壁・物理
百話でございます。
ただちょっと長すぎるので分割しました。
巨大な地下空洞の中を進む、我らがキャリバン号。
最近どうも、内外のあちこちから探索者だのトンネル専門家みたいに言われつつあるのが微妙に気になるのだけど、本人も結構そういうのが好きだったりするから困ったもんなんだよな、いや、全く洒落にならないんだけど。
え、好きなら問題ないだろって?
いや、だから危険なんだよ。
ただの道路トンネルならいいけど、今回の古代遺跡だって本来はとんでもなく危険なんだぞ。強力な結界があるから何とかなっているとはいえ、王道ファンタジーなら勇者チームが全滅するような途方も無い危険な探索のはずなんだ。
こういうのをポンポン依頼されるようになったら、正直命がいくつあっても足りねえよ。
まったく困ったもんだ。
『主様』
「何?」
『ここの施設は現役のようですので、遺跡という表現は間違いかと』
「確かに」
いちいち心の声に突っ込んでくるルシア。だけど確かに正論だな。
ところで。
走りながらアイリスやルシアに記録や解析を頼んでいたんだけど、色々と追加情報があがってきた。
まず、この山脈内空洞はエネルギー炉ではなく、当時の管理者や技術者のための町だったようだ。地底竜なんているから本命なのかと思ったけど、アイリスが調べたところによると、この空洞自体は住み心地がいいのだけど、ムカデの巣に住むのは鬱陶しいからこっちにいるのだと返答をもらったとか。
なるほどねえ。
「ちなみに返答もらったっていう事は、地底竜氏と話したって事?」
「わたしでなくグランド・マスターがね。わたしが直接話して興味もたれたら大変だよ?」
「居眠り中とか言ってなかったか?」
「異世界人が遊びにきたなんて知ったら、大喜びで起きて遊びに来ちゃうかも」
「たかが異世界人の来訪で、寝てても飛び起きるってか?」
「うん」
「あのな……竜族っていうのはお子様かよ、どんだけ好奇心に満ち溢れてるんだ?」
「あははは」
まったくもう。
だけどまぁ、このタイミングで来られると厄介だからな。仮設営したばかりの結界を踏まれたりしたらややこしい事にもなりかねん。
ここは、気を利かせてくれたドラゴン氏に感謝だな。
さて、追加情報の話に戻ろう。
ここが町だったというのは前述の通り。どうやら空洞に設置されている動力炉は彼らの技術をもってしてもオーバーテクノロジーに属するものだったようで、多大な人員を投入して安定化運転を続けていたらしい。
ちなみに余談なんだけど。
どういう原理で動く炉なのか二人に調べてもらったのだけど、説明を聞いても俺にもさっぱりだった。なんというか、まさに異星の原理というべきなのか。
ただひとつだけ、ちょっと興味深いデータがあったのだが。
『自分にも詳しいところはわかりません。ただひとつ言えるのは、この世界……主様的表現をすれば、この「惑星」でこそ最高の性能を発揮するものらしいという事ですね』
「どういう事だ?」
俺の疑問をひきとってくれたのは、ルシアでなくアイリスだった。
「この世界って変だよね?異世界人とか、異世界由来のものとか、やたらと多いところとか」
「ああ、確かに」
『アマルティア人の調査によれば、この「惑星」に異世界由来のものが多いのは、この「太陽系」自体の近くで時空連続体が歪みを起こしているためなんだそうです。その結果、地球の属する世界とこの世界がこの「惑星」を接点に、非常につながりやすくなっているのだそうです』
「ふむ。さっぱりわからんが、地球とこの世界が何らかの理由で非常につながりやすくなってるって解釈ていいのか?」
『はい』
ほほう。
「するとアレか?地球からこっちだけでなく、こっちから地球もありえるって事か?」
『いえ、それはないようです』
「なんでだ?」
『自分にとっても理解力の範疇外になるのでアマルティア人の情報そのままになりますが』
「いい。話してくれ」
『では』
ルシアの語る情報は、確かに難解なものだった。ただし概念としては興味深いものだったけど。
『水が高きより低きに流れるように、つながった場合はほぼ間違いなく、地球側からこちら側への移動となるようです。転移というより、流し込まれるような感じです。
そして、その時には無機物でなく生命体が中心になる事も確かなようです』
「ほう」
何もない土地で、ただの岩だけがポンと転移するような事はないわけだ。
『この現象に着目した当時のアマルティア人たちは、これをエネルギーに変換する事はできないかと調査したようです。また、エネルギー炉として恒常的に利用する事により、転移現象があまり起きないように抑制するねらいもあったようです』
「……へ?それって抑制できるものなの?」
『わかりません。少なくともアマルティア人の理論では可能と結論づけていたようです』
へえ。それはまた興味深いな。
『ただ、さすがのアマルティア人も、多次元空間同士の空間圧力差からエネルギーを導く炉、などというものは作っておらず、また製法も不明だったようです。結局、ケロアドという島宇宙にある文明で作られたものを購入したそうです』
「ケロアド?」
変な名前だな。それに島宇宙ってまさか?
『主様の語彙でいえば、アンドロメダ銀河だそうです』
「……ちょっとまてや」
なんか、どんどんSF展開が漏れてきてるんですが?
