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灯りの届く距離  作者: タクロー


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1/1

灯りの届く距離

過去パート1


その日、僕は池袋に向かうところだった。

都内にはふだんあまり来ないから、

電車の乗り継ぎには混乱する。

どうして、こんなにも多くの人が電車を利用するのか。

そして、みんなどこに行くのだろう。

そんなことを考えていたら目的地に着いた。


今日はクリスマスだ。

世間ではクリスマスムード一色だった。

並んでケーキを買おうとしてる人、

恋人と会うのだろうか、

顔から高揚してるのがわかる若い男の子、

笑顔の小さい子供と手を繋いで歩く母親、

お店の前に飾ってある小さなツリー、

サンタクロースの格好をしてる若者。

外では昔流行ったクリスマスソングが

どこからか流れている。


これだけの人混みの中、

みんな迷わず歩いているように見える。

今日のこの街の空気が、

そう見せているのかもしれない。


腕時計に目をやる。

時間は18時55分。

待ち合わせは19時だから、充分間に合いそうだ。

何人かの呼び込みを無視して、

待ち合わせ場所の西口の駅ビルの前に着いた。

ロータリーでは待つ人、急ぐ人で混ざり合っている。

目の前には大きなビジョンが見えた。

それにしても、人の数に圧倒される。

まるで、この日の為に、

みんな隠れていたみたい。


その時電話が鳴った。


「タク、着いた?」


ミサキからだった。


「着いたよ、どうした??」


「実はちょっと迷っちゃって、

 あたしが今いるところまで

 来てもらってもいいかな?

 ふたりの家の中間ってことで池袋にしたけど、

 やっぱ、土地勘のないところは迷うね。」


ミサキはよく待ち合わせに

遅れたり、迷ったりしていた。


「わかった、そっちまで行くよ。」


彼女らしいと思った。

 

「ありがとう。

 待ってるね。」


ミサキのいる場所を聞いて、電話を切った。


「やれやれ。」


僕は誰にでもなく、そう呟いた。


気がつくといつもそうだ。

ミサキのペースに付き合わされる。


僕は、

足早に指定された場所に向かった。



現在パート1


僕はギターケースを下ろし、

駅の外にあるベンチに座ってる。

終電はもう行ってしまった。

僕は駅前のベンチに座っていた。

 

急ぐ必要はなかった。

 

その気になれば、歩いて帰れる距離だし、

誰かが待ってるわけでもない。


僕は買ったばかりの缶コーヒーに口をつけた。


なんだか、少し温く感じた。


駅に向かって走る人の姿が見える。

まだ走ってる電車に乗り込む人達だろう。

ものすごい勢いで走る彼らを夜の駅が照らしている。

夜の駅はなんだか巨大な要塞のよう。

その光景を僕はじっと見つめていた。


僕は間に合いそうだとしてもあまり走ったことはない。

閉まりそうなドアを見ると、いつも足が止まった。

思えばいつもそうだった。

あと少しで掴めるのに、そこで必死にならない。

そんなことばかりだった気がする。

それに、

掴めたとしてなんだと言うのだろう。


もう一度コーヒーを飲む。


なんだか、味がよくわかない。


「やれやれ。」


その時、

駅の階段から降りてくる人影が見えた。

知ってる顔だった。


「…タク??」


聞き覚えのある声、

 

ミサキだった。


僕はまたコーヒーを飲んでみたが、

今度は全く味がしなかった。



過去パート2


僕はミサキがいると言っていた場所に向かった。

そこは東口のロータリーだった。


「西口のロータリー前に19:00ね。」


ミサキがそう決めた。


「やれやれ…。」


自分から西口と言ったのに

迷って東口に着いたのはとてもミサキらしい。


東口に着いた。


西口と違って光が薄い。

人も西口に比べると少ない。

ガラス張りの大きな建物が見えた。

夜の東口は西口より少しよそよそしかった。


ロータリーでミサキの姿を探した。

人は少ないのですぐ見つかるだろう。

そう思った。


ミサキはどこにもいなかった。


僕は電話をしたが、

彼女は電話には出なかった。


3度目の電話で、

呼び出し音を聞くのが嫌になった。


冬なのに、額から汗が流れるのがわかった。


ここを離れて近くを探したほうがいいのかもしれない。

そう思ったが、下手に動くのはよくないと思い

ここに留まることにした。


20時を過ぎた。

缶コーヒーを買った。

湯気はすぐ消えた。


21時。

もう一度電話をした。出なかった。

ロータリーの人影は少しずつ減っていった。

 

