きなことあんこ
やってきたのはサイカ商会のエージェントだった。
え、なんでそう思ったのかって?
まず来たのが猫人族の白猫だった事。そして「これが身分証明です」とわざわざルシア妹でチェックさせてくれた事。
ちなみにチェック結果はこうだった。
キナコ(特記事項:実名は異なる。実名→ビアンカ)
猫人族。サイカ商会諜報部門所属エージェントであり、今代サイカ・スズキの懐刀との噂の極秘部隊に所属している、との噂もある。事実関係は不明だが、対VIP関係で二度ほど姿を見られた事がある。ただし一説にはそっくりな白猫が少なくとも七名いるとも言われており、実はキナコの名自体が世襲、もしくは特定の条件を満たした隠密がキナコを名乗っている可能性も指摘されている。
「おー、鞭は持ってないんですね」
「はい?」
「いや、すみませんこっちの話で」
ペットはやっぱりチロルなのだろうか。
いや、俺はゲレゲレ派だったんだが、一緒にプレイした隣のお姉さんが「そこはチロルだよね?チロルだよチロル!」「は、はいぃ」……というわけで91年冬から俺的にはチロルなんだよなぁ。
ちなみに、某メガテンはマーラ様が大好きといってはばからない素敵なお姉さんだったぞ、うん。
え、ゲームの話じゃない?
あ、うん、すまねえ。
話を戻そう。
某、作中で結婚する懐かしい和製RPGゲームのヒロインと同じ実名の白猫さんは、もちろん俺に向かって半年歳上だから私がお姉さんなのよ、なんて可愛らしい事をいってドヤ顔したりはしない。サイカさんに似てスマートな身体に、いかにもビジネスライクっぽいスマートさも兼ね備えている。
うん。白猫レディーって感じだな、いかにも。
そういえば、猫人族の髪の毛について書いてなかったっけか。
猫人族にも髪の毛はある。ただし獣人族の多くがたぶんそうであるように、どこからが体毛でどこからが毛髪かっていうのが非常にわかりにくい傾向がある。ちなみにサイカさんは黒いボディに黒一色の髪で、ニヤニヤ笑いながら本人が述べた言葉を信じるなら、下の毛も黒らしい。
え?見せてもらってないぞ。当たり前だろそりゃ。
ところが、この白猫さんの場合、髪は金色なんだよな。
こうして見ると、人間族の髪とは全然異なっているのがわかるけどな。なんか町人のチョンマゲみたいにピョコッと頭上に伸びているだけなのだ。なんか可愛い。
そんなこんなでジロジロ見ていると、
「何か気になるところでも?」
「あーすみません、髪の毛が」
そう言うと「ああ」と白猫さんは頷いた。
「サイカ様や側近部隊は『同色』で占められてますからね。もしかして猫人族の『異色』をごらんになったのは初めてですか?」
「えっと、どういうこと?」
よくよく聞いてみると、面白いことを話してくれた。
猫人族に限らないが、特に体毛が単色にまたはそれに近い色で固められている獣人で、髪の毛や脇毛、陰毛などだけ色が異なる者を異色体といい、これを現す俗語を異色というんだと。
「単色の個体だけ?なんで?」
なんで区別する必要があるんだろう?
そう言うと、白猫さんは微笑んで言った。
「単色の個体なのに髪や脇毛なんかの色だけ違うのは、人間族時代の名残りとされているからですよ」
「……そういう事か!」
思わずポンと手をうってしまった。
なるほどそうか、野生動物とは違う、人間種族ならではの特徴って事ですか。
おお、それは考えつかなかったな。
「いやいや勉強になります、ビ……」
「え?」
うおっと危ねえ、あやうく実名を言うところだった!
