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異世界ドライブ旅行記  作者: hachikun
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サイトの夜

 それからしばし、俺たちは移動よりまず可能な限り、あちこちと連絡をとりあった。

 冤罪とはいえ、ひとつの国から指名手配されるというのは笑い話にもならない。取り下げが可能かという事にはじまり、色々と調べるべき事があった。

 山を少し降りて、近場にあった町で役場に入り問い合わせもしてもらった。

 もちろん、アイリスやルシアのルートでも問い合わせ中だし、サイカさんの石もまだギリギリ通信できるようだけど、そっちばかりに頼るわけにもいかない。それに、エマーンの役場というのにもちょっと興味があったわけだし。

 役場、いや厳密には役場兼警察兼色々な場所って感じのところだが、その建物は木造。それも日本にあっても珍しくないくらいの板張りだった。

 何を言いたいかというと、木材加工の技術がしっかりしているっぽいって事だな。

 原始的なのこぎりをギコギコ引いているレベルだと板のコストが高い。それでも丸太を削って建材にしていた時代よりはまともだけど、やっぱり建物のデザインがね。板を多用しないデザインになるんだよね、どうしても。

 ログハウスは雰囲気のある建物ではあるけれど、木材加工の技術が拙いと、板より丸太の方が安いって事だってありうるんだよ。いやホント。

 だからこそ、ただの役場が綺麗な板張りってすごい事なんだぜ、マジでさ。

 さて本題。

「ハチさん、その件わかりましたよ」

「ほんとですか?うわ、すみません」

「いえいえ。これも仕事のうちですから」

 ここが田舎なのかエマーン人には本来、のんびり気質の人が多いのか。ちょっともっさりした空気が漂うのは難があるけど、なかなか親切にしてくれる。

 ちなみに、担当はどう見てもカピバラの顔をしている。たしかカジヤン族といったっけか?

「どうかなさいましたか?」

「いや。実はカジヤン族ってはじめて見るもんだから」

「ああ」

 青年は、そのカピバラ顔にふさわしいような、のんびりした笑みを浮かべた。

「山沿いのこの地域には少ないですが、もう少し低地にいくと同胞がたくさんいますよ。ハチさんは山越えでいらしたので?」

「越えてないな。正しくは山の中をぶち抜けてきたって感じかな?」

「ほう……もしや遺跡からです?開通ですか!?」

「いや、一応通り抜けたけど、ありゃ環境整備にもう少しかかると思うよ。危ないとこもあるし」

 あのムカデとかなぁ。いちおう結界があるといっても、あれはもう少し安全策が必要だろう。

「そうですか。でも凄いですね、とうとう道が通ったんだ!」

 おや、これは好感触。

「地元ではわりと期待されてたの?」

「期待というより興味、好奇心の対象ですかね。何しろ山越えは大変すぎて、中央ならともかくこのあたりの感覚ではメリットがないんです。けど、山脈の向こうを見てみたいって気持ちは皆持ってますからね」

「なるほど」

 好奇心はどこの世界でも同じって事か。

 おっと。

「そういえばタシューナンの情報は、何かこっちに来てる?」

 そういう情報はルシアやアイリスたちの方が得意だろうけど、一応聞いてみる。

「僕ら地方の役場には中央との連絡網があるんですが、そちら経由で色々届いてます。何しろ隣国の異変ですからね。

 それによると、タシューナン王都消失の原因はタシューナン政府の禁忌破りらしいです。

 タシューナンの末姫のプリニダク姫って方がいらっしゃるんですが、この方が禁忌の情報を持ちつつも、でも禁忌ですから胸の裡に秘めて誰にもおっしゃらなかったそうなんですね。

 ところが、どうやら彼女が禁忌扱いされるほどの重要情報を秘めていると推測した王子のひとりが薬を使って無理やり聞き出したようで。その者が情報部を動かし、異世界人ハチ、つまりハチさんを確保して極秘裏に調査をさせようとしたみたいですね」

「あー……なるほど。あの指名手配の話はそうつながるのか」

 表向きの情報って可能性もあるけど、王族のしわざとハッキリ名言しているって事は、そんなに真実からは遠くない気がするな。

 それにしても、やはりそうか。プリンさん本人は言う事なく、何らかの方法で白状させられた可能性が高いか。

「指名手配は冒険者ギルド経由でも行われたそうですが、タシューナン正式のものは撤回、ギルドのものはギルド側が却下したようです。ただ、今はまだ情報周知の途中みたいですから、しばらくはあまり動かない方がいいかもですね」

 思いのほかいい情報だな。これは人間サイドの見方って事なのかな?

