のどかな時間
二枚貝をゲットとくれば、当然砂を吐かせますよね!(ぉぃ
ぴゅううう。
ぴゅっ!
ぴゅ、ぴゅ、ぴゅ……。
うむ、擬音にするとこんな感じかな?
って、ちょっと待てそこの人、ヘンな意味じゃないから!逃げないで!
いやほら、二枚貝とっただろ?で、アサリとかシジミみたいなとこにいる貝なわけでさ。砂を吐かせているわけなんだけど。
ぴゅううう。
「あははは」
ぴゅっ!
「わんっ!わん、わんっ!」
ぴゅ、ぴゅ、ぴゅ……。
「オウ」
なあ、おまえら。そんなに貝が水吹くの面白いか?
いや、俺も覚えあるけどさ。母がアサリやシジミを入手してくると「暗くしてないとダメよ!」の言葉を後ろに聞きつつ、これを見るのが楽しみだったんだなぁ。面白いから。
いや、わかるんだけどさ。
なんでこのメンツなんだ?
「ん、なんか可愛いし」
と、アイリスさんは申しておりますが。
そうなのか?
俺は女の子的価値観ってのがどうもわからないけどさ。こういう軟体系なのって、キモいもんじゃないのかね?
「わんっ!」
まぁ、ランサが面白がってるのも良しとしよう。いちおう魔物らしいから、食われてもおかしくないんだからな。
で。あまりにも意外だったのが。
「……オモシロイ」
なんと、マイが面白がってるってのがなぁ。
ぴゅっ!
「オォ」
いや、オオじゃないから。
あの湖畔の朝から、一日が経過した。
昼間のツアーは平和というか、平穏無事だった。
ただ、今朝とれた貝の砂吐きがまだできてなくてな。どうしても走る車の中じゃ警戒するのか、いくら暗くしてもあまり砂を吐かなかったんだよ。
で、キャンプ地に着いてから二時間ほど、ダメ押しで吐かせる事にしたんだよな。
その間に俺は、色々と細かいことをするつもりだったんだけど……貝が蓋をあけてピュッピュはじめた途端、ルシアを除く全員が思いっきり反応してさ。なんだなんだって感じで貝の入ったボウルに群がって……まぁ、今に至ると。
『仕方ないでしょう』
俺がためいきをついていると、ルシアの声が聞こえてきた。
『考えてください。あいりすさんは高い知能を持ちますが、生後数ヶ月とたたない、いわば幼竜なのです』
「……それもそうか」
生理的には普通に人間の成人女性だけど、本質は生後数ヶ月だもんなぁ。好奇心旺盛なのも当たり前か。
って、あ、そうか。
「ランサもマイも、考えてみたらみんな生後いくらたってないって事か。いやま、ランサはわからないが」
『あくまで情報からの判断ですが、彼女も生後四ヶ月を越えるものではないでしょう』
「ほう。なぜわかる?」
『第二次性徴がまだですから。ケルベロスの第二次性徴は生後半年から一年で始まるようです』
「なるほど」
大きさは意図的に変えてるとはいえ、まだ大人って感じには程遠いもんな。
「どうでもいいけど、大丈夫かなこれ?」
『これ、とは?』
「だって、今から料理するつもりなんだぜ?かわいそうだから茹でるなとか言われたらどうしよう?」
『大丈夫でしょう』
「根拠は?」
『みな、食いしん坊ですから』
「……」
『何か?』
「いや、なんでもない」
なんていうかさ、しみじみ思うんだよね。
ここ、異世界だろ?
普通ならさ、こう、馬とか馬車で旅してさ。
剣や魔法で華々しく活躍したりさ。
俺は英雄じゃないとか言いつつ事件に巻き込まれたりとかさ。
異世界仕様の野うさぎと死闘を繰り広げて有名人になったりするんじゃないの?
