そこにあるもの
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
キャリバン号をそろそろと走らせ、奥に入り込んでいく。
クリューゲル道のさらに奥にあるこのトンネルは、もしかしたら千年も誰も入っていないかもしれない場所。アマルティアの町同様に酷く古いものだけど、あっちは荒れているといっても人の町。だけどここは違う。
隙間なく、コンクリートのような素材で固められた道。
『ふうん』
メルさんはあまり驚いていないみたいだ。ふむふむとまわりを見ている。
そんな中、タブレットを見ているアイリスが警告を発した。
「ムカデの巣が近いよ。ものすごい数いるよ」
やっぱりいるのか。ま、そりゃそうだよな。
「総数とかサイズはわかるか?」
「サイズは……100mを超えるのはいないと思う。けど30m以上でも多すぎてワケがわからないよ」
「うわ、そうか。わかった」
うーん、結界で防ぎきれるものかな?
そんな事を考えていたら、
『自然の生き物じゃなさそうだね』
「どういうことだ?」
唐突にメルさんが言ったので、俺は首をかしげた。
『たぶんだけど、彼ら、炉から漏れてくる魔力を吸収してるんじゃないかな。だって』
そこまで言うと、キャリバン号の進む先の暗い空間をかしげた見据えて、メルさんは眉をしかめた。
『ここまで来たら私にもわかる。炉が動いてるんだけど……おかしいよ。動きすぎてる』
「動きすぎてる?」
『うん』
メルさんは真剣な顔で頷いた。
『トンネルの結界を維持するくらいなら、ほんのちょっと稼働するだけでいいはずなのに。これフルドライヴだと思うんだよ。
という事は、その作りすぎてるエネルギーを誰かが食べているわけなんだけど』
「ムカデがそれを食ってるって?……いやな予感しかしないんだが」
つまり、彼らはエサである炉を囲むように巣を作ってるって事じゃないのか?
最悪だろそれって。
「それはまずいな、どうやって排除しようか?」
穏便に退去願うわけには……いかねえだろうな。
でも。
「俺の攻撃方法じゃ、炉に被害を与えずにムカデだけ排除とか難しそうだな」
思わず眉をよせた。
俺は戦闘の専門家じゃないし、器用でもない。ムカデたちをうまく排除しようとするなら破壊力をアップするしかないけど、それをやると間違いなく炉を巻き込むだろう。
うーむ。
そんなこんなを考えていると、
『彼らにはちょっと、お目こぼししてもらいましょう』
「……は?」
俺は思わずメルさんの顔を見てしまった。
「いったい、何をどうするつもりなんだ?」
『さきほどと同じですよ。ただ、彼らの注目をそらすだけです……ただ、さすがに何の道具もなしにやるのは無理なんですが』
ふむ。
『じゃあさっそく、今のうちにやっちゃいますか。すみません、車を止めてもらえますか?』
「あ、うん。了解」
よくわからないが、ここはメルさんに任せた方がよさそうだな。
キャリバン号を止めると、メルさんは車の外に出た。
『すぐ戻りますから、皆さんはそのまま中で』
そう言うとキャリバン号が少し離れ、そして何かを唱えた。
……え?
なんか唐突に、彼女の手に銀色の杖のようなものが握られていた。
なんだ、空間魔法か何かか?でも気配も何もなかったぞ?
『空間の歪みを確認しました。どこかに仕舞ってあったようですが……一切の魔力等を感じませんでした』
「なんだって?」
何かの技術でも魔法でもなく、ものを取り出したり収納できるのかよ。
まるでチートだな、どうなってるんだ?