「ところでプリニダク姫はご無事なのかな?やはり攻撃に巻き込まれちまったのか?」

「わからないみたいですね。ただ逃げる時間があったとは思えないとの事です」

 生きていれば奇跡ってレベルでの行方不明者って事か。

「なるほど、ありがとう」

「いえいえ」

 立場や考え方が違えど、彼女は俺が好ましいと思う種類の人間ではある。

 だからこそ。

 今はただ、無事を祈ろう。

 役場の外に出て、暖かい風と強めの日差しを浴びた。

「……それにしても」

 今回の件で、ちょっとだけ気になっている事がある。

 コルテアの首長、山羊人のアリアさんだ。

 いや、別に一緒に温泉入ったからどうってわけじゃないぞ。彼女と話した時の理知的なイメージと、サイカさんの語る頑迷な彼女のイメージが合わなかったんだよな。

 それに、俺は覚えてるんだよな。

 アリアさんと話した時、彼女はこう言っていたのを覚えている。

 

『ここには真竜様、樹精王様、それに魔族の眷属まで揃っているのよ。抑止力としては十二分、これでよほどのバカでもない限り直接手出しはしてこないでしょう』

 

 な、変だと思わないか?

 ドラゴン氏や樹精王様をきちんと立てた発言をしていたはずだ。そのアリアさんがどうして?

『よろしいですか、主様?』

「ルシアか。どうした?」

『コルテア首長のアリア・マフラーンの事ですが……彼女は徹底した合理主義者なのだと思われます』

 合理主義者?

『つまり、真竜族や樹精王族が大きな力と知性をもつ事は知っている。だからその眷属にも一目を置くし、人々が特別視するのも理解しているという事です。

 しかし、それは神聖視しているという事とイコールではないでしょう。あくまで魔物の主というイメージなのだと思われます。

 そして、彼女はどうやら広い意味における人間至上主義者のようです』

「……あー、そういうこと?」

 つまりだ。

 コルテアという民族混在の地にふさわしい平衡感覚の持ち主ではあるのだけど、それはあくまで人間種族が相手の場合に限られると?

『はい、おそらくは』

 なるほどねえ。

「だけどまぁ、あの人は俺が言うのもなんだけど切れ者だろうしな。そこんところをちゃんと受け入れられれば問題ないだろ」

 受け入れられれば、話だけどな。

 理知的で賢い人といっても、やはり広義の人族には違いないわけで。

 人間至上主義とか、そういう価値観ってのは理屈じゃないからな。

 そっちが正しいからって、ポンと簡単に選べるようなら人間苦労しないし、できないからこそ厄介なんだ。

 もし、新しい価値観を受け入れられなかったら。

 その時には、アリアさんは首長の仕事を降りる事になるんだろう……そう思った。

 

 

 

 いわゆるファンタジーな異世界ものの話で、駐車場の描写のある作品はあまり多くない。そもそも馬車くらいしか使われないのだから当然だ。

 だけどこの世界には、魔獣車のようにいくつかの車が存在し、交易などにも使われている。これらは馬車よりも大柄になるため、結構立派な停車場がある。そればかりか、ここの山脈越えの道ではなんと、異世界ではじめて渋滞に遭遇するという事件もあった。

 そんな、この世界に特有の景色のひとつがこれ。停車場テント村だ。

 中央大陸の停車場は本当に馬車を停める程度のものでしかなかったのだけど、南大陸もこのへんも、魔獣車を使ったキャラバンが多いという事だろうか。停車場がやたらと豪華だ。そのまま野営もできるようになっている事が多く、また野営していても奇異には見られない。またお世話になった南大陸の村みたいに、すぐ横がメインストリートで飲み屋があるケースも珍しくない。

