停止しよう
アイリスの身体を借りたドラゴン氏とメルによる技術的会話。
まぁその、なんだ。詳しいところは俺にもさっぱりわからないんだけど、色々と重要な情報が飛び交っているらしいのがわかった。
ああ。「意味がわからない」という人のために少しだけ解説しよう。
ドラゴン氏ドラゴン氏と俺は言っているけど、その正体は中央大陸、ドラゴンの森に住む巨大な真竜族だ。いわゆる西洋タイプの竜で巨大な翼をもち、そしてとんでもなく好奇心旺盛だ。長命がゆえに時間があるのも大きいらしいんだけどね。
で、アイリスはそのドラゴン氏によって作られた存在であり、人間のカタチをしたドラゴンのようなものだったりする。まぁ、俺にとってはそれ以前に大事な相棒なのだけど。
『よし、じゃあ始めるね』
メルさんが何か操作をはじめた。
なんだそりゃと言われるかもしれないけど、何かとしか言いようがない。だってそこにはボタンもタッチパネルもなく、そもそも彼女は何かに触れてすらいなかった。声も出してない。
なのに彼女の身体が動くたび、確かに何かが操作されていく。
「あちらの銀河の操作体系らしいよ」
ぼそっとアイリスが教えてくれた。
いいけど、いつドラゴン氏帰ったんだ?あいさつくらいしときたかったんだが。ま、いいか。
しかしなるほど、異世界の体系なのか。道理で理解できないはずだ。
って、ちょっと待て。
「もしかして、これの取り扱いのために町だの何だのが必要だったのか?」
「うん、そうらしいね」
そうらしい。
異世界の論理で組まれたものを、その異世界人なしで立ち上げ運用する。
それはつまり、これほどに難しいものなのか。
世界が違うとはいえ、メルさんのいる宇宙はおそらく俺の世界の宇宙と大差ないだろうに。そしてメルさんは世界が違うといっても、俺と同じ日本人らしいのに。
それでもなお、これほどの違いがあるのか。
『ちなみに彼女は純粋な意味でいう地球人ではないと思われます。その肉体も、脳も後から銀河の技術で作られたものですから』
「あー、そういう事か」
以前、友達に頼まれて古い米国製のゲームを今のパソコンで動かした事がある。
具体的には仮想PCというものをインストールして、その上で当時のOSを動かし、さらにその上でそのゲームを動かしたんだ。
難しく思えるかもしれないが、それはゲームにもよる。幸いにも対象のゲームはあまりパソコンの機能を振り絞るようなキワモノ設計をされてなかったので、ソフトやパソコンのスキルがあれば、あとは必要とするOS環境を再現するソフトさえあれば、六人の冒険者でパーティを組んで地下迷宮の主を目指して戦う、みたいな地味なゲームをモダンなパソコンで動かすのは難しくなかった。
だけど、同じソフトが動いたとしても、それは当時のそれとは違うだろう。
何を言いたいかというと、昔のパソコンはゲームを起動したらそのゲームしか動かないものが多かったのだ。ゲームしながらネットすらできないものが多かったんだよね。
だけど、今のパソコンならそのゲームをしつつ別のこともできる。
当時のゲーマーは攻略本や自分のメモを片手にゲームをしていた。だけど今のゲーマーは同じパソコンでゲームをしつつ、別の窓で攻略法を見ていたりメモをとれる。
それは、単にマシンが速いだけではない。使い方も感覚も、ゲームに対する姿勢も違うって事だ。
ならば。
たかがパソコンでもそれほど違うなら。
世界が違い、身体をとりかえ、地球でなく宇宙に住む20世紀の日本人のメルさんが、あくまで21世紀初頭の日本人で外に出た事もなかった俺と感覚を共有できるかというと……そりゃ無理だわな。
「ふむ」
思わず唸ってしまった。
唸っている間にも作業は進んで行く。
『炉からの魔力の流れが止まり始めました』
止まり始めた?
