雨、雨、風、災難
カクヨム甲子園用に書いたやつです。
折り畳み傘ほど人に優しくない傘はないと思います。
雨が嫌いだ。
雨なんてクソだ。
雨なんていう天気は、無くなってしまえばいい。
植物には悪いが、雨なんて要らない。
以前、父親に連れられて、近所の鉱山跡のズリ山へ水晶を採りに行ったことがあった。
水晶や、鍾乳洞の鍾乳石なんかは、雨だったり地下水だったりによって形成されるらしい。
あの時採れた小さな水晶は、確かに奇麗だった。
確かに奇麗だったが、雨は要らないと思う。
水晶には申し訳ないが。
うぅむ。
いや、せめて、僕が登下校してる時だけは止んでいてほしい。
日中は別にどうだっていい。
特に体育のある日は、じゃんじゃん振ってもらっていい。
もしそう在ってくれれば、俺は雨が大好きになる。
掌クルックルである。
雨を崇めたい。新興宗教というやつだ。
崇拝が高じて、雨の好きな食べ物を勝手に決めつけて、お供え物をするだろう。
アニミズムというやつだ。
乳幼児期かよ。
僕はもう赤ちゃんではない。立派な15歳だ。
つい先月、高校に入学した。
確かに、高校生歴という意味では、乳幼児期に当たるかもしれない。
ばぶぅばぶぅ。
そろそろ教育実習生の季節だ。
母性が溢れ出ていると良いなぁ。
・5/23(木)
何の変哲もない1日が始まった。
木曜日は週の折り返しだ、と雖も、別にマインドとして面倒くさいことには何ら変わりない。
なんなら僕は、平日は毎日水曜日な気がしているまま生きているので、今日はまだ週半ば、折り返してもないのである。
1つ、何か変哲があるとすれば、4時間目に体育があることくらいだ。
おっと、これはかなり大きい変哲だった。
体育大っ嫌い。
あんなもの無くなればいいのに。
「いやだーーー、めんどくせぇーーー、いきたくねぇーーーーー」
布団の中で叫んだ。
だいぶ暑くなった初夏にも関わらず、布団が今日は離してくれない。
……というか、なんか今日は寒くないか。
やけにキッチンの水道の音が大きく聴こえる。
シンクが氾濫でも起こしたのだろうか。
約15分後、僕は、やっとの思いで無理やり布団からぬるっと這い出た。
そして、知ることになる。
本日、大雨。
過酷な登校にならんことを。
僕は、高校まで比較的遠い。
時間としては思ったよりかからないが、距離的には、在校生の中でも最果てを全然名乗れる距離だ。
途中で乗り換えもある。
この乗り換えが、同じ駅の中での乗り換えなら良かったのだが、なんと駅を移動するのである。
徒歩で。
約10分の道程だ。
だから、雨は嫌いなのだ。
いや、暑くても最悪だけれども。
というか、そもそも家の最寄り駅が最寄りじゃないし。
最寄りだけど寄っていない。
車で20分くらいの距離だ。
地獄である。
歩きじゃないだけマシだった。
そこは親に感謝している。
そしてそして、学校への最寄りから学校までの距離について、こちらは短いのかと思いきやそうでもなく、これまた徒歩で20分の距離である。
調子がいいと20分なのだが、天気が悪かったり、気分が乗らなかったりする日は、30分弱はかかる。
そう、例えば、今日みたいな日は特に。
重い重いリュックを背負って、家を出て、適当に傘を掴み取り、必死に車に乗る。
いつもより1分ほど遅れての出発だった。
にしても、一体全体どうしてこんなに僕のリュックは重いんだ。