 キャリバン号で車中泊が基本の俺たちには、この習慣がとてもありがたいんだよな。

 と、ここでひとつのイベントが発生した。

「そろそろ翻訳魔法の更新をしないとね」

「え、更新なんて必要なの?有効期限あり?」

「あ、そういう意味じゃないの。あの時の翻訳魔法は中央語対応で、東大陸や魔大陸には対応してないんだよ」

「そうなのか?でも」

 役場でカピバラのお兄さんと話するぶんには問題なかったぞ?南大陸でも。

「南大陸の言葉は中央語ベースの方言だから。

 エマーンは商業の国だし、サイカ商会の活躍もあって西部には中央語がよく広がってるんだけど、だんだん通じなくなるよ?」

「ぬお、そうなのか」

 それは大変だ。

「で、どうするんだ?やっぱりまた石を飲むのか?」

 魔法陣の描かれた石を飲まされた砂漠の事を思い出す。

 いや、別につらいとか苦しいとかは無かったけどな。

 と、そんな事を考えていたら。

「石を飲むよりもっと効率的な方法があるよ」

「え、そうなのか?」

「うん。まぁ以前はダメで、あれからこっちに開発したんだけど」

「開発した?アイリスが作ったのか?」

「うん。グランド・マスターに手伝って貰ったけど」

 にこにことうなずくアイリス。

 その笑顔にちょっと不審なものを感じた俺は、尋ねてみる事にした。

「それって、具体的には何をどうするんだ?」

「わたしと寝るの」

「……はい?」

「だから、わたしと寝るの」

「……」

 えっと、何を言いたいんだ?

「だから、粘膜をt──」

「色々とマテやコラ」

 ここは駐車場、天下の往来のすぐ横だぞオイ。なんつー発言しやがる。

「でもそれが一番合理的だよ?わざわざ術石とか用意しなくても、ほとんど毎晩いつでも更新できるチャンスがあるわけだしー」

「やめろコラ!こんな場所で堂々とぶちかますと俺の社会的な意味での命がないからお願いやめやがれってんだ!」

 うわーい、そこいら中から「まぁ毎晩ですって」「お盛んねえ」みたいなヒソヒソ話が聞こえてくるんですが?

「間違ってないと思うんだけど……」

「いいからやめれ」

「はぁい」

 なんで微妙に不満そうなんだ、おまえさんはよう。

 いや、その、なんだ。最近やたらと活力が溢れてるっていうか、中高生時代みたいにアレなんでな、うん。

「まぁとにかく、そんなわけで更新するから……今晩はサボっちゃダメだよ?」

「お、おう」

 なんだかよくわからないが、お誘いらしい。

 周囲から微妙な視線がグサグサとつきささるのを感じつつ、俺はオッケーした。

 うん。

 その後の情景はとりあえず割愛(かつあい)しよう。恥ずかしい場面だしな。

 

 

 

 そんなわけで再度場面を飛ばし、時は深夜。

「ふう」

 なぜか目がさめたので外に出てみる事にした。

 以前ならアイリスが大抵起きていたのだけど、最近は夜ぐっすり寝るようになったみたいで深夜に起きると寝ている事が多い。まぁ本当は寝ているフリしてドラゴン氏と通信したりしているのかもしれないが、そもそも寝ているという状況自体がひとつの意思表示だと俺は考えるので、そこは気にせずにおく。

 ん。

 外に出ようとしたら無言でランサがついてきた。6つの目が闇に光っている。

 こっちも無言で肩に魔法でポケットを作ると、音もなく駆け上ってきていつものように収まった。

 ……猫度が上昇しているなぁ。わんこなのに。

 静かに外に出て、ドアを閉めた。

 閉める時にパタンと大きな音がするのでアイリスもわずかに目覚めたとは思うが、そこは気にしないのがお約束だ。トイレに立つ時だって同様なんだしな。

「ふむ」

 寝静まったキャンプ村って、これはこれで異界だよな。

 魔獣車が大多数なので、テントがずらずら並んでいるという光景はない。ただ停泊時には軽いタープを入り口まわりに張る連中もいて、彼らの光景が地球でも見慣れたオートキャンプの景色を少しだけ思い出させてくれる。そんなものがいくつも連続し、停車場を埋めている。