「ここ異世界だよな?なんでアンドロメダ銀河があるんだ?」
『わかりません』
「わからない?」
『はい。このあたりは不明なのです。ただ、ケロアドという名称は現在、主様の世界にあるアンドロメダ銀河の事だとされています』
それは。
「アマルティア人は異世界間を行き来していたって事か?」
『いえ。世界間転移を彼らが行ったという記録は一切ありません。
可能性としては、主様同様に異世界から転移してきたという説もあります。しかしエネルギー炉は生命体ではないですし、あまりにも大きなものです。ゆえに詳細はわかっていないようです。
もちろん、ただの誤訳であり、こちらがわの宇宙のどこかの可能性もあると思われます』
「……なんていうか、謎だらけだな」
『すみません』
「いや、そういう事なら謝る必要はないさ」
実際、このあたりはルシアもよくわかっていないのだろう。俺にもさっぱりだ。
そんな話をしていたら。
「お話中のところ悪いけどパパ、もうすぐ壁だよ」
「お、もうか。早いな!」
まぁ、警戒はつつも時速80km以上で走っているからな。一時間とかからないのは当然か。
視界の中にだんだんと、ハイビームに照らされて壁がみえはじめた。
「……やっぱり、かすかに何か書いてあるな」
「あるねえ」
だんだんと減速して、そして壁の少し手前に止めた。
「周囲の安全確認してくれ。結界はどうだ?」
「問題ないよ。……あいかわらずだけどね」
「だな」
結界をとりまくように、うにょにょにょ、ごりごりと巨大なムカデが動いている。
「でけえよなぁ。大丈夫とわかっていてもやばいなぁ」
「だねえ」
頭だけで軽とはいえ車よりデカイムカデって、視覚的にどうなのよ。どこぞの巨大生物の島か?
「あれ、攻撃してきたりしないのか?触覚振り回して結界の外に弾き飛ばそうとしたりとか」
「皆無とは言えないね。だからパパ、あまり外うろうろしちゃダメだよ」
「わかった」
そう言うとドアをあけ、外に出た。
「……ふむ」
壁に近寄って、素手でポンポン触ってみた。
「この感触、懐かしいな」
「え?」
「この質感と重さ。千葉の粘土岩を思い出すけど、それともちょっと違うな。固く、重く、強くトンネルを支えるいい岩だよ」
ポケットから、いつぞやの蜘蛛足ナイフを出した。
「ほら」
叩いてみるけど、乾いた音がしない。
「湿気を帯びてるの?」
「たぶんこの空間内の湿気だな。岩自体はこれ以上なく固くギュッとしまってら。うん、いい感じだ」
ひととおり見てから振り返った。
「ルシア、構造チェックできるか?妹だと表面しかわかりそうにないからな」
『少々お待ちを』
キャリバン号から蔓草からいくつも伸びてきて、あれこれと壁を調べはじめた。
「どうだ?」
『理想的な強度を持っていますね。向こう側までの長さは約500m。穴のサイズはどのくらいにするのですか?』
「一般的な魔獣車サイズがわからないな。幅員として4mちょっと……だと狭すぎるかな?」
『そうですね。適当ですが』
スルスルと蔓草がのびて、壁にトンネルっぽいカタチを作ってみせた。
『こんな感じではどうでしょうか?』
ふむ。5mはあるかな?
「いいね、それでいこうか。ちなみに向こう側は誰かいるのかな?」
『今は休憩中なのか、すぐ近くにはいないようです』
「よし、じゃあ今やっちまうかな?」
イメージ。
ルシアの作ってくれた入り口の大きさをガイドに、昔通った懐かしいトンネルの姿を思い浮かべる。
そう。
ここで俺がイメージするのは……天城越えで有名な、伊豆の天城山隧道だ。
「よし……いけ!」
ぐにゃり、と空間が歪む感触。
瞬間、何もないはずの壁にボコッと穴があいて、それが急激に奥に向かって広がっていく。
いや、それだけではない。
見た目だけでなく、きちんと組まれた天然石の石組みの覆工だ。自重でがっしりと嵌り込み、決して揺らがないように綺麗なアーチ状の内壁を。
「……こんなもんかな?」
で、最後だ。
天城山隧道を見に行った時の事は、今でもよく覚えてる。まだ早朝といっていい時間だった。
あまり人工物のない山の中に、石造りでありつつも、まるで風景の一部のように溶け込んだ古いトンネル。見るからに、ああ、長くここにあれと皆の願いが詰まっているような、そんな、不思議な魅力を感じる素晴らしいトンネルだった。
あれを見たことが、俺のトンネル好きを決めたといってもいい。
だから、俺も願う。
長くここにあるよう。長く人に愛されるよう。
そして気づくと。
「……」
そこには、天城山の隧道を一回り大きくしたような頑丈そうな隧道が、ドーンと完成していた。
「渋いトンネルだね……」
「今、不気味って言おうとしたな?」
「あはは」
笑ってごまかすアイリスに苦笑すると、ぽんぽんと本体を叩いてみた。
なんたって無垢の天然石だからな。地味だしコンクリより色も暗い。
おまけに手間もお金もかかる。
だけど、これなら百年保つトンネルだってできるんだ。それが天然石組みのトンネルの強みだ。
「ルシア、強度が出ているかチェックしてくれないか?」
『わかりました』
するすると蔓草がのびていって、ああだこうだと調べ始めた。
『充分です。これなら当分はこのまま使用できるかと』
「よし、じゃあ向こう側に抜けるか。あっちの人たちに説明しないと、びっくりしちまうからな!」
『はい』
キャリバン号一行が地底の道を壁に向かっていた、ちょうどその頃。
南大陸、コルテア首都ジーハン。首長室のデスク。
大理石と重い石でできたデスクに座ってつぶやいているのは、アリア・マフラーン。この国のトップである山羊人の女性である。
「……ふう。困ったものね」
何か厄介事の種が、西の国で持ち上がろうとしていた。




