歴史
この世界の歴史。
元の世界と違って魔法やら、真竜だの樹精王だのといった存在がいて、さらに人も目を疑うほどバラエティ豊かな種族に分化しつつある世界。しかもそのファンタジックな構成のままに宇宙文明も経験し、オーバーテクノロジーのニオイも同時に漂わせる世界。
知れば知るほど謎めいている。
図書館の利用を考えたのは、そのせいもあった。
俺は確かに本が好きだけど、なんの意味もなく調べ物がしたいと思ったわけではない。あまりにもこの世界には謎が多かった事、そして、他ならぬドラゴン氏や樹精王様も、そこから先は自分で調べた方が良かろうと教えてくれない、というのもあった。
『一方的に語るのは容易なれど、それは自分たちの目線による歴史であり、ひとの目から見るそれとは違うだろう、との事です』
「グランド・マスターの意見もほぼ同じかな。それにパパはイグランっぽいだから、自分で調べた方が楽しいでしょ?」
「イグラン?」
「探索する者って感じかな?昔話に出てくる『ヤグラ』って漂泊の学者さんの名前が元なんだって」
「ほほう」
ヤグラ……櫓?矢倉?
どこなく日本人ぽいな。
本当、いったいどれくらい昔から俺みたいなヤツがいたのやら。
さて。
そんなわけで神話を見始めたのだけど……これがなかなかおもしろかった。
『世界のはじまり』
全てのはじまりは、全てを焼きつくす炎から始まった。
無限の沈黙を続けていた世界に、まばゆいばかりの光と地獄の炎熱をもたらした。世界はどろどろと溶岩のように溶け流れ交じり合い、蒸気を上げた。軽いものは上へ、重いものは下へ。最初の秩序が生まれ始めた。
炎をもたらした存在。
それは神であったが名はなく、また名乗りもしなかった。神は混沌とした闇の一部を整理する事で秩序を生み出していったが、その行く末を見届けるのが自分の仕事であると考えており、それ以上の干渉をしなかった。
やがて、神の炎で焼かれ溶け、整理された世界に水が、空気が生まれた。そしてその中で最初の小さないのちが生まれた。
いのちは、みるみる広がっていった。そして行き先にあわせて変化する事で、次々と新しいいのちに変わっていった。
水にあるものは、水の生き物に。
空にあるものは、空を飛ぶものに。
地にあるものは、足をもつものに。
そして最後に、それらが交じり合い、侵しあって生きるうち、知恵もつものが生まれた。
知恵とは特別なものではない。全ての生き物が持っていたが、知恵もつものが以前のものと違ったのは、言葉を持っていた事であった。言葉をもつがゆえに知恵を伝え合う事ができるようになり、ますます彼らは知恵に特化していった。
それがつまり、知恵もつもの……人間のはじまりである。
普通に進化論入ってるんですけど!?
しかも、とりあえず神様が登場するけど、あまり生きてる者には干渉してないっぽいなぁ。
俺はてっきり、地球のインテリジェント・デザインみたいな、科学っぽい美辞麗句で宗教臭をごまかしただけの笑える世迷い言のご登場を期待していたんだけど、そういうのもないらしい。こっちにも神様がいないわけではないが、積極的に人間の歴史に関与したりはしないっぽい。
ふむ。
魔物がいるような世界だし、むしろ神仏にすがるんじゃないかと思ってたんだけどな。これは意外。
よし、科学色が強そうな本を……おお『我らの大地』って本があるな。
この世界で大地というと、文字通りの大地の他、地球と同じようにこの星を意味する事もあるらしい。
『この大地のはじまり』
この『大地』のはじまりにはいくつかの説があるが、元々は命をもたない星だった事はおそらく間違いないようだ。
少なくとも五十億年は昔に、太陽が別の恒星系と衝突を起こした。いくつかのガス惑星と、おそらくは小惑星帯を破壊してもぎとり、それでも何とか破滅的な破壊は免れて再び距離をとったが、太陽の引力圏には大量の星くずやガス惑星の残骸がつかまり、共に旅するようになった。これが十億年単位の時間をかけて引き合いを繰り返し、やがて太陽を中心とした小さな新しい恒星系が生まれた。