「接続はもう切れたと思うけど、流れは一気に止まらないんだよ。少し『溜め』があるからね」
「なるほど」
多少問題があってもしばらくは保つわけか。で、じわじわと消えていくと。
「周辺術式への影響はどうなるのかな?」
「それはね……」
『あ、そっちはもう手配したよ。術式書き換えた』
アイリスが答えようとしたのを、メルさんがひきとって答えてくれた。
『見たところ、大きい利用先が3つあったね。
ひとつは、ここのムカデたちが食べてたから、これは単に切断したよ。
2つ目は、さっきのトンネルの維持に使われてたから代用の術式を組み込んで大地に接続したよ。たぶん千年くらいは保つと思う』
ほほう。
「ふむ。で、3つ目は地底都市か」
『え、地底都市?ううん、それはトンネル用ので賄ってたよ。3つ目は別モノだよ』
え?
「ちょっとまて、このうえ別の流れがあるのか?」
「え、私も初耳なんだけど。何それ?」
トンネルの維持は想定内。ムカデたちが魔力をとっていたのも、まぁわかる。
それ以外にもあるってどういうことだ?
『後付けみたいだけど、もう一本の流れがあるよ。あまり大量ではないけど……』
メルさんは何かを探るようにじっと目をこらしていたんだけど、
『うん。東にある大陸……の向こうに流れてるね。ここからじゃ詳しい行き先はわかんないけど』
「そうか……とりあえず、それも生かしといてもらえるかな?」
「え、それでいいの?」
俺の提案にアイリスが目を丸くした。
「事実関係はどうあれメルさんには関係ない話だろ。彼女はここを処置するのが仕事なんだからさ」
「それはそうだけど……」
そんな俺とアイリスの会話を見たメルさんは、ふむふむと頷いた。
『じゃあ、ここもなるべく長く動き続けるように……あと、解除も見ればわかるようにしとくね?』
「あー、すんません」
『いいよこのくらい。それに、ダメだ来てくれーって言われても簡単に来られないんだから、少しはアフターケアしとかないとね』
「なるほど」
特に専門家ってわけじゃないって聞いたけど、そういうプロ意識はあるんだな。
まぁ、そういう人だからわざわざ頼まれて別の世界まで来たんだろうけど。
『それじゃ……うん、できたよ。全部完了した』
しばらくして、メルさんは俺たちの方を見て頷いた。
『じゃあ、これから炉を停止するわけだけど、ひとつだけ注意点があるから聞いてくれる?』
「おう」
「はい」
『なんでしょう?』
『炉は止めるだけじゃなくて、二度と再稼働できないようにしちゃうよ。でないと、私たちの知らないうちに誰かが危険を知らずに動かしてしまうかもしれないからね。
設計図を購入した国の人たちはもういないようだし、そこはいいよね?』
「もちろんいいぞ」
「はい、かまいません」
『危険防止のためにも、そうしてください』
ウンウンとメルさんはうなずくと、少しだけ眉をしかめた。
『問題はここのムカデたちだよ。
ここで停止作業をしても、知っての通りすぐには魔力は止まらない。でも、炉が停止する事がムカデたちは危機感をもつと思う。
すると次に彼らは……』
「魔力や食料を求めて動き出すって事?」
『そうだね。今すぐじゃないけど、いずれ動き出すよ』
「そりゃ大変だ」
この空洞の中に何匹いるのか知らないけど、えらいことだぞ。
『今ここで倒すのは危険すぎる、まだ炉が動いてるからね。
できればオススメは……さっきの入り口なりなんなりを押さえておく事かな。出口を全部塞いでおけば彼らは食べ物がないでしょ?おそらく最終的には共食いが始まって、かなり数が減ると思う』
「ムカデが暴れて設備を壊す可能性は?」
『大丈夫だと思う』
