精霊
クリネル大図書館でも調べ物は続く。
歴史については色々見た。なんか余計なものも混じっていたような気がするけど、それらも含め、重要部はルシア妹を使って記録もした。
で、次は過去でなく、今の謎だ。
そう。精霊の謎である。
この世界に三種類の生き物がいるのは前にも触れたと思う。通常生物と、精霊分が混じっている混在生物、そして精霊分だけでできた精霊生物だ。
現在、この世界は通常生物が精霊分を受け入れ、変化していく転換期にあるのだという。
では。
精霊とは、精霊分とはそもそも何なのか?
これについてもドラゴン氏たちは何も教えてくれないので、これも調べる必要があったんだよね。
で、だ。
それについて書かれた本はいくつかあった。
興味深いというか、驚いた事に最も詳しいのは人間族国家で書かれたものだった。古い書籍ではあったけどきちんと編纂された本でもあり、著者が誠実で、しかも優秀な研究者であった事が伺える。
『精霊について』
そもそも精霊とは何なのか。この疑問は誰もが持つのではないかと思う。
一説には神の具現化などとも呼ばれるが、もちろんこれは間違いだ。では一部の我ら人間族の国家が言うような邪悪なものかというと、これもなさそう。そもそも精霊には正邪などないようなのだ。
では精霊とは何か。
ひとことでいえば、精霊とは異世界から来た渡来生物の一種といえる。
ひとつひとつは極めて微小で断片的なものにすぎない。おそらく本来あった元の世界では、世界の中に溶け込んで偏在するだけの存在だったと思われる。おそらくこの世界にわたってきた当初もそうだったろう。
それが変化を始めたのは、この世界の生き物が精霊に適応を開始してからの事である。
そもそも異界の存在である精霊を体内にとりこめば、それは毒となった。このため共存は極めて困難であったが、どういう摂理か、とある時代に一部の生き物が精霊を取り込み共生するよう適応進化した。また精霊側も生き物の体内に入り込み、内側から恩恵を与えるように変化をしはじめた。
この変化をもたらしたのが何かは今もわかっていない。
だが、これにより、一時は精霊に滅ぼされかけていたこの世界の生き物は勢いを取り戻した。
また一部、大量の精霊分を取り込んだ生き物が幻想種と呼ばれる種族に進化した。その一例が、古代の大型竜が変化して生まれた真竜族であり、また、古代神話に世界樹と呼ばれた大型化する樹木の一種が、いわゆる樹精王族に進化した。他にもいくつかの種族が生まれ、またそれらの導きや守護の元、多種多様な生命体が新たに精霊要素を受け入れていった……。
……なに?
精霊が異世界の生き物?
「ちょっとアイリス」
「なに?」
「これ見てくれ」
アイリスに本のページを見せた。
見せられたアイリスはそれを真剣な顔でじっと見ていたが、
「うん。グランド・マスターも間違いないだろうって」
「うわマジかよ。
でも、そうなると別の疑問が出るかもな」
「別の疑問?」
ああ、と俺と頷いた。
「とりあえず茶でも飲まないか?休憩にしよう」
「うん」
クリネル大図書館には喫茶店がある。それも結構安い。
なんか歴史上の理由らしいんだけど、入り口付近の通称フロントホールと呼ばれるところには座席もあり、軽食と飲み物片手に話し込んでいる人々の姿も見られたりする。まぁ、図書館利用者しか使えないという制限はあるようだけど。
これらの最大の理由は、書籍のあるブースが飲食禁止になっているためらしい。
「書籍の保存が最優先ですからね。飲食はこちらのホールでしてもらう事になっております。昔は研究者グループが自炊で長期滞在していた時代もありまして、自炊設備も別途ありますが」
「なるほど」
歩いていた職員をつかまえて聞いてみたら、そんな説明が返ってきた。
ところで、その喫茶店のメニューだ。
喫茶店といっても軽食とお飲み物って感じで、まぁ内容はお察しくださいといったものだ。ただし、刺激臭の強いものは避けつつも、ある程度の利用者の味覚には対応できるよう、いろいろな工夫もなされているらしいが。
メニューを見せてもらった俺は、思わずうなってしまった。
「おー」
「パパ。何かあったの?」
「……読めん」
「……あれ?東大陸文字は今のパパの翻訳プログラムでも読めたはず……あ」
メニューを見たアイリスがフリーズした。
「なに?」
「ケラナマー語……なるほど」
きょろきょろと周囲を見回したアイリスが、何かを理解したらしい。