 俺みたいに起きてるヤツも少しはいるのか、微妙に気配……いや、魔力を感じる。感じるだけなんだけどな。

 深夜の暗がりと静寂、そして魔力の気配が、ひとを拒むような冷たい雰囲気をさらに強めている。

 ふん。

 とりあえず小便して、そしたら戻るか。

 トイレは目立つように灯りをつけるというのはこの世界でもお約束らしい。やたらと頑丈そうな建物が中央にある。

 しかし、なんでログハウス風なんだ?日本のキャンプ場みたいじゃねえか。

 まぁ、名物の光に引き寄せられた虫の姿はないけどな。綺麗なもんだ。LEDみたいな光なのか?

 思わず灯火をチェックしてみようとしたけど……いや、まずは小用を。

 どこも大差ないなぁって、あらためてコメントするほどの差異はない場所で小用をすませる。

「ん」

 ピクッとランサが反応した。左手もざわめいた。

 俺は一度うなずくと腰のホルスターだけを確認し、そのまま出口から出──ようとして、一歩下がった。

「『縛鎖』」

 その瞬間、俺がいるはずだった場所が光のネットに包まれた。

「外した?」

「建物全体をネットしろ、逃げられるぞ!」

 やっぱり居やがったか。

 俺は左手の妹を細く走らせ、メンツのデータを軽くチェックしてみた。

 ん、全部で三名?意外に少ないな。

 

『ニシダ』『カジ』『コンダ』

 中央大陸カマラーゼ国の特殊部隊『サガワ』所属の精鋭。

 エマーン国付近を拠点としており、たった三名で諜報部隊として幾多の成果を上げてきたベテランでもある。

 戦闘力は高くないが、その場を生き抜き情報を持ち帰る事に関しては歴戦のプロである。決して油断はしないように。

 

 ベテランなのか。一番やばいパターンだな。

 こっちの能力が知られたら最後だろ、これ。

 とにかく無力化しよう、今すぐ。

 え、具体的に何をするのかって?

 肩ポケットと同じく、ポケット3つ作るだけだよ。ただし今度は、

「!」

「な、なんだ!?」

「うわっ!」

 連中の首から下を埋めちまったわけだが。

「ルシア、見てるか?」

『およびですか主様』

「警備呼んでくれ。なるべくお騒がせして皆さんを起こさないようにな」

『わかりました』

 明日は山越えに出る隊商もいたはずだし、こんなんで安眠妨害とか申し訳ないもんな。

 外に出ると、何か「ぐおぉ」「なんだこりゃあ」とか苦しそうな声が聞こえてくる。

 目を向けると、そこには三人の男の首が宙に浮いていた。

 あーらら。空間魔法なんだから腕力で破れるわけないのにな。

「あんたらさあ」

 呆れたように俺は言った。

「俺は確かに戦闘力などないけど味方が多いんだよな。中央大陸にだっているんだぞ?

 カマラーゼだかスマラーゼだか知らないけどさ、こんな遠くまできて異世界人に手を出すヒマがあったら、足元の国が何をやらかしているか、もう少し注意すべきだって上司に伝えといた方がいいんじゃねえか?」

「!?」

 男たちは一様に、目を丸くして俺の方を見た。

「ん?何?」

 そこまで言ったところで、俺は男たちが目を剥いた理由に気づいた。

 ああ、そうか。国名までわかるって普通じゃないもんな。そうか。

「心配すんな、俺もよくは知らない。それにしても『サガワ』って面白い部隊名だよな。俺の世界に似たような名前があるんだが?」

 某、飛脚の宅急便屋とかな。

 しかし。

「……」

 なんか三人とも真っ青になっている……ような気がするのだけど?

「ま、あんたらプロなんだろ?仕事でやってるってのは理解したから気にするな。俺も通報はしたけど俺自身は何もしないよ」

 連れて行かれた先で何をされるかは知らないけどな。

 エマーン付近が活動拠点みたいだし、ただではすまないかもだけど、それはエマーンの人たちの問題だからな。

 

 

 それにしても。

 先に小用しといてよかったわ、マジで。


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