追憶の魔法
実は、主人公の生活スタイル(軽ワゴンで休日のたびにプチ旅人化)って、僕の昔の友人たちがモデルです。以前よく遊びにいっていた頃は、そのままアケビとりにいったり、魚釣りしたり、田舎の無人市巡って買い物ツアーしたりしていました。
異世界人を探せ。
世界中の選ばれし者たちに今、この通達が密かに伝えられていた。
彼らの多くは騎士、傭兵、冒険者、僧兵といった連中だった。様々な国や団体、宗教などが異世界人の強大な魔力を使って勢力の増大を狙っており、どの集団も自分たちの利益が第一で、異世界人本人の意思など気にしてはいなかった。
この、相手の意思を無視してというところに彼らのスタンスが現れている。
念のために書き添えておくが、この世界の人間たちはどちらかというと平和主義者だ。過去の悲惨な戦争からの反省があり、人間は本来みな平等であるという意識が根付いているためである。個人レベルのぶつかりあいならともかく、国レベルで戦争するなどアホウのする事だと考えていたし、人権意識もあった。実はどこぞのおんぼろワゴンのオーナーが考えているより、彼らははるかに進歩的な連中ではあった。
ただし。
彼らの言う「人間」とは、まさに彼ら人間族だけにしか適用されないのである。
彼らにとりこの世界のすべては「人間のために神様がくれたもの」。つまり自分たちは世界の主人であり、他の人間種族すべては、ご主人様たる人間族のために神様が揃えてくれた道具であり、消耗品にすぎないというのが基本的な彼らの考え。
現代日本人の目には非道に思えるかもしれない。だが、実は人類史的にはこの考えはむしろ普遍的なものだ。
地球でも、キリスト教やイスラム教などの唯一絶対神を頂点にすえた世界ではむしろ多数派の考えだろう。実際、東日本大震災の際、秩序ある行動をとる東北の人たちを取材した欧米のマスコミが、こんなスタンスの報道をしていたらしい。
『彼ら日本人は自分たちを自然の一部と考え、謙虚に暮らしているようです。我々のように自分たちを自然の主人と考え、コントロールできるのが当たり前とは考えないのです』
そう。つまり、この世界が神様から人間に与えられたものという考え方が正しいかどうかはともかく、人類社会では決して奇異ではない、むしろよくある考え方なのである。
話を戻そう。
この世界の人間たちはまず、技術に長けたドワーフ族をほぼ絶滅させた。このため、かつてドワーフ族が誇っていた火の文明は永久に失われてしまった。現在も人間の手で技術進歩がゆっくりと進んでいるものの、その歩みはあまりにも遅い。おそらく、再び天空に駆け上る事は不可能だろうと考えられている。
次に、エルフ族はその数を大きく減らしてしまった。魔力に長け、美しいエルフ族は罠を大きくかけ捕らえられ、若い者は奴隷としてうりさばき、年寄りは殺したり魔石の原料などに。組織的にひとつの人種を家畜として狩るという、異世界人の目にはとても悲しい現実が今もリアルタイムで続いている。
そして今。彼らは異世界人の来訪に気づいている。
(強大な魔力が界を渡ってきたとの報告が)
(探せ、一日もはやく我らの手に)
(しかし厄介な情報が。巫女の占術によれば、ドラゴンとケルベロスがその者のそばについたとか)
(なんだと。ドラゴンだけならいざしらず、竜族とも人とも相容れない魔族の尖兵がなぜ?)
(わかりません。もしかしたら『集める者』ではないかという話もありますが)
(まさか……異世界人といっても所詮、魔力がデカいだけの亜人ではないか)
(おちつけ、とにかく急ぐのだ。詳しい情報や所在地について、他の何を差し置いても急げ、最優先で!)
(ははっ!)
