牛と風呂(1)
牛人族のおっちゃんに教えてもらった、温泉への道。
ところで、アイリスは、というかタブレットに温泉の情報はなかったのだろうかと思ったが、アイリスいわく。
「グランド・マスターは知らなかったみたい。タブレットの方は……えっと、おじいさんの情報?は入ってないみたい」
「は?なんだそりゃ?」
少し悩んで、そして、もしかしたらと思った事を言ってみる。
「……もしかして、時事ネタは入ってないと言いたいのか?」
「あ、たぶんソレ」
……おい。
あっというまに知識を蓄えて俺のアシスタント的立ち位置に落ち着いたアイリスだけど、たまに信じられないほどアホな事をぬかす事がある。
まぁ、所詮そこは促成培養の知識って事なんだろうな。
で、今回もその典型ケースだろう。
こういう時は、バカにするのでなくナチュラルに訂正しておくといい。
「それじゃ時事ネタじゃなくてジジイのネタになっちまうな。時事ネタでいいぞ」
「ジジって言っちゃっていいの?」
「おまえ時事ネタの意味わかってないだろ」
ついでにいうと、漢字の意味も把握してないだろ。
俺はその後『時事ネタ』という言葉のもつ意味について、つらつらと説明した。
「おー、勉強になるよ」
「おまえなぁ」
考えてみたら、タブレットに出てくる情報は当然だが全部日本語だ。この世界の言葉じゃない。
時事をジジと解釈したという事はつまり。
それは魔法的なもので翻訳して見ているのではなく、日本語を直接解釈しているって事だろう。
なのに、そんな日本語版のタブレットをあの日から普通に扱っている時点でアイリスは凄いんだろうと思う。
あの頃は余裕がなかったし、ドラゴンの眷属なんだからそういう知識があっても不思議はない、くらいに考えていたけどな。
うん。
たまにアホな事を抜かしはするが、やっぱり優秀なのだ。
タブレットの話に戻るが、どうも時事ネタが反映されるのに時間がかかるようだ。
「見てパパ、中央大陸での件が更新されてる」
「お」
言われて見てみると、北ジーハン市の中央大陸側で飛空艇が撃ち落とされたという記事がある。
「これが最新になってる?」
「うん」
なるほどな。
色々ありすぎて、中央大陸の事件なんて凄い過去みたいな気がするよ。
あの頃が最新になっているという事は、やはり反映に時間がかかるんだろうな。理由は知らないが。
「って、ちょっと待った。その温泉ってそんな時事的なものなのか?」
その質問には俺でなく、なぜかルシアが返答してきた。
『このあたりは元々温泉地帯で、湯元自体は元々あったようです』
「何が言いたい?」
『たぶんですが、問題の温泉設備自体は以前から存在したのではないでしょうか?ただし一般むけに解放されてない個人のものだったとか』
「なるほど」
ありうる話だな。
「……あ、それっぽい」
「そうなのか?」
「うん」
アイリスが言った。
「ニュース探してみたら、温泉一般開放のニュースがあったよ。この地方の領主のものだったんだって」
ほうほう。
「なんで解放になったのか、書いてあるか?」
『亡くなった先代領主の遺言だって。
もともと先代の家族が先代の療養のために作ったらしいんだけど。自分が死んだら領民や旅人にも使わせなさいって言い残したらしいよ』
「なるほど」
ひとりの年寄りの家族が、彼のために作った温泉施設ってことか。
まあ金持ちだからできた事だろう。
だけど当の本人はそれを見ながら、自分が死んだ後、それを領民のために役立ててほしいと考えていた……ってところか?
