後編
私は朝早くから起きて掃除や家の横にある小さな畑の水遣りなどの手伝いを早々と済ませて山へ向かった。
お兄さんはもう来ているだろうか。
化け物って夜が活動時間みたいだからもしかしたら夕方くらいにならないと来ないかな。
いないようなら出直せばいいし。
そう思っていたけど、山へ入るとお兄さんはすぐに見つけた。恐い顔をして私の前までやってきたのだ。
「もう山には入るなって言っただろ」
「また明日って言ったじゃない」
「化け物に食べられてもいいのか」
「お兄さんが助けてくれるでしょ」
「俺はそんなに強くないよ」
「あなたは強いわよ。知ってるもの」
「何を知ってるって言うんだ」
「あの化け物、お兄さんが来たらいなくなったじゃない。それはお兄さんが怖くていなくなったんでしょ」
「どうだろうな」
「そうなのよ、きっと。だから、あなたのそばにいれば大丈夫」
「何を言っても、君は山に入ってきそうだな」
「うん、だって化け物退治を手伝うには山に入らなきゃいけないでしょ」
にっこり笑って言うと、お兄さんは観念したのか。
「山に入ったら俺のそばを離れるんじゃない」
と言った。私は「もちろん」と答えた。
それから山の中でお兄さんの跡をついていっていろいろな所を回ったけれど、何も起こらなかった。
それでも、私は彼との会話が楽しかったので満足だった。
お兄さんの名前は清四郎。17歳。私と同じで小さい頃から幽霊が見えていていろいろ苦労していたみたい。
この化け物退治も幽霊が見える力があることを見込まれて頼まれて、清四郎もこの化け物には嫌な思いをさせられたから喜んで引き受けた。
昨日は気がつかなかったけど、腰に刀を佩いていてその刀で化け物を倒すんだと、昨日と同じように楽しげに笑った。
今日は見つからなかったけど、早く化け物を見つけて退治できるといい。
そう思ったのだけど……
――――その次の日も化け物は見つからなかった。
その次の日の八月十五日。
昼ごはんを食べて出かけようとする私に母が声をかけてきた。
「あんた出かけるのはいいけど6時には帰ってきなさいね。今日は灯篭流しの日なんだから」
「はーい」
そういえば、今日は灯篭流しの日か。いつもは楽しみにしているのだけど化け物退治に気をとられて忘れてた。
山につくと、やっぱろ清四郎がすぐに現れた。
「今日は灯篭流しだね」
と、言うと顔を暗くさせた。
「今日、退治してしまわないといけない。それでなきゃ取り逃がすことになる」
「そうなの?」
「灯篭流しをすると、幽霊が黄泉に帰るからね」
「あの化け物も一緒に帰っちゃう?」
「いや、あの化け物に帰るところはないんだ。でも、幽霊を食べるから餌がなくなるから見つけにくくなる」
「幽霊を食べるの? 人を食べるんじゃないんだ」
「生きてる人間も喰うよ。霊力の強い人間は好物だ」
と言うことは、私はすごくおいしそうなのかな。
「今更、怖くなった?」
「そ、そんなわけないじゃない」
どもってしまった。それでも、ぜんぜん怖くないと虚勢を張って早足でずんずん山の中を進んだ。
「おい、俺から離れるなよ」
「清四郎が歩くのが遅いから」
そういうとやれやれと言った様にため息を付いかれた。そのしぐさにむっとすると、清四郎は「ごめん」と軽く謝った。私はそれで機嫌を直し山の捜索を開始した。
「見つからないねー」
「真奈はもう帰っていいよ」
あれからだいぶ歩いて夕方になっていた。確かに十八時までには帰らなきゃいけないから、もう帰る時間だと思うんだけど
「まだ、私も探す」
今日までに見つけなきゃいけないのに、私一人で帰るわけにはいかないじゃない。
「俺だけで大丈夫だよ。帰りなさい」
「いや、探すんだから」
私は駆け出して、山の奥へと入っていった。清四郎が追いかけてくるけれど私の足は結構速いのだ。痛いところさえなかったら山道でも足を止めることなく駆けていける。
「――――――……」
後ろで清四郎が何か言った。その声はどこか切羽詰っているようで、私はやっと足を止めた。
「え」
