戦闘はいやだなぁ。
スプラッター表現が出てきます。すみません。
突然だけどさ。よくある一般的なファンタジー小説ってあるだろ?
で、そういうのの定番っていうと、ゴブリンってやつか?なんか鬼っぽい小柄なモンスターでさ、錆びた剣とか持って殴りかかってくるやつだな。
この世界はそういう定番ファンタジーとはだいぶ毛色が違うみたいで、今までそういうのを見た事がなかったんだけどさ。
そう。ついに見ちまったぜ、ゴブリン。
「砂漠とか雪国とかには住まないからね。森とか草原のあるようなとこが好きなんだよ」
「なんだ、単に生息域の問題なのか?」
「だって、腰ミノつけてるだけで他は裸なんだよ?」
うわ、そりゃダメだわ。サルより寒さに弱いんじゃないか?
「人間から奪った服とか着たりしないのか?」
「戦利品で利用するのは武器だけみたいだね。服とかは宝物として貯めこむらしいよ」
なんつーか、定番ファンタジーだなぁ。
ただし。
実はこのゴブリンたち、よくあるファンタジー的な醜悪な姿を想像すると、間違いなく泣きが入るぞ、俺が保証する。
だってさぁ。
「しかし、これは」
今、俺たちがいるのは丘の上。昨夜泊まったところで、もちろん結界で外からは隠されている。
そんでもって、俺たちは遠見の魔法だの、思い出から取り出した双眼鏡だのを駆使して、少し離れた場所での戦いを見ているわけなんだけどさ。
「……なんで幼女なんだよ」
ゴブリンたちの容姿が、日本人たる俺にはものすごく大問題だったんだ。
そう。異様にかわいいのだ。
限りなく人間と見分けがつかない容姿。つるぺた、ぷにぷにっぽい姿。もちろん男の子もいるわけだけど、その男の子も、男の娘かと言いたくなるほどに異様にかわいい。
ただし。
「それがボロボロの腰ミノつけて、目が赤いのがなんとも」
造形がむちゃくちゃかわいいのに、にじみ出る感じはやっぱりモンスターなのね。
でもこいつら、大人しくしていたらマジで人間と区別つかないんじゃ?
「ゴブリンは弱いモンスターなのですが、人間の幼児の姿をもつ事が対人間の生き残り戦略なのです。油断して近づいた村人などを集団で殴り殺し、その遺体を皆でむさぼり食います」
「……かわいくねえ。むっちゃかわいくねえぞオイ」
いやま、わかる。生存競争ってのは確かにそんなもんだからな。
こう見えても俺、ガキの頃は座右の書が動物図鑑だったヤツなんだ。フィールド観察という名の野遊びも大好きでな、俺は特に、今で言うところの、いわゆる行動学に興味のあったのをよく覚えている。つまり、どんなものを食べて、どういう一生を過ごすかって事だな。
どんな生き物にだって一生があり、生活がある。
攻撃のため、あるいは身を守るために他の生き物の姿を借りるなんてのは定番中の定番だ。たとえば猫が人間に可愛がられるのは、猫の顔が人間から見ると幼児的なかわいらしさをもって見えるせいだったりする。あの姿にもちゃんと生存競争としての意味があるんだ。
だからまぁ、わかるさ。……それが人間の幼女に擬態するってんでないならな。
「うわぁ……」
俺は思わず、口から悲鳴をもらした。
獲物に集団で襲いかかり、嬲り殺す幼女。
わざと弱そうにふるまって獣に襲いかからせ、潜んでいた攻撃班がタコ殴りにする幼女。
こわい……いろんな意味で怖すぎる。
「なぁ……これってやっぱり、人間相手もこんな方法で攻撃するのか?」
「そうだよ」
うわぁ、見たくねえ。
『ゴブリンは個体としては弱い魔物です。元々は小型の猿から進化したと言われており、人間種族群からも、そう遠くない生き物です。そして基本は雑食性で、緑豊かな山中などで、ひっそりと生きていたと思われます。
しかし魔物化の際、彼らは人間の子供に擬態し、さらに知恵を巡らせ協業するようにもなりました。人間を観察し、人間の戦いを真似るうちに辿り着いたのではないかと言われていますが、詳しいことはわかっていません。
