↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

死に戻り勇者を殺したい

作者: 斎藤恭司
掲載日:2026/10/02

今日で58歳を迎えた。

私には、殺さなければならない人間がいる。


世間から勇者ともてはやされる男だ。名はリベリオ。

コイツは国から支援金を受け取っておきながら、魔王討伐という命を果たそうともせず、その金で毎日遊び呆けているクソ野郎だ。


私たち国民からかき集めた税を使ってぬくぬくと生きているアイツに、私が責任を持って制裁を与えなければならない。


この国にはかつて、9つの勇者パーティが存在した。

しかし、財政難に陥り、貢献度の低い5パーティから勇者の称号を剥奪することに決めた。当然リベリオも剥奪されると思っていた。しかし…


リベリオは勇者の称号を剥奪されず残っていた。

アイツは国家運営に関わる人物を金で抱き込み、自分が勇者として残れるように根回ししたのだ。


絶対に私が殺さなくてはならない。


ただ、厄介なことにこの勇者リベリオ、死んでから発動する魔法を使うのだ。それも、根本から覆えせるとんでもない代物を。


魔法の名称は『死に戻り』

死ぬと時間を巻き戻す魔法で、リベリオ固有の魔法。

つまり、リベリオが死ぬと、リベリオのみ、過去へ意識と記憶を継承して遡るというわけだ。


殺したい相手が、死ぬと時間を巻き戻す魔法を持っている。殺すのは非常に難しい。だが、やるしかない。やらなければならないのだ。


魔法の効果はいたってシンプル。

リベリオが死亡した時点で、彼の記憶はその日の0時時点のリベリオに上書きされる。つまり、リベリオは死ぬとその日の0時に巻き戻る。また、0時時点の肉体が眠っている場合や意識不明の場合は強制的に覚醒される。


リベリオ本人の力量は大したことない。死に戻りという強大な魔法を授かった代償なのか、肉体は細く、反射神経は鈍く、運動神経も良くない。足の早さも、100メートル18秒くらいだ。


それを踏まえ、殺し方を考えてみよう。


まずは普通に殺害する場合。

深いフードでも被って顔を隠し、隠し持っていたナイフを使ってすれ違いざまに一刺し。殺し切ることはできるだろう。アイツは鈍い。


だが、それは実現しないと断言できる。

アイツは一度私に殺されるかもしれないが、死に戻り、死んだ記憶を使って刺し殺そうとする私に対して何らかの策を講じるだろう。用心棒を雇うなり、刺そうとする私を逆に捕まえようとするなり、そもそも私に会わないように道を変えるなり……


つまり、私が一度刺そうとして実行に移した時点で、彼はそれに対する何らかの策を講じ、それは実現しないことになる。


その何らかの策を予測してあらかじめ動くには、アイツの死に戻る回数に制限がないことから、後手に回ることは必至。死に戻るアイツの行動を予測して策を考えるのは無謀なのだ。


では手法を変える。

そもそも殺さない場合を考えてみよう。


死に戻りの魔法は死んでから発動するもの。つまり、殺さない限りアイツは無力なのだ。アイツを拉致し、どこかに監禁する。そのまま、殺さず未来永劫、寿命を迎えるまで監禁し続ければいい。


しかし、これもまた難しい。

こちらが殺さなくても、アイツが自殺する可能性が高いのだ。アイツはこれまで、何度も死に戻りを経験している。つまり死に慣れているのだ。普通の人間ならまったく良いことない自殺が、アイツにとっては生きのびる手段になっている。


では自殺できない環境にしてはどうか。

手足を拘束し、猿轡をはめ、一切の自由を奪えば、自殺の手段もなくなる。しかし、これもまた難しい。


殺さないためには、食事や水分の補給を行わせなければならない。そのためには猿轡を取って食べ物を口から入れなければならないが、その際に舌でも噛み切って自殺を図るやもしれない。


舌を噛み切っても死なない、という話を聞いたことがあるが、それも実際のところはどうか分からない上、傷口から感染症になる可能性も大いにあるし、そもそも食事を拒むか、ゲロを喉に詰まらせて窒息するなど、死ぬための方法なんていくらでもある。


そもそも私は、もう歳だ。あと10年ももたずに死ぬだろう。確実にアイツの方が長生きする。しかもアイツは腐っても勇者の称号を持っている。行方不明となれば捜索隊が組まれ、徹底的な調査が入るだろう。


