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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
109/180

クリネルにて

 炉の停止という仕事を終えた俺たちは一路、クリネルの町に向かっている。

 

 あっと、いきなりなんだけど、ひとつ報告しなくちゃならないな。

 メルさんなんだけど、実はもういない。

 トンネル内の移動をはじめた途端だっけか、唐突に姿がゆらぎはじめ、「うわわ、こんなとこで時間切れ!?」と大騒ぎをしたあげく、そんじゃー皆さんに説明よろしくとお気楽に、そして唐突に去っていったからだ。

 登場時も唐突だったけど、帰りはさらにあっけない人だったな。

 なんて無責任なと思わなくもないけど、どうやら帰りは自分の意思じゃないらしいから仕方ない。

『時限式で、時がたてば自動的に送り返されてしまうもののようですから』

「まあね。わかってるんだけどね」

 いやぁその。

 戻って説明を求められたらどうすんだよって気もしないではないんだが。

 実際、説明どころか別れを惜しむ間もなかったわけで。

 アイリスやルシアはデータとか色々もらったみたいだけど、要はカタチにならないものばかりなんだよな。

 なんていうか、本当に慌ただしい人だった。

 ところで。

「アイリス、魔物の気配がないって本当か?」

「うん、ないよ」

『ないですね』

 クリューゲル道の中にいたはずの魔物たち。その気配が全然ないらしい。

「まさか、メルさんが倒していった……わけないよな」

「ないね」

『ないでしょうね』

 まぁ、そんな都合のいい話はないよな。

『まぁ、ひとつだけ、ありえる推測をするならば……炉に関係する魔物だったのかもしれません』

 炉に関係する魔物?

「つまり、あれか?いわゆる守護者(ガーディアン)とか、そういうものか?」

『はい』

「でも、だったら炉の周囲にいるんじゃないか?」

『ムカデがたくさんいたので、周囲は彼らにまかせてあったとも考えられます。炉が停止したので彼らなりの入り口から炉の近くに戻った可能性があるかと』

「へぇ……そんな柔軟な判断ができるものなのか」

『あくまで仮説ですが』

 確かにそれは仮説だろう。

 でも、今までのルシアたちの言動を思うに、まったく根拠のない事ではないと思う。おそらくは『ここはガーディアン用の入り口ではないか?』と思われる場所を推定しているとか、それなりの根拠もあるんじゃないかな?

 そう思って聞いてみると案の定。

『情報にあった中継ポイントのひとつが、その入口であった可能性を考えています。実際、あいりす(・・・・)さんのデータでも、彼らは中央付近にある2つの中継ポイントらしきあたりを中心に動いていたようですし』

「なるほど」

 確かに有力な根拠だな。

 そんな会話をしているうちに、キャリバン号はクリネル側の出口近くに戻ってきた。

 ……あれ?

「出口が開いてるな。なんでだ?」

「外に人がたくさんいますね」

 何が起きている?

 嫌な予感がした俺は、思わずアイリスに指示した。

「アイリス、こっちの音を向こうに聞こえないようにできるよな?」

 以前、中央大陸で張ってもらった音消しの結界だ。

「あ、うん、できるけど」

「今すぐ張ってくれ」

「わかった」

 俺もキャリバン号を止めた。エンジンは切らないが。

「ルシア、外の連中の音声を拾って流してくれ」

『わかりました』

 そうして聞こえてきた音声に、俺は眉をしかめた。

 

『この中に異世界人ハチとその一味がいるのだろう?なぜ突入せんのだ?』

『なぜ突入する必要があるのです?

 異世界からきた遺跡・旧跡と専門家と名高いハチ氏が、じきじきにこの大クリューゲル道を調査なさっている最中なのですぞ?助けを求められたのならいざしらず、用もないのに素人が突入しては邪魔にしかなりますまい』

『ものは言いようだな。相手はわが祖国タシューナンの首都を消滅なさしめ、父上母上を殺し、妹に重傷を負わせた凶悪犯ではないか』

『はばかりながら申し上げれば、禁忌を破って真竜の怒りを買ったのは貴国の方々、つまり自業自得なのですぞ?