ただ、大規模集団を形成し、作戦建てて狩りをする生き物に変貌した事で、ゴブリンは森の小さな魔物から、発見次第抹殺せよの指定になるほどの危険な魔物へと大きく評価が変わったのです』
「……もしかしてだけど、彼らの繁殖って?」
『一回の出産で最大六匹ほど生まれ、妊娠期間は24日ほど。生まれて約二ヶ月で出産可能になります』
「ネズミよりマシってだけじゃねえか!」
ちなみにドブネズミでも似たようなものだが、生まれた子が妊娠可能になるのに一ヶ月かからない。いわゆるねずみ算式の恐怖だ。
生き物の怖さは個体の戦力ではなく、種族全体で決まる。
たとえばライオン。
ライオンは確かに戦いは強いだろう。でも彼らは一回の出産で生まれる子の数は人間よりちょっと多い程度だし、その子が二歳まで生き延びる確率は二割に満たないのも事実だ。しかもライオンの生息域にいる恐るべき敵は人間だけではない。
何を言いたいかというと、ライオンは種族全体からみると、決して強い生き物ではないという事だ。彼らは彼らで合理的で優れた社会を構築しているが、それも生き延びるため。実際、群れから追い出されたメス等が生き延びる可能性もかなり低いらしい。
では、どういう生き物が強いかというと、それは簡単だろう。柔軟に環境に対応でき、減らされる以上の高い繁殖率をもつ生き物だ。まぁ、それこそネズミみたいにな。
いい例がある。
ネズミは実は寒冷地にあまり強くない。小型の哺乳類だから当然で、だから南極には基本、野生のネズミはいない。
だが現実には、ネズミは冷凍庫の中ですら生き延びて人間の食料を食い荒らす。これもまた事実なのだ。
「発見し次第、殲滅対象になってるよ。死体も放置せず焼きつくしなさいって」
「それって、仲間の遺体も喰うって事だよな?」
「さすがパパ、よくわかるねえ」
「当たっても嬉しくねえよ」
小型の害獣ではよくあるケースだからな、地球でも。
あまり楽しくない話だけどさ。
「で、見つけたからにはやっぱり、俺たちも攻撃したほうがいいのか?」
「そうだけど……もう少し観察したほうがいい気がするよ」
ほう?何かあるのか?
『大型の魔物が接近しているようです。おそらく戦いになるでしょう』
「あー……今、手を出したらそいつと混戦になる恐れがあるってか?」
『はい』
了解。じゃ、もう少し待ってみるか。
余談だけど、もちろん、ただ見物人をするためにここにいるわけではない。
たくさん魚がとれた事だし、慌てる旅でもない。そんなわけでキャリバン号の上に並べて絶賛、干物まつり中なんである。
え?干物マシンを並べてるのかって?いやいや。
アイリスの結界に食害する者もひっかかるんで、いきなりキャリバン号の前後にタープ用のポールを二本立てて、間に魚の開きをズラリだよ。日差しも風もいいし、今日中には軽度の干物が完成するだろう。
ちなみに昨夜には一夜干し組も仕込んであった。今日は普通の塩を使った干物、それから生干しだ。燻製は面倒なので試してない。
ああ、あと余談なんだが。
知らない土地で水に入る事を警戒して網を使わずにいたら、なんとルシアが使ってみたいと言い出したんだよな。でもウチに網なんて釣りの時のタモ網の小さいのしかないんで、ちょっと厳しくないか?といったら。
なんと、自分の蔓草を色々工夫して、手製の網を作ってやがった。
で、ぽんこつの軽ワゴン車が蔓草の触手をのばして網で魚をとるという、もはやシュールを通り越してSAN値が下がりそうな物凄いものを見せられたわけなんだけど。
見た目の強烈さに反して、とれたものは普通だった。つまり、そこそこのサイズの小魚がたくさんとれたわけだよ。
ちなみに、どうして網なんか作ったか尋ねてみたんだけど、
『動物性タンパクを取得するのもよいかと思いまして』
……なんとなくだけど、その動物性タンパクの塊である俺は一瞬引いてしまった。いや、仕方ないだろ?