たかが、プリントを挟んだファイル3つとタブレット、いくつかの参考書と、図書室で借りた小説及びそれをつつむジップロック、弁当、水筒、そんなもんなのに。
あと折り畳み傘もか。
凄い、今日の俺は傘を2つも持っているんだな。無敵だ。
………あれ。
「たかが」って何だったっけ。
窓を6秒かけて静かに流れていく雨粒を後目に、暫く揺られていく。
前の車が遅い。
遅い。遅すぎる。
おい、何してんだよ、早くしてくれ。
見えてきた十字路の信号は、ちょうど黄色が赤になるところだった。
最悪だ。
でも、前の車はウィンカーを出していない。
我々は右折である。
これはイケる。
と信号を通過したのも束の間、少々グングン走って行った先で、またも遅い車に出会ってしまった。
遅い遅い遅い。
やばいやばいやばい。
信号に引っかかる。
前の前の車が左折を準備しているらしい。
まずい。
電車の発車まであと4分。
電車が出るのは、改札から一番遠いホームだ。
行けるだろうか。
信号が変わって、前の前がゆっくり左折するのを見届けて、前の車がその先でちょっとスピードをいきなり出して右折するのも見届けた。
そんな風にして命からがら駅に着いて、車を出ると、駅の中、天井のある場所、改札内、ひいては電車の居るホームまで精一杯ダッシュをする。
周りは焦燥感なんて微塵もなく、仏頂面で歩いている。
お前ら、乗り遅れないか。
側から見たらとろいもんだろうが、僕にとっての精一杯で、おたおた駆け抜ける。
文句は何も受け付ける気はさらさらないぞ、とICカードをチャージしている連中に脳内で呟いた。
そこの街路樹か自販機にでも言うべきだっただろうか。
もう、ちょっと傘を差さず外に出ただけでも、結構シャツには雨の跡が浮いている。
そして、走って行くとき微妙に吹く向かい風だけでも、かなり身体が冷えた気がした。
いつも通りの電車の、いつも通りよりだいぶ離れた辺りの端っこの席にしょうがなく座って、傘を傍らに置き、徐にリュックから単語集を取り出す。
周りの奴らは、息も切らさず、特に濡れてもおらずに、サラリーマンも学生も、OLも謎に普段着の人も、大概無線のヘッドホン・イヤホンを装着している。
「いいなぁ……。」
僕は生憎、有線のヘッドホンしか持っていないため、いちいちそんなのを持ち運ぶのはそこそこ億劫だということで、僕はこの暇な通学時間を、音楽なしで過ごしている。
正直キツい。
偉すぎないか。
電車が出発した。
自分が乗り込んでからほんのちょびっとしか経っていなかった。
今日は酷い雨が降っているので、ざあざあと、車体が激しめに打たれる音が聞こえる。
向かいの車窓を伝う雫を、眺めてみる。
秒数を計りたいところだが、目が悪いせいで何も分からない。
つまらん。
単語集をペラペラ流し見て、覚えた気にだけなって、リュックにしまう。
図書室の本だけは後生大事に袋に入っているのに、参考書たちは包まないとは、我ながら勉学を軽んじすぎている。
リュックは、膝の上なのにも関わらず、こんなに重いのに。
つまらなさと雨音は、いい睡眠導入剤だ。
シナジーを起こして、僕を眠りに誘う。
ちょいと寝ますかな。
***
ドアの開く音がした。
良い朝だ。
おはようございます、今の駅はどこですか。
………俺の乗り換える駅だ。
…………俺の乗り換える駅じゃないですか!?!?!?!!!
