異界の人
再び入ったクリューゲル道の中。
「やっぱりムラク道と似ているな」
『ムラクどうって?』
俺は、ずっと西にある青函トンネルじみた海底トンネルの話をした。
「あっちは精霊とか魔物とか、そういうものに守られ管理されてたわけだけどな。ここはそれがない代わりに、この魔力で守っているわけだ」
『なるほど。確かにね』
この世のあらゆる物は『帰化圧力』にさらされている。つまり、風化させ、自然に混じらせ、崩壊させて飲み込もうという力だ。
どんなに立派に作られた道路やトンネルでも、放置すればたちまち崩壊が始まる。水が流れ、芽が吹き出、内側から、隙間からだんだん壊れていく。そして長い年月の間には、いかなるものとて大地に、森に帰ってしまう。
「このクリューゲル道も大陸横断用の海底トンネルって事は変わらない。しかも本来は別の用途のものなわけで、おそらくムラク道よりずっと強い帰化圧力にさらされていると思うんだよな」
『……』
まぁ、帰化圧力なんて言い方をすると民族的な意味で別の方向に裏読みする特定外国人もいるかもだが、そっちは知らない。郷に入れば郷に従うのは当たり前の事なのに、それを圧力と称するような輩にかける言葉や税金がある余裕がこの国にあるとは思えないしな。
さて。そんなくだらない与太は置いといて続きいこう。
「問題はそこだ。
この巨大トンネル、ダメにしてしまうにはあまりにももったいない。だけど問題の『炉』も止めなくちゃいけないし、それに、ここがそのまま動いていると都合の悪い事もあるわけで」
『そうみたいね』
周囲を見回して、メルさんはそうつぶやいた。
『よくわからないけど、このトンネルを維持できるように術式をかけ直せばいいわけね?』
「できるか?無理ならさすがにアレだぞ?」
何十年も閉ざされたままだったんだ。危険だからもう使うのはやめようっていえば、それはそれで通るだろうしな。
そういったら、メルさんは微笑んだ。
『割り切ってるんだ』
「俺はあくまで旅の途中だからなぁ」
ここの人間なら思惑とか利害もあるだろう。壊されちゃ困るとか、何かの意見もあるだろう。
だけど、俺はここの者じゃない。ヒーローでもない。
だから、自分が良かれと思うところ、なるべく多くの人が良かれと言いそうな結末で手を打つだけだ。
『まぁ、永続性を持たせるならエネルギー源が必要だけど、千年もてばいいってレベルなら手はあると思うよ?』
「そうなのか?」
『まぁ、現地を見てから考えるべきだけどね。どんな状況かもわからないし』
そりゃそうだ。
「アイリス、魔物の気配は?」
「50kmくらいかな。固まってるねえ」
「よし、じゃあ進むぞ」
「はーい」
俺はアクセルを踏み込み、速度をあげた。
二度目のクリューゲル道。
タシューナン側と見た目は変わらないので、キャリバン号は順調に奥へと進んでいく。速度もドライブスピードだ。
そんな中。
『速いですねえ。キャリィバンってこんな速かったっけ?』
ぼそっとメルさんがそんな事を言った。
「ずいぶん詳しいですね?」
『あ。実家が中古車屋だったから』
ああなるほど、そういう事か。
「俺の出身と別の世界みたいだから、合ってるかわからないけど。軽自動車が660ccまでになったの知ってる?」
『え、知らない。何それ?』
やっぱり。そこからか。
『いや、ついこの間まで360だったのに。なんでそんなでっかくなってんだか』
「いつの時代の話だよ……」
聞けば、メルさんはどうやら昭和57年より後を知らないらしい。この頃に何かあって地球を出たんだと。
『でも、このキャリィバンは550だよねえ。なんか浮いてるし変だけど』
変は余計だ。
「俺がこの世界に転移してくる時にこいつも引っ張られたらしいんだけど……その時に色々変わっちまったらしい」
『へぇ』
「たぶんだけど、浮いてるのは俺の『壊れてほしくない』って気持ちが原因じゃないかな。俺が転移したのは荒野のどまんなかでさ。こんな軽自動車で走ろうとしたら、あっというまに壊れて終わりって感じだったからね」
『なるほど』
ふむふむとメルさんはつぶやいたけど、
『だけど変だねえ』
「変って何が?」
『君は転移したって感じじゃないんだよね。この世界に完全じゃないけど馴染んでるし、放逐される可能性もない。これって凄いことなんだよ?』
「そうなのか?」
『うん』
メルさんとそんな会話をしていたら、ルシアが割り込んできた。
『この世界に主様を送還する方法が現状ないのもそのためです。
メルさんのようにこの世界から根本的に隔絶していれば、単に材料を揃えれば送還可能です。なぜならメルさんは元々この世界の住人ではないのですから、常に帰還させよう、させようとする圧力がかかっている。それを刺激する、ただそれだけなのですから。
でも、主様にはその方法はとれない。いくら材料を揃えても、そもそも帰還させようという力がかかってないのですから』
「帰還させようという力がない?」
『つながりが切れてるわけじゃないと思うんだけどね。……確かにこれは難物だわ』
メルさんが俺を見る目を細め、眉を寄せた。
『めるさん。世界間移動について、ご存知の情報があれば是非』
『いいよ提供する。違う世界とはいえ元同胞のためだもの』
メルさんは微笑み、頷いた。
と、そんな時だった。
「魔物たちがこっちに気づいたよ。こっちにむけて移動開始した」
おっと。
「そんじゃ、戦闘準備しとくか……メルさん?」
『……』
メルさんはちょっと厳しい顔をしていたが、すぐ笑顔に戻った。
『とりあえず、しばらく様子見してもらったよー』
「えと……誰が様子見?」
『魔物さんたち?』
なんで疑問形?