23時。

クリスマスの熱気ももう感じられなかった。

 

どれくらいの時間がたっただろう。

辺りはすっかり薄暗くなった。

時刻は12:51分を指している。


結局、ミサキは現れなかった。


駅に向かう途中、街の灯りはいつもより暗く感じた。

楽しそうに話してる人達の声も

どこか遠くから遅れて聞こえてくるようだ。


駅に着いたが、

終電は行ってしまっていた。


「やれやれ…。」


僕はそう呟いて、

駅の前にあるベンチに腰を下ろした。


駅からの光が、

とても眩しく感じた。



現在パート2


「……久しぶり。」


彼女のほうが先に口を開いた。


「久しぶり……。」


僕は視線をわずかに上げてそう答えたが、

自分の声ではないように聞こえた。


「まだ、続けてたんだ。」


ミサキはクリーム色のギターケースを

指で指しながら言った。


「うん。

 あれからもずっと続けてる。」


ギターは常に僕の隣にいた。


「あれからって……?」


僕は少しだけ笑った。


「そういうとこ、変わってないね。」


「え?」


「いや、なんでもない。」

 

僕は改めて言った。

 

「ミサキは変わらないね。」


自然と言葉が出てきた。

言葉を選んだわけではない。


「どういう意味?」


すぐカッとなるところも変わらない。


「別に深い意味はないよ。」


夜の闇が深くなる気がした。

周りの音も今はなにも聞こえない。


「ねぇ、隣座ってもいいかな。」


彼女は俯きながら聞いてきた。


僕は黙って頷いた。


「ありがとう。」


彼女は人ひとり分の距離をあけて隣に座った。


僕はふと腕時計を見た。

時間は12:51分を指している。

前にもこんなことがあった気がしたけど

思い出せなかった。


「もう電車はないよ。」


「大丈夫、迎えが来るから。」


僕は黙った。

誰が、と聞きそうになってやめた。


答えは出ないまま、

しばらく沈黙が続いた。

 

手に持っていたコーヒーは、

すっかり冷たくなっている。

僕はそれを一気に飲んだ。


「いつか、

 タクには謝りたいってずっと思ってた。」


コーヒーの味が何か違うものの味に感じた。


「何を?」


缶コーヒーを握る指が冷たい。


昔、終電を逃して家まで

ふたりで歩いて帰った時のことを

ふと思い出していた。



過去パート3


その後、ミサキからの連絡はなかった。

僕の日々は色を失ったみたいだった。


色を失った日々の中、

僕はギターを弾いた。


前より上手く弾けるようになっていた。


気がつくと、

ミサキの顔の輪郭が上手く思い出せなくなった。


同時に、

ミサキとの日々を思い出すことが増えた。


思い出すのは、

楽しかったことばかりではなかった。

当時は気にも留めなかったことが、

今になるとひっかかった。


ミサキがよく言っていたこと、

一緒にいる中での違和感に気がついたのは

しばらく経ってからだ。


ミサキと会うのはだいたい夜だった。

 

ふたりで歩く夜の街は、

いつもより輝いているようで、

それが心地良かったんだなと思った。


ミサキに会うまでの高揚感。

人混みの中でミサキの顔を見つける瞬間。

寒いと言って、自然に手を握ってくる。

帰り道の、少し長い沈黙。


同時に、手は繋いでいても、

歩幅が少しだけ合わない時があったように感じた。


その時はわからなったし、

僕の勘違いかもしれない。


彼女は、人通りが少ない通りに来た時には

よく、くっついてきた。


当時はそれが嬉しかった。


横浜に行った時だ。

 