我らが大地は当時、太陽の唯一の惑星として既にその周囲を回っていた。しかも我らが大地はもともと太陽の子ですらなく、どことも知らぬ星系から放り出され、さまよってきて太陽に捕獲されただけの岩塊にすぎなかったらしい。当然、ひとつの惑星として命を育むにはいくつもの要素が足りず、冷えきった暗黒の星として軌道上を回り続けていた。
そんな大地であったが、恒星系衝突の余波にもろに巻き込まれてしまったようだ。
わずかに残る古惑星時代の名残によると当時、世界そのものに裂け目や歪みを生じるほどの恐るべき力にふりまわされたらしい事が伺える。大地が砕けずにいられたのは奇跡に等しい。おそらくであるが、この世界にあらざる人やモノが時々落ちてくるのは、当時の爪あとが今も残り、その先が近年、たまたま異世界の、しかし我らが大地とよく似た世界であるためと思われる。少なく見積もっても二千六百年は前からこの状態は続いており、いつまで続くのかもわからない。いつかは止まるだろうと研究者の多くは予測しているが。
さて。
この大変動はおそるべき災いを大地にもたらしたが、同時に恩恵ももたらした。それはおそらく莫大な量の氷や後に有機物を生み出す元になった物質類だった。これらは最初、大地の上になく、この超古代の未曾有の衝突事故により大地に降り注ぎ、そして大地が命を育むのに必要なだけの材料を揃え、さらに太陽の恩恵を受けやすいよう、ほんのすこしだが太陽寄りに周回軌道が変えられた。
こうして整った土壌を元に、大地はゆっくりと命を育んでいった。
やがて宇宙側も残骸などが新たな星にまとまったり、いっそ残骸のままアステロイドとして安定していく中、大地も命あふれる星へと、次第にその姿を変えていったのである。
なお、大地のはじまりについては他にも異説があるが、古惑星時代からの転換に天文学的にも異変と呼ぶにふさわしい事件が起きただろうという点は皆、一致している。これは年代測定で異様に古い残留物について調べた結果であるため、疑問の余地がないためである。
ただし実際に起きたろう事件については異説が大量にある。もっとも荒唐無稽で、しかし興味深いものとしては、小規模の暗黒星……異世界人の解釈によるところの『ブラック・ホール』なる超天体との遭遇を考える者もいる。つまりピンポイントの巨大な重力異常がこの星の黎明期に発生しており、今もなお異界の生き物が流入しているのはそのせいだとするものだ。
へえ……。
ブラック・ホール説まで行きますか。いろんな意味で凄いな。
それにしても。
異世界人の来訪が二千年以上前から知られているとか、天体単位の空間の歪みが俺をこの世界に引っ張ってきた要因だとか、色々と初耳でアレな話も多いな。
「なぁアイリス」
「なに?」
俺のそばから離れる事なく、手分けするように歴史書を読んでいるアイリスだったが、俺の言葉に顔をあげた。
「もしかして、この星って生命体が自然発生したんじゃなくて……地球から迷い込んだのが住み着いた、なんて言わないよな?」
一瞬、その可能性を考えてしまった。
「そういう説もあるらしいけど、グランド・マスターたちもよくわからないらしいよ。あまりにも昔すぎて」
「へぇ、そういうもんなのか」
「うん」
まあな。神様的なお仕事をしているっていうだけで神様そのものじゃないって事だもんな。
これは本当らしい。
真竜族にしても樹精王にしても、一種の自然神的に立場と人間種族には見られる事もあるけど違うそうだ。立場としてはむしろ神官や巫女に近く、神様扱いされるいわれはないとか。
うん。他ならぬドラゴン氏本人に聞いたんだから間違いない。
それに、人間に比べるとずっと長生きというだけで、当たり前だがちゃんとドラゴンの親から生まれたんだそうだ。何か超自然的な光が集まって生まれたりする不思議生命体ではないらしい。
とはいえ、なぁ。
人間的尺度でいえば、少なくとも自然神的カテゴリには入りますよって言ったら、えらい困ったような反応を返されたんだよな。
なんていうか、あの時だけはドラゴン氏が可愛いと思わず思ってしまった。
え?ドラゴン氏の性別?
いや、知らんがな。
ていうか男、いやオスだろ。あれでメスだったら……。
いやいやいや、こわいからそのネタやめよう、な?