彼らは異世界人を亜人の一種と認識していた。つまりドワーフやエルフたちと同様、自分たちの自由にしていいリソースとしか考えておらず、またその事を疑ってもいなかった。
しかし……彼らは今回の「異世界人」の現状をまだ、何も知らない。
過去の異世界人は、確かに例外なく神話級の戦闘力を持っていた。
だが、その戦闘力の高さには理由があった。
突然に危険な世界に放り出された異世界人は、まず多くが現実を受け入れられず、呆然とした状態のまま猛獣か魔物に食い殺された。ここでまず九割近くが死亡。
そして、その最初の時間を生き抜いた者たちは、死の恐怖から自然と逃げるため、そして理不尽と戦うため、力をなかば無理やりに覚醒させていったのだ。
だけど基本的にはやっぱりお人よしの日本人ばかりだったので、人間相手にはその警戒心が働かない。結果、笑顔でやってきた人間にあっさりと騙され、人間たちに隷属させられた。それが過去の異世界人の基本的な末路。
だが、今回の異世界人は違う。
小さな鉄の乗り物に乗る事で心理上の安全を確保。さらに、早々に旅の相棒や扶養家族までもゲット。大量の情報も得られるし、それを吟味する時間もある。
恐怖にかられる事なく冷静に世界を見て、そして対策を取り続けようとしている。
この事が、異世界人……健一の今後に与える影響が小さいわけがない。
巨大な化け物の影に怯えて強制サバイバル状態になり、有無をいわさず巨大な力を習得させられていた過去の異世界人と、彼らの旅路は全く異なってしまっている。
彼らはまだ、その事を誰も知らなかったのである。
一日目の夜は、キャリバン号の中で未知のモンスターに怯えていた。
だけど次第に慣れ、そして道連れを得て、次第に手を伸ばし、足を伸ばすようになってきた。
そして今……やっとこさ、俺本来のキャンプスタイルに戻りつつある。
「ふう。やっぱりこうじゃないとな」
パイプ椅子をかまどの手前において、のんびりクッキング。
日本では『おでかけ』が趣味だった。
休日のたびにこうして外出していた。でもお金はないわけで、安全を確保できない山中ならともかく、河川敷やキャンプ場ではやっぱり、こうして外で煮炊きしていたんだよな。のんびりラジオとか聞きながらさ。
お、どっかで虫が鳴いてるぞ。うんうん、のどかだなぁ。
アイリスが森の中から野草をいくつかとってきてくれたんだ。煮物にいいって話だったから軽く煮だしてアクをとり、ダシ用に一つだけとっておいた魚の頭を少し切って投入。
ちなみに昼間ゲットした海の魚は処置ずみ。まぁ処置といっても、午後いっぱい屋根の上で干していたけど時間が足りず、アイリスに助けてもらって乾燥させたんだけどね。室内に干すのもアレだし、そもそもランサが食べちまいそうだし。
「えらい?えらい?」
「おう、よくやったな。まさかパチンコも使えるとは」
「えへへー」
にこにこと嬉しそうなアイリス。
ああ、ちょっと解説しよう。
何か飛び道具がないかなって思ってたんだが、キャリバン号には武器がない。で、パチンコでもないかなーっと思っていたら例の感触。
そこにあったのは、たぶん子供の頃にはじめて見たパチンコ、いや、本格的なスリングショットだ。
でもなぁ、本格的といっても結局はゴムバチンコだ。さすがに狩りには使えないよね?といったんだけど。
アイリスはそれを見るなりパチンコ玉に雷撃の魔力を込めて、すぱーんっと一発。遠くに見えてた鳩くらいの大きさの鳥を撃ち落としたわけで。
電撃で即死、落ちたらしい鳥を楽しそうにランサがくわえて戻ってきた時には、さすがに驚きを隠せなかった。
まぁ、実は鳥の解体は初体験なもので、その後が大変だったのだけど。
しかし……アイリスに頼りすぎだな、俺。
「それにしても」
「なぁに?」
「結界ってすごいよな。普通にこうやってキャンプできるとは思わなかったよ」
あの最初の時、ニオイにつられて狼の群れが来た事を思い出す。
うん、しみじみと思う。マジで凄い。
さすがに寝るのは車内にするつもりだけど。こうして外でくつろげるだけでも全然違うもんだ。
うん。いかにも旅してるって感じだよな。
植物相が明らかに日本と、いやたぶん地球と違うんだけど、それを気にしなければ日本にいる時とあまり変わらないんだよこれが。
キャリバン号を得てからは大抵、休日はこんなだったからなぁ。現地で釣りして夕食とったり、干物つくったり。
燃料代?所詮は軽だし、町で遊ぶことを思えば健康的だしね。
な、今と変わらないだろ?
「俺も結界作り、やってみたいなぁ。干物作りも魔法でできると便利だし」
あと、燻製もできれば覚えたいな。
「それって、もしかして生活に便利だから?それだけ?」
「当然」
ためらいなく答えると、なんかアイリスが苦笑いしていた。
「……うん、教えるのはいいよ。でもまずパパは、魔法の扱いからやらないとね」
「ああ、まずそこからだな」
俺はここじゃ異世界人なわけで、魔法の発動手順が違うという。そしてそれは、俺の意思で成すものだという。
うーん。しかし、訓練って何をどうやるんだ?