「すいません。

 雑誌に載せるカップルを探してるんですけど、

 よかったら2人の写真を撮らせてくれませんか?」


「面白そうだし、

 2人の記念として撮ってもらおうよ。」


一瞬、ミサキの表情が止まった。


「…ごめん、あたしそういうの苦手で。」


あの時、ミサキの顔が少し曇ったような気がした。


一緒にいた時はなんとも思わなかった。


あの時の表情の意味を、今になって思い出す。


思い出すたびに、

見えなかったものが増えていく。



現在パート3


あれはふたりで飲んでいて、

終電を逃した時だ。


「どうせ、帰ったところで

 誰かが待ってるわけではないんだし、

 歩いてゆっくり帰ろうよ。」


ミサキの言葉には不思議な説得力があった。


僕たちは歩いて帰った。


その時間、何を話したかは覚えていない。

ただ、とても楽しい時間だったのは覚えてる。


そんなことを思い出していた。


ミサキは険しい顔をして、

視線が不自然に動いていた。


「ずっと謝りたいと思ってたのなら、

 もっと早く謝ることもできたはずだよ。」


僕はそう言った後に、

視線を地面に落とした。


ミサキはしばらく黙ってた後に言った。


「あのクリスマスの日…」

 

ミサキは一度言葉を止めた。

唇が震えているのがわかった。

 

「タクのことが嫌いになった、とかじゃない。」


少し間が空いた。

 

「ただ、そのせいでタクを傷つけたことを

 ずっと謝りたかった。

 本当にごめんなさい。」


その後に、

 

「でも、あの時のあたしには

 …どうしても、そっちを選ぶしかなかった。」

 

ミサキは絞り出すようにそう言った。


少しの沈黙の後、僕は言った。

 

「それって同じことじゃない?」


ミサキは呟いた。


「そうだよね…。」


「あの日、ずっと待ってた。」


僕はそう言ってから黙った。

 

「傷ついたって言葉じゃ、足りない気もする。」


少し間を置いて続けた。

 

「それをわかってほしいとは思わない。

 ただ、傷ついたことだけは知っててほしい。

 だから、来なかった理由なんて

 今はどうでもいいんだ。」


僕はそう言ったあとにまた視線を落とした。


「理由は、ずっと考えた。

 でもさ。」


僕は缶コーヒーを見た。


「どんな理由でも、あの夜はなくならない。」

 