足跡分析、指紋鑑定…

国が抱える最近の分析魔法師は質が高いときている。隠し通せるかどうかも不明だ。


殺さずに監禁するのは難しい。

次だ…。


精神攻撃はどうだろう。

死に戻りの魔法も死ぬ際の痛覚はある。いくら死に慣れているとはいえ、その激痛を何度も受けると、体より先に心がすり減って折れるんじゃないだろうか。


それを実行するには、何度も何度も殺す必要がある。相手もバカじゃない。死ぬたびに学習し、対抗策を考えてくるはずだ。心が折れるまで殺し続けるためには…


そうだ。0時。

アイツは死ぬと、その日の0時に巻き戻る。つまり、私はアイツを0時1分など、日が変わってすぐに殺せばいい。アイツは死に戻るが、それは犯行の直前になるはずだ。対策を講じる時間は、死をもって稼がなければならなくなる。


そのたびに苦痛が重なり、やがてアイツは絶望し…

これなら行けるか。…いや、どうだろう。たとえ1分、いや、30秒でも10秒でも…それが積み重なればその事態を把握し、対処しうるんじゃないだろうか。


こちらは一度の殺人でも、アイツは何度でもトライアンドエラーでそれを回避しようとしてくる。私はその一度で、アイツのトライをすべて上回るように殺さなければならなくなる。


普通の殺害じゃ駄目だ。

たとえ私の方が格闘術に長けていたとしても、こっちの動きは一通り。一発勝負。なのにアイツは何度もそれを見ることができて、考えることができる。こっちの動きは必ず読まれる後出しジャンケンだ。


私は0時1分の殺人を、『確実』に行わなれけばならない。詰みの状態を作らなければならない。そのためには、刺殺や撲殺などの普通の殺害方法では駄目だ。


巻き戻っても必ず対処できないような必殺技でなければならない。例えば、0時1分に、アイツを中心とする半径800メートルの隕石が降ってくる、のような、必殺技でなければ…。


しかし私にそんな強大な魔法はない。

あるのは不意打ちの一撃のみ。

0時1分にアイツを必ず殺すことは、叶わない可能性がある。


それでは駄目だ。

1度失敗しただけで、もう2度とチャンスは回ってこない。一度にすべてをかけなければならないのだ。


………いや、ちょっと待て。

そうだ、ある。

方法は、ある。

なにも、日をまたいで殺してやる必要はない。


戻った時点で詰ませればいいのだ。

たとえば、23時59分にナイフを突き刺す。そしてそれが日をまたいだ0時0分20秒で死に至るように調整すれば、0時に戻ったときには、刺さったナイフはそのままのはずだ。


死ぬという結果を0時直後にし、その原因を0時前にすればいいのだ。戻ったアイツは、死の原因であるナイフを回避することはできない。この方法なら、たとえ何度も死に戻ったとしても、無限回、死に至る…!


本当は苦しむ結果を与えたくはない。

しかし、アイツの行動は他人様の迷惑が過ぎる。人類のガンだ。私がやらなければならない。その責任を持って。




時計は23時30分を迎えていた。

この計画であれば、殺せぬ相手を殺すことができる。死に戻る人物が無限ループに陥れば、この世界はどうなるだろう。いや、そんなことは関係ない。どのみち私たちにはその無限回の世界を感じることはできないのだから。


たとえ、そこで世界の動きが止まろうとも、構わない


今日行動しよう。

アイツは明日にはここを発つらしい。

行方が分からなくなれば、次のチャンスはいつになるかわからない。それに、こうやって殺意を膨らませたまま行動すれば、死に戻るアイツへ情報を渡すことになりかねない。


手が…ひどく震えている。

歳のせいなはずはない。


大丈夫。大丈夫。大丈夫…

ただナイフを手にして、時間を見計らってアイツの胸に突き刺すだけでいい。不意打ちは得意なはずだろう?