 なのに無実の罪をハチ氏になすりつけ、さらにトンネル調査を妨害する事でわれらエマーンにも損害を与えようとするのですかな?』

『たかが穴ぼこの調査なぞ誰でもできるわ。

 禁忌の迷信など知らぬわ、大方その迷信を利用してタシューナンに被害を与え、混乱にまぎれて国政を握ろうという魂胆だろうがそうはいくか。この私がケチな異世界人のごろつきなんぞ、さっさと首をはねてくれる。

 さぁ、さっさと突入して連行して来い、行かんか!』

「……なんだこのバカ」

「なんだろうね?」

「クゥン」

 ランサまで同意してるし。

 こいつ、なんか知らないがメル嬢がいる時にはほとんど寝ていたんだよな。メル嬢の魔力はかなり強そうだったから、てっきり興味を示すと思ったのだけど、逆にまるで興味がなかったようだ。

 やはり、戻される運命にあるものって感じ取れるからなのかね?

 でも、そんなランサまでもが今はというと、聞こえてくる声に呆れたような反応をしている。

『王都襲撃のおり、他国に訪問していた王子の生き残りのようですね』

「他国歴訪か。優秀なのか?」

 正直、とてもそうは思えないんだが?

『政治家としての采配は期待されていない人物のようです。資料によると、言動は残念だし政治家としては無能だがこども好きで温厚という一面もあるため、同じくエマーンきっての残念姫と言われるタナー財閥の第三令嬢との婚姻の話が進んでいるそうです』

「こども好き?温厚?」

 今の言動からは信じられないんだが?

「あー、聞いたことある。プリニダク姫を超絶猫かわいがりしてる残念王子様だっけ」

「……そういう人なんだ」

「うん、らしいね」

 ははは……残念王子の妹バカなのね。そっかそっか。

 しかし、今の話からするとプリンさんは無事って事か?

 うん、これだけはいいニュースだな。いい事きいたぞ。

「どうするパパ?」

 俺は、キャリバン号のハンドルにもたれたまま、ためいきをついた。

「……ほっとこ、バカバカしい」

「いいの?」

「いい。要するにただの妹バカの暴走じゃねえか。見てみぬふりしてやるのが大人だろ」

「たしかに」

 タシューナン政府としての謝罪連絡はすでに受けてる。俺たちが旅の途中だから目の前でってのは難しいけど、関係者に会う機会でもあれば、正式にも謝ってもらえる事になってる。

 だったら。

 実害がない限り、妹スキーの王子様の暴走なんて放っとくのがいいだろ。お互いのためにもな。

「それになぁ、この世界的には問題ないってわかってるけど、日本人的にはちょっとひっかかるとこもあるんだよな」

「?」

「タシューナン王都の被害だよ。

 どういう経緯で問題になったか知らないけど、禁忌の情報にプリンさんが触れる結果になったのは、確かに俺のせいでもあるからな」

「……」

「いや、だからって俺のせいだとは思わないよ。で、プリンさんのせいでもないだろ?聞いた話にすぎないが、彼女自身は禁忌の情報を部外者に漏らすような真似はしなかったようだし、実際するとも思えないしな」

「そう?でも」

「ああ。確かに同業者、つまり同じ学者には漏洩する可能性はありえたと思うよ。もう一回潜ってくれる同志を探すためにね。

 だけど考えてみろよ。俺たちと別れてから今日で何日だ?時間的にちょっとな」

 タシューナン国内に、すぐ掴まるような話のわかる同類の学者がいるのなら、わざわざ遠い国で研究生活したりしないと思うんだよな。

 もちろん確認は必要だけど……現状、彼女に問題があったとは考えにくい。

「悪い奴がいるとすれば、それはプリンさんから禁忌の情報を禁忌と知りつつも引き出し追求しようとした奴だろうな、おそらく」

 だけど。

「だけどな、調査に少しでも関わった者としては、もう少しうまい対処法はなかったのかな、とも思えるんだよな」

「……そうなの?」

「ああ」

 アイリスは不思議そうに首をかしげた。

「パパに悪い点があるとは思えないけど?」

「ああ、俺もそう思う。

 だいたい、俺の立場で『もう少しうまくやれたんじゃないか』なんて思うのは思い上がり以外の何者でもないだろうしな」

 あの場で暴走しようとしたプリンさんを、俺は断固として止めた。

 そしてそれが俺にできるベストであったと、今も考えてる。

「あれ以上ができたとは思えない、これも事実。

 だけど、もう少しうまくやる方法はなかったのかとも思う、これも事実。

 矛盾してるとは思うけど、それが正直な気持ちかな?」

「なるほど」

 アイリスも大きくうなずいてくれた。

 俺はちゃんとプリンさんを止めた。

 そしてプリンさん自身だって、本来はそこまで考えなしではない。

 唯一可能性があるとしたら、それはプリンさんが信頼できる同じ学者に事情を話し、一緒にクリューゲル道に潜ってくれる人を探した場合だろうけど、そんなものまで俺が責任を持つ事はできない。

