ヒッチハイカー
「はい、それでですねハチさん」
「ほほう。それはそれは」
今日も空は晴れ渡り。俺は役場の中で、カピバラ顔のお兄さんと話している。
俺は別にケモノ好きというわけではないのだけど、基本的に獣人族には親しみを覚えるクチだ。日本でゲームやる時も獣人種族をすぐ選んでたしな。憧れみたいなものがあるのかもしれない。
もちろん、タシューナン王家の件もあるし、サイカさんの旦那さんの事もある。
でもそれは単に「いいやつもいれば悪いヤツもいる」ってくらいの事。当たり前の事なんだよな。
「それじゃあ、いよいよクリネルに行かれるわけですね?」
「うん。とりあえず大丈夫そうだからね」
先日の連中も官憲につきだした。タシューナン政府からも正式に謝罪表明の連絡も来たし、問い合わせの結果もだいたい問題なし。うん、予想以上の早さだった。
正直いうと、特に官憲絡みはもっとグダグダと時間がかかるのを想像していたんだけどな。
だけど。
「それはないですよ」
「そうなの?」
「真竜族やら樹精王族との問題になっているのに、その勢力と共に旅しているわけですよ?後回しとか時間稼ぎとか、そんな自殺じみた事はどこの国もしたがらないんじゃないかと」
カピバラ顔でのんびりと微笑むお兄さん。
なるほど、それもそうだ。
しかしまぁ、お兄さんホント癒やしだわ。役場の人に癒やしを感じるなんて、すげえな異世界。
だけど、そう感じるのは俺だけじゃないようで。
どうやらこのカジヤン族のお兄さんは一種の癒し系アイドル状態らしく、ひっきりなしに地元の人とか商売の人とかが用もないのにやってくる。人気者みたいだな。
うん。いつまでも独占しているわけにもいかないな。
「よし、じゃあそろそろ行くかな。すみません、本当に長々と」
「いえいえ。またお近くにいらしたら是非どうぞ」
「ありがとう」
まぁ社交辞令なんだろうけど、言われると嬉しいもんだよな。
だから俺はなかば本気でお礼を言った。
「よし、出発だ」
「おー」
「わんっ!」
『了解です』
「アイ」
そんなわけで、ふたたび異世界の旅に出発する、ぽんこつ軽自動車一台。まぁ中身は色々と変質してるけどな。なんか異世界版のピポ○ポ旅行みたいでアレだけど。知ってるか?
クリネルに向かう道は、ゆるいアップダウンを繰り返す直線道路。広がる景色といい、北海道のどこかを思わせた。
だけど。
「砂利敷き詰めてるのは、なんでだ?」
これから舗装でもするのかな?
こういう路面って単車だときついんだよな。まぁ、キャリバン号タイプなら問題ないけどな。
オルガにあげた単車の事を、ふっと思い出した。
実はあれ、俺自身が欲しかったやつなんだよな。キャリバン号を維持しつつあれにも乗るとか無理だったんで、結局は夢物語に終わったんだけど。もし俺が車を持てないような都心のどまんなかに暮らしていたら、唯一の足は単車になったろうしなぁ。
まぁ、昔話はいい。
敷かれている砂利は白っぽいものだった。これが地球なら石灰質の砂利なんだろうかと気になったところなんだけど、とりあえず昨日や今日に敷かれたものではないようで、ちゃんと轍もできているし、踏み固められてもいるのがわかる。
ふうん。なんなんだろうな。
そんなこんなで走っていたのだけど、
「……おや?」
道端に誰かいる。
「女の子だな。なんでこんなところに?」
それも獣人でなく、人間の女の子だった。
しかも、しかもだ。
この世界では一度も見たことのないような、なんというか……宗教関係の儀式にでも出そうな白いローブをまとっている。
いったい何者だ?
で、チラッとアイリスの方を見たのだけど、
「敵意はないみたい。でも、なんでこんなところに?」
「なんだろうな?」
アイリスにもよくわからないのか。
で、そのまま通りすぎようとしたのだけど。
「……あれ?」
すれちがいざま、俺は女の子の左手が、見覚えのあるカタチになっているのに気づいた。
……あれって、ヒッチハイクする時のサインじゃないか?
思わず減速し、停止した。
もちろんキャリバン号は急には止まれない。女の子を少し通り過ぎたところで止まったわけだけど。
「!」
女の子は俺が止まったのに驚いた顔をして、そして、パタパタと走ってきた。
「パパ、いいの?」
「わからんが、敵意はないんだろ?それに……」
なんでだろう。やばい相手という気がしなかったんだよな。
さて。
女の子は、道の左側にいたんだけど、迷うことなく右側、つまり俺のいる側にやってきた。そして「すみません」と両手をあわせて祈るようなポーズをしてきた。
とりあえず窓をあけ、声をかけてみた。
「どうした?」
だけど、その言葉に対する返事は、
「────」
なんだこの言葉?全然わからねえぞ?
