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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
134/180

牛と風呂(2)

 ミノタウロスが出ると?

 その話を聞いた俺たち一行は、とにかく行ってみようという事で移動していた。

「温泉って、ここ登ってった上なんだよな?」

「うん、そうだよ」

「で、それらしい魔物の反応はあるか?」

「……ないねえ」

 ないのかよ。

 いや、その前に俺は確認する事があると思うんだが。

「さっきは話が途切れたけどさ、そもそも牛人族とミノタウロスってどう違うんだ?」

 ご存知のように、地球でミノタウロスと言えば牛頭人身の化け物だ。伝説によればミノス王の后と雄牛との間に生まれたというんだけど、古代のクレタ島ではこの伝説にあやかり、本当に牛と交わるお祭りがあったという説もあったりする。

 え?なんでそんな事知ってるのかって?

 ははは、いや、そういう桃色トピックって気になる時代あるよね男の子ってさ。そういうもんさ、うん。

 ま、それはいい。

 で、この世界にミノタウロスがいるとして。それは牛人族とどこが違うのかって事なんだけど。

「ごめん、わからない」

「そうなのか?」

「うん」

 なんと、アイリスがきっぱりと言い切った。

「いまグランド・マスターに聞いてみたんだけど、どっちも牛としか認識してなかったって」

「……役に立たねえなオイ」

 思わず切り返してしまった。

「しかし、全く知らないってのも珍しいな。どうして知らないんだ?」

「牛は好きで時々食べるけど、違いとか気にした事ないって」

「……喰うのか」

「うん」

「二本足で立っててもか?」

「昔はどっちも牛だと思ってたって。人族の一種だと知って(・・・)からは自重してるって」

「……」

 なんのギャグだそれは?

 えーと……我らがドラゴン氏が、意外にお茶目な過去を持っていた件について。

 そりゃそうか。ドラゴンの目線だもんなぁ。牛は牛か、そうかよ。うん。

 まあその、なんだ。

 いろんな意味でこの世界、油断がならないってのはよくわかったぞ、うん。

「まぁ、いろいろ言いたい事はあるけどわかった。質問を変えよう。温泉設備とその周囲に人間(・・)はいるか?」

 牛人族とミノタウロスの区別はつかずとも、人なり何なりがそこにいるかどうかは当然わかるはず。

「えっとね」

 アイリスは少し調べ物をしていたが、

「いるね。建物の中にひとり、それから外の、これはえっと……」

『斜面や物陰に隠れているのではないでしようか?』

「あ、それっぽい」

 アイリスはタブレットで検索しているだけなので、そういうところは弱い。

 ルシアはその点、こういう場面では強いようだ。彼女自体が調査能力を持っているからな。

 まぁもちろん、両者の特性は一長一短なのでどっちが優れているともいえないのだけど。

「つー事は、建物の中にいるヤツが怪しいな。中にいるのは一人だけか?」

「だね」

「わかった。皆、いつでも戦えるようにしといてくれ。ランサもマイもだぞ」

「わんっ!」

「アイ」

 

 

 

 温泉の建物は石造りだった。

 それも、コンクリと見間違えるほどに無機質な建物で、俺は正直げんなりした。

「もうちょっと雰囲気があってもいいのに」

 だけどアイリスたちの反応は違ったようだ。

「これ、コンクリートっていうやつだよね。すごいね」

『確か、混ぜる素材によって強度が異なるのでしたか。しかし火山が火を吹いた際に守りきれるのでしようか?』

「……」

 ちょっと意外だったが、でも逆に納得したような気もした。

 俺がコンクリを見てげんなりするのは、考えてみたら現代人だからだ。もし俺が13世紀の日本人で、ローマン・コンクリート製の昔の欧州の建物を見たとしたら、うんざりしたろうか?異国情緒を感じて唸ったかもしれない。

 アイリスたちもそうなのだろう。

 彼女たちは、まだ(・・)コンクリを見慣れていない。そういう事なんだろうな。

「おい、見物するのもいいがこれから本題だぞ。ミノタウロスってやつはどこにいるんだ?」

『少々お待ちを……あら』

 何か調べようとしたルシアだったが、なんか反応がおかしい。

「どうした?」

『こちらに向かっていますね。もうすぐ入り口に姿を見せるようです』

「ちょっとまてやオイ」

 いきなりかよ!やばいじゃねえかよ!

「よし、総員戦闘準備だ!でも外には出るな、すぐ逃げるからな!」

「わかった!」

 チキンっていうなよ。

 いきなり未知の敵なんだぞ?

 俺は無理はしない、まずは採れるだけのデータ取って逃げる、決まってるだろ?

 そんな事を考えていたら、

「パパ、あれ!」

「!」

 アイリスが指差す方を見た俺は……一瞬、フリーズした。

 なんだ、あれ?

「……」

 建物の奥から出てきたそいつは、確かに(・・・)ミノタウロスだった。

 いや、見た目は確かに牛人族とほとんど変わらない。牛頭人身であるところとか、基本的なところは全然変わらないんだ。

 まぁ、武器なのか手に持ってる斧が、俺の頭なんか一瞬で潰しそうなゴツイヤツなのがアレだけどな。

 だけど。

「……こいつぁ」

 俺の口から、思わず声が出た。

 いやだってさ。

 確かに、各部品は牛人族っぽいんだけど……迫力が全然違うんだよ。

 

 例えるなら。

 牛人族たちをそこからのボディビルダーのおっさんというのなら。

 目の前のこいつは……モンスターって言葉が実にふさわしい、化け物じみた筋肉の塊。

 そして。

「……ぶも……」

 俺にもわかる。

 こいつ……人間の目を、してねえ!