夜の闇が深くなったような気がした。



過去パート4


前にミサキが言っていたことを思い出していた。


「今はわけあって、東京には住んでないけど、

 こっちに来ることがあったら、

 タクとまた会いたい。」


当時は、

そうなんだとしか思わなかった。


「そう言えば、ミサキって普段何してるの?」


そう聞いた時、


「んー、秘密。」


ミサキは笑って話を逸らした。


夜道で、大通りに出ようとした時、

ミサキは急に立ち止まって、


「あっ、そっちはイヤだ。」


「なんで?」


少し下を向きながら、


「…明るいところは苦手。」


と小さい声で言った。


明るい夜道で、ミサキは少し不自然だった。


ふたりで酒を飲んでいた時、

よく言っていたセリフ。


「あたしは今のこの時間が1番楽しい。」


そう言って笑って、

次の酒を注文してた。


「やれやれ。」


と言って、

僕はただミサキだけを

いつも見つめてた。


クリスマス前だ。


「クリスマス楽しみ?」


「うん。」


少し間が空いた。


「その日はタクの為にお祝いするよ。」


その時は何も思わなかった。


ただ、今になるとひっかかるものがある。


僕はミサキの何を見ていたのだろう。

思い出す度に見えなかったものが増えていく。


現在パート4


駅の灯りが足元を照らしている。

僕はその灯りを見つめていた。


沈黙が続く。

駅から聞こえてくる音だけが聞こえる。


その時、

一台の車が駅前に止まった。


助手席のドアが開く。


「迎えが来たみたい。」


ミサキは立ち上がり、

少しだけ言葉を探すように黙った。


「あの日のこと、

 ちゃんと話せなくてごめん。」


僕は何も言わなかった。


「たぶん、

 話しても上手く伝えられないと思う。」


「でも。」


駅の灯りが急に眩しく感じた。

僕は少しだけ視線を逸らした。


「タクのこと、

ちゃんと好きだった。

それだけは嘘じゃないよ。」


灯りが弱くなって、

代わりに夜風が少し強く吹いた。


「だから、

 余計に言えなかった。

 本当にごめん。」


僕は少し間を置いて、


「そっか…。」


それしか出てこなかった。

 

「じゃあ、行くね。

 会えてよかった。」


「うん。」


「ギター、続けなよ。」


彼女はそう言って歩き出した。


呼び止める理由がない気がした。


助手席の空いたドアに

彼女は自然な動きで乗り込んだ。


何度もそうしてきた人の動きだった。


灯りが乏しくなった街の方へ

車は静かに走り出した。

 

手に持っていた缶コーヒーはもう空だった。


駅の灯りは、

さっきより少しだけ眩しく見えた。



過去パート5


前にミサキが自分が育った街を

案内してくれたことがあった。

 

川沿いの街だった。


とても晴れた気持ちのいい日に、

僕たちは川沿いをビールを飲みながら

歩いていた。


「あそこがあたしの育った小学校。

 小さい頃は引っ込み思案だったんだけど、

 4年生頃から今のあたしみたいになった。」


「あれはよく遊んだ公園。

 好きな男の子をずっと目で追っかけてた。」


「あれは中学。

 あたし、勉強はさっぱりだったんだけど、

 その時の担任の先生と一緒に頑張って、

 希望の高校に行けたんだ。」


ミサキは育った場所と当時の背景を

話して教えてくれた。


「タクにはあたしの育った所を

 見て、知って欲しかったんだ。」


缶ビールを飲みながら、

ミサキはそう言ってた。


「ありがとう。」


僕もビールを飲んでそう答えた。


あの時の陽の光と流れる川、

ふたりで歩いた時間、

ミサキの笑顔はよく覚えている。


陽の光に照らされて流れる川を綺麗だと思った。

ふたりともそれを見つめていたと思う。

川は静かに流れていた。


ミサキがいなくなっても、

一緒にいた時間、

ふたりで歩いて話したこと、

あの時のビールの味、

気がつくとそういうものばかり思い出していた。



現在パート5


僕はこのままここにいても

しょうがないと思い歩き出した。


缶コーヒーを捨てようとした時、

ミサキの言葉を思い出した。


「タクにはあたしの育った所を

 見て、知って欲しかったんだ。」


ミサキは自分のこと、

育った街を案内してくれた。


あんなふうに自分のことを話してくれたことが

あっただろうか?


あの時、

ミサキは、川を見ながら、

少しだけ笑っていた。


駅を出て、街の灯りが見えてきた。

 

僕はあの時のクリスマスの灯りを思い出していた。


当時、ミサキはよく、

「今が1番楽しい。」

と言っていた。


僕は、ミサキが

どこに住んでいたか、

普段なにをしていたか、

何も知らない。


ただ、

酔うと少し早口になってふざけたり、

寒いと言って手を探してきた。


その度に僕は、

 

「やれやれ。」

 

って笑ってた。


灯りの少ない街へ向かう。

車はもう見えなくなっていた。


ミサキのことは、

結局よくわからないままだ。


ただ、

育った街を歩きながら話してくれたこと。

「寒い」と言って手を握ってきたこと。

終電を逃して笑いながら歩いた夜。


気がつくと思い出すのは

そんなことばかりだった。


手に残ってた缶コーヒーの冷たさが、

なんだか懐かしく感じた。


駅から漏れる灯りだけが、

変わらず街を照らしていた。

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