椅子から立ち上がり、卓の上、切られた梨の側に置かれたフルーツナイフを手に取る。果汁で濡れてはいるが、問題はない。


時計はまだ23時40分頃を示している。まだ少し早いが、心臓の音がうるさくてたまらない。


ナイフに反射する自分を見つめる。

酷い顔だ。シワも、たるみも、年相応かそれ以上だ。


なぜこうなってしまったのだろう。

どこから歯車が狂ってしまったのか。

考えても考えても、答えはでない。

生きていることに意味はあるのか。

他人が羨ましくて仕方がない。

私だって普通に生きられたなら

こんな事をしなくて済むのだ。


すべてアイツの…

アイツのせいだ。


そうだ、あの日から

あの日から

あの日から…


唇をぎゅっと締め、ナイフを逆手に持ち替えた。

そうして、この暗い部屋を出ようかと足を踏み出したそのとき…


ガチャ


扉が開き、蝋燭の明かりが差し込んできた。

扉を開けた人物が、燭台を手に立っていた。それは、私がよく知る人物に相違なかった。


「あぁ……そうかい」


肩の力がドッと抜ける。すべてを察した私は、うっすらと笑みを浮かべていた。


「私は、失敗したみたいだね…」


目の前にいるのは男だった。

見間違えるはずもない男。

今から殺そうとしている男、勇者リベリオで間違いなかった。


「オメェだったんだな」


リベリオの怒気を含んだ声が私にぶつけられる。

そうなのだろう。きっと…そうなのだろう。


私は失敗したのだ。ナイフを刺して、恐らくだが、日を跨ぐ前に殺してしまったんだ。だからこの男は今日の0時に巻き戻って、自分を殺した犯人を探して…


今に至ったわけだ。


「なんでこんなことしやがった!? オレがオメェに何かしたかよ!」


リベリオはそう抜かした事を言った。

私の中で何かがプチッと、切れた気がした。


「何をしたか、アンタはわかっていないのかい!? これだけ他人様に迷惑をかけておいて! どう責任を取るつもりなんだい!」


叫んでいた。

いや、泣いていた。

気がつけば、泣きながら叫んでいた。


「何の話だよ…」


「わからないのかい!? 国王様から支援金を受け取っておきながら、自堕落な生活をしておいて! その支援金が国民の血税である事を知らないとは言わせないよ!」


「はぁ? ふざけんな! そんな意味わかんねぇ理由のためにオレを殺したのか!? 頭イカれてんのかよ!」


「イカれてるのはアンタの方よ!」




「自分の息子をぶっ殺そうとしてるオメェの方がイカれてんだろうがよ!」




息子…?

何を言ってるんだこの男は…


「ざけんなよクソババア! 誰のおかげで飯が食えてると思ってんだよ! 働きもしねぇオメェのために、オレがどれだけ金送ってやったか忘れたのか!?」


「今日の飯もオレの金だろうがよ! 耄碌すんのも大概にしやがれ!」


この男が何を言っているのか、あまり理解はできなかった。しかし、反論する言葉は何も出てこなかった。男は少し冷静になったのか、扉の近くにある椅子に腰掛けて貧乏ゆすりを始めた。


「オレの稼ぎじゃ、オメェは満足しねぇのかもしれねぇけどよ。これでもオレは頑張ってんだよ……はぁ…。病気なのはわかってるが……辛ぇよ…オレ」


泣いている。

勇者リベリオが…泣いている。


私は一歩、後ずさった。

私の中で何か、大切な何かが崩れようとしている。

私はなんだろう。

私ってなんなんだろう。


何か大きな間違いを犯している。そんな気がする。

思い出すんだ。


今日の晩御飯は…何を……

今日は何をした…

昨日は何を…

明日は何をするつもりで…


息子って、なんだ…?


「ぁぁ…」


一瞬で理解した。

思い出した。なぜ忘れていたのか、それもさっぱりわからないけれど…


目の前にいる男が何者で…

私が、何者で…

なぜこんなところにいるのか…


全てわかれば、少し笑えてくる。

支援金を受け取って何もしなかった勇者リベリオは、私じゃないか。


息子を産んで、勇者を引退して、夫を亡くして病気になって…


今や息子の金で生きながらえているだけの私。

そうだ、私は、私が嫌いだったんだ。国民を、息子を苦しめ続けている私が。


時刻は23時59分。

私の魔法は『死に戻り』

息子に遺伝したこの魔法も、人類の役にはまったく立たなかった。



静かに、ナイフを自分の胸に突き刺した。



強烈な痛みも、今や鈍く感じる。

全身の力が抜け、崩れ落ちる。目の前の男が、目をひん剥いて跳んできた。


「何やってんだよ!! 母ちゃん!!」


0時を告げる鐘が鳴った。

私は、泣きじゃくりながら慌てて自分の首にナイフを当てようとする息子の手を取って、ただひと言───



ごめんなさい



と、告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。