「失礼、キナコさん」
「……ああ、もしかしてハチさんのチェック、実名までわかりますの?」
あはは……やっぱりバレるよな。
仕方ない、素直に謝ろう。
「重ね重ねすみません。たとえそうでも、名乗っていない名前でお呼びするなんて失礼の極みですよね、ほんとマジですみません」
「うふふ、そうならそうだとおっしゃってくださればいいのに」
「あーいや、でもね、そこは知らないフリをするべきだと思うんですよ個人的には」
「そうですの?」
「ええ」
思わず俺は言った。
「名前って看板みたいなもんですよね。特に仕事でお名前を多用される職種の方は」
「ええ、そうですわね」
「たとえば俺の世界の名前で、ハナちゃんとかルンルンとか言われたら、それは可愛いイメージがあるんですね。
で、職務上相手にナメられたくないような事をしている方とか、芸能人みたいにイメージが大切な仕事をしている方とかね、そんな名前を仕事上で名乗っていたら、お仕事に影響しかねないって人もいたりするわけで。で、だからこそ本名とは別に芸名っていう看板があるわけで」
「ええ、わかります」
「キナコさんだってそうでしょ。キナコさんってお名前を名乗られているわけですから、そこはやっぱり意味なり理由なりあるわけで。そこで突然、名乗ってもいない別の名前を言われても困りますよね?」
「……なるほど、それは確かにそうですわね」
どこか楽しげにキナコさんは笑った。
「実名までおわかりなら薄々お気づきと思いますけど、サイカ様同様にキナコの名も襲名するものなのです。もっともサイカ様と違って職務上の看板にすぎませんが」
「看板にすぎない?というと、サイカさんの場合は違うんですか?」
「サイカ様のは正式な襲名なので、住民登録まで全部変わってしまうんですよ。昔からの知り合いが以前の名で呼ぶ事もありますが、それは正式なものではありません」
「なるほど」
そんな違いがあるのか。それは知らなかった。
と、そんな事を考えていたところに、
「そういえば、お名前の話が出たついでといっては何ですけれど。異世界人であるハチさんにお伺いしたい事があるのですけれど」
「何でしょう?」
異世界由来の話かな?
「実は、異世界の方にお会いするのはハチさんが最初ではないのですけど、腑に落ちない事があるんです。
皆さん、私が名乗ると、なぜか髪の毛をじっとご覧になるんですよね。なぜかしら?」
……えーと。
「もちろん、それはキナコさんで名乗ったんですよね?」
「ええ、もちろん」
「……えーとそれは」
なんていうか……髪の色がキナコっぽい色だからだよなぁ、やっぱり。
「何かご存知ですのね?」
「あー、いやその……ハハハ」
「あの、恥ずかしい事でもかまいませんので、おっしゃってくださいませんか?」
「恥ずかしい事じゃないんですけどね……」
「でしたら、ぜひ」
「あー、うん。わかりました」
ここし正直に言ったほうがいいだろう。
俺は、日本にある『きなこ』という食べ物の事について説明した。
「ま、あっちのきなこは金色というより黄土色っていうかアレなんだけどね。どこか色彩的に近いものを感じるんじゃないかな?」
「なるほど……食べ物の名前だったんですか」
フムフムと納得したように白猫さんはうなずいた。
「あ、もしかして」
「?」
「いえ。実はキナコと同じ時代にいただいたという名前がいくつかあるんですよ。もしかして同じなのかしら?」
「ほほう。どんな名前で?」
「キナコを含めて四つなんですが、アンコ、キナコ、ダンゴ、オハギですね」
「……」
どんだけ甘いもん好きだったんだよ、おい。
まぁそれとも、それだけ日本の食べ物に飢えていたって事かなぁ……。
ん、まてよ?
「どうなさいました?」
「……由来になった食べ物、食べてみる?」
「!?」
俺がそういうと、キナコさんは目を丸くした。
「た、食べられるのですか?」
「あー、猫人族の口にあうかはわからないよ?そこは保証できないが」
「ぜ、ぜぜぜ是非とも!」
「お、おう」
なんか、唐突に押しが強くなったキナコさんに、俺はちょっとビビった。
まぁ、あれだ。
異世界モノとかの主人公が一番苦労するのって、故郷の味の再現だよな。苦労して再現するヤツ、スキルがなくてあきらめるヤツ、物好きな料理人とタッグを組んで再現を試みるヤツ、色々だけどさ。
俺の場合は、言うまでもない。「思い出」から取り出すわけだ。
この方法は確かにベストに近いが重大な欠点もある。
え、それは何だって?