 

「……逃げるぞおまえら」

「う、うん」

 そっとギアをぶちこむ。

 そしてタイミングを見計らって……アクセルを、

「ブモォォォォォッ!」

 俺がアクセルを踏もうとした瞬間、なぜかヤツは斧を振り上げた。

「ぎゃあああああっ!」

 その後はもう、無我夢中だった。

 石材と思われる道路が砕かれる鈍い音を後ろに聞きつつ、俺は全速力でキャリバン号をUターンさせた。

「くるよっ!」

「ひぃっ!」

 やばいやばいやばいやばいやばいっ!

 走りだそうとした瞬間、斧に破壊されただろう駐車場の一部がミラーごしに見えた。

 うわ、なんつー破壊力だよ!?

 俺は慌てて全速力で加速した。

 くそ、ここまでの道路が全部魔獣車規格なのに感謝しないとな!

 

 この世界の道路規格はいくつかあるんだけど、いわゆる車道の規格は3つある。

 まず、ハイウェイに代表される古代道規格。

 次に、いわゆる馬車道。

 で、最後が魔獣車道だ。

 古代道はもともと道路じゃなかった道も多いし、特殊なのでここでは省こう。

 馬車や魔獣車は地球の自動車と違い、旋回時の半径も大きいし、坂道にも弱い。何しろ前後に長くなるし、後ろの馬車はブレーキがないか、あっても原始的なものだからな。あまり急坂にすると危険なんだよ。

 結果、これらの道はどうしても坂もゆるいし、道幅も広くなるんだ。

 さらにいうと、キャリバン号の幅はこの世界の馬車とそう変わらないってのもある。

 残念ながら、この世界の道はまだモータリゼーションが来ていないので、道も対向車の離合、つまりすれ違いまでは考えられていない事が多い。するとどうなるかというと、対向車をあまり考えてないもので、道幅も相応に狭いんだ。

 でも、キャリバン号は魔獣車よりはだいぶ狭いわけで。

 何が言いたいかというと、道が広く、走りやすいんだよ。

 だけど。

「くそ、あいつ速えぞ!」

 相手は、成長しきったバッファローが二本足で立ち上がったほどの大きさがあった。

 そう。でかいだけでなく迫力も段違いなんだ。

 それだけでも仰天ものなのに、それが時速60km近くで逃げるキャリバン号を追ってくるんだまじで。まぁ、さすがに追いつけはしないようだが。

「馬鹿野郎、なんで追いすがってくんだよ!おまえ牛じゃなくて人面犬かよ!」

「ジンメンイヌ?」

 教えてやりたいのはやまやまだが、さすがに余裕がない。

 俺は目ん玉をつりあげつつ、下に向かって急いでいた。

 そんな時、

『分析できました』

「すまんルシア、今は無理!読めん!」

『そうですか。では音声でお教えします』

「おお頼む!」

 そういうと、ルシアは相手のデータを読み上げてくれた。

 

『ミノタウロス』

 メスである。個体名『キャサリン』

 牛人族とは逆に、強大になりすぎた野牛が精霊要素を取り込んだもの。もともと屈強なうえに両手で武器を使えるようになり、戦闘力が軒並み急上昇している。まともにぶつかると非常に危険な相手。

 ただし本性が牛であるので、刺激しなければ穏やかな存在でもある。

 牛人族に混じって生活している個体が多く、彼らもミノタウロスが大人しくしている限りはあまり気にしない。魔物なので人間の会話はできないが、そこそこ知能が高いもので、農作業をやらせている村すらも存在する。

 だが、激怒したミノタウロスが危険きわまりない魔物なのも事実であり、近年ではミノタウロスがいる場合は報告が義務付けられている。

 

 ちょっとまてや。

「あの」

『はい?』

「いや、キャサリンて……まじでそれがアレの名前?」

『はい、そのようで……あら?』

 む?

「ルシア、何かあったか?」

 またしてもルシアの反応が妙だったので、俺は聞いてみたのだけど、

「パパが『キャサリン』っていった途端に、動きが止まったみたい」

「……なんですと?」

 いや、そりゃ確かに窓は閉めてなかったんだけど……逃げるのに手いっぱいだったからな。

 しかし、まさか。

「ほら、あれ」

 指差されてその方を見た。

「……お?」

 確かに、そこにミノタウロスがいた。

 どうやら、曲がりくねっている山道をショートカットしようとしたらしい。本来ならすぐ追いつかれたんだろうけど、たぶんそこはアレだ。かなり体重ありそうだから、そろそろと降りてたんだろうな。

 しかし、問題はそこではない。

「……確かに妙だな」

 俺も気づいた。明らかに戦闘的な雰囲気が消えているのだ。

 ふむ。

 ちょっと興味がわいた俺は、キャリバン号を停めた。もちろんエンジンは止めないが。

「どうするの?」

「呼んでみる」

 窓から顔を出して、今度は意図して声をかけてみた。

「おーいキャサリン。あんた、キャサリンってのかい?」

 そしたら、ミノタウロスはゆっくりと動きだした。

「……今、俺には、うなずいたように見えたんだが」

「わたしにも見えたよー」

『戦闘的な雰囲気が消えましたね』

 まさか、名前を呼んだら止まるとは。

 まぁ、戦わずにすむかもってのはありがたいけどなぁ。


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