思わず日本語で文句を言っちまった。
「悪いが全然わからん。わかる言葉で話してくれないか?」
そうしたら。
『すみません、これで伝わりますか?』
頭に直接話しかけてきやがった。まるでルシアのように。
『えっと、もし良かったら最寄りの町まで乗せていってほしいんですけど……もしかして満員?』
アイリスを見てちょっと悲しそうな顔をした。
ふむ。なんだかよくわからないが、只者じゃないな。ローブ姿といい、本物の宗教関係者か?
そうしたら、
「パパ。この子、たぶん客人だと思う」
「まろうど?」
『この世界の外からの客人という意味です。主様もその一種ですけど、この方は主様とは違う系統の方のようです』
なんだ、どういう事だ?
『あー……そういう事ですか』
女の子の方が何かに気づいたらしく、ぽんと手を叩いた。
『すみません、ここってランセンかどこかですか?』
「は、ランセン?どこだそれ?」
『うわ、やっぱり違うんだ。ええと、ここの主星はツェルマイ?それともクンターク?』
「えーとすまん、さっぱり意味不明なんだが。そもそもしゅせいってなんだ?」
『……あー……これはもしかして、世界線までズレちゃってるのかなぁ』
むむむ、と困ったように腕組みした女の子。
「よくわからんが、迷子って事か?ツレとかいないのか?」
『私しか来られなかったので。まぁ、時限型のワームホールの使用中なんで、時がたてば押し返されて戻されるわけですけど』
さっぱりわからんな。
まぁとりあえず、敵意がなくて困っているなら。
「とりあえず町まで行くか?この向こうにあるクリネルって町に向かうところなんだが」
『助かります、クリネルへ……クリネル?』
むむっと女の子は眉をしかめた。
『あー、そういう事……もしかしてズレたのは世界線でなく時間なのか。そっか』
「何かわかったのか?」
『わかるかもってところです。すみませんお兄さん、もし良かったらそのクリネルの町まで乗せてもらえますか?』
「ああ、いいとも。ただし後部座席になっちまうが」
そういうと、女の子は問題ありませんとうなずいた。
『それでは、すみませんがよろしくお願いしますね。乗車は左からです?』
「ああ、そうだよ」
『では』
トコトコと女の子は左側に回ると、なんの躊躇もなくスライドドアを開けた。
『えっと、椅子は……畳んであるのか。開いちゃっていいです?』
「ああ、どうぞ」
そこまで言って、俺は色々とものすごくおかしいのに気づいた。
「ちょっと待った」
『はい?』
「いや、椅子出しながらでいい。ひとつ聞きたい事がある」
『あ、はい。なんでしょう?』
本当に椅子を出しながら、女の子は質問してきた。
「なんでドアの開け方や椅子の出し方を知ってる?
この車は……この世界の乗り物じゃない。今まで出会った人で、最初からそんな自然に応対する人なんて他にいなかったぞ」
『あー、そういう事ですか。それはですねえ』
ぽりぽりと頬ほかきつつ、女の子は苦笑いした。
『私の名前はメルといいます。色々わかるのは、知ってるからです。その……怪しいのは承知の上で、今は勘弁していただけませんか?』
人差し指で、自分のこめかみをトントンとつついて言う。
『えっと、私の所属とか、どこから来たかを簡潔に説明すると……宇宙人かな?』
「……色々と待てやオイ」
俺はためいきをついた。
「ここんとこサプライズが多すぎてな、頭パンクしそうなんだ。
とりあえず正体とかはいい。来訪の理由と、なんでこんなところにいるのか、それだけ教えてくれ。
あと座れ。車出すから」
『あ、すみません』
謎の女の子は、苦笑しながら後部座席に座った。
メル。自称宇宙人。今住んでいるのは宇宙文明で、しかもなんと、この世界ですらないという。
「ちょっとまて、じゃあ君は異世界人?世界間転移してきたって事か?」
『転移は無理ですね。ダイビング、みたいなものかな?一定時間がたつと元の世界に引き戻されちゃうんですよ』
なんだそれ?
