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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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サイカ商会

 いきなり商会のトップに逢ってしまう、なんてファンタジー作品のお約束みたいな出会い方をしているもんでアレなんだけど、サイカ商会をひとことで言い表すと、エマーンを拠点にする商会という事になるだろう。

 元々が、集落まるごと猫人族のみという組織から生まれているせいなのか、未だに構成員は猫人族のみらしい。

 もっとも、この構成は歴史的事情だけでなく、その後の方針も影響しているのだとか。

 元々猫人族自体がマイノリティであった事。

 そして僅かにいる猫人族も隠密のように、その身体能力を活かした、まぁ暗めの職業にいる者が多かった事。しかも優秀さでも知られていたらしい。

 商会の立ち上げはずいぶん昔の話らしいが、初代が大変な苦労をした事は今にも伝わっているらしい。暗殺者やテロリストの集団と間違われる事すらあったというから、普通の商人にはない苦労も多かったのだろうなと思う。

 まぁ、その苦労もあって今や、猫人族の商人といえばサイカというほど、見事にイメージの上書きができてしまったという。また、そうしたイメージの利点から同じ猫人族の独立した商人が信用を得るために集まるようにもなったそうで、サイカ商会の名とイメージは国を越え大陸を越え、人間族世界までも広く知れ渡っているのだそうだ。

 もちろん、種族や血族を基本にした組織構成なのだから、その成長には限度がある。もっと巨大な商会は他にたくさん存在する。

 だが、内部結束の硬さという点ではサイカ商会は折り紙つきらしい。

 商会の組織としての厳しさは、あの旦那さんの一件で俺も感じている。

 確かに旦那さんは結果として裏切りに走ったかもしれないが、通常ならきつい罰則の末に残される場面だろう。おそらくあの時点で旦那さんをサイカさん本人が処分してしまったのは「ひとの信頼」こそがサイカ商会の財産であり、それを示すべきトップが裏切ったから、なんだと思う。

 そう。サイカさんも言ってたけど、確かに彼は「絶対やっちゃいけない事」をしてしまったんだな。

 規模は小さくても信頼性の高い商売を。

 それらは確かに信用となっているんだろう。並み居る巨大組織型の商会を差し置いて取り引きする国や事業体がいくつもあるそうだけど、結局それは、それらの方針が認められた結果なのだろう。

 そんなサイカ商会、そのクリネル支店。

「こんにちは。異世界人のハチと申します。サイカさ……失礼、えっと、今代のサイカ・スズキ様に個人的なお願いがあって来たのですが」

「……少々お待ちください」

 異世界人ハチ、のところで受付さんはピクッと反応した。ごそごそと何かを確認するかのように動いていたが、

「大変失礼いたしました。

 取り急ぎ担当の者が参りますが、ただいま商談中のため少しお時間をいただきたいとの事です。どうなさいますか?」

 担当の者?

「もちろん待ちます。でもどうかな、本当に個人的なお願いですし、だいぶ時間がかかりそうなら、改めて出直しますけど?」

「いえ、そうお時間はかからないとの事ですので、もしよろしければ」

「……そうですか」

 いきなり来たのに引き止めか。これは何か連絡が回ってるのかな?

 うーん。

「わかりました。ではお言葉に甘えて待たせていただきます」

 結局、そう返事をした。

 

 

 サイカ商会が凄いなと思ったのは、案内された応接間だった。

 いや、念のためにいえばお金はあまりかかってない。むしろ逆だ。なんていうか、日本的のどこかの会社みたいだったんだ。

 具体的にいうと、オフィスらしき区画の一部が区切られていて、そこが応接間兼打ち合わせ場所みたいになっている。で、俺、それと付き添い兼護衛でやってきたアイリスが通されたのだけど。

「すみません、別室の応接間が使われてしまっているものですから。すぐ参りますので!」

「いやいや、むしろありがたいんでおかまいなく」

 なんていうか、肩肘張ってないんだよね。全然。

 どうやら接客には決まった担当がないようなんだけど、それが手抜きではなく逆なのに俺はすぐ気づいた。どういう意味かというと、たとえば俺とアイリスが応接席についているだろ?すると、たまたま通りかかった、いかにも俺ぁ接客じゃねえんでって感じの社員までもきちんと頭をさげて応対してくれるんだ。

「おまたせしちゃってすみません。お菓子追加持ってきますけど希望あります?」

 とか。

 あるいは無口に挨拶するだけなんだけど、通りすぎてから「主任まだか?あんまりお待たせしちゃ悪いぜ、誰が呼びに行ってる?オレいこうか?」とか、こっちに聞こえないように裏で手を打っていたり。

 え?聞こえないものか何で聞こえてるかって?

