとか」
「そうかな?」
「そうよぅ。
そういえば、前に遭ったヘンな乗り物に乗った女の子もそうだったわねえ」
「……ヘンな乗り物?」
なんか、気になるなそれ。
「この間、山の遺跡にいた時に、見たこともない二輪の乗り物に乗った子がきたのよねえ。何か調査とかいって」
「遺跡だって?」
「二輪って……」
ちなみに、遺跡に反応したのは俺。二輪に反応したのはアイリスだ。
「アタシが住んでるところって大昔の遺跡の一角なのよぅ。人族の町だと建物が小さすぎるからね」
「あ、そうか」
そりゃそうだ。2mやそこらじゃ効かないもんな。
「その二輪の人って魔族ですよね?」
「そそ、魔族よ?よくわかったわね?」
「知り合いなんです。そうですか、彼女、キャサリンさんの遺跡をね」
「おいアイリス」
「なに?パパ?」
ちょっと疑問に思ったことをぶつけてみた。
「二輪だから彼女とは限らないんじゃないか?」
そりゃ地球式のオートバイはないかもしれないけどさ。二輪ってだけで判断するのは。
そしたらアイリスは苦笑して言った。
「パパ、この世界に二輪の乗り物はないの。異世界の情報を元に試作くらいはされた事があるだろうけどね。
わたしが知るかぎり、魔獣車と同等以上に使える二輪の乗り物なんて、パパが再現してみせたアレしかないんだよ?」
「そうなのか……」
「そうなの。
もう少し、パパは自分の技術の価値を知っておくべきだと思うよ?」
ふむ、そうか。
俺たちがそんな会話をしていると、キャサリン嬢はびっくりしたような顔で、
「へぇ、じゃあ、アンタたちがアレを作ったの?異世界人ってことかしら?」
「ええ、そうです」
「へぇ、すごいものねえ」
その後はキャサリン嬢に、二輪の事について色々と質問責めされる羽目になった。
いいけど。
ミノタウロスと風呂に入って質問攻めにされる俺って……。
いや、だからさ。
好奇心旺盛なのは人間だけじゃないって。
うん。