さて。次の本を見てみようか。
『災厄以降の人間族国家について』
巷で大戦などと人間国家群が主張している、いわゆるクドウの災厄は、異世界人である彼を騙し、道具として利用した挙句食いつぶそうとした人間族国家の招いた自業自得である。彼らはこの世界と縁もゆかりもない異世界の青年を兵器として活用しようとし、そしてそのためにありとあらゆる非人道的行動に出た。そして世界の3分の1を自分たちの愚行のせいで滅ぼしておきながら、その愚行の罪を異世界人に押し付け、さらに国内の同胞の不満を異種族に押し付けようとしている。
その厚かましさと傲慢ぶりには恐るべきものがあるが、もっと重大な問題を忘れてはならない。
そう。
年がたつほどに人間族至上主義に凝り固まる彼らを止められる者は、もはやいない。
誠に残念であるが、我々この世界の人間種族は、大きな隣人をひとつ失ってしまった。
悲しきことであるが、これも事実だ。
大戦とやらで中央大陸を焼きつくしたって話か。
しかしクドウ?なんか前にきいた時は違う名前だったような。
もしかして、正確な名前が伝わってないのかな?
うーん。
『身寄りのない獣人少女をひきとる時に注意する事』
中央大陸から逃れてくる際、親兄弟をなくし、身一つで逃げ延びてくる子供が存在する。
このうち、種族変換が終わっている種族、特に獣人の少女の中に最近、特殊な趣味の人間族に虐待を受けているケースが見られるようになった。まったく嘆かわしき事である。
イエス、モフモフ、ノータッチである。さあお読みの皆さんもご一緒に!
ん、俺は何も見なかった。見なかったぞ、うん。
てーか、ケモナーのうえにロリコンとか。どこにでも変態はいるんだなオイ。
しかし獣人少女か。モフモフか……う、うむ。
む、ご、ゴホン!
あー、次だ次、うん。
「そんなわけで、第一日がつつがなく終わったのだ」
『おつかれさまです』
「……」
一日が終わり、夕刻。
図書館を辞した俺とアイリスは買い出しを行い、仲間が待つクリネル共同停車場に戻った。
一日中放置してしまっているので、もちろんランサなどは退屈しきっている。それでも大人しく待ってくれるあたりは賢いんだなと思うが、当然ながら遊んであげる時間も必要だ。
アイリスに食事の準備を頼み、ランサを連れて散歩に出る事にした。
「わんっ!」
「ん、あっちか?よしよし」
ちなみにランサには首輪もリードもつけてない。大きさが変わるから意味ないっていうのもあるけど、ちゃんと言語理解できて不自由ながら対話可能なもんで、あまり必要性がないというのもある。
そんなランサなのだけど、やっぱりわんこなわけで広いところは好きだ。図書館のある丘の公園がお気に召したようで、しっぽふりつつ楽しそうに駆け回っている。
……うん、楽しそうなんだけど。
『気づいていますか?』
ああ。
唐突に、脳裏にルシアの声が響いた。
なんか気配すんだけど、どこだろ?
『ケルベロス狙いの可能性がありますね。目的は不明ですが』
不明?
つまり、ただのペット泥棒でなく理由があるって事か?
『昼間、キャリバン号を見張っていた者たちがいました。それらの一派の可能性があります』
まーたどっかの国か何かか。やれやれ。
『とりあえずこちらは警戒を続けます。
もうしばらく遊んであげてください。その間の対応はこちらでします』
了解わかった、頼むよ。
『はい』
脳内でそんな会話をしつつも、俺は走り回るランサと遊んだ。
3つもある頭でキャンキャン吠えて駆けまわり、じゃれてくるランサ。
うん、かわいいよなわんこ。口も3つあるから、舐めまわしとよだれも三倍だけどな!
「あはははは、よしよし」
たまに獣人さんが通りかかるんだけど、俺が遊んでるのがケルベロスだと気づくと近づいてこない。やっぱり怖いのかね?
まぁ、怪しいヤツがいるらしいし、今はありがたいっちゃそのとおりなんだけどな。
「……そろそろ帰るか?飯が待ってるぞ」
遊びつかれたのか、水辺でしゃがんで、お食事中にコメントすべきでない事をしているランサ。
それを見つつ提案してみる。
「……クゥン」
どうやら昼間に運動していたんだろう、俺と遊びたいだけで、そんな走り回りたいわけではなかったようだ。
ランサは「もういいよ、帰ってごはんにしよう」と言わんばかりに、満足そうに小さく鳴くのだった。
続きます。




