うたひめ 2
うたひめは微笑みをたたえた。
コードは繭のように丸くなってうたひめをつつみこむ。と同時に黒い影のマリオネットはばらけて、コードの盛り合わせとなった。
クリスタルは咄嗟に銃弾を放ち、リュウは刀を握って駆け出した。
しかし、途端にコードが何列にもならび黒い壁でもってたちはだかり。
壁は分厚いゴムや銅線、グラスファイバーの破片を散らしてはじけ。リュウは足踏みして、舌打ちしながら壁に刃をたたきつけ滅多斬りにする。
「Fuck!」
クリスタルは舌打ちし、忌々しげに口汚く吐き捨てる。
リュウは黒い壁を一列一列斬りたおし、視界を開かせたが、すでに繭はなかった。
目の前にあるは、破壊の痕のみ。
口元を引き締め、無言でカタナを振り上げ勢いよく振り下ろす。
ほの暗い海底都市の居住空間だったところ、カタナの空を切る音が、空しく響くのみだった。
無論、少女のうたごえもない。
ふたりは、憎悪の黒き炎でできたかのような黒い瞳を、少女のいた虚空に向けていた。
少女は、海底都市ドームの住人たちの心を潤す少女型アンドロイドだった。
機械仕掛けと思えぬそのまろやかなうたごえには誰もが魅了され、いつしか、うたひめと呼ばれるようになっていた。
グローバル化がすすむとともに、科学技術も発達し、人類の偉大な一歩として海底都市ができた。
うたひめのようなアンドロイドもできた。
ナノテクノロジーも発達し、蟻よりも小さな機械も出てきた。
ナノテクノロジーによって創造された動力をゴム表皮に組み込むことで、蛇かミミズかと見まがうばかりにうごくコードも日常の家電製品として出回ったのをはじめ、革命的な産業の発達は人々の日常生活を変えた。
海底都市は、その最たるものだった。
人々は夢見た。
が、今は、こうして夢は儚くも破壊されていた。
戦争が起こった。
発達した技術、フィクションに追いついた現実は、一部の人間にまるで映画かアニメでも見せるかのように戦争を軽いものにし。
悲惨な殺し合いが繰り広げられているであろう場所の地図を、そこにあたかもその映画やアニメのヒーローが勇ましく戦っているという妄想をもってながめ、彼らは戦争を押し進めていった。
そこに、利権屋がむらがり、戦争をよりいっそう悲惨なものにしていた。
科学技術の発達が、エンターテーメントと現実の区別がつかない人間を生み出し、それが戦争を引き起こす、といったどうしようもない現実が、今の地球を覆っていた。
という話は、この海底都市においては、置いておく。
海底都市の人々は、今自分たちのことで手一杯で陸の上のことなどにかまう余裕はない。
「逃げられたか」
よれよれのねずみ色のパーカーにこれまたよれよれのブラウンのチノパンをまとい、あごに銀の髭を生やした初老の黒人の男がふたりに語りかける。
「マーヴェル」
クリスタルはぽつりとつぶやいた。
マーヴェルと呼ばれた黒人男性は、リュウのカタナに目をやると、ずかずかと歩み寄りカタナをひったくった。
リュウは「あっ」と声を出しそうになったが、無抵抗でマーヴェルにカタナを託した。
ソーセージのように分厚い唇をひきしめ、じっと刃を凝視する。
「Fuck! この、ド下手めッ!」
分厚い唇が大きく開き、赤い口から赤い炎を吹き出すようにマーヴェルは、
「刃こぼれしてるじゃねえか。お前、どんな使い方してやがるんだ。それでもジャップかッ!」
と怒鳴った。
クリスタルはいたずらっぽく笑っている。
「カタナだってなあ、無限にあるわけじゃねえ。そこらへんのアルミのゴミなんかを上等のシロモンにかえてつくってんだ。何度いわせりゃ気が済むんだ、この、イエローモンキーめッ!」
リュウは眉をしかめつつ、無言でむっつり聞いていたが、ええいと口を開く。
「わぁーってる、わぁーってるさ。だけどそんなこと気にしてたらてめえの命がねえぜ」
「ふん。てめえの代わりなぞいくらでもおるわ。だがカタナのかわりは、そうそうねえんだよ」
「聞き飽きたな、それも」
「オレはカタナをつくり飽きたな。ふんッ」
クリスタルは笑いをこらえるのに必死だ。が、リュウとマーヴェルは顔をしかめてにらみあっている。
つづく・・・。