「なに、どういうこと?」
「これ、ケラナマー風カフェなんだよ。今のパパにかかってる翻訳魔法じゃ読めなくて当然だよ」
「そういうことか」
いわばタイ語で書いてあるタイ料理の店に入ったようなものなんだな。
そりゃまあ、読めるわけないわな。
「で、ちなみに何て書いてある?」
ウンウンとうなずきながらアイリスはメニューを読んだ。
「トクトプのトネリがセットであるよ。よくない?」
「いいも悪いも何だそれ。トゥクトゥプ?アテゴのトネリべったり?」
なんの料理でどういうものなのか、そもそも全然わからんぞ。
「アテゴってなに?」
「いや、それはいいから説明してくれ」
首をかしげつつもアイリスは説明してくれた。
「トクトプっていうのはケラナマー近海で採れる小さいタコなのね。で、それの三本目の足と四本目の足を結んだところにマホロンを敷いてニナバのドレッシングをかけたトネリをモーシュクしたのを差し込んで、それを……」
「まてまて、ちょっと待て」
その説明すら全然わからんわ。
「よくわからんが、おすすめなんだな。じゃあそれ頼む。飲み物は何がある?」
「中央産のパミ茶があるよ。トネリに合うかも」
「それ頼むわ」
「うん」
一瞬、説明するよーと言わんばかりにピクッとアイリスが動いたので、先手を打った。
いや、だってさ。
見たこともきいたこともない料理や食材の名前出されても、言葉じゃわからないさ。
そんなわけでアイリスに頼んでもらった。
「ちなみに、本当に読めない客ならどうするんだろうな?」
「東方語のメニューもあったよ?」
「……なぜそれを持ってこないんだ?」
「え?わたしが止めたから」
「……」
「……」
「おまえのせいかっ!」
「あははは」
いいけど、アイリスが最近、こういうお茶目をよくするようになったなぁ。
まぁ、それだけ可愛くなったというか、人間ぽくなったというべきだろうな、これは。
しばらくして出てきたものは、揚げパンベースのサンドイッチみたいなやつだった。
「こういうメニューってどこも大差ないものなのかな?」
「ん?」
俺はアイリスに、地球にあるホットドッグやハンバーガーの話をした。
「……ホットドッグ?」
「頼むから、ランサを揚げパンで挟んでホットドッグでござい、とか考えるなよ?」
「あははは」
考えてたのか。アメリカ人かおまえは。
食べてみると、これがなかなか繊細でいい味だった。
何より、あっさりしているようで微かに感じられる刺激がいい。
うまい演出してるなぁ。見た目は豪快なのに、こんな手の混んだ軽食は久しぶりかもしれない。
「ところでさ」
食べつつもアイリスに質問してみた。
「なに?」
「精霊ってどこから来たんだろうな?」
異世界から来たといっても、少なくとも地球ではないだろう。これはたぶん間違いない。
でも、どこから来たんだ?
「んー」
アイリスは少し悩んでいたようだが、やがて言った。
「どこの異世界と接続していたかって問題だよね、それって」
「ああ」
「それがわかる人っているのかなぁ。難しい気がするよ」
「どういうことだ?」
ちなみにアイリスはサンドイッチを頼んでいない。少し多めな頼んで俺のを失敬して食べている。
そんなアイリスだったが、俺の食べているやつからレタスっぽい野菜を一枚引っこ抜くと口に入れて食べつつ、
「どこの異世界につながっているかっていうのには法則性がないっぽいんだよ。
ただわかっているのは、ひとつの時代に複数の世界とはつながらないって事かな」
「ふむ。つまり現時点では地球とつながってるわけだから、当然」
「精霊が元いた世界とはつながってないって事だね。少なく見積もっても、ここ何千年かはパパのいた世界、もしくはそこに近い世界のどこかにつながっていたんだと思うから」
「なるほど……ちなみに接続先の変更はどういうタイミングで起きる?」
「まったくの謎かな。アマルティアは知ってたって話もあるけどね」
ほう。
「だったら、ドワーフか魔族には知ってるヤツがいてもおかしくないかな?」
「可能性はあるかも。
あとは、ここの蔵書の中にもあるかもだけど……さすがに何の手がかりもない中から探すのは」
「困難だな」
「うん」
それこそ、何十年も探しまくらないと無理な世界かもしれない。
俺は本好きだけど、本だけに生きるほどのビブリオマニアではない。さすがにそれはきつい。
ふむ。
そこいらへんは、誰かに相談してみるしかないかな?うむ。




