123話 古代遺跡の火災報知器と、燻製猪の極上煮豚とろとろ味付け卵添え
静かな古寺での休息を終え、さらに森の奥へと進んだ俺たちは、苔むした岩肌にぽっかりと口を開けた古代遺跡へと足を踏み入れていた。
「どうやら、ただの洞窟じゃないな。壁に人工的な石積みの跡がある」
俺が懐中電灯で周囲を照らすと、通路の先に行き止まりとなる重厚な石の扉が現れた。
扉の横には、何やら複雑な魔法陣が刻まれた石の台座があり、かすかに赤い光を放っている。
『ピロロロッ。マスター、この扉には強力な防衛機構が仕掛けられているようです』
シロが、俺の肩にパタパタと降り立って警戒を促す。
俺が扉に近づこうとしたその時、頭の中に直接、ナビの無機質な音声が響いた。
【ナビ:石の扉の防衛機構をスキャン。空間内の煙の粒子による光の散乱、および急激な温度上昇を検知して作動する閉鎖トラップです。無理にこじ開けようとすれば、通路全体に致死性の毒ガスが噴霧されます】
「……煙の粒子による光の散乱と、急激な温度上昇、ね」
俺は顎を撫で、思わずニヤリと笑ってしまった。
「なんだ、ファンタジーな遺跡の罠かと思えば、仕組みは完全に現代の『火災報知器』と同じじゃないか」
『ニャ? カサイホウチキ? なんにゃそれニャ?』
クロが首を傾げる。
「煙を感知する『光電式スポット型感知器』と、熱を感知する『差動式分布型感知器』の複合トラップってわけだ。前世で『消防設備士』や『電気工事士』の資格試験のために、嫌ってほど配線図と構造を叩き込んだからな。手に取るようにわかるぜ」
俺はインベントリから、電気工事用のワイヤーストリッパーとテスターを取り出した。
壁の魔法陣の裏側にあるカバーをパイプレンチでこじ開けると、魔力を通す細い金属線が何本も走っている。
「自動火災報知設備の回路は、常に微弱な魔力を流して断線がないか監視してる。だから、ただ線を切ると『異常』と見なされて毒ガスが噴く。罠を解除するには、回路の末端にある終端抵抗と同じ抵抗値を持たせて、システムとバイパスさせるんだよ」
俺はテスターで回路の抵抗値を測り、インベントリにあった魔力抵抗石を配線にサッと割り込ませて繋ぎ合わせた。
カチッ……。
魔法陣の赤い光がフッと消え、重厚な石の扉が「ゴゴゴゴッ……」と安全に開き始めた。
「よし、トラップ解除完了だ。消防設備の知識が異世界の遺跡探検で役に立つとはな」
扉の奥の部屋に足を踏み入れると、そこにはこの遺跡の主が待ち構えていた。
全身の毛から常に薄い煙を噴き出している巨大な猪の魔物――燻煙猪だ!
「ブモォォォォッ!!」
猪が突進してくるが、火災感知器を無効化した今、煙などただの目くらましに過ぎない。
「シロ、クロ! 視界を晴らして足を止めろ!」
『ピロロロッ! 了解です。突風の魔法!』
『ニャハハ! 丸焼きにしてやる……じゃなくて、凍らせるニャ!』
シロの羽ばたきが煙を吹き飛ばし、クロの氷魔法が猪の四肢を床に縫い付ける。
そこへ俺が身体強化を乗せた特大パイプレンチをフルスイングし、見事に一撃で仕留めたのだった。
「さて、遺跡の探索も終わったし、お待ちかねの飯にするか」
俺は野営地に戻り、手に入れた燻煙猪の肉を解体した。
「こいつは素晴らしいな。生肉の段階で、すでに極上のスモークの香りがついている。特にこの『肩ロース』のブロック肉は、脂と赤身のバランスが最高だ」
俺は巨大な肩ロースの塊を取り出し、タコ糸でグルグルと縛って形を整えた。
「今日はこいつで、俺の得意料理である煮豚と、最強の相棒味付け卵を作るぞ!」
熱したフライパンに肩ロースブロックを乗せ、まずは表面全体にしっかりと焼き色をつける。
ジューーーーッ!!
