もっと東へ
襲撃者事件の翌日、俺たちは図書館いきをとりやめ、通報やら情報収集やらに一日を費やした。
調べるほどに入ってくる情報はなかなか興味深いものだったけど、同時におどろくべき事もいくつか判明した。
「ルシア。それって凄くない?」
『そうでしょうか?』
「充分凄いと思うぞ」
なんとルシアが、ギルド関係のネットワークに直接割り込む事に成功していた。
これで、キャリバン号に乗ってギルドまたは各国政府の建物のある地域にある限り、どこでも通報やら問い合わせやらが可能になったんだとか。
とんでもねえな、おい。
俺以外は全員チートってのは元々わかっていたけど……。
まぁいい。
「それで、さっそく問い合わせたみたんだろ?どうだった?」
『はい』
ルシアの話によると、タシューナン政府の動きは薄々各ギルドでも気づいていたらしい。でも確証がなかったんだとか。
で、そこに今回のルシアの通報だ。
俺の名前で発せられたタシューナン発の襲撃者情報は、俺たちが思ったよりもはるかに重大な意味があったらしい。
ただちに各ギルドで調査が行われ、タシューナンの一部が王族のひとりを使い暴走していると判断した時点でタシューナン政府にギルド合同で警告を発したそうなんだけど。
『先日の者たちは、ギルドの警告を無視している者たちだったようです』
「おいおい……プリンさんとか止めなかったのかよ」
確か、あのプリンさんが次の最高責任者なんだよな?他の王族がやられちまったから。
『プリニダク殿下が療養中なのをいい事に、暴走側がやりたい放題していたようですね』
「うわ」
冗談でもなんでもなく、タシューナンって大混乱中なんだな。
「しかし……混乱はあくまでタシューナンの事情だし、国政混乱中だから大目に見てってわけにはいかないよな?どうなった?」
『他にも懸念事項が山積みだったのを無視された問題もありますし、さらにギルドの意向を無視したあげく、タシューナン政府の都合のいいように商業ギルドを動かそうと実力行使まで試みたらしいのです。
これを受けた各ギルドはタシューナンとの取引を一時凍結。担当者も全て国外に逃す決定をしたようです』
「えらいこった……」
冗談でなく、マジで滅びるぞタシューナン。
「それで?今はどうなってるんだ?」
『プリニダク殿下が動き出したようです。まだ本調子ではないので医師がついているようですが。
現在、問題のある兵士等の処分が行われている最中ですが、それが終わり次第、ギルド関係の担当者が検査を行い、問題ないと判断した時点で取引等の凍結解除を行うようです』
「そうか」
やれやれだな。
「どのみち、その状態じゃこの辺ウロウロしてたら、さらなる混乱を助長しかねないな」
『そうですね』
タシューナンなんて正直どうでもいい。だけど俺が近くにいては、立ち直るものも立ち直らないかもしれない。
うん。
よし、決めた。
「予定を繰り上げて移動開始しよう」
「どこへいくの?」
「むろん東だ。魔族の領域に向かってみようぜ」
もともと東にいく予定はあった。
特に最初の頃は、ランサは一時預かりみたいな感覚だった。俺たちの中にケルベロスに詳しい者もいなかったから、専門家に看てもらったり、場合によっては俺たちよりふさわしい飼い主の元に託す事も考えていた。
まぁ、今となってはランサも大事な仲間だし、できれば手放すのは最後の手段にしたいが。
だけど、イヌ科の動物というのは本来、広いテリトリーを走り回るものだろう。ケルベロスという種族がもしそういう方向の生き物で、やはりキャリバン号の中にいるような生活は良くないという話ならば、やはりまだ仔犬である今のうちに、もっとふさわしい生活の場を与えてやったほうがいいかもしれない。
とにかく、不確定事項が多すぎるんだ。
まぁそれに、本来の生息域である魔族の領域で、ケルベロスがどう暮らしているかには本当に興味があったしな。
『了解です』
「わかった。それで、いつ行くの?」
「今すぐと言いたいけど、ギルド関係に連絡が必要だろう。ああ、その前にサイカ商会にもな」
「……商会が先?別扱いってこと?」
アイリスはすぐ、俺の言わんとするところに気づいたようだ。
「サイカさんとの会話を思い出すに、サイカ商会って東の方にツテがあるように思えるんだよな。魔族も含めて」
「あー……先に連絡しておくのは、頼りにしてますよってアピールってこと?」
「ご名答」
『ほう。そんなものなのですか?』
ルシアはやはり植物という事か、このあたりはいまいちピンとこないようだ。