そんなことを考えていたら、
「魔物たちが進路変更したよ。タシューナン側に戻りだした」
「……へ?」
『うん、大丈夫。危害は加えないからしばらく見過ごしてってお願いしたから』
「……忌避結界でも張ったのか?」
『違うけど?』
「……」
ふむ。やはり根本的に種類の違う技術みたいだな。
そんなこんなでやってきました、プリンさんがいた時の例の場所
「ここが最奥部か?」
「最奥部はもう通り過ぎてるよ。ここは少しタシューナン寄りだね」
「そうか」
なんの変哲もない壁。そしてある意味異世界らしくない、コンクリートのトンネル風景。
そして。
『なるほど。私にもわかる、ここだよね?』
『はい。そこだけ精霊分が薄くなっています。通路入口のようです』
壁の一角。
俺にはなんの変化もない、ただの壁に見える。
見えるんだが……。
「なんか模様が見えるな」
「模様?」
「魔力が薄いところがあるんだけど……あれ、これ字だな。なんだこれ?」
「え?」
「ああ、これ顔文字じゃないか。『(`・ω・´)シャキーン』って書いてあるぞ」
「……は?」
なぜか微妙な沈黙が。
「いや、なんだよ。本当だって」
『かおもじってなに?』
「あ、そこからなんだ」
考えてみたら、昭和50年代までしか知らない人が、顔文字知ってるわけがないわな。
「えーとな、ネットでよく使われているんだけど、パソコンの文字が顔を表す事で絵的に表情をだな」
『ネット?』
「げ、そこからかよ……うーんわかった」
俺はスマホをとりだして、『(`・ω・´)シャキーン』を出して見せてやった。
「ほら、これだよ。『(`・ω・´)シャキーン』」
『むむ』
メルさんはスマホの『(`・ω・´)シャキーン』と壁を見比べてうーんと唸っていたが、
『確かに顔みたいだねえ。でもこれなに?』
「ネットから説明するのはちょっと。是非今度、里帰りしてみた方がいいよ。変わりまくっててビックリするよ?」
『あー里帰りか。うーん……確かに一度するべきかなぁ。前と違って許可も出やすいかもだし』
なんだかよくわからないが、ウンウンうなっていたかと思うと、
『とりあえず、それはわかった。本題に戻ろっか』
「おう」
『で、その変なマークの横なんだけど……同じように魔力で矢印が描かれてるよね?』
「え、そう?」
『ほら、これ』
「……あ」
本当だ。
「やられた。(`・ω・´)シャキーンに目がいってて全然気付かなかったよ」
『いや、(`・ω・´)シャキーンはもういいから。で、この矢印って何だろ』
「そりゃあ、アレでしょ」
矢印を目で追って見ると、そこに小さな5つのくぼみがあった。二箇所。
で、そこに両手の指をそれぞれ置いてみた。
「お」
すると、目の前に何かのマークがある……なんだこれ?
「なんかマークあるぞ。俺の真ん前の壁。ほれ」
『……どれ?』
「ほら、これ……あ」
くぼみから手を離すと、消えてしまった。
『もういっかい、くぼみに指置いてくれる?かな?』
「あ、うん」
俺がもう一度同じポーズをとると、もぞもぞと俺と壁の間にメルさんが入り込んできた。
いいけど、このポーズやばいなオイ。
『ああわかった、これか。ほいっと』
メルさんが人差し指で、ぽちっとなとマークを押した瞬間だった。
「お」
キキッと静かな音がしたかと思うと壁が消えて、そこには通路が出現していた。
「これは……連絡通路か?」
『君の車も通れそうだねえ。いく?』
「もちろん。行こうぜ」