一気に目が醒めた。
急いでリュックを膝から下ろして、傘を掴んで立ち上がる。
「重っも……、すみません、降ります、すみません……!!、」
どこかに引っかかった傘を無理矢理、がこん、と取り外した後、勢いなるべくそのままに、姿勢を横向けに低くして、海を目指す稚蟹のように転がり出す。
俺が降りた直後にドアが閉まった。
危っぶねぇ……!!、うおぉ、今日は尽くツいていないな。
乗り換えるべき電車は、気づけば11分後に向こうの駅を出る時間になっていた。
やばい、時間がない。なさすぎる。
なんでこんなにないんだ。
ホームから、だいぶ空いた階段を駆け上がり、改札へと駆け下りる。
そのまま疾風のごとく駆け抜けようとしたのに、不意に改札が閉まった。
ICカードが上手く読み取れなかったらしい。
「クッソ、なんでこんな時に……、」
残高不足じゃないだけよかった。
それだと尚更、朝の脳内呟きの格好がつかない。
俺への格好でしがないのだが。
なんとか改札を突破し、そのまま乗り換え先へ走ろうとした、が、
「そうじゃん、雨じゃん、」
傘開いとけば良かった。
少し手間取って、傘をバッと開く。
傘がパラシュートだったら結構すぐなのに、と叶うはずのない妄想を、体に染み込ませて、マインドだけそう成りきりながら、今度こそ疾風となる。
少し、風があるな。
怖いな。
傘というやつは、思った数倍簡単にひっくり返る。
俺の掌もびっくりの翻りようだ。
そうして、風に震える傘をちらちら気にしながら、僕を置いて行った乗り換え先頭軍団になんとか追いついた。
雨の日に走るもんじゃない。
滑ったらどうすんだ。
やめろよな。
合流した安堵に足を遅めて、傘をちょっとずつ降ろして、閉じる準備をしながら、駅構内へと入って行く。
もちろん、反対から降りてくる客も当たり前に居るので、早めに傘は閉じておきたい。
そうして、雨の降らない建物内に足を半歩踏み込み、傘を巻くネームバンドを手で探った瞬間、足元をするっと掬われた。
敷居なのか排水溝なのかは知らないが、金属板が足元にありました。
つるっと軽く、自分が空気に翻った。
リュックの質量が嘘みたいに。
尻もちはつかなかったが、だいぶ姿勢を崩して、周りからの視線を集めた気がした。
ALL EYES ON ME.
いやだもう、恥ずかしいったらありゃしない。
フラグは立てるもんじゃあないね。
気をつけます。
無事怪我なく再度、電車に乗り、またもう9駅分ほど時間を潰す。
席はもう毎度のこと満席で、降りる方のドアにほど近い袖仕切りにしょうがなく寄りかかった。
そういえば今日は単語テストか。
単語集もう一回出そうかな。
めんどくさいなぁ。
意味もなくスマホを取り出し、SNSを開くだけ開き、ちょっとスクロールしてはアプリを閉じ、閉じたのにも関わらず、何も考えずにもう一度開く、を繰り返す。
ふと窓を見て、雨が強くなっているのを見た。
約11秒、雫は窓の長い分、時間も長く落ちて行った。
着きました。
着いてしまいましたよ。
ここからはもう登校との、雨との戦いです。
っしゃ行くぜぇ。
ホームから階段を上がり、改札を無事に抜け、階段を降り、駅から出る。
少しだけ弱まったような気もしないでもない雨模様。
手に持った傘を開いて、踏み出してみる。
……風が強い!!!!
なんだこれは。
風が強すぎる!!!!!
おかしい。おかしいぞ。
なんで学校に近づくごとに風が強まるんだ。
これじゃあ雨が弱まろうが、意味がないぞ。プラマイゼロだぞ。
逆に、横から冷たく殴られて、どっちかっていうとマイナスに振れているぞ。
んんん。
こうなったらもう奥の手だ。
腕を犠牲にしよう。
外側から右手で傘を抑える。
これで裏返る可能性は減るはず。
耐えろ、耐えるんだ……。
あ。
風が吹き抜ける。
晴れだったら清々しいほどの、カーテンがひらひら宙を舞うような風だ。
あーあ。
傘がひっくり返りました。
貯水池にでもなる気なんでしょうか。
そういえば単語集にあったな。
リザボワール。
あ、なんならこれを反対から被れば、ある種それも傘なのでは?