なのにさ。
俺ときたらその異世界を550ccの軽四で旅してるわけで。
なんか、珍獣扱いされたうえに旅のお供まで預けられたり。
戦闘で無双どころか、でっかいカマキリに食べられそうになったり。
んで、伊豆か千葉の明治隧道見物の延長みたいな探検ツアーしたり。
で、仲間が派手な戦闘してる最中に干物いじっててさ。
とどめが、自分で掘った貝で味噌汁作ろうとしているわけで。
これって、冒険旅行じゃ……ないよな、うん。
これを冒険っていうなら、はじめて北海道旅行した時の方がよっぽど冒険してた気がするよ俺。
なんていうか、単に異世界旅行記?
「パパ、大丈夫?」
「ああ大丈夫だ。それよりアイリス、そろそろ暗くなるし料理始めるぞ」
「うん」
そういや、野営慣れしてない人って夜になってから色々作るよな。
あれは俺、おすすめしないよ。
旅の空では、夜はどこでも明るいわけじゃない。飲んでる酒にイナゴが飛び込んでも見えなかった事もあるしな。
ん、ほんとだぞ?昔、北海道はサロマ湖のキムアネップってとこのキャンプ場でな。うん。
今夜は、焼き魚と汁物二点。あとランサ用に保存してた生肉な。
「わん」
「ん?おまえも食べるのか?」
「わん!」
よし、じゃあ味の薄い小さい鍋も作るか。
鍋を3つ並べて、保存庫に残っている野菜を取り出す。
3分クッキングのごとく魔法で加速して湯立たせた鍋で少し似てアクをとりつつ、小魚の干物を少し使って出汁をとっていく。
昆布がまだないのが残念だなぁ。
よし、やってみるか。
「パパ?」
「秘技、出汁の吸い出し!」
といっても凄い事をしたわけじゃない。
煮出しをしていてちょっと気づいた事を実践してみただけだ。たぶんこうやると早くとれるだろうってな。
どれ。
「お。うまくいったっぽいな」
そこそこ出汁が出てる。
俺は出汁のネタをとらない人なので、このままいってみるか。
ちなみに、この出汁を使うのは味噌汁と、それからランサ用の薄味鍋。もうひとつの鍋には使わない。
「手伝うよ」
「おう、じゃあ味噌汁できるか?俺はコレを試したい」
「その鍋?何をするつもりなの?」
「んー……実験かな?」
「?」
俺は料理の専門家じゃない。だから、これはやった事がなくてな。
水の量を調節して、そして貝をボウルからとり、入れる。
で、そのまま沸かしていく。
しばらく待っていると当然水はお湯になり、貝たちは死んで殻が開く。
んで、アクをとっていく。
「こんなもんか?……むむむ」
もういいかな、というところで塩を加えて。
「ふむ」
本当はもっと色々加えるべきなんだろう。塩と出汁だけで味を出すなんて、それこそプロの仕事だ。
だけど。
「これ、なに?」
「潮汁っていって、出汁と塩だけで味付けしたものだよ。まぁ、素人製作の『もどき』だけどね」
いや、素人でも料理上手なら、もう少しうまくやるだろう。
おたまでちょっとすくい、味を見てみる。
「……おー、アサリに近いか?」
よほど素材がいいんだろう。こんな乱暴な汁でも、ヘンな味ひとつしないぞ。
で、横を見るとアイリスが「わたしもー」と無言で催促している。
「これはいわば実験だ。味の保証はないぞ」
「うん、いいよ」
「そっか。ほれ」
おたまでちょっととり、飲ませてやる。
「……おいしい。ん?」
ちょっと飲んだところで、あれ?とアイリスが首をかしげた。
「何だ?」
「カニっぽい感じがするねえ」
「……カクレガニでも混じってるかもな」
あてずっぽでそんな事を言ってみる。
「なにそれ?」
「二枚貝の中に住んでるカニだよ。食べちまっても別に害はないぞ」
「おー」
そんなこんなで、まったりした時間は過ぎていった。
え?味?
うん、悪くなかったとしておこう。




