精霊(3)
精霊についての調査は、なかなか進まなかった。
そもそもドラゴン氏だって万年単位を生きているわけじゃないし、逆に樹精王はあまりそういう方面には関心がないようだった。だから、この先は完全に自力で探すしかなくて、図書館の莫大な蔵書にとりつき、かかりっきりの毎日が続いた。
でもまぁ、そのおかげで、いくつか面白い事もわかった。
たとえば、渡来生物の問題。
俺、すなわち人間も含めて、今まで多くの生物がこの世界に渡ってきている。はっきりと渡来生物とわかっているもの、それを疑われているものを含めると物凄い数になり、おそらく、まだ発見されていないものもあるという。
ちなみに一例をあげてみよう。
まず、昆虫類はかなりの数が移入しているらしい。特に……うん、あまり皆さんお好きじゃないだろう、ドイツ語でカルーチャと呼ばれるアレだ。アレはしっかりと渡航済みらしい。しかも魔獣化もしているという。なんてこった。
次に多いのは鳥。ウミネコ、スズメ、カラスといったよくいる鳥はともかく、珍しいところでは、地球ではダチョウ他、ほんのわずかしか残っていない走鳥類がたくさん生き残っている地域があるらしい。
「そういえば、ギイって魔物の鳥がいるんだけど、珍味なんだよ。高山にしかいないんだけどね」
「へえ?」
「ほら、これ」
イラストと資料を見せてもらった俺は、ちょっと首をかしげた。
「雷鳥じゃねえかこれ……デカいけど」
「ライチョウ?」
「ああ」
一応、解説すると、日本では天然記念物であり、絶滅危惧種でもある高山に住む鳥だ。欧米では狩猟の対象であるというが、日本では神の鳥といい信仰の対象だった。
そうか、雷鳥もこっちに転移しているのか。見られるもんなら見てみたいな。
資料を読んでみた。
『ギイ』
異世界由来と思われる高山性の鳥。本来はあまり大きな鳥ではないが、長生きすると高確率で魔獣化する。ギイは雑食性であるため、精霊分の強いものを食べ続けた結果、精霊分により老化が止まり、強大化するものと思われる。魔物化したギイは翼長6mに達したとの記録もある。
しかし、魔物化したギイはたいへん美味でもある。よって特に獣人や魔族の領域では珍重され、生息域では重要な産業ともなっている。魔物化以前のギイを狩ると罰せられる地域もある。
魔物化してもギイは毒も特殊能力も持たないが、普通に高い機動力と敏感な感性をもつ。またギイはひとを食わないが雑食性という事もあり、成長しきった魔物のギイは多くのエネルギーを求め人でも食う事がある。手練れの猟師でも、仕掛けで捕るのが基本である。まともに真正面から戦おうと思えば、かなり分の悪い戦いとなる事を覚悟せよ。
野生そのままに強くなるタイプか。俺とかには一番やっかいな相手かもな。
今さら言うまでもないけど、俺は一般人だ。戦う力なんて持ってない。いちおう、例の銃みたいなすごい武器も確かに持ってるけど、あれを俺がどう使った?相手が戦闘に入る前に一撃で倒したものばかり。つまり、戦闘行為は一度もやってないんだよ。
まぁ、もしもガチでやりあったら間違いなく勝てないだろう。
そんな俺にとって、特殊能力でなく、ナチュラルに強い動物というのはどいつもこいつも強敵だ。接近戦を許してしまったらおしまい、とも言える。
そして、そんな現実があるからこそ、アイリスやルシアたちがいてくれるのだという事も。
うん。渡来生物に話を戻そう。
これら渡来生物も当然、精霊分の侵食を受ける事になる。本来なら当然、この世界の生き物のように耐性がないのだから、あっさりと皆殺しにされそうなものなのだけど。
しかしどういうわけか、渡来生物の多くは精霊分にある程度の耐性があるらしい。
これについての記述もみつけた。
『異世界由来の生き物が精霊に耐性をもつ理由について』
ひとつの仮説ではあるが、闇金属のような影響を唱える者がいる。
異世界人の持ち込んだ物資や衣類などに、しばしば闇金属が含まれているのはよく知られている事だ。
闇金属は一種の感霊物質としての側面を持っている。その一例が、過去に現れた『サイコ・ソード』である。これは闇金属で作られた剣であるが、持ち主である異世界人の強い意思に反応し、空ゆく鳥も切り捨て、海を割り船を沈めたという。持ち主の意思に従い、その力を増幅するためだ。
だが、彼らの元の世界にはこういう金属は存在しないという。そして異世界から持ち込まれた剣であっても、向こうの世界では普通の剣だったという。
どうも渡航の際に何かが起きて、もともとの刀剣類などが変質したものではないかと考えられる。
ならば。
剣のような無機物だけでなく、生き物の体に大きな変化があったとしても、何も不思議はないであろう。
なるほど、そうだな。
キャリバン号だって、日本で乗ってた時は普通のポンコツ軽四だった。それが、こっちの世界にきた時点で別の何かに変わっていた。あまりの変貌ぶりに俺は、キャリバン号でなく、どういう理屈か知らないが、かぎりなくキャリバン号に似た別の何かだと思っていたくらいだ。
でも現実には……キャリバン号は俺のだった。ただ世界を渡る時、どういう理屈か知らないが変質したらしい。
だったら。
機械であるキャリバン号すらも変質してしまうというのなら、生き物が変わったって不思議はないわけだ。
まぁ、どういう理屈かわからないというのが気になるところだが。
ここまで調べたところで昼になったので、一度調査を中断して軽食に。
アイリスにさっき調べた話をしてみた。
すると。
「ありうるね。わたしが調べてた情報とも一致するし」
「ほう?」
今日はメニューを変更、シンプルなソーセージとイモの定食だ。ずいぶんと地味な感じだけど、一口食べて印象ががらりと変わった。
何って?
