無知の代償
「は?強制召喚?」
トンネルを開けてエマーン側の発掘現場に出た俺たちを待っていたのは、そんな意味不明の事をのたまう商会の人たちだった。
「タシューナン政府からの指令だそうで。応じない場合は全世界指名手配も辞さないとか」
「ははは、そりゃまた。何かの間違いでしょ」
十中八九、誰かの先走りか勘違いだろ。
プリンさん……プリニダク嬢は学者としてアレな人だけど、まともな人でもあったと思う。
「ふう。とはいえ確認してみるか」
この距離ならまだ通じるかな?
サイカさんの伝声石に魔力を流してみたけど、残念ながら声は届かないようだ。仕方ないので一度外に出る事にした。
「あの、すみません!動かないで欲しいんですが」
「は?なんで?」
「いえ、タシューナン政府の方が逮捕に来るそうなんで」
「あのさ。間に挟まれてるあんたたちに言うのもなんだけど、タシューナン政府の言いがかりなんだよそれ。担当の人がきたら、ふざけた冤罪はさっさと撤回しろって伝えといてくれるかな?じゃ」
それだけ言うと後は無視し、キャリバン号をスタートさせた。
「いいの?パパ」
「ルシア、外に出たら最寄りの連絡網から問い合わせしてくれ。場合によっては通報でもかまわない。アイリス、この件についての情報とれるか?どこでもいい」
『やってみます』
「パパ。どうするつもりなの?」
「ひとを一方的に犯罪者扱いする意味がわからない。
誤解ならプリニダク嬢に確認しろと言うし、それでも無茶苦茶やらかすというのなら……その時は冗談事ではすまさない。絶対に」
ギュッとハンドルを握りしめた。
「冤罪ってのは個人間でも笑えないけどな、国家権力をふりかざすとなったら、もう冗談ではすまされないんだよ。かりにどういう結果であれ、ただではすまさない。タシューナン政府には公式に謝罪させる事になる、それも最高責任者の名前で」
「応じない場合は?あくまでパパを逮捕しようとするとか?」
「応じさせるさ。ギルド関係か何かの手を借りて公式に声明を流す。タシューナン政府に非がある事を述べたうえで、最高責任者の名で公式に謝罪がない場合、それなりの報復手段をとる事になる。……あまりやりたくないが仕方ない」
国家の美辞麗句や口約束なんぞ信用できない。
だけど個人レベルでもらう賠償金なんぞ、国にとっては小遣いレベルだろう。そんなもの、なんの痛手にもならない。
では、国にダメージを与えるには何がいいか?
決まってる。その国の信用を失墜させるか、その国が最も重要視する国力の源を潰してやればいい。
まぁ……できれば、そんな物理作戦になる前に手打ちになってほしいけどな。
この世界の人間がそこまで腐ってるとは、さすがに思いたくない。
さて。
「ん、ここが出口だな」
ドアを開き、キャリバン号を外に出した。
「ほう……これは」
外に出た途端、暖かい空気が押し寄せてきた。
空は晴れていて、風は穏やか。
発掘現場はゆるやかな斜面に開いているらしく、視界はとても広い。そしてあちこちに森があるが高い木はないようで、とても遠くまで見渡せた。
そして、遠くには田園風景。
「こればエマーン側か……のどかな風景だなぁ」
『国土のほとんどが畑と森で覆われ、その隙間を埋めるように商業都市が広がる。それがエマーンの代表的な風景です。もちろん例外もありますが』
いやぁ、ぽかぽかしていいわ。さっきまでの寒さが信じられない。
振り返ると、万年雪をいただくほどの山脈が背後に広がっている。
うーん。雄大だねえ。
と、その時だった。
「……あれ?」
「どうした、アイリス?」
アイリスが突然、首をかしげた。
「グランド・マスターが……すごい速さで移動してる」
「なに?」
ドラゴン氏が移動してる?なんでまた?
「どこに向かってるんだ?」
「これは……南大陸?」
『こちらもキャッチしました。タシューナンの首都、王都タシュに向かっていると思われます。一時間に400km以上の物凄い速さで一直線に進んでいます』
それは……まさかと思うが、タシューナンを?
『いえ、待ってください。他にもドラゴンの反応が』
え?
「ちょっと待て、何が起きてるんだ?」
「もしかして、例の情報漏洩が起きたのかも」
「え、例のって」
精霊分についての情報か?まさかプリニダク嬢が?
「いやまさか、それおかしくないか?」
「……パパ?」
俺はアイリスの言葉に反論した。
「あのプリンさんだぞ?例の件をタシューナン政府や王族関係者に告げてなんの得がある?」
もし誰かに漏らすなら、一緒にクリューゲル道に潜ってくれそうな同類の学者かパトロンだろ。
国に告げ口したって彼女に得があるとは思えない。何か変じゃないか?