メルさんはそう言うと、プラント設備を見上げた。
『現時点でもプラント本体にはまったくムカデが侵入してない。これなら大丈夫でしょ』
「へえ。いい仕事してるんだ」
『ええ。これを壊すのはなかなか難しいと思うよ?』
そういうとメルさんは小さく微笑んだ。
『じゃ、停止はじめるよ?』
「よろしく」
そういうとメルさんは再び制御パネルっぽい空間に向き合い、フワフワと動き始めた。
『炉の出力が落ち始めました』
「停止シーケンスに入ったみたい」
へぇ、わかるもんなのか。
しばらく見ていると、やがてメルさんが「よし」と大きくうなずいた。
『終わりだよ。悪いけど外まで送ってくれるかな?』
「ああ、もちろん。よし、帰るぞ!」
「はーい」
『了解』
ただちにキャリバン号に皆、乗り込んだ。
と、そこでピクッとメルさんが震えた。
「え、なに?」
『あー、ひとつ言い忘れてた』
「?」
『ムカデたち、今、術が解けたよ?』
「……」
『……』
「……ちょ、急げぇっ!」
あわてて俺はアクセルを踏み込んだ。
「うわ、本当に全部動き出したよ。まだゆっくりだけど」
「馬鹿野郎、動き出すなら動き出すって先にいえよ!!」
『アハハハハ……ごめんごめん』
ミラーを見ると、後部座席でメルさんは頬をポリポリとかいていた。
「笑い事じゃねえぞオイ。こんなん無事に出られるわけが、」
『え?あなたたちなら大丈夫だよ?全然』
「……は?」
なんでそこで断言する?
でも、なぜかメルさんはニコニコ笑うだけだ。
『言わなかったのは悪かった、ごめんね。
でも戦力という意味なら問題ないよ。あなたたちなら問題なく出られる。わかるの』
「どういう理屈だよそれ?」
『ん。だってわたし巫女だから』
いや、意味がわからないんですが?
ちなみに、あとでドラゴン氏に聞いたところによると、メルさんの属する宗教の巫女さんはそういうものらしい。祈りによって因果をねじ曲げたり、見たこともないようなものの真価を言い当てたり、不思議な現象を起こすのが巫女たる者の真骨頂で、上位の巫女になればなるほど常に夢見がちになり、一般人には理解しがたい言動や行動を示すようになるのだと。
だから、途中の理屈を全部ほっぽり出して、俺たちならムカデ相手でも問題ないって結論にたどり着くのも別に不思議はないのだと。
うーむ、そんなものなのか。
とはいえ、この時はそんな説明なんか知らないし、それどころでもない。少しずつ停止状態が解けて動き出す巨大ムカデたちに怯えつつ、俺たちは全速力で通路からトンネルに抜けだしたわけで。
「よし出た!」
「後ろからムカデ迫ってる……ルシアちゃん、入り口に封印かけて急いで!」
『今やっています…………終わりました』
その瞬間、入り口はなんの痕跡もない壁になった。
ドンッという音がした。おそらく向こう側でムカデがぶつかったのだろうけど、壁は見た目上ビクともしていない。
「強度的にどうだ?ルシア」
『うまく機能しているようです。光等も漏れていませんから、彼らも急速に興味をなくすでしょう』
「……そうか。念のために30分ほど観察してくれ。問題なかったらエマーンに戻ろう」
『わかりました』
同時刻。遠くはなれた魔大陸では。
「今度は異世界の整備員ねえ。全く目が離せないねえ彼らは」
なぞの女学者が、異界のプラントを前に話している映像をしっかりと見て微笑んでいたり。
「そろそろ保守にいかなくちゃと思っていたけど、ちょうど良かったねえ。ま、あとでちょっと見に行ってみるかねえ」
クスクスと笑いつつも研究資料に目を落とした。
彼女の背後には、怪しげな魔道具などを後ろに積み込んだオートバイが出番を待っていた……。