『この世界のものとして存在が確定していない、という事です。普通はそのようなものが存在する事などありえないのですが』
「ほう」
ルシアが補足してくれた。
『ええ、普通は無理です。私にも無理。ちょっとお仕事で「ふりこ装置」を使わせてもらったんですけど』
「ふりこ装置?」
『はい。ずっと昔に交易に使われていたそうなんですよ。……まぁ予定では昔でなく、現在進行形のところに着くはずだったんですけどね』
あははは、と苦笑いした。
「どうもよくわからないが……メルさんとやら」
『はい?』
「一定時間がたてば戻されるんだろ?どうやって交易してたんだ?」
『そりゃ物販は無理がありますね。やりとりしていたのは知的財産らしいです』
「知的財産?」
『はい。たとえば設計図とか』
「……設計図だって?」
「はい」
俺の中で、つい数日前に聞いたばかりの話が浮かんできた。
【宇宙人が作ったエネルギー炉】
そうだ、そうだよ。
例のエネルギー炉って確か、そういうものだったはず。
「それってもしや」
『え?』
「複数の世界間の圧力差とか、そういうのからエネルギーを得るやつ?」
『あ、ご存知ですか。多次元相転移機関っていうんですよ、それ』
にこにこと微笑みつつ、メルはとんでもない事を言い出した。
「トゥム銀河、つまり私たちの銀河系宇宙にも銀河潮汐機関っていうのがあるんですが、これは、それをはるかに高度にしたものなんですよね。もっとも特殊な条件でないと効率よく動かないもので、どちらかというとマニアックな部類に属するユニットなんですけど。
ちなみに、多次元相転移機関についてご存知という事は、心当たりがおありですか?』
「ああ、ある」
俺はちょっと前から関わっている、旧アマルティアの遺跡の話をした。
そしたら、メルの顔はみるみる安堵したようなものに変わっていった。
『よかった……外したかと思ったけど、バッチリ合ってたんだ!』
「へ?」
『実は私、その絶賛放置中の炉を止めてくれって頼まれて来たんですよ』
「へ、止める?」
『はい』
大きく頷いたメルが語ったのは、スケールが大きいのか小さいのか、よくわからない話だった。
『依頼人は、その機関の設計図を販売した商会の方なんですよ。
なんでも、別の世界と交流をもったおり、条件に見合うエンジンについての相談を受けて売ったそうなんですけど、あとでそのエンジンに問題がある事がわかったんですね。私たちの世界にあるものはリコールして対応したんですけど、何しろ異世界ですよね?どうしたものかと悩んでいたそうなんですが』
「何かあったのか?」
『こちらの世界に大きな歪みが発生しているのが観測できたそうです。おそらく高確率で彼らが昔、売った設計図を再現したものだろうって事で。
このまま放置すると、この星が吹き飛んでもおかしくないそうですからね。そんなわけで私が派遣されたという次第で』
なるほど、筋は通ってるな。
「じゃあ、メルとやら。君はそれの専門家なのか?」
『いえ、違います。「ふりこ装置」の制限で、生身の人間はダメなんですよ。私は全身サイボーグなので』
「サイボーグ?」
『昔、同郷の者に殺されまして。人間時代の細胞はほとんど残っていませんので、人間の心をドロイドに移植したようなものだと言われても反論できませんが』
「そうか。いや、ヘンな事聞いちまったな。すまない」
『いえいえ』
メルは穏やかに頷くと、真剣な顔で俺の方を見た。
『ところで、えーと』
「ハチでいい」
『ではハチさん、炉の場所がおわかりなら、案内を頼めませんか?といっても今の私では、お金を払う事もできませんが』
「いや、金はいい」
『へ?』
俺は、ちょっと考えていた。
おそらく問題の炉は、クリューゲル道の偽装なんかのエネルギー源にもなっているだろう。炉を止めるという事は、そのへんが全て停止するという事だ。
これは大問題といえるかもしれない。
だけど、だ。
そう。
精霊分の制御とか、あのあたりも全部止まるって事だよな。そうすると。
じゃあ……ここしばらくのトラブルの源が全部、『なかったこと』にできるんじゃないか?
犠牲者は仕方ないが、今後への大きな問題をひとつ無くせるかもしれん。
「メルさんとやら」
『はい?』
「その問題の炉に関連して、ちょっとトラブルが起きているんだ。解決したいんだが、知恵を貸してもらえるかい?
そのへんを手伝ってくれるなら、金はいらない。その何とか炉のところに君を案内するよ。間違いなく」
『なるほど』
ふむ、とメルはうなずいた。
『こうみえても巫女ですから。もう仕えるべき神殿も民族も消滅して久しいですけど。できるかぎりになりますけど、ご協力させていただきます』
「ああ、頼んだ」
ゲスト登場しました。
メル嬢は、僕の古いSFものシリーズの主人公です。
事情があって身体がサイボーグ化されているので、能力は高くないけどその特性を活かした仕事を頼まれる事があります。
で、今回は、とある大恩人の身内が炉の設計図の売り手であり、はるばる異世界に赴いての対処を頼まれたわけです。危険なうえに実入りも少ないんですが、恩人の頼みという事もあり快く引き受けた。メルはそういう種類の人物です。