 まして、プリンさんが何かおいしい情報を知っていると考え、おそらくプリンさんの意思を無視して動いた人たちの責任までとれと言われても、それはもう範疇外ですとしか言えない。

 さすがにそれは彼ら自身の責任だろう。

 ま、結論からいって放置だな。

 ここで、俺がなんのバックボーンもない庶民ならビクついてサイカさんやエマーン関係に助けを求めるのかもしれない。

 だけど幸いなことに、俺には強力な味方がたくさんいる。備えを怠るつもりはないけど、必要以上に怯える必要もないんだ。

「ルシア」

『はい』

「出口付近に人払いの結界を張ってくれ」

『わかりました』

 俺は戦う人間じゃない。直接かかる火の粉は払いのけるけど、自分から戦うつもりはない。

 よって、キャリバン号の通れる隙間だけもらえたら、そのまま穏便に去ろう。

『結界を張りました。人の波が分かれて道ができました』

「おけ。じゃ、抜けさせてもらおうぜ」

「はーい」

 俺たちは座り直すと、再び出口にむけてキャリバン号を走らせた。

 バカ王子?

 もちろん、そんなもんは無視無視。

 

 

 

 急ぐ旅でもなし、報告もあるのでクリネルで一泊する事にした。

 街外れに近い停車場に決めるとそこにキャリバン号を停止。近くで野菜を売っていたので、サラダにする事にした。

 ちなみに内容は、野菜売りの人のオススメ。レタスに似たもので淡色を、チンゲンサイの葉に似たもので濃い緑を、そして人参に似たもので赤みを。

「これ、俺の実家の方のニンジンに似てるなぁ」

 ニンジンというと赤またはオレンジのあの姿を想像するかもだけど、実は色もカタチも色々ある。味も歯ざわりも全然違う。

 うちの実家の方は、いわゆる京にんじんともオレンジ色のキャロシーとも違う、むしろ長めの円錐形に近い、赤というより赤紫色の濃いニンジンが多いのだ。母が寿司ネタなどに使っていたが、キャロシーに比べると野菜らしいクセの強さも段違いだった。

 その強そうなニンジンなのだけど、野菜売りの通りに組み合わせてみると意外に合う。

「ニオイが強いと思ったのに、こうして食べると美味しいねえ」

「まったくだ」

 そもそも、なんでクリネルでサラダを作ろうと考えたかというと、獣人の国だからというのがあった。

 山羊人にかぎらず草食系っぽい獣人もたくさんいるわけで。

 確かに、彼らは山羊だからといって食性まで山羊と同じではないらしい。

 でも、ここに来る途中で見たんだよな。明らかに野菜っぽいのを齧りながら歩いてるヤツ。

 だったら、サラダみたいな生食文化があるんじゃないかと思ったわけだ。

 結果はごらんの通り。

「異世界の人って生食好きだよねえ。面白い文化だねえ」

「日本人限定って意味ならそのとおりかな。だけど生が好きっていうのとはちょっと違うと思うぞ」

「そう?」

「ああ」

 日本人の生食好きは確かに凄いものがある。何しろ生で食べるために流通すら変えてしまうんだからね。

 だけど、そこには「素材をなるべくそのまま、しかし美味しく食べたい」という思いがあるんじゃないかなと思うんだよ。天ぷらだって実はそうだしな。

「ふうん」

 アイリスは、そんな俺の主張に「そっか」と納得したような、何か面白そうな顔をしている。

 ちなみに余談だが、このサラダを食べているのは俺以外じゃアイリスだけだ。ランサは肉食だから別途購入した魔獣肉をもりもり食べているし、ルシアは動物の食事はとらない。マイに至っては、物理的に食べるのは生きてるものだけだそうで……うん。

 そんなこんなで会話しつつ食事をとっていたら、

「あのう、お食事中すみませんが、ちょっとよろしいでしょうか?」

 そんな声が聞こえてきた。


野菜の組み合わせは、あくまでこの世界での話です。

地球で同じ野菜、しかも昔の香りの強いものを組み合わせた場合、何が起きるかは……うん。


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