「……あー、そういう事?」
「ああ、そういう事」
ふむ、とアイリスはうなずくと、
「グランド・マスターに伝えてみる。ちょっと待って」
「ああ」
アイリスの通信待ちに入ると、今度は伝声石からぼんやりと光を放ちはじめた。
魔力を注いでみると、プツッと音がして声が聞こえてきた。
『通じたニャ、エマーン側に出たかニャ?』
サイカさんか。
「出た出た。ところで妙な事言われたんだけど。強制召喚って何事か知ってる?」
『例のクリューゲル道の件らしいニャ。でもちょっと変ニャ』
「変?」
『プリニダク嬢本人は何も言わなくて、タシューナン政府筋が勝手に暴走してるっぽいニャ。これはもしかしたら、マーゴの時の件同様、変な勢力が裏にいるかもしれないニャ』
「変な勢力って……ああ」
要は、異世界人を自分らの手駒にしたいって連中か。
しつこいな、もう。
「いっそ、正体現してくれないものかなぁ。いいかげん腹立ってきたよ」
『いやな話だけど、気持ちちょっとわかるニャ。ウチもさっき、コルテアの首長と物別れしてきたとこニャ』
「あー、アリアさんか。何かあったの?」
『あの女、神族の禁忌について全く知らないばかりか理解する気もないニャ。あれはダメだニャ』
「そうなの?アリアさん、現実的で賢い人だと思ったんだけど?」
『それはその通りニャ。
けどあの女、真竜様や樹精王様を単なる強力な魔物としか認識してないニャ。禁忌について話しても、迷信じみた絵空事だと思って聞く耳持たないニャよ。警告も通じニャいニャ』
「最悪……」
『まったくだニャ』
そんな会話をしていると、アイリスが何かに驚いたような顔になった。
「どうした?」
『タシュの王城が今、真竜のブレス攻撃で消し飛んだようです』
「うわ、始めちまったのか!」
『ニャんと!?』
『被害の状況が不明ですが、おそらく城にいた王家の者は全員が即死です。タシューナンはこれから無政府状態になり、王都タシュも大混乱に陥るでしょう』
「いやちょっと待て。王都はたぶん混乱しないぞ」
『なんでニャ?』
「いや、だってそうでしょサイカさん」
俺は自説を披露してみた。
「どういうカタチで情報漏洩したのか知らないけどさ、プリンさんが自ら情報漏えいしたとは思えないんだよ。だって、そんな事しても彼女にはなんの得にもならないんだからな」
『ほう。こっちの情報にも、プリニダク姫は研究バカだとあるが、そうかニャ?』
「ええ。
誰か知らないけど、タシューナンの政府関係者が強引にプリンさんから情報を引き出したんじゃないかな?薬だか魔法だか知らないけどさ」
「……それはまずいんじゃない?」
「俺もそう思う」
アイリスの呆れたような言葉に、俺も頷いた。
「そんな状況で情報漏洩したんなら、いったい誰に漏れたのか範囲が特定できないんだよな。だったらどうなる?」
『たぶん、王都タシュの消去ニャ。そこにいる全ての人間ごと』
「俺もそう思います」
『……なんという事だニャ』
石の向こうでサイカさんがためいきをついた。
「でもサイカさん。
むしろこの場合、コルテアとか他国を消しに行かないだけマシなんじゃないか?他国には情報は漏れてないと判断されているわけだろ?」
『そうニャのか?こっちではわからニャいが』
「王都タシュだけだね。今、グランド・マスターを含めて二体の真竜が王都を焼き払ってるよ」
『……おそろしいことニャ』
「サイカさん、商会の人は?」
『わからニャいニャ。おそらくタッチの差で市街を出ていると思うニャが』
「そうなのか?」
『緊急避難指示を出したからニャ』
そうか。
『とにかく、こちらでギルドまわりとか色々連絡してみるニャ。ハチの冤罪についても手を回しておくニャけど、そっちでも可能なところには話を流しておくニャ。できるニャ?』
「できますっていうか、やります」
『了解だニャ。それじゃあ、また後でニャ』
「はい、ありがとうございました」
石の反応が消えた。
俺は、ふうってためいきをついて空を見上げた。
「やれやれ、空はこんなに穏やかなのになぁ」
晴れ渡った空。穏やかな風。
なのに、いきなりの問題発生。
やれやれだよまったく。
場面は再び、コルテア首長室に移る。
アリア・マフラーンは焦っていた。タシューナンの王都が真竜の攻撃により跡形もなく破壊されたという、信じがたい情報がもたらされたからだ。
さっそく外交チャンネルを開き、協議を開始したのだけど。
『こちら職人ギルド。タシュの支部が消滅なれど他に被害は確認されず』
『こちら商業ギルド。サイカ商会の通報でただちに避難しましたので、支部は壊滅しましたが職員は無事ですー』
『こちらエマーン、首長のマラフォです。異世界人ハチ氏を捕獲しようとしていたタシューナンの政府関係者を逮捕しました。ハチ氏はガードがしっかり守っており無事でした』
『こちら冒険者ギルド。タシューナン政府の名で出されていた異世界人ハチの指名手配依頼を却下、タシューナン政府をブラックリストに載せました』
「こちらコルテア、首長のマフラーン。えっと、ごめんなさい。状況が掴めないのだけど。
タシューナン政府が現在麻痺状態なのはわかるけど、どうして異世界人ハチを保護したうえタシューナン政府をブラックリストに載せているのかしら?彼は指名手配されているのですよね?