いや、反対にする時に今まで傘に伝ってきた水滴に濡れるな。
無理だな。
そんなことを考えている今この瞬間にも、傘からでなく、空から直に降る雨にずっと濡れていた。
風があるので、どちらかというと前方から顔面めがけて雨がおはようございますしてくる雰囲気である。
見るも無惨。
世にも珍しい不要な挨拶。
傘を少し観察してみると、8本ある骨の内、生地と繋がっている骨は、2本だけだった。
そりゃぁか弱いわけだ。
すぐひっくり返っちゃうよ。
確かにそうだ。この傘は確か小5から使い続けている。
ぶっ壊れていないはずがない。
……ふっふっふ。
でも無問題。
こんな事もあろうかと、折り畳み傘を持っていたんだ、俺は。
図書室の本をはじめとする荷物が濡れないよう、あまりリュックを開かずに、手だけ突っ込んで傘を漁る。
……んー。ない。
ないぞ。
どこだ。
やべぇ。それはやべぇ。
今この瞬間にも俺は、歩きながら風と雨に濡れているというのに。
マルチタスクすぎる。
「……おっ。」
あったあった。
セーフ。
よぉし、じゃあ今度こそ、傘のある幸せな登校をしようじゃないか。
そうして、吹く風を掬うように、折り畳み傘を開いた途端。
一瞬でひっくり返った。
お陀仏。
え、そんな事ある?
弱くね?
いくらちっちゃい折り畳み傘だからって、弱すぎないですか?
最悪だ。
無情にも、僅かコンマ秒で風に敗北した折り畳み傘ちゃんを、無理やりバサバサして通常に戻し、リュックに、しまった。
深呼吸してみる。
風が冷たい。
雨が鼻に入りそうだ。
もう、シャツはびっしょびしょ。
雨粒の跡が点々、どころじゃない。
今更傘を買おうにも、そもそも金もないし、結構マインド的に無駄だ。
どうせ濡れたんだから、もうこれ以上濡れようが変わらない。
でもまぁ、できる限り濡れたくはない。
ので。
僕は、今日体育があるにも関わらず、自ら体力を削ぎ落としていくように、学校までのまだだいぶある道程を、雨風の槍に正面からぶち当たりながら、走っていった。
***
晴れた。
2時間目にはもうすっかり晴れた。
……なんなんだよもーーーーーーーーーーーーう!!!!!!!!!!!!!
これだから、雨は嫌いだ。
本当に、雨が嫌いだ。
あんなに災難な登校を頑張って乗り越えたのに。
シャツもズボンも、絞れば水が滴る雑巾くらい、水を含んでいたのに。
4時間目の体育も、グラウンドが朝の雨でぐちゃぐちゃな関係で、室内での実施となった。
それはそれでまぁ、楽っちゃ楽だから嬉しいけどさぁ……。
なんかこう、こんなに晴れられるとさぁ……。
手放しで喜べないというか……、複雑というか……。
体育は別に、外の実施と変わらず、キツかった。
そして2日後、僕は今日のこの雨と、晴れによる、温度差が身体に効いて、しっかり風邪をひいた。
結構重かった。
ぴったり1週間罹患した。
ちなみに、ちょうど復活したすぐ後の週明け、月曜日に、体育祭が予定されていた。
最悪のスケジュールだ。
だが、我ら体育嫌い民の希望である気象予報によれば、体育祭予定日その日に、綺麗に台風が直撃する、という予報があった。
強く願った。
凄く願った。
こんなにお天道さんに雨乞いをすることは、後にも先にも無いだろう。
ガチめに新興宗教ムーブだった。
にも関わらず、その願いは少し気が早く届いてしまったようで、体育祭の2日前に直撃。
華の土曜日が川の濁流とともに流れ、月曜日はカラッと晴天となった。
体育祭は予定通りに開催された。
教育実習生も男性だった。
災難です、災難。
雨降って、雨降って、風強くって、災難。
こんな日々をもう3年間、続けていくんだろうな。
梅雨は明けましたが、積乱雲と台風の季節ですね。
最悪です。