豚の脂と燻製の香りが混ざり合い、それだけでビールが飲みたくなるような匂いが立ち昇る。
「表面を焼いて肉汁を閉じ込めたら、深鍋の出番だ」
鍋に肉を移し、醤油、酒、砂糖、おろし生姜、それに長ネギの青い部分を放り込んで、弱火でコトコトと煮込み始める。
「肩ロースは煮込めば煮込むほど、筋のコラーゲンがゼラチンに変わって極上の柔らかさになる。じっくりと時間をかけるのがコツだ」
肉を煮込んでいる間に、別の鍋でお湯を沸かす。
「ここからがもう一つの主役だ。沸騰したお湯に卵を入れ、正確に『6分30秒』! そしてすぐに氷水で急冷する!」
前回も使ったこの黄金法則で、完璧な半熟卵を作り上げる。
そして、煮豚の鍋の火を止め、粗熱が取れた煮汁の中に、殻を剥いた半熟卵を静かに沈めた。
「あとは余熱で、肉と卵にじっくりと味を染み込ませるんだ……」
数時間後。
タコ糸を外し、飴色に輝く煮豚に包丁を入れる。
スッ……。力を入れずとも、肉が自重で崩れそうなほど柔らかく切れていく。
味付け卵も半分に切ると、白身にはしっかりとタレの色が染み、中からはルビーのように輝くトロトロの黄身が顔を出した。
「完成だ! 特製燻煙猪の肩ロース煮豚と、とろとろ味付け卵だ!」
『ニャアアアッ! 匂いだけで我慢できないニャ!』
クロが、分厚く切られた煮豚にガブリと噛み付いた。
ホロッ……ジュワァァァァッ!!
『――――ッッ!! ニャ、ニャムゥゥゥゥッ!!』
クロの瞳孔が開き、尻尾がピンッと直立する。
『な、なんだこの柔らかさは!? 分厚いお肉なのに、噛まなくても舌の上で溶けていくニャ! 赤身の旨味と脂の甘みに、燻製の香ばしさが重なって、口の中が天国ニャ!』
シロも羽を嬉しそうにパタパタさせながら、味付け卵を啄む。
『ピロロロッ。完璧な浸透圧コントロールです。卵の白身にしっかりと醤油ダレの旨味が染み込みつつ、中心の黄身は半熟の濃厚さを完全に保っていますね』
俺も、煮豚と味付け卵を一緒に口に放り込み、すかさず冷えたビールを喉に流し込んだ。
「……っっかぁぁぁ!! うんまァァァッ!!」
甘辛い醤油ダレをたっぷりと吸い込んだ肩ロースのホロホロ感。そして、濃厚な黄身が肉の脂をまろやかに包み込む。
前世でも休日のたびに仕込んでいた俺の得意料理だが、異世界の極上素材で作ったこいつの美味さは、完全に次元を越えていた。
「いやぁ、やっぱり煮豚と味付け卵のコンビは、全人類と神様を笑顔にする魔法の食い物だな」
古代遺跡の厄介な火災報知器トラップは、設備屋の知識によってあっさりと解除され、その主は極上のオカズへと姿を変えた。
夜の森に響く虫の音を聞きながら、俺たちは分厚い煮豚をアテに、大満足の宴を続けるのだった。
【第123話:完】
収穫: 古代遺跡の突破、燻煙猪の肩ロース。
知識更新: 煙や熱を感知する魔法のトラップは、自動火災報知設備の回路終端抵抗と同じ原理でバイパスできる。豚肩ロースの煮豚と6分30秒の味付け卵は、手間と時間をかける裏切らない美味さの結晶である。
現在の気分: 煮豚の脂と半熟卵のコク。これに冷えたビールがあれば、他に何もいらない。明日はこの肉を白飯に乗せてチャーシュー丼にするのもアリだな。