横に置いた道具箱の上で、ふわぁぁっとアクビをしているランサを見ながら、そんな事を思った。
「ま、それは後ね。そろそろ煮えたんじゃない?」
「そうだな。アイリス、そこのおたまとってくれ」
「はーい」
よし、味見味見。
塩は確保できたけど、胡椒がほしいなぁ。あと味噌と米かな。
「そんなわけで、魔法教室をはじめますー」
「はーい」
「わん!」
食後。予告通りに魔法教室をする事になった。
先生はアイリス。銀髪幼女が先生とか変な光景だけど、実はアイリスはドラゴンの眷属なわけで、その知識が背景にある。だから先生としては充分以上だろう。
はいと答えたのは俺なわけで、わんっと答えたのはランサ。ランサはリアル仔犬なわけで単に面白がっているのかもしれないが、なにせケルベロスの仔だ。小さいながらもある程度言語理解しているようだし、そこいらの仔犬よりは全然賢いのも確認ずみ。
つーわけで、食後に食器等を片付けてから、寝るまでの時間に魔法講座というわけだ。
「この世界の生き物は人間のみならず、たくさんの種族が魔法を使います。当然、小難しい魔法陣なんかが必須なわけじゃないんですけど、実際はよく使われています。なんでかわかりますか?はいパパ」
「アイリス。いつもと語調が違うぞ」
「せんせーですから」
「はいはい」
せんせーですからのところだけ、いつもの調子に戻りやがった。だったらパパも直せよ。
「そんでパパ、なんでかわかりますか?」
「んー……あくまで推測なんだが」
「かまいません。パパの推測はなかなか的確ですから」
ほう。そんな信用してくれてるのか。
なんかちょっと嬉しかった。
「じゃあ言おう。
結局、言葉とか魔法陣はシンボルなんじゃないか?実態は概念なんだろうけど、その概念の組み立てが難しいから、そういう手続きを使って補助しているんじゃないかな?」
「……」
「アイリス?」
なんかアイリスがフリーズしたぞ。なんだ?
「せ、正解、正解だけど……なんでわかるの?」
言葉が戻ってるぞオイ。
「地球でもな、神秘学とか占いからの世界で似たような概念があるんだよ」
昔、タロット占いとかに凝りまくってる友達がいて、彼に言われたものだ。
いわく、実際に予知や探知を行うのは占う人自身であり、カードや占いツール群はそれを補助するシンボルにすぎないんだと。
ちなみに、こういうの無しでもやれる人も預言者だの霊媒だのって連中の中にいるが、それは補助が一切ないという事でもある。とても大変だし、わずかな雑念が結論を狂わせる事もあるそうだ。
そう言うと、アイリスは「なるほど」と大きくうなずいた。
「そういう予備知識があるのか。さすがパパ」
「いや、全然凄くないからソレ」
「そうなの?」
「うん」
占いやおまじないに詳しい野郎って、日本じゃちょっと痛い人って気もするしな。
「えっと、話を戻すね。
動物や低位の魔獣の魔術は低レベルで概念が荒いから、簡単に組み立てられるけど大量の魔力が必要なの。
で、人間の使う魔法は少ない魔力で発動できる反面、高レベルの概念が必要で、意思だけで成立させるのはほぼ不可能なの。呪文や陣の補助なしでは難しいわけね」
「なるほどな。じゃあ、俺はその動物や魔獣の魔法をやればいいのか。概念も近そうだし」
「それは無理」
「なんでだ?」
「今までの記録だと、低位の魔法ですら発動できないんだって。たぶん、異世界生まれの異世界育ちだから、頭の中で組み立てられる概念そのものも違うんじゃないかなって」
「あー……そういうことか」
言わんとするところ、なるほど俺にも理解できた。
たとえば炎を連想する。
赤い炎を連想しなくちゃいけないところで、ガスのような青い炎を連想してしまったとして。
それを、同じ術式で発動させようとして、うまくいくだろうか?