「サイカさんに意図がちゃんと伝わるかどうかは、正直カケかもしれないね。
でも、ギルド経由より先にきちんと直接伝えるっていう意図まで汲み取ってもらえたら、嬉しい事だと思うんだよ」
『なるほど。わかりました』
「それじゃ、さっそく行く?まだ明るいし」
サイカ商会には通信手段がないので、直接行く必要がある。
「ああ、そうしよう。ただし」
「ただし?」
「商会の前に直接キャリバン号を乗り付けよう。迷惑かもだけど」
まぁ、言い訳に使うんだけどな。
サイカ商会の支所は大通りに面していて、しかも道路は広い。キャリバン号くらい乗り付けたって、別に交通の邪魔にはならないはずだ。
だけど商会の玄関なんてのは、商談相手のお客さんが本来停めるところだろう。だから長時間停めるわけにはいかないし、また、そうするつもりもなかった。
そも、あまりキャリバン号から離れたくなかったんだ。
アイリスたちを信用しないわけではない。だけど相手はこちらのメンバー構成を知った上でちょっかいをかけてくる可能性があり、油断だけはするべきではないと思う。
だからこそ、できるだけすみやかに要件はすます。
「すみません。異世界人のハチともうしますが」
「あ、はい。どのようなご用件でしょうか?」
受け付けの女の子……おや今日はトラ猫さんか。トラ猫さんは、玄関前に停めてあるキャリバン号と俺の顔を一瞬見比べた。
「ああすみません、伝言をお願いしたらすぐに出発します。ちょっとですね、少々周囲がきな臭くなっちまいましたんで。
異世界人ハチの名前で、サイカ・スズキさんに伝言をお願いしたいんです。できますか?」
「あ、はい、もちろんできます」
おお、俺についての指示はちゃんと伝わっているらしい。別に客でもなんでもないのにありがたいことだ。
「じゃあ単刀直入に。
東の領域にこれから向かいます。何かのおりには商会のお世話になるかもですけど、その時はよろしくとお伝え願えますか?」
「わかりました、確かに伝えます」
と、そこまで言った受け付けさんだったが「あ、そうだ」と何か思いついたようにゴソゴソと何かを漁り始めた。
あー、えっと?
なんだ?何か今、魔力が動いたぞ?
「あの、ハチさま。東に向かわれるという事でしたら、もしよろしければ、これをお持ちくださいませ」
そう言うと、トラ猫さんはなにかパンフレットのようなものと、チケットのようなものを俺に渡してきた。
「これは?」
「わが商会の各支店のパンフレットです。最新の所在地情報が出ています。
あとこちらのチケットですが、信用チケットというもので、商会の依頼で動いてもらう方などに持参していただくものです。国境などで提示すると、商会関係者という事で面倒事をスルーできます」
ほほう。それはそれは。
「ハチさまご一行でしたら、本来こういうものは不要かと存じます。ですので気休めのようなものですが」
「いやいや、ありがとう。ありがたく受け取っておくよ。
ちなみにこれ、もし使わなかったらどうするの?」
「放置しても一年後には魔力が尽きて信用期限が切れますが、ご心配でしたらお近くの商会でお返しいただければ大丈夫です」
「わかった、ありがとう」
それだけ受け取ると、俺は改めて頭をさげた。
「それじゃあ、俺たちは行きます。なんかバタバタしちゃってすみません。くれぐれもサイカさんにはよろしくお伝えください」
「はい、確かに。皆様もお気をつけて」
トラ猫さんは立ち上がると、丁寧に挨拶してくれた。
おう。
ただの受付嬢といっても、さすがはサイカ商会。教育が行き届いてるなぁ。
表に戻ると、即座にキャリバン号に乗り込んだ。
「よし、終わったぞ。周囲はどうだ?」
「まだいるよー、数は減ってるけどね」
『背後関係は不明ですが、タシューナンと思われる者たちはいなくなったようです。東に進めばさらに減るかと』
「おーけー、そんじゃ行くか」
キャリバン号が胴震いし、目覚めた。
「よし、全機関正常パーフェクト!」
「パパ……?」
ふとみると、何を言っているのかわからないという顔でアイリスがこっちを見ている。
「いや、気分だよ気分。ほら、よくあるじゃないか、エネルギー注入120%とかさ」
子供心に、そんなぶちこんでいいのかって思ったけどな。あれってノリなのかマジなのか。
「よくわからないけど、パパがお子様なのはよくわかったよ」
「うるせえ」
クスクスと笑い出すアイリスから顔をそむけて、そしてアクセルを踏み込んだ。




