異邦人の証明
俺が目覚めた時、既に周囲は朝になっていた。
いやそれどころか、外出していたはずなのにキャリバン号の中にいた。
当然といえば当然なのだけど、アイリスはこれ以上なくお怒りモードだったし、ルシアにも苦言を呈された。まずいと思ったのなら即戻れときっちりと説教されてしまい、俺はうなずくしかなかった。
「で、吸血鬼ってなんなのさ?」
『当人から説明されているものと、おそらくダブる情報がありますが?』
「かまわない」
『わかりました』
そう言いつつ、ルシアは吸血鬼についての情報を教えてくれた。
まぁ、まとめるとこんな感じかな?
『吸血鬼』
吸血鬼は通称であり、そのような種族が存在するわけではない。彼らはあくまで魔族であり、ただ特徴的な特異性があるので便宜上そう呼ばれる事がある。
他者の生命力を奪って活力にするという能力の特異さから、異世界に伝わる伝説の魔物を思わせる事でこの名がつけられた。また子供または若者程度の外見の個体をさして、乙女とか少年と呼ばれる事もある。
吸血のイメージで語られるが、厳密にいうと彼らのそれは生命力を奪う事であり、学術的にはより正確に、吸血よりドレインというべきである。
彼らの活動に血は必須ではなく、あくまで血と引き換えに強大な力を出す。そして代償として心身の老いが停滞する。
この傾向は血への依存度が高いほど高まる。
かりに一切のものを食べずに血液だけで生命維持を試みた場合、その吸血鬼の寿命は千年を軽く越えるといわれる。現在、最長老と言われる個体は、二千年を越える月日を少女の姿のままだという。
なるほど。ちょっと特殊化しちまった魔族か。
『この吸血鬼のような例は主に特異体などと呼ばれていますが、全貌はよくわかっていないのが現状です。理由は、あまりにもバリエーションが多い事、そして単なる個体差との境界線が曖昧で区別がつきにくいためです』
あー、うん。わかるわ。地球の猫みたいなもんか。
皆もよく知ってるあの猫なんだけど、飼い猫っていうのは動物学的にはたった一種しかいない。要するに、あれだけたくさんの猫がいて呼び名も異なるのはつまり毛が濃いだの足が太いだのといった『個体差』にすぎないんだよね。
だけど素人目にはまるで別種にも見える。
要するに魔族そのものと吸血鬼というのは、猫の猫種程度の関係って事か。
「ふむ。吸血鬼みたいに特有の呼び名のついているものは、他にもたくさんあるのか?」
『繰り返しますが、全体像が掴めないので詳細は不明です。
あえて有名なところを挙げるなら、獣族、それから軟体姫でしょうか』
「けものぞく?なんたいひめ?」
なんか妙な名前が出てきたぞ。
『獣族は文字通り、獣人族から人の字が抜けた者。つまり、あまりにも獣化が進みすぎて、もはや新種の獣に限りなく近くなってしまったケースです。色々な形態がありますが、二本足で立てなくなるという点では、だいたい共通しています。
軟体姫は水棲人の一部ですが、水中に特化しすぎたケースですね。こちらは体が弱く生き延びるのも稀ですが、第二次性徴まで生き延びると水中に適応完了するとの未確認情報もあります』
「未確認なんだ?」
『植物のない地域の情報は極めて集まりにくいのです。
それに、これら変種は特に子供時代が虚弱な傾向が多く、種族の弱点を探る者、特に人間族にヒントを与えかねないという事もあります。このために秘匿される事が多いのです』
「あー……秘密ってそういう事か」
『おそらくは』
なるほど。
吸血鬼について調べる事により、魔族という種族そのものの弱点を知られる可能性があるってか。
なるほど、そういう事なら秘匿するのも納得だな。
そんな話をしていると。
「パパって凄いよねえ、ある意味」
「ん?どういう意味だ?」
アイリスが妙に感慨深げに言うので、つい問い返してみた。
そうしたら、楽しそうにクスクス笑って、
「あのねパパ、こういうのって危険情報でもあるんだよ。隠されているという事はつまり」
「あー……下手に探ると命を狙われるって事か?」
「うん」
おっかねえな、おい。
「まぁ、ある意味パパの場合は仕方ないのかもしれないけど」
「どういう意味だ?」
「変異個体の話なんて普通の人は知らない事なんだよ。およそ、この世界の一般の人はたぶん、そんな変わり種の存在自体を知らずに一生終えちゃってるの。このあいだの漁師のおじさんたちだって知らないと思うよ?
なのに、そんなのが向こうからドンドコ会いに来ちゃうパパって……やっぱり類友って事かな?」
「うるせっての」
類友っておまえ、するとなにか。俺は珍獣か何かか?
そう言ったらアイリスは笑いを止める事なく、
「似たようなもの?」
なんて、しれっとのたまうのだった。
さて、まぁ色んな意味で一段落ついたところで、全員で社内、もとい車内会議をする事になった。
「今後の方針なんだが。
ここクリネルは各地方につながる、いわば拠点都市だ。ここからなら、ほとんど世界中に移動が可能だ。そうだよな?」
『はい』
南大陸。
東大陸経由で魔大陸行き。
北部東大陸経由で中央大陸へも行ける。
さらにこの東大陸自体を南下すると、
『南にはエルフの森があります』
「それなんだけどさ。エルフって北の方にいるんじゃないの?」
北のほう、つまり北部東大陸方面だな。
確か前にそう聞いたぞ。どうなってる?