色々と考えさせられる話だなぁ。
「すると、建物が私有物から公開になったののも最近って事かな?」
「うん。建物の名前とか施設そのものに手をつけてないなら、タブレットの情報も更新されないだろうし」
「確かに」
タブレットの地図はあくまでドライブ用だし、個別の建物の解放の有無なんてデータは反映されてない。
このうえ、解放のニュースが時事扱いだったというのなら……確かにわからんわな。
でも。
「これは、今後の注意点だな。タブレット情報にだけ頼りすぎると、うっかり興味深いものを見落とすって事か」
「だねえ」
俺の言葉に、アイリスも大きく頷いた。
「あ、パパそこ。そこの看板で北向きに入って」
「わかった」
ハンドルをきってハイウェイを外れた。
「見事に看板も何もないな」
「本当に最近の公開なんだね。知る人ぞ知るって感じ?」
「ほう、よく知ってるなアイリス」
「え?」
「いや。知る人ぞ知るなんて言葉」
「……パパは、わたしを何だと思ってるの?」
「わはは」
「ちょっと!」
むうっと眉をつりあげているアイリスをしりめにキャリバン号を走らせる。
どうやら山に向かうらしい。らしいが。
「……お、硫黄のニオイがきたか」
「うわ」
アイリスが眉をしかめ、俺はにやっと笑った。
「こいつは期待できそうだな」
幸いなことに、道がずいぶんと綺麗だった。ヘタするとハイウェイよりも整備いいぞコレ。
上り坂になったのでアクセルを踏み込んだが、速度は上がらないように留意する。
このあたりはまだ畑作地帯っぽいからな。要注意だ。
「おや?」
牛人族らしい女が歩いてる。野良仕事の帰りかな?
しかし、こっちを見て何かあわてたような顔をした。
「む?」
「どうしたの?」
「いや。何かあったのかもしれん」
キャリバン号を止めると窓をあけ、その女牛人族に声をかけた。
「どうしました?」
「あんたたち!お山の温泉にいくだか?」
「あ、はい。……何かありました?」
そうすると牛女は眉をつりあげ、慌てたように言った。
「悪い事は言わねえだ!今はやめといたほうがいい!」
「……何か魔物でも出たんですか?」
よくわからないが牛女の雰囲気から、何か出たっぽいと直感したのだけど。
「ミノタウロスだよ!」
「……は?」
「おっかねえミノタウロスが出ただ!えれえ事だよ、おらもう、びっくりして逃げてきただ!」
「……はあ」
ミノタウロス、ねえ。
えっと……すみません。俺には、すごい形相で怒りだか泣きだかわからない貴女の方がミノタウロスっぽいんですが。牛だし。
いや、ここは素直に聞いてみるべきか。
「あの」
「なんだべ?」
「ミノタウロスってよく知らないんですけど、どんな化け物なんで?」
「牛の魔物だぁ。二本足で立ち上がって、ごっつい顔がおっかねえだよ。おらもう、おらもう」
「……」
すみません。それってつまり、あなたたち牛人族とどう違うんで?
そんなこんなで困っていたら、
「行ってみようよ」
アイリスがきっぱりと、そう言った。
「待つだ!あんたたちもただじゃすまねえだよ。行っちゃいけねえだ!」
「わたしたちなら大丈夫です。このクルマ、ドラゴンの直撃にだって耐える特別製なんですから」
そういってニコニコとアイリスは笑った。
「それに無理もしません。できる事なら何か対応したいですけど、無理なら相手の調査だけしてすぐに引き上げますから。
お姉さん、急いで逃げてきたんでしょう?じゃあ詳しい情報もとれてないですよね?」
「それは、そうだけんど……」
「それより、お姉さんにお願いがあります。
ここから少し西にある村で、ゲオさんって牛人族の方にここを教えてもらったんですけど。彼に伝言をお願いしたいんです。
冒険者ギルドに報告しといてほしいって」
「ゲオ?あんたたち、ゲオっちから話きいてきただか?」
「はい」
「そうかい……」
牛女はフムフムとなぜか納得すると、大きくうなずいた。
「わかった、任されただよ。
けど無理はすんでないべ。何かあったら村にくるとええだ。わかったか?」
「はい。ありがとうございます」
「ん、気をつけていくだぞ!」
そういうと牛女は、なぜかイソイソと歩き去って行った。
「……ゲオっち?」
「お友達かかしら?」
「……そうかもしれんな」
愛称で呼んでるくらいだ、ただの友達じゃないんだろうけどな。
「よし、とにかく行ってみようか。
アイリス、ランサ、ルシア、マイ。何があるかわからない。気をつけててくれよ?」
「はい」
「わんっ!」
『了解です』
「アイ」