それに、ドラゴンの攻撃によりタシューナン国に大きな被害が出ているというのに、こちらを問題視したりドラゴンの討伐について一切検討なさらないのはどうしてかしら?それほどまでに強力無比な存在という事ですの?」
『こちら東ホダカ、首相のナカタ。コルテア首長殿、逆に問いたい。それは本気で申されているのですか?』
『こちら商業ギルド。コルテア首長殿、真竜はこの世界を支える神の一柱であり、ただの巨大な魔物ではないのですが?それを討伐するとおっしゃるのですか?』
「は?神?」
アリアは眉をしかめた。
「こちらコルテア、首長のマフラーン。ドラゴンを神様とする商業ギルドの慣習を否定するつもりはありませんけれど、今はその事より、ひとつの国の首都が滅ぼされる異常事態についてお考えいただきたいのです。どこまで被害が拡大するかわかりませんけれど、かのドラゴンを何とかしなければ……」
『ダメだこりゃ。前のコルテア首長は何やってたんだか、アリア嬢に何も伝えておらんのか?やれやれ、こんなところでガキのおもりをする羽目になるとは』
「今の発言はどなたですか?コルテア首長として今の暴言は看過できません、名乗ったうえで謝罪いただけますか?」
『コルテアの者よ、非常識かつ無礼で謝罪すべきなのは貴様の方だ。身の程をわきまえ、今すぐこの場の全員に謝罪したまえアリア・マフラーン』
「なんですって?」
いきなりの反応にアリアは眉をよせた。
『貴様が知ろうが知るまいが、真竜族と樹精王族は遠い昔からこの世界そのものを支え、管理している種族なのだぞ。
かつてはどこの種族でも族長クラスには伝えられており、現在も各ギルドの長、国家の長は必ず知るべき最低限の知識の中に含まれておる。
にもかかわらず、貴様はその程度の知識すらもなく、さらに立場もわきまえず神を魔物呼ばわりし、さらに他者の言う事をただの慣習とほざいたあげく、文句が出たら臆面もなく謝罪を要求した。
ここまで言えば、かりにも国家の長を拝命している者ならわかるであろう。違うかね?』
「意味がわかりません。そもそも貴方はどなたですか?名乗る事もせず意味のわからない事を言いつつ罵倒されても困ります。
今すぐ貴方の所属を明らかにしなさい。でないと重大な合意違反として──」
『話にならんな。もうよい、我ら職人ギルドはコルテア首長アリア・マフラーンに対し拒否権を発動する。よいな商人の?』
『まあまあ職人サン、知らぬのだから仕方ないではないデスか。ここで訂正してしまえばよいだけの事デス』
『だがどちらにしろ今回の件、アリア嬢に発言権はやれぬ。それに本会議中に謝罪がなくばこの後、いかなる根回しがあろうとも正式に拒否権を発動する事になる事実も変わらん。
いかに有能であっても、神を魔物呼ばわりするような者をトップに据えている国とつきあいなどすれば、いつ何が起きるかわからんからな。当然の自衛策をとらせてもらうしかない』
『冒険者ギルド、まぁその点同意します。我らも状況によってはコルテア国内の全支所に指示を出しますので』
『商人ギルド、こちらも同意しまスー』
「……」
アリアは呆然と、彼らのやりとりをきいていた。
(……それって、サイカさんの警告が事実だったという事?そんなバカな)
彼女は決して暗君ではない。多様な民族が混在し、複雑な事情を抱えたコルテア政府を長年引っ張ってきた実績もあるし、多方面から信頼もされていた人物でもある。無能ではない。
ただ惜しむらくは、叩き上げから今までの人生で、真竜や樹精王といった、この世界の屋台骨を支える種族について学ぶ機会がなかった事か。
彼女はヒューマニストであり、人種差別等の偏見も持たない立派な人物でもある。
だけど、そんな彼女は同時に人間以外の種族を野生動物または魔物と分類し、人間より下に見ている。それも事実なのだ。
さて、彼女は今回の事件から何かを学べるだろうか?