『エルフの勢力は大きく2つに分かれているのです。南エルフと北のエルフに』
「なんでまた?」
『意見の相違かと。あと、北は人間族が多く侵入してしまっているため、人間族嫌いのエルフが南に行くケースもあるようですね』
あー、そういうことか。
まぁ確かに、種族全体が一枚岩とは限らないわな。むしろ色々意見がある方が健全とも言える。
なお念のために書いておくけど、ここいらは地球でいうところの南半球に属するらしい。だから南の方が寒いんだよね。まぁ、幸いにして南のエルフの森といっても東大陸の範疇である事もあって、南大陸ほど寒くはないようだけど。
緯度的には大差ないと思うんだけどね。ちょっと興味深いところかな?
ちなみに北半球はというと、ジャングルやら巨大森林やらがいっぱいあるらしい。で、人もいるけど点在しているだけで、他は動物と魔物の天国なんだとか。
本当、いろんな意味で地球と逆なんだなぁ。
いつか北大陸も見てみたいけど今日明日の話じゃないよな。今は今の事を考えないとね。
「とりあえず、俺はここクリネルで少し勉強したいんだ。この本も読んでみたいしね」
リリスさんに渡された茶色い本を手にとってみた。
改めてみると、革の装丁がなかれたハードカバーの立派な本だ。中は古びているけど、おそらく植物紙らしい紙でできている。
「自分で読むの?私かルシアちゃんが。要約する方が絶対早いよ?」
「ああ要約も頼む。だけど自分でも読んでみたいんだ」
ここから魔族のいる東へは、まだハイウェイだけでも6000kmは走らなくちゃいけないはずだ。
なのに、わざわざここクリネルでこんなもん持ってきたという事は……まずしっかりと情報を集めろって事じゃないかなと俺は思う。
「思えば、この世界にきてからこっち、バタバタするばかりでゆっくり本も読んでないからなぁ。のんびりするのもいいだろう」
これでも俺は元来、本好きな方だからな。そろそろ活字に飢えてきている。
本が読みたいぞ。いやマジで。
そんな事を考えていたら、
「そういえば、クリネルに図書館あったっけ?」
「お、あるのか図書館」
アイリス、ナイス。いいタイミングでいい事を。
で、それはアレか。旅人でも使える図書館か?
『旅行者の場合、こちらの人に保証人になってもらう必要がありますね』
「それは苦しいな……」
クリネルに保証人してくれる友達なんていねえよ。残念。
図書館利用でピンとこない人がいるかもしれないので、ちょっと解説しておこうか。
あなたは旅行先で現地の図書館を使った事があるか?国内でも国外でもどっちでもいい。
図書館というのは色々あるのだけど、基本的にターゲットが決まっているものなんだよね。まぁ大抵はその地元地域の一般住民のためのものという謳い文句の元に建てられる事が多いと思うけど、さてここで問題。旅人はそもそも、その地域の住民ではないって事。
このため、旅人の取り扱いは図書館によって、あるいは時代によって実に千差万別なんだな。
たとえば、俺は1990年に石垣島の図書館を利用した事がある。もちろん俺は旅人だったわけだけど、当時、図書館は貸出できないが閲覧は可能だった。理由は簡単で、住民でないと貸出カードが作れないからという、とてもわかりやすいものだったと思う。
そもそも90年当時、ネットもされていない田舎の図書館である。わざわざよその地方から来て利用する者などいるわけもないわけで。近年は図書館を利用してないから状況を知らないけど、少なくとも当時はそんな感じだった。
話を戻そう。
クリネルの図書館の場合、貸出以前に利用できないという事だけど、その意味はなんとなくわかる。
石垣島の図書館のように、どこの誰だかわからない者にでも閲覧を許しているというのは、本の価値がそれなりでしかないから許される事でもあるだろう。これが印刷技術が未熟で本が貴重だった時代であれば、まず身分をきちんと証明し、さらには保証金をまず払わないと図書館の利用自体認めない、となるのも不思議ではないし、理不尽でもない。むしろ、ごくあたりまえの反応なんだと思う。
まぁ、その……残念な話だけどなぁ。
そんな事を考えていたら、
「どうしても読みたいならサイカ商会に相談すればいいんじゃない?地元なんだし」
「あー、その手があったか」
アイリスの指摘に、ああ確かにと思う。
とはいえ、石の通信範囲はもう超えちゃってるみたいでサイカさん本人は捕まらないわけで。
「サイカさん本人が捕まらない以上、コネを辿るのも難しいぞ。うまくいくかな?」
キナコさんならどうかとも思うけど、あの人はあの人で特別な立場の人みたいだしな。窓口でキナコさんよろしくといったら全然別のキナコさんが現れたとしても俺は驚かない自信がある。
やっぱりその意味で、難しいんじゃないかなぁ。
そんな俺のためらいに、
「聞いてみるだけならタダ、そうじゃないの?」
「……それもそうか」
「うん」
なるほど、言われてみればそうかも。
そもそも、俺はこの世界の人間ですらない。つまり血縁のようなもので身分を証明する事はできない。
俺にできる証明。
それはつまり、交友関係なんかで示すしかないって事だな。
「そうだな。とりあえず商会の窓口に言ってみるか。行くだけならタダだもんな」
「うん」