杖はかなり大きなものだった。彼女の身長と同じほどもあるもので、よくみると細かい模様のようなものでびっしりと覆われている。なんというか、不思議なもの、という印象がぴったりくるものだった。
……と、ルシアからだろうか?杖のものらしい情報が流れてきた。
『星辰の杖』
異界の巫女が愛用する杖だが詳細は解析不能。
ただしアマルティアの記録にも同じ由来のものが存在する。以下はそれを元にした情報となる。
杖のカタチをしているのは宗教上の理由であり、実際は魔導器である。
魔力源に接続し、その流れを制御する事により複雑な術式を省略して大きな現象を起こすための装置。ただしその大出力を発揮するためには時間を必要とする。これは本来『神器』として開発されたためと言われている。
うん、まともなものではないらしい。
『……』
その杖を掲げて何かをつぶやく。
声は小さすぎて、頭の中に響くそれも内容まではわからない。ただ、つぶやくように、ささやくようにその声は続く。
そして。
『ムカデの動きが止まったようです』
「止まった?」
ルシアの言葉に、俺は首をかしげた。
やがてメルさんが杖を持ったままキャリバン号の中に再び乗り込んで、杖のところを確認しつつドアを閉めた。
『問題ないから進めてくれる?』
「……了解」
キャリバン号を進めていくと、広がる闇の中に何かが見えた。
「……」
それは最初、闇に浮かぶ金属か何かのオブジェに見えた。
でもよく見ると、その輝きは違っていた。どちらかというと、以前中央大陸で出会った巨大カマキリにも似た光沢の持ち主である事がわかるし、さらに近づいて全貌が見えてくると。
「……これ全部ムカデかよ」
それはまるで、SFに出てきそうなUFOのスクラップが山積みになっているようだった。
だけど、そのひとつひとつは生きた生物であり、その外骨格の光沢だった。ぬめるような、また宝石のような輝きがヘッドライトのあかりに照らされては輝き、その光はどこか、彼らが非常に禍々しい存在であるかのように見せていた。
だけど、それが全部静止している。まるで時間を止めているように。
しかもどういうわけか、キャリバン号がぎりぎり通れるだけの隙間は確保されているのがまた、なんとも。
『前方奥、大型の人工建造物があります。稼働中のエネルギー炉だと思われます』
『右前方奥に四角く光る区画が見えるでしょ?あそこが制御盤だと思う。近づいてくれる?』
「了解」
ルシアとメルさん両方の声に答え、ゆっくり、ゆっくりと前進していく。
「……一応言っとくけど、まわりは全部ムカデだよ。気をつけて」
「おう、ありがとよ」
アイリスの言葉が耳に響いた。
近づいてみると、それは意外なほど現代地球的なパネルだった。
違うのはメーター類などだ。機械式のようなものはなく、かわりにスマホかタブレットのようなものがいくつも埋め込まれているような画面に、何やらよくわからない図形がたくさん映っている。
『思った以上に正確に再現してるみたいね』
「これは」
思わず声が出た。
「これが……多次元相転移機関?」
『そうみたいだね』
そうみたい?どういうことだ?
『漏れてくる次元波というか、特有の空間の歪みがあるんだよね。……どうやら間違いない』
ほう。
キャリバン号を確認止めて、俺、アイリス、そしてメルさんの三人で降りた。
非常に危険なのは間違いないんだけど、それを今言っても仕方ない。何かあればルシアが動くだろうと信用する事にした。といってもアイリスが一緒に降りたのは、それだけ俺が危険だという事なんだろうが。
パネルのようなものに向かってメルさんは立つと、何か不思議な言葉を唱えはじめた。
「……なんだ?」
『よくわかりませんが、おそらく異世界の言語ではないかと思われます』
「『連邦共通語』だろうってグランド・マスターが」
連邦共通語?
「彼女の世界の銀河系にある連合国家らしいよ。といっても加入している国は銀河全体の三割かそこいららしいんだけど」
ふむ、国際連盟みたいなものか?
「って、ドラゴン氏は何で知ってるんだ……って、言うまでもないか」
スパイでもしていたって事か?
「ここの動力炉のスタッフに眷属がいたんだって」
「参加してたのか?」
へぇ。そいつはまた。
「異世界の動力炉なんて面白そうでしょ?グランド・マスターが興味をもつのは当たり前だと思うな」
それもそうか。
異世界人である俺に興味をもっただけでアイリス作ってくれたような存在だからなぁ。確かに不思議はない。
なるほどなぁと俺が感心していたら、
『え、当時の話がわかる人がいるの?』
メルさんがおもいっきり反応してきた。
「あ、はい。私のグランド・マスターが」
『何とか連絡とれるかな?ちょっと気になるところがあるのよね』
「気になるところ?」
『これ、知らないエネルギー変換機がついてるの。
すぐにも本体を止めたいんだけど、この部分の影響がわからないのよね。できるかぎり悪影響は小さくしたいし、わかるなら何か情報がほしいんだけど』
あ。
「もしかして、魔力変換器のことか?」
「たぶん。ちょっとまって」
そういうとアイリスはしばらくウン、ウンと誰かと話していたが、やがて顔をあげた。
「直接応じよう。魔力変換器についての情報がほしいと聞いたが?」
どうやらドラゴン氏が直接でてきたらしい。
メルさんは驚くかと思ったけど意外にもウン、ウンと普通に反応して、
『えーと、それでは質問なんですが……』
「ふむ、それはだな……」
『へぇぇぇ……すごい事しますね』
なんだかよくわからないけど、専門的な会話が飛び交いはじめた。
その意味不明な会話はしばらく続いていたけど、
「……とまあ、そのような感じだ。参考になっただろうか?」
『だいたいは。それじゃあ、主要変換炉は稼働のまま切り離して、それから本体を停止しますね?』
「よろしく頼む。放置された変換炉はゆるやかに停止するはずだが、くれぐれも後から妙な力を加えないでほしい」
『わかったわ』