運がよければ大きさや色の違う炎が出るかもしれない。でも悪ければ、いやおそらくは炎自体が出ないだろう。
想定されない入力をするのだから、出てくるものが保障されるわけがない。
「魔法のデザイン自体を変更するか、根本的に発動方法自体を変えなくちゃって事か」
魔力は存在し、そして想念をカタチにするという事象もまた存在する。
ならば、自分むけのうまい発動方法がわかれば、俺も魔法が使えるわけだ。
そう言ってみると、アイリスは「うん、そうらしいよ」と目を細めた。
「まぁ、ひとつひとつの術式をパパにあわせて作りなおすのは、時間も手間もかかると思うから後回しにするとして。とりあえず、基本的な発動原理からいくね?」
「おう」
「グランドマスター……つまりパパのいうドラゴン様の推測なんだけどね、パパは自分の『思い出』からモノを引き出してるんじゃないかって」
「思い出?」
「そう、思い出」
なんかアイリスの目に優しくみつめられ、俺は考え込んだ。
思い出……ふむ?
「続けてくれ」
「うん」
アイリスは大きくうなずくと、続けた。
「思い出なら、すでにイメージは本人の中にあるでしょ?もちろん当人の主観で内容が狂ったりもするわけだけど、日常で深く触れ合っていたものや、強い印象を残したものなら、それは相応に強く刻まれているんだって。
で、パパの魔法はそれを使って発動しているわけね」
「なるほど、理屈はあってるな。うん、確かにわかりやすい」
いまいち実感がわかないが。
う~ん、とりあえずやってみるかな?
ちらっとランサに目をやった。
うん、なんかちょっと退屈そうかな。骨付きのカミカミおもちゃでもあればなぁ。
スーパーでよく見かけていた、あのプラスチックみたいな外見の『骨』おもちゃを思い出した瞬間、
「お」
「え?」
ランサの目の前に、その『骨』のおもちゃが出現した。
「おー、出たじゃん」
「ねえパパ……それなに?」
「なにって、ペット用のおもちゃだけど?噛むと犬が好みそうな味まで出るんだぜ」
「……それが、思い出の品なの?」
む、なにそのヘンなものって感じの冷たい視線が……むむ。
まぁ、当のランサはスンスンとニオイを嗅いでから、とりあえず真ん中の首が、はむっと骨おもちゃをくわえたが。
「お、気に入ったみたいだな」
「……」
「あー、思い出っていうか、あまりによく見かけるから覚えてたって感じかな?ペット用品店とかスーパーによくあったんだよ」
「……まあいいわ。他にも試せる?今度は人間用で」
「人間用?」
「うん」
即座に連想したのは、服。
野郎の服なんて連想しても仕方ないだろ。やっぱりアイリス用だよな、うん。
アイリスの姿を上から下まで見た。
こうして見るとやっぱりアイリスは可愛いが、何しろ服装がオーバーオールにシャツだ。多少ルーズでも着られるから現状便利といっても、お世辞にもオシャレとはいえない格好なのも事実だ。
ふむ。女の子っぽい、おしゃれな服装か……うむ。
「お」
魔力が流れる感覚があり、ふと気づいた。
「なにこれ。ドレス?」
アイリスの手の中に突然、ヒラヒラの黒いドレスみたいな服が湧いていた。あと、足元に黒い靴。
「年代によって黒ゴスとかゴスロリとか言われてる。女の子用のオシャレな服のひとつだな。かなりエッジの効いた、というか先鋭的な方向なんで、いつでもどこでも着れるようなタイプではないが」
自分に自信のない女の子が着るには勇気がいるし、どこにでも映えるとは言いがたいだろう。かなり挑戦的な服だ。
だけど、そのお人形さん的な見た目のため、実用性より見栄え重視な方向では絶大な人気をもつスタイルのひとつ。
「パパが着るの?」
「おまえが着るに決まってるだろ。そもそも、それが男用に見えるか?」
「見えない」
「即答するなら、なぜ俺が着るのって尋ねたんだ?」
「だって……人間用だから」
「?」
意味がわからない。
しばらく悩んで、ああと結論づけた。
「ああそうか。人間用ってことで、おまえ自身を計算にいれてなかったのか」
「……うん」
「そうか、そりゃ悪かったな。まぁでもせっかくだ、試しに着てみなよ」
「え……これを?」
「当然」
ちなみにこの後、着方がわからなくて二人で騒動した。
こういう服って、本当に見た目優先で利便性は二の次なんだなぁ。
そんなこんなをしていたので、結局、今夜の魔法講座は中途半端になってしまった。
まぁ、ゴスロリ撮影会のおかげでスマホのライブラリは賑やかになったが。
さて、次は死の平原とやらに行きます。