ソーセージがすごく美味いんだ。パリッという歯ざわりもすごい好みだ。
で、アイリスの話なんだが。
「わたしが見てたのは、アマルティア研究の文献なのね。グランド・マスターの方からは教えてくれないけど、こっちから質問するぶんには答えてくれるから」
「なるほど」
ドラゴン氏たちは、俺だけじゃなくアイリスにも情報を制限している。アイリスに教えたら俺に教えるのと変わらないという考えたみたいだ。
まぁ、その。間違いないけどな。
だけどアイリスも当然、そこは作戦をたてているようだ。
「で、どうだった?」
「グランド・マスターも実のところ、細かい技術的なお話までは把握してないみたい。
だけど、アマルティアの人たちが精霊に手を加えて、うまくこの世界に馴染めるようにしたのは確定だと思う」
「そうか。やっぱり、そっちでもそう出たか」
「うん」
ふむ。
「アマルティア人たちは、精霊要素をこの星から叩き出そうと思えば可能だったんだろうな」
「だろうね。実際、除去を申し出たけど当時の人たち……後にドワーフのご先祖様になった人たちがそれを拒否したから、せめてうまく融和するように仕掛けたって話があったでしょ?あれを裏付けるデータもあったよ」
「そうか」
星ひとつに広がった、この星の生き物にとって有害な要素。
それを排除するだけでも大変なのに、わざわざ変質させて、この星の生き物に馴染めるようにしたのか。
うーん……アマルティアって凄いヤツらだったんだな。
「ん?」
そんなこんなで見ていたら、ふとアイリスの左手にルシアっぽい蔓草が巻き付いているのに気づいた。
「アイリス」
「ん?」
「それ、ルシアか?」
「うん。記録もずっととってもらってたよ。あとで見たい時に見られるようにね」
「そうか」
まぁ、俺もルシア妹で記録とってたしな。
いや、ここで当分調べ物をする事も考えたんだけど……どうにもイヤな予感がするんだよね。
その事をアイリスに言ったんだけど。
「パパもそう?じゃあ、やっぱり」
「何かあるって事か?」
「うん、たぶん」
そういうもんなのか。
なんていうか、いやーな予感がするんだよな。何が起きるのかわからないけど、とりあえずのんびり本を読んでいられないような、何か。
あたってほしくないんだが。
「てか、俺普通の人間なんだが。どうして予感なんかするんだ?」
「そりゃ、それでしょ」
アイリスはにっこり笑って、俺の左手に巻き付いてるルシア妹を指さした。
「わたしの左手のルシアちゃんは、ただ巻き付いてるだけだけど。パパのは左手にがっちり食い込んじゃってるからね」
「まぁな」
ルシア妹。
なかなか目立たない立場なんだけど、なにげに俺の左手で進化中なんだよな。
最初の頃は、合図したり声かけないとうまく動かなかったのに。
今じゃ、俺の左手の延長みたいになりつつある。
「こいつの影響が俺にも来てるって事か?」
「あくまでパパが主体だけど、当然影響は出てると思うよ。もともと分析とか、知覚拡張系の能力が高いみたいだから、特にそういうとこがね」
「……」
やはり分析の必要はあるな。もっと。
「じゃあ、どうする?」
「タイムリミットが確定なら、あとの時間はなるべくデータとりをしときたいな。午後はそっちに専念すっか」
「うん、そうだね。そうしよパパ」
「おう」