その光景には見覚えがあった。それは、この山に初めて入ったとき迷った場所だ。
薄気味悪い暗さに、背筋が冷える。
ざっ
草が掻き分けられるような音を立てて揺れた。
「ひぃっ」
『それ』は、黒い靄を体から発しながら、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
前はちらりと姿を見ただけだから、黒い影と言うのしか分からなかったけれど
『それ』の姿は、ぼこぼこと適当に粘土をくっつけただけの置物のようで、それでいてぼこぼこした部分が不規則に動くのだ。
『それ』は酷く―――異様な光景だった。
私は動けず、『それ』を見ているしかない。
のそりと黒い影を引きずるように近づいてくる『それ』から逃げたいのに体が動かせない。
指の一本も動かすことができなかった。緊張のため繰り返す荒い呼吸音だけがあたりに響いている。
いや、もう近くにいる。
触れると病気になってしまいそうな黒い靄がかかりそうなほど近く。
そこで、化け物はがばりと大きな口を開けた。
「そこまでだ」
「清四郎」
私の後ろに息を切らせた清四郎が刀を片手に立っていた。
「観念するんだな」
化け物はぶるりとからだのぼこぼこを気持ち悪く揺らして、先ほどのゆっくりした様が嘘のように駆け出した。
「ついてくるなよ」
そう言って、清四郎は『それ』を追いかけていった。
ついてくるな? ついていくに決まってるじゃない。
幸いなことに体はもう普段どおりに動く。すでに遠くに行ってしまった清四郎を見失わないように駆けた。
「ぎゃおああああああああああああああああああああああああ」
山の中に太く恐ろしい断末魔が響き渡る。山の木々を揺らすその叫びは化け物の終わりを告げているのだとすぐに分かった。
間に合わなかったか。
少し残念に思いながらも、清四郎の下へ走っていった。
やはりそこには化け物はいない。
刀を軽く振って鞘に収めようとしている清四郎だけだった。
「もう、待っててくれればいいのに」
「待っててくれればって、化け物を斬るのを? そんなことできるはずないだろ。それより、ついてくるなって言ったはずだけど」
「そんなの――」
ついていかないって言ってないと、言葉を続けようとしたのだけどそれは違う言葉に変わった。
「きれい」
清四郎がいた場所は下の川を一望できる場所で、そこにいくつもの光が夜空のように輝いていた。
灯篭流しだ。
小さな光を放つ提燈と大きな光の船。川から眺める景色より上から眺めるその景色は一層綺麗だった。
「もう、時間みたいだ」
「時間って」
清四郎を見ると、その姿がすぅっと薄くなった気がした。
「まさか」
薄くなったのは勘違いなどではない。一度元の濃さに戻ったけれどすぐに後ろがすけて見えるまで薄くなってしまった。
「清四郎、あなた、ゆう、れい、だったの」
「そうだよ」
「そ、んな。幽霊が見える人間だって言ったじゃない」
「言ってないよ。人間だとは言ってない。それに、最初に言ったじゃないか。君に幽霊が見えているか聞いた後に、俺も見えるし見えるんだろうって」
そんな言い方じゃなかった。自分も幽霊が見えるみたいな言い方だったじゃない。
「なんで、何で幽霊なのよ」
「ごめんっていうとこなのかな」
「なんで、消えちゃうの」
「お盆だから帰ってきただけだしね。それに、あの化け物の始末も頼まれたし。あいつに食われて死んだ憂さ晴らしも出来て、これで思い残すこともない」
「いま、なんて」
あいつに食われた? 清四郎はお盆に山に入ってぱくりと食べられてしまった人なの?
「もう、行くね。豆大福が好きだからお供え物によろしく」
そう言って清四郎はあっさりと夕闇に解けていった。あまりにもあっけない最後だ。
次の日私は豆大福を仏壇の前に置いた。手を合わせて心の中でちゃんとお供えしたからねと清四郎に話しかけた。
おばあちゃんから、おばあちゃんのお兄さんの名前を聞いた。
名前は清四郎。
ホラーってはじめて書いたのですが、駄目ですね。ぜんぜん怖くならない。
ここまで読んでくれてありがとうございました。