決まってるだろ。
この世界の材料や調味料、料理法で再現してないわけだから、同じものを作れるかはわからないって事さ。
とはいえ。
プロのシェフに完成品を見せて「これはこういう食べ物だ」とやる事はできるわけだから、どこぞの妄想日本料理のような事にはならない……と、思うんだけどね。
さて。
そんなわけで、俺の記憶から取り出した『きなこもち』と『おはぎ』を見たキナコさんの反応はというと。
「……ナコとハギですねえ」
お。
「もしかして、こっちにもあるの?」
「はい。……なるほど、キ・ナコ・モ・チ……発音しづらいからナコになったんですね」
ぱくっと一口食べて、あらとビックリ顔のキナコさん。
「何かな?」
「この甘さはどこからくるのかしら。不思議な味……」
だんだんと食べるペースがあがり、おいしい、おいしいを連発しはじめた。
「オハギのオがとれたのはどうしてかしら。ああでも美味し……あら」
ん、。何かあったのかな?
「どうしたの?」
「シュー……アンコ?の感触が独特ですねえ。滑らかに舌についてツブツブがないというか」
「それは料理法だね。これ、こしあんっていって、つぶつぶをこしたものだから」
「なるほど、興味深いです」
いやぁ、俺としては、でっかい猫の人が、口をあんこだらけにしてオハギ食べてる図の方が興味深いよ。ファンタジーだよマジで。
でもたぶん、そんな事いってもキナコさんはきっと、不思議そうな顔をするんだろうけどな。
そんなこんなで食事会が終わり。
「どうもごちそうさまでした。すっかり遅くなってしまったのですが、本題よろしいでしょうか?」
「ああもちろん。で、何だったの?」
「はい」
聞いてみると、要はクリューゲル道での結果についての問い合わせだった。
俺は、途中で拾ったメルさんの事から始まり、現地の状態、そして炉を止めた事なども含めて全部話した。話してないのは禁忌関連、つまり、精霊分についての話だけだったが、まぁ、これについては今回、そもそも全く触れてないしな。
で、フムフムと俺の話を聞いたキナコさんは、大きく頷いた。
「なるほど、異世界由来の危険な炉が動いていたと。わかりました。
実は、こちらの方でも正体不明のエネルギーやら、ハチさんのお車に謎の同乗者の情報がありましたので、そのあたりの真偽を知りたかったのです。予想以上の情報に感謝します、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ。心配かけてすみませんとサイカさんに伝えてくれるかな?」
「はい、確かに」
と、そこまで言うとキナコさんは少し真剣な顔になった。
「あと、こちらは別の話題ですけれど。タシューナンのプリニダク姫ですが」
「うん。大怪我してるけど命に別状はないって噂に聞いたけど本当?」
「ご存知でしたか。はい、そのとおりです」
おお。
「現在、彼女はタシューナン国内の病院で手当てを受けています。研究者として復帰できるかは微妙でしょうが、命に別状はないとの事です」
「微妙?何か問題あるの?」
「肉体的問題ではないのですが」
そう言うと、キナコさんは肩をすくめた。
「彼女は今、おそらく政務に耐えると思われる唯一の王族なのです。継承権放棄していますから正式な王位は固辞なさる可能性が高いのですが、少なくとも摂政なりなんなり、政務をとる立場に立たされるのはおそらく間違いありません」
「あー……そういうことか」
要は、他の王族は子供すぎるか、おバカ王子みたいなのしか残ってないって事ね。
そうか。
命が助かったとはいえ、研究者としてのプリン嬢は再起不能に近いかも、それ。
「あーでも、王族しながら学者もできるんじゃないの?」
俺たち日本にはいい例がいるからな。そう、今上陛下、つまり平成の天皇陛下だ。
今上陛下は生物学者であらせられるだけでなく、実績も色々とおありになるわけで。
もしかして、そういう事が可能なんでは?
「それは無理でしょう」
「なんで?」
「プリニダク姫は動物学者ではなく、遺跡などの研究者です。現場で遺跡に潜ったり、発掘作業をせずにできるとお思いですか?」
「……きつそうだな」
「でしょう?」
絶対に無理とは言わないが、確かに難しいなそれは。
うーむ。
そんなこんなを考えつつ、この夜は更けていった。