 そりゃ、うちには耳のいいのがたくさんいるもんでな。

 しかしまさか全員が俺たちの事を知るわけじゃないだろうに、それぞれに得手不得手もあろうにきっちりと挨拶はしてくる。完璧とはもちろん言えないのだけど、おもてなしの雰囲気ってやつをちゃんと感じる。

 うん。カタチだけ飾るんじゃなくて、きちんとやってるって事だよな、これ。

 一般的にどうかわからないけど、この空気を心地よいと思う者は結構いるんじゃないかな。

 サイカさん個人だけじゃなく、この商会自体もやっぱり好感もてるな。

 そんなこんなを考えていたら、

「お待たせしてすみません!」

 そう言いつつ入ってきたのは、いわゆる三毛猫の女の人だった。

 ほほう、これはまた、えらい美猫さんだ。

 スラッとした細身のサイカさんと違い、ある程度肉付きがいい。しかし猫人族特有のスレンダーさの範疇からは外れてなくて、これはこれでいいんじゃないかってレベルだった。そして猫の顔も非常にパーツのバランスがよく、まるで絵に描いたような可愛い三毛猫顔。

 うん。まったく美猫だ。

「あの、何か私の顔についてますか?」

「え?いや、綺麗なお顔だと思いまして」

「……はえ?」

 一瞬、キョトンとした三毛猫さんだったが、途中で意味を悟ったのか苦笑に切り替わった。

「あははは、すみません。本当にお待たせしてしまいまして」

 ありゃ、嫌味だと思われちゃったのかな?本当に美猫さんなんだが。

「いやいや、すみません。こちらこそ突然押しかけたうえに、でかいツラしてこんなとこで待ってたりして」

「いえ、かまいません。今代のサイカより各支部に通達が出ておりまして、ハチ様には便宜をはかるようにとなっておりますので」

 そう言うと、三毛猫さんは胸に手をおき、改めて挨拶してきた。

「失礼いたしました。私はサイカ商会クリネル支部長のミケーネと申します。ハチ様、どうかよろしくお願いいたします」

「ハチです。で、こちらはツレのアイリス、竜の眷属になります」

「……アイリスです」

 アイリスはなぜか表情が硬い。

 ここに来た時からずっとこんな調子だし。今回は護衛にでも徹するつもりなんだろうか?

「それで、どうなされたのですか?サイカの方からは、もし何かあれば便宜を図るようにとは指示を受けておりますが」

「実はですね」

 俺は、しばしクリネルの町にいる事、そして図書館でこの世界についての本を読みたい事を相談した。

「なるほど。ならば身許保証がほしい、という事ですね?わかりました」

 そう言うと、ミケーネさんは持ってきていた書類ケースのようなものから、何か書きかけの書類一式を取り出した。

「……えっと、もしかしてそれは?」

「はい、身許証明です。

 図書館を利用するためには、単に我々が身許を保証するだけでは足りないのです。ですので少し細工をいたします」

「といいますと?」

「はい、研修などでよくやる手法なのですが、臨時の社員という扱いにしてしまいます。こうする事でクリネル市民としての身分証明ができますので、書籍の閲覧が可能になるのです。

 また、今代のサイカ本人の推挙である事を示す書類もつけましょう。これで市民でも許可の必要な古文書関係も閲覧可能になります。

 もっとも、何かあれば責任問題がサイカの方に行ってしまいますので、必要ないという事でしたら付加いたしませんが」

「それは……いや、ありがたいです。必要なら何かお支払いしますので、お願いできますか?」

「わかりました。では付加書類もつけましょう。少々お待ちを」

 そう言うと、ミケーネさんは書類に次々とサインをいれはじめた。

「あの」

「はい?」

「もしかして、俺が持ってきそうな要望とか推測されてました?」

 そう言うと、ミケーネさんはウフフと微笑んだ。

「研究者肌の方と伺っておりますから。

 しかし異世界の方ですし、ここクリネルの大図書館は東大陸では最大級のものです。情報を得たいというお話があるのではないか、と推測しておりました」

「なるほど」

 さすが商人というべきか。

 しばらくして、ミケーネさんは書類をトン、トンとまとめて小さなクリップでまとめた。

「できました。

 図書館に行きましたら、サイカ商会の推薦状を持っていると伝えてください。別室に案内されますから、そちらの担当に事情を話せば、あとは書類の提示を求められます。

 あとは……そうですね。

 ないとは思いますが、万が一変な横槍が入った等の問題がありましたら、いつでもご相談ください」

「わかりました」

「ありがとうございます。助かります」

「いえいえ。サイカの方でも思惑あっての事だと思いますから、お気になさらず」

 俺たちが頭をさげると、ミケーネさんはそういうと、静かに微笑んだ。


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