とにかくだ。
網でとれた方は小さいし量が多かったので、そこそこのサイズのものだけ貰って目通しして丸干しに。で、ある程度より小さいものはルシアの好きにさせる事にした。こっちも料理しても良かったんだけど、さすがに大漁になりすぎていたしね。
まぁいい。話をゴブリンたちに戻そうか。
ワイルド幼女たち、もといゴブリンたちの饗宴は続いていた。
血まみれ、あんど腰ミノ姿の幼女軍団が狼の群れを解体したり食ったりという強烈すぎる、というか夢に見そうな光景なんだけど、もちろん俺たちが注目していたのはそこじゃない。大きなものが近づいているという話なので、それを探していたのだ。
はたして。
「……なんだありゃ?」
「巨人族、ディターノですね」
それは、途方もなくでかい巨人だった。
昔見たアニメに出てきた、戦いしか知らない宇宙の戦闘種族みたいだった。何かの魔物を解体して作ったと思われる毛皮の服をまとっているのだけど、それ以外は何も着てないらしい。そして、手にはハンマーらしきもの。
ああ、それをハンマーと言うならば、だけどな。
だって、長さ6m以上は確実にある、鉄の塊みたいなのがとりつけられた巨大なソレは、本当にハンマーなのか?あまりにも凶悪すぎる鉄の塊で、重機でもなければ持ち上げる事もできそうにない。
だけど、それを巨人は軽々と振り回している。
「まじかよ……あんなもん食らったら」
キャリバン号だって、踏まれたアルミ缶状態だろう。一撃でぺしゃんこだ。
そして巨人はそのハンマーめいたものを振り上げ、ゴブリンたちを攻撃しだした。
「!?」
ハンマーが振り下ろされた途端、衝撃波が伝わってきたような気がした。
いや、あながち誇張でもないらしい。
だってさ、並べて干してた干物が揺れてるよ。ここ結界の中なのに。
「うわ……ゴブリンが潰れて飛ばされまくってるぞ。アリか何かと思われてるんじゃないか?」
「かもね。でもほら、見てパパ」
む?
アイリスに指された方を見た俺は、思わず唸ってしまった。
「まさかこれ……囮をたてておいて時間稼いでるのか?」
「たぶんね」
怒り狂っている巨人の死角を通りつつ、攻撃部隊と思われるゴブリンたちが包囲網を固めていく。しかも、その間に他のゴブリンたちが囮役になり、死にまくりつつも巨人の注意を見事にひきつけている。
冗談だろ、おい。
命かけて連携まですんのかよ。
そして、しばらくして、
「攻撃始まったよ」
「……ああ」
包囲網を完成させた幼女たちの総攻撃が始まって……そして形勢は一気に逆転した。
「お、目をやられたな。もがき苦しんでる」
「弓矢に毒魔法を仕込んで放ってるね。しかも逃げる隙間もない集中砲火で」
うわ……こうなったらもう、逃げて仕切り直せない限りは、もう。
「……」
そしてしばらくして、巨人は動かなくなり……そして、ゆっくりと倒れた。
「うわぁ、なんかアリみたいに群がってくし」
「とどめをさすみたいだねえ」
「……」
怖ぇ。まじ怖ぇぞゴブリン。
俺は顔をあげて、そしてアイリスたちを見た。
「なあに?」
「……タイミングを見て攻撃しよう。あのゴブリンたちを殲滅するぞ」
「わかった」
あれは、ヤバすぎる。俺たちだって油断したらまず勝てないだろ。
さすがに放置できないぞ。
その夜。
図書館でコピーしてきたモンスター図鑑を読み耽る俺の姿があった。
いや、さすがに勉強してないとまずいと思ったからな。




